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おうちに帰ろう 1




「申し訳ございません……ただ、オコジョ様のように巡礼神子の位を与えるとなると、やはりこちらも勝手には動けなくて……」


 シャーロットちゃんの言葉に、カピバラが「え?」という顔を浮かべた。


「……あたしも、巡礼神子に? でもオコジョみたいに山をたくさん登ったわけでもないし、それでなれるもんなの……?」

「仰る通り、どのような巡礼を成し遂げたかは非常に大事です。そういう意味ではオコジョ様のような記録を達成したわけではございません。ですが」


 シャーロットちゃんがそこで言葉を切り、花のように微笑んだ。


「スライム山の山頂での奉仕活動や、巡礼に必要な道具の開発、さらには公式非公式含め、多くの感謝状がたくさん届いております。私もタタラ山ではオコジョ様とカピバラ様に助けられましたし」

「えっ?」

「更には、今回の雪崩救助活動において騎士団関係者の間で『ガルデナス家のご令嬢が大活躍したらしい』という話が広まっていて……とても声望が高いんです。ですので、どうか神殿総長に会って下さいませんか?」

「待って。知らない。全然知らない」


 カピバラがぶんぶんと首を横に振る。

 なんだか知らない間に、随分と話が大きくなっているようだ。

 カピバラも混乱している。

 どうしよう? 目で私に問いかけてきた。


「……カピバラは、一度家に帰るのがいいと思う」


 私の答えに、カピバラはうへぇという表情を浮かべる。


「うーん、やっぱり帰らなきゃダメ……?」

「そもそもの話として、危ない山に行ったなら無事の報告をしといた方がいい」

「そこでいきなり常識的にならないでよ」


 常識的であることを叱られるの、希有な経験だな。

 まあ、さんざん連れ回している私が言うなという話ではあるんだけど。


「おうちに手紙とか出した? 無事ですとか、心配しないでくださいとか」

「……出してない」

「生き死にの場面でも会いたくないとか、絶対帰りたくないとかなら無理にとは言わない。でもそうじゃないなら適度に生存報告はしておくべき。好きなことをして生きていくなら、なおのこと大事」

「そ、それはそうだけど、あんたに言われるのは納得いかない! あんたも一緒に来なさいよ!」

「うっ」


 それは気まずい。

 カピバラのパパは聞く限りでは凄い怖そうだし、愛娘を山に連れ出している私は何を言われるかわかったものではない。後ろ盾も何にもなしに対面していいのだろうか。


 あ、いや、後ろ盾はあると言えばあるか。

 シャーロットちゃんやおじさまの助力があれば、まあ、言われっぱなしということもないだろう。

 それに、こちらは泣く子も黙る巡礼神子なのだ。えっへん。


「ええと、同席するのが筋とは思いますが……巡礼神子の立ち位置は特殊でして、俗世の身分が上がるわけではないので気を付けてくださいね?」

「あっ、ハイ」


 シャーロットちゃんは私の思っていることなどお見通しだったようだ。


「ちなみに、シャーロットちゃんが付いてきてくれたりとかは……」

「友人として、はともかく、ソルズロア教の名代として来るのは圧力を掛けて親子関係に口を挟むことになるのでそれはちょっと……」


 シャーロットちゃんが困った顔で言った。


「ですよね」


 つまりカピバラがメインで、私が友人代表かつパーティーメンバーとして来るしかないわけだ。

 因縁のあるクライドおじいさんを連れて行くわけにもいかないだろうし。


「コルベット伯爵……は、うーん、またちょっとややこしいことになりそう」


 あの人、カピバラのパパのことあんまり好きじゃなかった気がする。

 クライドおじいさんとのマブダチなのだからケンカを売ってしまいそうだ。


「覚悟決めなさい。ちゃんと弁護してあげるから」


 カピバラがにやにやと笑う。

 本来の目的は親子の会話であって、私のお叱りの場ではないはずなのに。


「報奨とか勲章が出たら、カピバラのパパって納得する方?」

「だといいんだけど……。お父様ってけっこう嫉妬するタイプみたいだし」

「騎士団とかじゃなくて、自分の仕事とは全然関係ない巡礼者の話でも?」

「……大叔父様のことも喜んでなかったし、どうだか」


 親子喧嘩によって生まれた溝はまだまだ深いようだ。

 そのきっかけを作った身としては、一緒に行くのが筋なのだろう。


「行きたくないなら、お手紙とか代理人を送るとか色々手段はあると思う。会わないと怖い目に会うとか、なんか逆らえないから会うっていうなら止める。でも、なんとなく行くのが気まずいって理由なら、行こう。私も覚悟決める」


