秘密を語ろう
「……というわけで、私は異世界から転生してきたってわけ」
カピバラに、私の前世についてざっくり話した。
私が地球の日本という国の、登山趣味を持つ一般人女性であったこと、婚約破棄された瞬間にそれを思い出したこと、その知識を使って様々な道具を作ってきたことなど……だ。
正気を疑われるか、それとも怒られるか、どちらも覚悟していた。
だが、カピバラはむっつりとした表情で黙ったままだ。
「……えっと、カピバラ?」
「質問、いい?」
「うん」
「とりあえず、あんたの知識が異世界由来だって言われると、正直納得するところはあるわ。もっと早く言いなさいよって思うんだけど、そこは十億歩譲って許す」
「十億歩もあるんだ」
ていうか異世界が存在するってことも受け入れている。
案外、話が早い。
「あんた、そのニホンとかいう国の言葉は喋れる?」
「えっと……」
「ああ、オハチメグリとか、ケンガミネとか、こっちの世界に置き換えられない伝来語じゃなくて、日常会話として喋ることってできるってこと。どう?」
「えーっと……」
いきなり言われると難しい。この国の言葉でものを考えて喋っているのだし、日本語を使うなんて何十年もしていないし……って、あれ?
「……よくわかんない。あれ、なんで?」
「あと、前世の家族とか友達とか思い出せる?」
えーと……前世、小此木翔子さんの父と母は……いた。
いたけど名前がよくわからない。
お父さんお母さんと呼んでいたまではわかるのだけど。
あと妹もいた。
なんとかちゃんとか呼んでいた気がする。
そして重大なことに気付いた。
顔が思い浮かばない。
「それもわからない」
「異世界から転生してきた人は、逆にこっちの世界の言葉が上手く喋れないのよ。でも、そうじゃないパターンは、こっちの世界の言葉はちゃんと喋ることができて、異世界の記憶はあくまで断片的な知識になるらしいわ」
……そうじゃないパターンとかいう不穏な言葉が出てきた。
「転生者は魂に刻まれた言葉が邪魔をして、新しい言葉を覚えるのに苦労する。ふとしたときの『えっ』とか『あっ』とか『ごめんなさい』とかも、元の世界の言葉で出るらしいの」
「そーなの……? ていうかなんで知ってるの?」
「千年かに一度とか、魔王が復活したときとか、異世界から来た人が現れるらしいわ。だから騎士団の役職者とかにはこっそり異世界転生者を保護するための手引が伝わってるってわけ」
全然知らなかった。
いや、カピバラの言い分の通りなら、騎士団とか国の上の人とかにのみ伝わっている話なのだろう。
だがそれはそれとして、大きな問題がある。
「えーと、それじゃあ……私ってなに? 異世界転生者と思い込んでる一般人女性?」
「あんた自分のこと一般人女性と思ってるあたり無自覚に厚かましいわね」
「謙虚さの現れだと思う」
「どこがよ、まったく……。あんたが人生を一度経験した精神年齢50代とか60代とかって印象が皆無じゃないの。むしろ精神とか魂の年齢が実年齢より低いんじゃないかって疑ってるんだけど」
ぐぬぬ、それを言われると確かに年上の自覚とか全然ないけど。
「ともかく教えてほしい。異世界転生者じゃないパターンって、なに?」
答えを急かすと、カピバラは悩む素振りをしつつも答えた。
「あんたの話が本当だとしたら……伝来者、だと思う」
「でんらいしゃ?」
「異世界人の魂がこの世界の人の魂に触れて、知恵や記憶が授けられた人のことよ」
「魂が触れる……」
「そして神の言葉を預かる預言者みたいに、異世界の誰かが、この世界の誰かに、知恵を授けている。そうして異なる世界は交流してると言われているわ。逆にこっちの人が異世界の人に何かを授けるパターンもあるらしいけど、確認のしようがないから何とも言えないわね」
「そういう呼び名があるってことは、実例とかあるの?」
「有名なところだと……建国王の側近の一人が伝来者だったわ。国民の人別帳を作ったりしたり、騎士団と裁判所を分離させたり、今の行政を作り上げた偉人ね」
「へぇー……」
「あ、でもこれあんまり話しちゃ駄目よ。上級役人とか騎士団の幹部クラスとかなら必須の知識だけど、みだりに話しちゃ駄目なことでもあるから」
なるほど。国の成り立ちにおいて、「異世界の知識を頼ってます」と言うのは憚られるところもあるのかもしれない。
……じゃあ、そういう人間を、国がどう扱っているんだろう?
