おうちに帰ろう 5
冬期において万能のフットウェアを作る。
必要なギアを羅列して、地球の知識と同じように登山するイメージに縛られていた私の頭では思いつかなかった発想だ。
もし実現できるのであれば、10キロ以上の軽量化が実現するし、行動範囲が大きく広がる。
「欲しい。すごく……すごく欲しい」
私の言葉に、にんまりとカピバラが笑う。
「でしょ? あと考えたのは一瞬で内側の湿気や冷気を吹き飛ばすジャケットね。冷気や熱を遮断する魔法の服はすでにあるんだけど、職人ってどうして体が暑くなるとか寒くなるとかの理屈がちゃんとわかってなくてそれっぽい魔法を封じ込めてるだけだから効率が悪いのよ」
「カピバラ、天才」
「山を降りてるときになんとなく色々と思いついたのよ。あとは……」
汲めど尽きせぬ泉のように、カピバラはどんどんアイディアを出していく。
だが、グスタフ氏が現実に引き戻した。
「待て待て待て、アーマードベアの魔石などそう簡単に用意できるものではないわ! そもそも儂は焔王を倒すための軍勢を準備しておるのだ。それはわかっていよう?」
「そ、それはそうだけど」
「お前たちには焔王を封じ込めるという確信があるのだろう。だが騎士団はそれを信じて何もせぬわけにはいかん」
グスタフ氏の話には一理ある。一理どころか百理くらいある。
だがそれは私たちにとって決して悪い話ではない。
「……逆に言えば、支援を受けた私たちが巡礼に成功したとき、騎士団は『国としてやるべきことを果たした』ことになるのでは?」
「そーよそーよ。わたしあての感謝状とかこの家に来てるのよね? じゃあ、お父様の功績でもあるじゃない」
私たちの話に、グスタフ氏が虚を突かれたような顔をした。
「…………確かに感謝状は来ているが」
「つまり騎士団が私たちオコジョ隊をバックアップしてくれたら、実働メンバー以外ではもっとも対焔王作戦で貢献した……ということになるはず」
「だ、だとしてもだな」
「それにもしこちらが何もせずに焔王と騎士団が戦うのを見守る……というのは、カピバラが自分の家族が死にゆくのを待てということと同じはずです」
「騎士の家とはそういうものだ。男は日々、己を鍛え上げ、残された者は出征する者を引き止めず帰りを待ち家を守る。当然の義務であり、だからこそ王家から重用されておる。言うまでもない」
「だったらわたしが行くときは見守ってくれたっていいじゃない!」
「大人しく納得できるわけがなかろう! こっちは親だぞ!」
「こっちだって家族よ! ちょっとくらい信じてくれたっていいじゃない!」
「小娘が巨大な竜に挑むのを『ちょっと』などと言うな!」
「焔王にとっては大の大人も子娘も変わらないでしょ! 小娘のわたしたちがこの国で一番山登りが上手いんだもの! だったら見守るのはお父様の番よ!」
その言葉に、グスタフ氏が顔に手を当てて溜め息をつく。
「……儂に、お前たちが成功することに賭けろと言うのだな?」
「巡礼神子の位は伊達や酔狂ではもらえない。その巡礼神子として、できる、と言います」
「あんたは伊達と酔狂しかしてないじゃない」
カピバラがツッコミを入れてくるが、スルーする。
「この子の安全は保障します。命を懸けることになるのは私と冒険者たち。もちろん準備のために彼女には全力を尽くしてもらうことになるけど……」
「……アイディアを話したのちょっと後悔したんだけど」
カピバラが微妙な表情を浮かべて憎まれ口をたたく。
「大丈夫、いけるいける」
「作るとは言ったけど無理なものは無理だからわかってよね!?」
「発想が私より飛躍してるんだから、もう私では無茶ぶり度では勝てない」
「それ言われても嬉しくない!」
「うぉっほん!」
と、内輪で盛り上がったところで大きな咳払いが響いた。
ごめんなさい。
