事故の報告をしよう 2
冒険者たちがどよめく。
私たちの会話に何か察するところがあった……だけではない。
この銀髪の線の細い美少年が何者なのか、すでに知っている人も多いようだ。
「こいつ……完殺のアクセルか」
「あの鬼王岩城山のツチグモを倒したっていう……最強の魔法使い」
「うそだろ、こんな子供が!?」
すでに冒険者たちにも名前が知れ渡っているようだ。
半分は称賛、半分は非難。
そして一部は、いたましさや同情だ。
様々な感情を孕んだ視線を受けて、彼は涼しい顔をしていた。
「……何も言わないわけにはいかないと思います。色々と説明やお詫びはしなければいけないので」
「うん。でもこの場ではやめとこう。あんまり長く会議室を借りてるわけにもいかないし」
「ですが……」
この子に言いたいことは色々ある。
非難、ではない。
非難をするとすればこの子の上司にだ。
「色々と大変なんだろうけど、私たちは、ここにいるのはみんな、巡礼者と冒険者。パートナーシップがある。きみもその一人」
その言葉に、彼はようやく納得した様子だった。
「他に質問は、ある? きみも、きみ以外の人も」
空気を切り替えようと思って全員に声を掛けた。
「もしあなたが火竜山に挑戦するとしたら、どうしますか?」
アクセルくんが剛速球を投げてきた。
けっこう政治的に危うい質問だと思うんだけどな。
焔王復活とか火竜山の攻略ってまだ秘密なんじゃなかったっけ。
ここにいる冒険者たちもちょっと引いてる。
「ごめんちょっと難しい話わからないから聞き返すんだけど、これ話しちゃっていいやつ?」
私の言葉に、みんな微妙な顔を浮かべた。
コレットちゃんは……なんか苦悶の表情で耳を塞いでいる。
聞かなかったことにしてくれるやつかな。
「……ま、あくまで仮定の話だしいいんじゃないか。五大聖山だから容易に挑める場所じゃないが、お前なら挑めるだろう。となると巡礼者も冒険者も興味あるさ」
「アスガードさん」
そうか、焔王が復活するって話が秘密なだけなんだ。
超強い最強ドラゴンが復活して大災害が起こるという話が秘密なだけで、「仮に出たらどうする?」って話をするだけならばギリギリセーフだ。いやアウトな気はするけど、誤魔化しは利く範囲なのだろう。
「んー……まず火竜山がどんな山か、皆さんどれくらい知ってる? はいアスガードさん早かった」
アスガードさんがいい感じに挙手してくれた。
年の功なのか、会議や授業のノリをわかってくれてとても助かる。
「五大聖山の一つで、焔王が封印されている。本来は活火山だが聖地の力によって封印されているんだが……度々目覚めてこの国や周囲の集落は大ピンチになる」
「うん」
「そして封印されている状態であっても、眷属のファイアドラゴンが山頂に陣取っているから冒険者も巡礼者もトップクラスの実力が求められる。火竜山の巡礼を生涯の目的にしてる冒険者や巡礼者は多い。ここにもいるんじゃないか?」
アスガードさんが周りに呼びかけると、同意するように頷く人が何人かいる。
「ありがとう。じゃあそれを歩いて攻略するとなったとき、どう見る?」
「歩く分には、いい山だ。焔王がいなけりゃドラゴンもそこまで凶暴じゃないし、活動周期をちゃんと把握している限り巡礼も散策もできる」
火竜山は難易度が高い。
そもそもドラゴンが出る時点でファンタジー人外魔境だ。
だが、剣と魔法でドラゴンを倒す豪傑だけに許された山ではない。
ドラゴンは、よく眠るのだ。
ていうか大型の肉食獣ほど長く眠る。ライオンとか15時間くらい寝るらしい。火竜山のファイアドラゴンにいたっては80時間くらい寝る。ファイアドラゴン未満の、日を吹くトカゲのサラマンダーやファイアラットといった下位の魔物さえ倒せるならなんとか攻略できる。
「壮大な滝があり、美しい湿原や池があり、そこにしか咲かない固有種の草花がある。急峻な岩場が多くて苦労するが、大昔の人が用意した木道もところどころにあるし、竜避けが施された山小屋もある。山小屋の番人が交代交代で火竜山に入って営業してるんだ。あそこのメシは美味いぞ」
「あ、行ったことあるんですね。いいなー」
火竜山の標高は3000メートル程度で、聖地の入口であり登山口の標高は1000メートル程度。日本で言うならば八ヶ岳、あるいは尾瀬あたりの空気感に近いかもしれない。
一番メジャーなルートを取るならば累積標高差2000メートルと往復24キロなので、一泊か二泊は必要になる。一部のアスリートクラスや体力おばけなら日帰りもできる、といったところだろう。そしてこの山だからこそ見られる景色があり、攻略の名誉のみならずその美しさを求めて、多くの冒険者が訪れる。
ほんと、何事もないときに行きたかった。
「ま、普通はドラゴンが眠ってるうちに山頂アタックを済ませて攻略するもんだ。流石にドラゴン退治は骨が折れる。犠牲なしに攻略できるのは……トップクラスの冒険者だけだろうな。そしてこれはあくまで平時の話だ」
アスガードさんが、最後の言葉だけ重々しく、ゆっくりと語った。
ここからが本題だぞと皆に促す。
「……焔王が起きているときは、眷属のドラゴンも眠らない。数も増えるし凶暴さも増える。何十匹というドラゴンが空を舞うから、悪夢みたいな光景が広がるわけだ」
焔王が最強モンスターであるという残酷な事実だけではない。
多くのドラゴンがびゅんびゅん空を飛び交って人を食い散らかす。
「……そこをなんとかしたのがアローグス氏だね。彼は『ドラゴンは空を飛ぶ希少な魔物で、空対地の戦闘にはべらぼうに強い。だが空対空の戦闘は案外へたっぴで、小回りが利かず鳥よりも鈍重』と見抜いて空を駆けた」
「とんでもないな」
「問題は今、アローグス氏もいなければ飛行魔法の使い手もいないこと。その上でどう対処すべきか」
さて、火竜山についての知識と、なぜ飛行魔法が適切だったのか、すべてはおじいちゃんの資料を読んだ上でのことだ。おじいちゃんにとって火竜山攻略は特別だったらしく、火竜山の地図や、攻略の詳細は色々と残していた。日記や回顧録こそ無かったものの、何を考えていたかをトレースすることはできた。
長い前置きだったが、ここからが一番重要だ。
「その上で、今の時期においては巡礼者も冒険者も、何の手出しもできない。アローグス氏や、あるいはオリーブ氏のような超人がいれば話は別だけど……」
魔物の出るポイント、地形的な難所、焔王や眷属のドラゴンの特徴、多くの情報を知った上で、私は思った。
無理。
「だから断言する。火竜山を攻略できる条件は一つだけ。冬、それも雪がしっかりと積もる厳冬期」
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