おうちに帰ろう 4
驚天動地の宣言に、グスタフ氏もヒルダさんも目を白黒させていた。
「ね、ねえ……流石に冗談でしょう?」
ヒルダさんの苦笑いと言葉は、宙に浮かんで消えた。
だがそんなはずがないとヒルダさん自身がわかっているかのように、軽く儚いものだった。
「……巡礼神子は聖者に準ずる称号よ。法螺や冗談なんかじゃ与えられないわ。聖なる山を巡礼する資格があると認められたってこと。だから……」
「だからって女の子だけで行くなんて死ぬようなものよ!」
カピバラが冷静に語り、そして遮るように叫ぶ。
だが、カピバラも段々とヒートアップしていく。
「男の仲間もちゃんといるもん!」
「だとしてもできるわけないじゃない! 認められるわけもないわ!」
「行く資格はあるもん! 仲間もいるし、難しい巡礼も成功してきた!」
「急にそんなこと言われても困るのよ! もうちょっと脈絡ってものがあるでしょ!」
いや、まったくそう。本当そう。
話のスピードについていけないのはもっともだと思う。
パニックになるヒルダさんを落ち着かせるように、グスタフ氏が立ってヒルダさんを抱き寄せた。
「ヒルダ。そろそろ受け入れよう。この子は驚くほど成長した」
「全然家に帰ってこなかったあなたが言えた話ですか! 会う度に子供が大きくなるなんてびっくりしてるけど、それはあなたが子供を見てないから言えるんです!」
逆効果だった。
奥さんとして、そして母としての怒りが爆発してる。
「す、すまん、それは後で話そう。今はマーガレットのことだ」
「いっつもあなたはそうやって落ち着いたフリして面倒な事をやり過ごすんですから! マーガレットよりもあなたの方が問題です!」
「わ、わかった! わかっている! すまなかった! 後でゆっくりと話そう、な!」
なんだかそういうことになった。
◆
ひとまず食堂に移動してお昼休憩をすることになった。
カピバラの兄弟姉妹と一緒にランチを楽しんだが、意外にも質素でシンプルな献立だった。
玉ねぎと燻製肉のスープと豆の煮込み、付け合わせの酢漬けに茹でた芋。
平民よりは栄養のある食事だが、かといってそこらの貴族の食卓に比べたら質素だと思う。
そういえばカピバラが出先の食事で不満を言ったことは少なかったっけ。
「ウチは祝い事じゃない限りこんなもんよ。味よりも栄養って感じ」
「むしろ落ち着く」
伯爵のところで食べた料理に近しいものを感じる。
おそらくこの国の戦中世代はこういう「栄養価があって、高価過ぎない食事」にこだわってる感じがあるんだよね。反動で美食や飽食に走る人もいるのだが。
「食事、ありがとうございます。美味しいです……けど、大丈夫ですか?」
「へそを曲げられてしまった」
食事のお礼を言おうとしたら、グスタフ氏ががっくりと肩を落としていた。
ちなみにヒルダさんは怒って出かけてしまった。
近隣の貴族の夫人にご機嫌伺いに行くという名目だが、友人に愚痴吐きしに行く口実らしい。
まあ、パニックになるのもよくわかる。
というかパニックになるような話をしてしまったのはこちらなので申し訳ない。
「お、お母様、大丈夫かしら……?」
「あれは儂への不満がほとんどだ。無論、お前を心配しているからこそだが……落ち着いて話せば理解もしよう。心配するな」
「だと良いんだけど……」
「それで……本気なのだな。天魔峰を目指すというのは」
グスタフ氏が、真剣な目で私に尋ねた。
「はい。無謀な挑戦のつもりはありません」
「冒険者のような屈強な力もなく、大魔術師のような破壊的な魔力もなく、最難関の山を登ってみせると?」
「みんな、そこを勘違いしてます」
「勘違い?」
私の言葉に、グスタフ氏が怪訝な顔をした。
「山に登って、祈る。ただそれだけのことです。確かに魔物はいるし、自然の猛威も襲いかかってくる。けれどそれに正面から打ち勝つことが目的じゃない。鳥が空を飛ぶように、魚が水を泳ぐように、人間が備え持ってる力をただ発揮すればいい」