 私の言葉に、カピバラはひとしきり悩んだ。

 頭を抱えて悩みに悩んだ末に、答えを出した。


「帰るわ。来て」

「もちろん」







 ガルデナス家の邸宅は相変わらず大きい。


 正門には強そうな番兵が立っている。夜のスニーキングミッションで侵入できたのでセキュリティとしてはまだまだ一考の余地はあるだろうが、昼間に侵入するのはちょっと無理だろう。


 そんなことを思いながら、私は馬車の窓から邸宅の立派な佇まいを見ていた。


 ちなみにこの馬車はコルベット伯爵から借りたものだ。ちゃんとした帰還なのだからご令嬢が庶民のようにふらっと徒歩で帰ってくるのはどうなの、という極めてまっとうな指摘によって、馬車での帰宅となった。御者はニッコウキスゲとツキノワだ。


「あんた、また変なこと考えてないでしょうね?」

「大丈夫。それより、カピバラのパパはいるのかな」

「今は戻ってきてるはずよ。訓練も行事もないから政務をしてるって。もっとも、ちょっと怪しいけど」

「怪しい?」

「騎士団はどこも火竜山の件で仕事してるらしいから。内緒でその準備してると思うわ」

「なるほど……」


 同じ目標を持って動く人が水面下にたくさんいる。

 焔王復活はそれだけ危険だということだろう。


「お二人さん、着いたぜ」


 ツキノワにドアを開けてもらって降りると、訝しそうにみていた番兵の顔が驚愕に歪んだ。


「お嬢様! お嬢様がお帰りになられました!」

「なんだって!」

「大変だ! ご当主様を呼べ!」


 蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 番兵は猛ダッシュで屋敷の中へ駆け込んでいく。

 

 まさか、死んでると思われてたんじゃないだろうか。


「なにこれ?」

「私に聞かれても」


 この家のことでカピバラがわからないなら私にわかりようがない。

 だが、すぐに番兵がこちらに来て「旦那様がお待ちです」と屋敷の中に案内してくれた。







 案内された先は、この屋敷の当主の執務室なのだろう。

 一人で書き物をするにしてはやたらデカい机と、これまた重厚かつ高級な椅子がある。

 深みのある色合いのウォールナット。多分。

 これだけで百万ディナくらいしそう。

 壁には先代や先々代の当主らしき人の肖像画が掛けられている。

 現代で言うなら政治家や社長のお部屋って雰囲気だ。


 そんな部屋のふかふか椅子に座るべき主人は、腕を組んで立って私たちを待ち構えていた。


 まさに偉丈夫と言って差し支えのない男だ。

 顔つきは四十代の後半か、五十代の前半くらいだろうが、体つきはプロレスラーかと見紛うほど頑健だ。

 そんな男性が凄まじい目をしてカピバラを見ている。

 もう帰りたい。


「こんの……馬鹿者が!」


 すっごいでかい声が出た。

 耳を押さえたくなるが、無礼なので我慢する。


「馬鹿ってなによ! 好きにするって言ったじゃない!」


 カピバラが負けじと反論する。

 親子だからなのだろうけど、この威圧感をはねのけられるのは凄い。

 ツキノワでさえビビりそうなのに。


 ただ、目的は度胸試しではなくカピバラの状況を説明し、理解してもらうことだ。

 開口一番に怒鳴られ、怒鳴り返す状況では難しいだろうか……と思った、そのときだった。


「無事でよかった……! どれだけ心配したと思っている……!」


 ツキノワよりも熊っぽい偉丈夫が、涙声でカピバラを抱きしめた。




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9/25にMFブックスにて書籍版1巻が発売します。
オコジョたちや山々の美麗なイラストがあって見応えバツグンですので、
ぜひ書店や電子書籍ストアにて購入してくれると嬉しいです。
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― 新着の感想 ―
親馬鹿じゃないか!
まさかなろうで登山の話を読むとは思わなかった。 先月山に登ってきたからとてもタイムリー。 続き早く!
ただの親馬鹿(馬鹿)であったか・・・
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