事故の報告をしよう 3
「僕も、冬しかないと思います。けど問題があります」
「うん。火竜山に……」
「「冬は来ない」」
アクセル少年と声がハモった。
そして、周囲の冒険者や巡礼者も、諦めるように頷いている。
最強最悪ドラゴン、火竜山の焔王は、魔物であると同時に精霊や邪精霊と似たような存在であるらしく大自然に干渉できるほどの力を持っている。
本来であれば冬となる季節であったとしても秋くらいの気温を保ち、眷属の竜たちも眠ることなく活発に動くのだ。
「焔王によって季節がねじ曲げられる。だったら本来の季節に戻せばいい。強制的に夏を冬にするのは恐ろしいほどの魔力や儀式が必要になるけど、ねじ曲げられた季節を元に戻すならそこまで大きな儀式にはならない……んじゃないかな。精霊の助力も得やすいはず。多分。恐らく」
これはおじいちゃんの資料の受け売りだ。
まあ受け売りでしかないので確証はないのだが。
「そこは自信がないんですね」
アクセル少年が仏頂面を崩し、くすりと笑った。
イケメンだなこの子。
将来はめちゃめちゃモテそうだ。
「でも、きみも冬を想定してる。ということは冬にさせる何かを知っているはず。シュガーにお願いするの?」
「……大筋としてはそうですが、詳細は話せません。あなたには特に」
「え、そうなの?」
なんか敵視されてるのだろうか。
けど少年の顔はどこか申し訳なさそうな雰囲気で、悪意があるわけでもなさそうだ。
「あの、もしかして……お気付きでないですか?」
「何のこと?」
「今、ソルズロア教は無殺生攻略派と討伐派に分かれていて、僕がお世話になっている人は強硬な討伐派です。そしてあなたは無殺生攻略派の希望の星……みたいな扱いなんですが」
「全然知らない」
「えっ」
知らん知らん。
全然知らん。
カピバラたちを見ても、みんな首を横に振っている。
「でも火竜山には行く想定をしていますよね?」
「うん。まあ、趣味というか……」
「趣味!?」
アクセル少年が愕然とした顔をした。
こいつヤバいぞみたいな恐怖をありありと浮かべている。
他の冒険者もなんだか驚いている。
待って、違うの。
「あ、いや、語弊があった。誰かに命じられて行くとかじゃなくて、自分の意思で行くという意味。この状況を座視してよいとはおもってない。できることがあるならやるという、崇高なボランティア精神」
「だ、だとしても、今の話は許可がなければ相当まずいと思うんですが」
「それもそう」
そもそも行くためのお墨付きをもらわなきゃいけない。
「すみません、発言よろしいでしょうか?」
そのとき、おずおずと手を上げた少女がいた。
長い金髪で、溌剌とした雰囲気の子はシャーロットちゃんだ。
大鬼山を一緒に登った、槍持ちのパワフル少女である。
あ、思い出した。そういえばシャーロットちゃんはソルズロア教から依頼されて、私が巡礼神子に認定されるかどうかの審査をしてたんだっけ。その結果どうなったのかもまだ聞いていない。
「お久しぶりです。どうぞ」
「許可については心配ご無用です。火竜山に登って頂けるのであれば是非ともバックアップしたいという方々がおります。詳しくお話したいので、後ほどお時間を頂けないでしょうか。もちろん、私個人としても助力は惜しみません。あなたの山行、見届けたいと思っています」
どぉんという音が聞こえそうなほど、シャーロットちゃんは自信満々に言った。
威風堂々とした姿に、他の巡礼者や冒険者もはやしたてる。
「そうだな……オコジョが行くなら……難しいこと抜きにして見てみたいよな」
「あいつがまた意味不明な登山するなら……流石に興味ある」
「今度ファッションショーとか服の展示会とかやってよ。あんたたちオシャレでズルいのよ」
意味不明じゃないです。
ちゃんと理論に従ってるもん。
「ありがとう、シャーロットちゃん。そういうわけで、私は無殺生攻略について色々と考えてる……それで、アクセルくんは焔王を倒すつもり?」
「それが僕の使命です」
アクセル少年が、淡々と告げた。
気負いがない、わけではない。
当たり前に自分の運命を受けているような、そんな雰囲気だ。
「……なんでそれが使命なのかは色んな事情があるだろうし、ここでは聞かないけど……勝って生き残る算段はあるの?」
「もちろん」
「ただ焔王と戦うだけじゃない。その後も含めて」
そう言うと、アクセルくんは黙った。
私が引っかかるのは、ここだ。
彼は邪精霊シュガーに対価を払っている。
呼び出す呪文から推測するに、それは寿命だ。
「私は無殺生攻略すると言ったけど、別にきみと対立するとか、競争するとか、そういうつもりは一切ないよ。同じ山を見るなら、ここにいるみんなと同じ仲間。だから命を大事にしてほしい」
「僕は、あなたたちを危機に陥れたのですが」
アクセルくんから困惑気味の質問が来た。
「きみは、山、好き?」
「好きですけど……」
「どんな山が好き?」
私は、アクセル少年のことをもっと知りたい。
少なくともただ義務や使命といった堅い理由で山へ挑んでいるわけではないと思う。
「……鬼王岩城山は峻厳で、人を寄せ付けない、恐ろしい山です。けれど景色は雄大で、どんなに強い敵と戦おうがちっぽけだと思わされます。素敵な山です」
「私も行きたい」
「火竜山も、いい山だと思います。焔王の恐ろしさばかり広まってますが、そこにしかない花があって……鳥がいて……。ドラゴンはその一部でしかない」
「いつの時期が好き?」
「早春の、山頂の雪はしっかりと硬いけれど、麓では新芽が伸び始める頃が」
「残雪期いいよね。わかる。冬だけど優しい感じがする」
「ええ、それはすごく……」
アクセルくんが、年相応の顔をしている。
私がそれに気付き、アクセルくんも気付かれたことに気付いた。
「や、やめてください。真面目な話をしているんです。僕とあなたは対立する立場にあるはずです」
「こちらを陥れようとしたわけじゃないでしょ。それとも、そうしようと思ったの?」
「それは違います! そうしなければもっと大変なことになっていたからで……」
「なんでそうなったのかもう少し詳しいことを聞いておきたいけど、やむを得なかったんだろうなってことはわかるよ。領主や偉い人同士の責任問題に、現場にいる私たちが振り回されることはない。私がここで伝えたいのは、私たちがどうやって生き残ったのかを知ってもらって、もっと他にいい方法があったのかを相談して答えに近付くこと。命を賭けるなら、命を捨てなくていい方法の模索は、投げちゃダメだと思う。それが、今回の事故報告の私の結論」
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