「娘の安全が確約できるのであれば……魔石の提供はしよう。だが実際にどういう巡礼をするか詳細を聞かせるように。……儂とて、騎士団を率いて山を攻めたことは何度もあるのだ。生半可なことでは首を縦には振らんぞ」
「わかりました、お父様」
厳しい目で問うグスタフ氏に、カピバラが居住まいを正して答えた。
「行動計画はもちろん立てます。道具が揃ったら、近い環境のところでテストもする予定です」
「テスト?」
カピバラが、初めて聞いたんですけどみたいな顔をした。
うん、初めて言います。
「シュガートライデントの残り二座はまだ登ってません。あそこをすべて縦走すれば、火竜山を登って降りるのとほぼ同じ距離になるはず」
「ええー、また行くのぉ?」
「シュガーに聞きたいこともあるし、どっちにしろ行かなきゃいけない」
「ああ、あの邪精霊ね……あいつ意外と人好きっぽいけどあんまり深入りしないでよね」
「邪精霊か……」
グスタフ氏が、苦い表情を浮かべた。
「お前、邪精霊魔法を使うつもりではあるまいな? あれは命を犠牲にする邪法だ。あれを習得するつもりであれば協力はできんぞ」
グスタフ氏が厳しい目で見つめてくる。
ここで頷くようならグスタフ氏は手を引くだろうし、まっとうな判断だろう。
「もちろんです」
「ではなぜ?」
「邪精霊使いの少年を止められないかと」
「……聖者カルハインの秘蔵っ子のことだな」
私の言葉に、グスタフ氏はピンと来たようだ。
鬼王岩城山でアクセルくんが邪精霊と共に魔物討伐した件も耳に入っているのだろう。
「……聖者カルハインはあの少年をどこからかスカウトしたかのように言っているが、怪しいものだ」
そういえば誰かに聞いた気がする。
子供が一人で邪精霊と契約できるはずがないとか。
「あの御方は当代随一の錬金術師であり精霊魔法使い。邪精霊と契約する事が何を意味するか知らぬはずがないし、手ずから育てていてもおかしくはない」
「だから流石に巡礼者として同情するというか……」
「聖者と言えど……度し難い! 神殿でぬくぬくとするくらいならば自分の命を支払えばよいのだ!」
グスタフ氏が怒りをあらわにした。
怖い怖い怖い。強く握りしめたフォークがひん曲がってる。
金属食器って片手でどうにかなるものなんだ。
「だ、旦那様、お嬢様方が怯えておられます」
「ぬ? おお、そうだな。交換しておいてくれ」
執事が慌ててグスタフ氏に駆け寄ってきた。
なるほど。
ケヴィンはこの人に可愛がられているんだ。
自衛隊とかより訓練凄そうだな……。
流石にちょっと同情してしまう。
「焔王が蘇ると強制的に夏になっちゃうので、火竜山の季節を正常に戻す方法をちょっと相談してきます。邪精霊シュガーに命を差し出すつもりはないけど、知恵は拝借できるはず。現地テストしながら作戦を練ってきます」
「そのテストとやら、部下に見届けさせたい」
と、グスタフ氏が提案してきた。
「決して安くはないものを与えるのだ。例えテストであったとしても成果を出してもらわねば困る」
「え、ケヴィンじゃないわよね?」
カピバラが嫌そうな顔をした。
「あやつはあやつの仕事がある。それに、魔法について詳しい人間の方がよかろう」
それは助かる。ニッコウキスゲも魔法使いではあるけど、彼女が得意なのは実践で使うことであって研究者みたいな感じではない。
「助かります」
「助かります、ではない。儂の代わりにそやつにお前たちが大言壮語をしていないか、本当に攻略する実力があるかを審査させると言っておるんだ。せいぜい気張るがよい」
本当ツンデレだなこの人。
だが確かに、身をもって説得させなければいけないのも事実だ。
「わかりました。どなたが来ても、素晴らしい巡礼を体験させてあげます」
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