経営計画を立てよう
「名残惜しいけど、ひとまず王都に帰ろう」
私たちは資料整理が一段落したところで、おじさまたちと共に王都へ戻ることとなった。
おじさまはおじさまで、領内の聖地パワーを勝手に使われた件についてソルズロア教に殴り込みを……ではなく正式な抗議をしなければならない。
私たちもおじいさんの工房の様子を確認しておきたいし、巡礼者教会に事故報告を済ませる必要がある。一応、書面で済ませてはいるのだが、面談みたいなものが必要らしい。うーんお役所仕事は面倒。
本当はシュガートライデントの残り二座を攻略しておきたいんだけど、文句を言っても仕方が無い。事故報告は大事だからね。
で、王都に着いた後はおじさまたちとは別行動だ。
滞在中は会うことも多いだろうしお別れというほど寂しいものでもないけど。
まずはお互いに仕事を済ませなければいけない。
そんなわけで私たちは色々と面倒事が多そうな巡礼者協会への顔出しを後回しにして、クライドおじいさんのところへ向かった。
「お嬢様! オコジョ様! よく無事にお帰りで……!」
「がはは、英雄たちの凱旋だな」
クライドおじいさんの靴工房に顔を出すと、職人たちが黙々と働き、おじいさんとコルベット伯爵があれこれと話し合いをしていた。だが私たちの顔を見た瞬間に顔をほころばせて、涙を流さんばかりに大歓迎していた。
「ごめんなさい、心配かけたわ」
「す、すみません……私たちが付いていながら……」
カピバラが照れている横で、ニッコウキスゲは申し訳なさそうにしていた。
めちゃめちゃ肩身が狭そう。
だがここで謝るべきなのは彼女たちではない。
私です。
「ごめんなさい。今回のトラブルのすべての責任は私」
「気にしないでください……とは申せません。手紙を読んでる途中、生きている心地がしませんでした。待つ方の身になってください」
普段、まず怒ることのないクライドおじいさんからの言葉は重い。
こんな優しい人に心配を掛けてしまった。
「ですが生きて帰ってきたことには胸を張ってください。お嬢様はもちろん、オコジョ様たちがちゃんと帰ってきてくれたことが、喜ばしいんですから」
「……うん。ありがとう」
ヤバい。ちょっと泣きそうになる。
なんだかここは第二の故郷って感じがして、胸がざわめいてしまう。
「ったく跳ねっ返りの小娘め。こやつらはどうせ空を飛んででも生きて帰ってくる」
「空を飛ぶのは入念に検討した結果、断念しました」
「真面目にこんなことを言ってのける連中だ。だから心配などしても無駄じゃ」
ふん、と伯爵がつまらなそうに言った。
ある意味、信頼の証でもある悪態なので悪い気はしない。
「またそういう憎まれ口を言うんですから。手紙が来てからというもの、毎日毎日ここに来てまだ帰ってこないのかとやきもきしてたじゃありませんか」
「うっ、うるさいわい!」
ただのツンデレだった。
わかってました。
「貴様らもにやにやするでないわ!」
「はーい」
おほん、と伯爵が恥ずかしそうに咳払いする。
まだ話は終わっていないようだ。
「……普段ならば『工房の代表たる者、軽々と動くな』と言いたいところではある」
「はい」
「だが今は非常時に近いからな。むしろお前たちに山を攻略してもらわねば困ることになる、そういう状況が近づいている」
そう、今は焔王という巨大ドラゴン復活を控えて世情が不安定だ。
「だからこそ、安全を保ちつつもワガママで在り続けろ。行きたいところには、行け。行きたくないところには、行くな。軸がブレたときこそ本当の危機が訪れると思え」
「気を付けます」
伯爵の言葉は含蓄がある。
カピバラも、ツキノワも、ニッコウキスゲも、ちょっと伯爵を見る目が違う。
偏屈ではあるけど芯が通っている、そんな印象がある。
「さて、堅い話はそのくらいにしておきましょう。もう少し楽しい話をしましょうか」
「楽しい話?」
「今すぐ……というわけではないのですが、店舗を開きませんか?」
えっ。
それは楽しい。すごくときめく言葉だ。
「店舗って……靴を売るお店ってこと?」
自分で言っておいてなんだが、当たり前のことだった。
クライドおじいさんが当然のように頷く。
「ええ。他にも伯爵が作ったジャケットやオコジョ様が発案したインナーなど、どこからか聞きつけて買い求めに来る人が多くて手が回らないのですよ。どこか店舗があって、工房と切り離されていれば、在庫切れなども説明しやすいですし」
「製造の方は問題ないの? カピバラのパパの騎士団に納入する分とかたくさんあったと思うけど」
「今のところ問題ありません。むしろこの仕事が終わった後の、次の仕事を確保したいのですよ。仕事を覚えてもらった人にもまだまだ教えたいことはありますし」
おお……経営者や職人頭の顔をしている。クライドおじいさんには苦労を掛けたから、仕事の中での楽しみを見出してくれたなら嬉しいな。
「店舗を開くって言っても、お店の場所を決めたりお店そのものを作ったり、店を回す人員を雇ったり、やらなきゃいけないこと幾らでもあるじゃない。みんな未経験でしょ」
「俺の実家に相談してみるか? 他にも、巡礼以外の仕事を探してて山歩きに詳しいやつの知り合いもいるし、探そうと思えば探せるぞ。面白そうだし儲かりそうだ。食いつくやつは多いぜ」
と、ツキノワが言った。
そういえばツキノワは商人の家の生まれだったっけ。
こういう商売のチャンスの話は聞いていて楽しいんだろう。
「まあ焦るな。他にも色々と問題もあろう。例えば大々的に売り出してしまえばコピーする靴職人も出てくるだろう。職人から漏れることもありえるじゃろうし、それはよいのか?」
コルベット伯爵が危惧を口にする。
「うーん……まあ、いいと思う」
職人やギルドでの仁義というものはあるだろうし契約も結べるだろうが、ある種のコピー商品のようなものが出回るのもそれはそれで仕方ないと思う。
「大事なのは、私たちが一番最先端で、最高品質だってことを示せること。それがあればいくら模倣商品があったって怖くない」
「つまりはブランドであることを示せというわけじゃな。わかっておるではないか」
「なので可愛いロゴがほしい。もうすでにオコジョ&カピバラって名前で噂されてるみたいだから、動物のロゴマークがいいのかな」
私の言葉に、伯爵が「なんじゃいそれ」と呆れた。
「おいおい俺たちのあだ名も使ってくれよ。ズルいぞ」
「そーね。仲間はずれかい?」
「ていうか既成事実を元に進めないでくれる?」
やいのやいのと皆が「こんなロゴはどうだ」とお絵描き大会が始まってしまった。
すると呆れていたはずのコルベット伯爵が美麗なタッチで素敵なオコジョとカピバラを描いた。絵心あるじゃんこの人。
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