「知られたら幽閉されるとかある?」
「そういうのは聞いたことないけど……厄介なことには違いないわね。まあ、伝来者の方も秘密にしてることが多いらしいし」
「色んな道具とか作ったり、新しい攻略法とか考えたりしたけど、ソルズロア教にバレてたりするかな」
「それはない……んじゃないかしら。もし気付いてたら、巡礼巫女にするしないの話が出たあたりでちゃんとした接触があると思う」
「そっか」
「ていうかあんたの場合、知識で何とかしてるのか経験で何とかしてるのか傍から見るとわかりにくいし、靴とか道具を作ってるのあたしと大叔父様じゃないの。疑われるとしたらあたしになるんだけど」
実際カピバラ、そしてクライドおじいさんは凄いと思う。
よくこんな発想に付き合ってくれるものだ。
……あ、そうか。私はあくまで、彼女たちに作ってもらった道具とテクニックで巡礼をしている。だから道具作りやフィクサー的な立ち回りをしているのはカピバラの方だ。赤の他人から見たら、カピバラが、私に、知恵と道具を授けて巡礼をさせているように見えるだろう。
つまりカピバラの方が遥かに怪しい。
「それはそう。ほんとそう」
「笑い事じゃないんだけどぉ!?」
「ごめんごめん」
怒ったカピバラに、首根っこ掴まれてぶんぶんされる。
秘密を打ち明けるつもりが心配事が増えてしまった。
「仲間はともかく、迂闊にそれ話しちゃダメよ! あんたわかってるぅ!?」
「も、もちろん。カピバラ以外にはまだ誰にも話してない」
「そ、そうなの……ならいいけど」
カピバラがちょっと照れつつ納得してくれた。
よし、セーフ。
いやセーフじゃない。何も解決してない。
「前世だと思っていた地球人登山家女性の小此木彰子が私じゃないとして、私って……なんだろう?」
「なんだろうって言われても、オコジョはオコジョでしょ」
「それはそうだけど」
「……オコジョは、その人のこと、気になるわけ?」
「そりゃまあ、自分のことだと思ってたから……そうじゃないかもって言われると座りが悪いって言うか……自分に自信がなくなるというか……。なんていうか、自分がお姫様だと思ってたけど実は自分がお姫様の影武者だったと教えられた気分というか」
「それは政争に巻き込まれたお姫様が死んじゃって本物のお姫様を一生演じるパターンじゃない?」
「実際そんな感じかな……。問題ないとしても居心地が悪い」
結局は、ここだ。
私は誰なのか、私の記憶は誰なのか、その答えがないとモヤモヤする。
「……まあ、あたしも異世界転生者とか伝来者とか会ったことはないから、実際のところオコジョは転生者なのかもしれない。でもあたしにとって、それはどっちだっていいことよ」
「けっこう真剣に悩んでるんだけど」
「だって、それを知ったところで、オコジョがオコジョであることが嘘になるわけじゃないもの」
ちょっと苛ついてしまった私に、カピバラが単純明快な答えを出した。
「そ、それは……そうだけど」
「それはきっと、他の人にとってもそうよ。ツキノワやニッコウキスゲも同じことを言うと思う。あんたのおじさまやおばさまにとっても……多分、傍迷惑な姪っ子なんじゃないかしら」
パパやママが生きていてこれを知ったとして、私の前世や私の記憶を話して動揺するだろうか。
大なり小なり動揺はするだろう。でも、なんだかんだで受け入れてくれる気がする。
「傍迷惑ってところ以外は、その通り」
「傍迷惑で、わがままなやつよあんたは。少なくともあんたは、あんたのわがままであたしたちをこんなところまで連れてきた。それはあんたの持ってる誰かさんの記憶が命じてそうさせたの?」
「それは、違う」
前世の知識とか経験はすごく役に立ってるけど、私は前世の自分を満足させたいから来たわけじゃない。他人の願いを叶えるために登ってるんじゃない。私の目が、私の身体が、美しいと感じたものを感じてる。
「婚約者を取られてカピバラに怒ったことも、なんかウジウジしてるカピバラを山に連れてったのも、全部私の意思。私のワガママ」
「ウジウジってなによ! ていうか全体を通して見たらあたしのほうが被害者って言っていいんじゃないのこれ!」
「あ、そこを開き直るのはアウト」
「だってあんた許すっていったもん! 嘘吐いたわけぇ!?」
「言ったけどそういう振る舞いしていいとは言ってないし!」
「そーゆー一線引くならあんたの方のアウト発言とかアウト行動の方が多いんだけど!? はぁー、命の恩人にそんな口きいちゃうんだ。あんた、わたしが見捨ててたら死んでたんですけどぉ!? これでもう全部チャラどころか貸しの方が絶対多いからね!!!!」
「そっ……そうだけど……!」
ぐぬぬぬ……!
この女、言わせておけば……と言いたいところだが、命の恩人なのはまったくその通りだ。
これを持ち出されると一切反論できない。
ホビー会社なら禁止カード扱いを検討するレベルの強さだ。
「だから、あんたのワガママって、きっと、あんたのものよ。あんたのワガママを前世だか異世界人だかのせいにしたら、きっと異世界人もたまったもんじゃないわよ」
その言葉に、なんだか、すとんと腑に落ちてしまった。
今までずれた椅子に座っていたような、サイズの合わない靴を履いてるような、しっくり来ない感が、さあっと消えていくのを感じる。
「……うん。私のやりたいこと、やるっきゃないって思ってやってる。前世の知識を思い出したことがきっかけで始まったことだけど、私のワガママであることには間違いない」
「だったら、それでいいじゃない」
カピバラが、ふふっと笑った。
なんだ……今まで秘密にしていたことが、なんだかバカバカしくなってきた。
「……カピバラ」
「うん」
「寝よっか」
「だったらなんで眠気が覚めるような話をするのよ!」
「本当ごめん」
残り僅かだった体力を使い果たした私たちは、笑いながらベッドに横になった。
今度こそ本当に、長い長い山行が終わりを迎えたのだった。
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