「人間の力とは?」
「悪く言えば、冒険をしないこと。良く言えば、旅をすること」
怒られる言い回しかなと思ったけど、そうでもなさそうだ。
グスタフ氏は興味深そうに耳を傾けている。
私は、そのまま話を続けた。
「他を圧倒できる力があればそれを振るいたくなる。100%ではなく120%の力で戦おうとする。世の中、それが正しい場面はたくさんある。でも巡礼においてはできるだけ余力を残して無駄な戦いを避けるべき。できる限り逃げて、加減して余力を残す方が巡礼は成功する」
巡礼……というか登山系アクティビティと他のスポーツとの違い。
それは限られた時間の中で全力を出し切る運動ではないことだ。
魔力も体力も、節約できるものはすべて節約する。
「もちろん挑戦は大事。でも、何日とかの単位で馬を乗るなら多分、なんとなくわかると思います。速く駆けることのできる時間は短い。人間が乗って、ペース配分や食事を管理して、焦らずにのんびり行くのが最終的には速く目的地に着く。刹那の一瞬に駆ける冒険はしない。忍耐という意味の冒険をする。旅をする」
「……そうだな。上手く御して焦りを抑えなければ馬が潰れることもありえる」
「人間も同じ。息が切れない程度の力で動き続ければどこまでも行くことができる。全力を出せば動けなくなるのはもちろん、どう行動するべきかの判断も誤りやすい。多分、これは体力だけじゃなくて魔法も同じことと思います。しっかりとトレーニングを積むのが前提ですけど」
「それはそうだな」
「細かい手法は色々と考えるけれど、どの山でどういう巡礼をするにしても思想としては変わりません。だから私たちは生きることを考えて、この子と一緒に山から帰ってきた。天魔峰も、火竜山も、このテーマで攻略できる……というより、このテーマだから攻略できる。具体的なプランはあり、資金も充実してきてます。それでも足りていないものはたくさんあります」
「具体的には」
「後ろ盾」
率直な言葉に、グスタフ氏が笑いを漏らした。
「私を守ってくれとは言いません。でもこの子は守ってほしい」
「どういう話にせよ、儂には否とは言えん話ではないか」
「ふん。放っておいてよく言うわ」
カピバラが恥ずかしそうに憎まれ口を叩く。
だがグスタフ氏は、気分を害した風もなく話を続けた。
「いいだろう。だがそれは……マーガレット。お前が無茶をせず、ヒルダを説得し続けることが条件だ」
「お母様との夫婦喧嘩はお父様が解決してよね」
「それはそれ、これはこれだ」
まったくもう、という声が聞こえそうな顔でカピバラはため息を吐いた。
だが、しばし悩んだ後はそれを忘れたように真剣な顔つきになった。
「わかりました。そのかわりお父様、できる限り早急に欲しいものがあります」
「ほしいもの?」
「アーマードベアの魔石を4つ」
なんか格好いい名前が出てきた。
そしてグスタフ氏はちょっと嫌そうな顔をしている。
「なにそれ?」
「熊の魔物よ。硬い骨みたいなものを好きなように生やせて、爪を伸ばしたり、鎧みたいなものを身に着けたりするの」
「魔力さえあれば折れてもすぐに再生する剣や、すぐに修復できる盾を作ることができる。強度や質は並の鍛冶師よりやや良いという程度だが……欲しがる者は多い」
確かに、それさえあれば一生武器に困ることはない。値千金の価値がある。
カメレオンジャケットほどではないだろうがパパへのおねだりとしてはハイブロウすぎる。
「それをどうするの?」
「アイゼン。スノーシュー。あとスキー板とかそり。色々あるけど全部持ってくと死ぬほど重いじゃない。面倒くさいわ」
「それはそう」
カピバラが、雪山の靴に付ける装備を指折り数える。
どれも金属パーツが使われていたり、純粋に体積が大きくて持ち運びが大変なものばかりだ。
「だから全部、一つにまとめちゃえばいいのよ」
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