表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/28

正直こうなる気がしてた

「はあーっ!どどど、どうしよどうしよ…!」


 鏡攻撃の奇襲を受けたエレナさんが、うろたえる。泣きそうな顔だ。よっぽど人に見せたくない願いなのだろう。

 ん?

 今気づいたけど…。

 ということは、私と両想いになりたいっていうあれは、一番の望みってわけじゃなかったのだな。公言していた願いがバレたからって、焦る必要はないわけだし。まあ、いいけどさ。

 無情にも霧は、彼女の体から放出し続ける。あれが全部出切ったら、心に秘めたる願いがぼわぼわーんと映るわけだ。

 混乱したエレナさんは、その場で足踏みしてぐるぐる回り始めた。

 一方ミレイちゃんは、意外にも冷静な様子だ。「しょうがないなー」って感じで姉を見ている。


「あああ、これ、これ、どうしよう、どうしたらいいの…?!」

「いやいや、おちついてエレナさん。ほら私ら、あっち向いてるからさ。ね。」

「そうだよ姉さん。そんなに慌てる必要ないよ。何を心配しているか知らないけど、きっと取り越し苦労だよ。姉さんの願望が恥ずかしいものであるはずはないし、例えそうだとしても、失望したりはしないから。」

「たぁー!」

「えええええっ?!」

「姉さんっ?!」


 私とミレイちゃんが、驚きのあまりつんのめる。

 エレナさんが、剣を自分に突き立てたのだ。

 急所を突いたのだろう、一撃でクリスタルが砕けた。緊急転送機能が作動し、彼女の体が消えた。

 同時に霧の発生もキャンセルされ、文字通り霧散した。


「え、ちょ、え、え?!あれ、だ、大丈夫なん?!クリスタル壊しちゃったけど、大丈夫?!あれ何回目?!」

「いや、一回しか壊してないはずだから、まだ二回目だから、平気は平気なのですが…!姉さん…!」

「そっか、にしても、あそこまでして見せたくない願いって一体…。」


 うわーびっくりした。

 まったくあの娘も、思い切ったもんだ。

 だってさ、運よく霧は解除されたけど、出続ける可能性も十分あったんだよ?転送先のギルド本部で、恥ずかしい欲望大公開という危険もあった。パンパカパーンと。

 いや、まーでも、それはエレナさんも承知の上か。

 つまり、大勢の人にばれるよりも、私かミレイちゃんにばれる方を恐れたわけだ。

 とは言え私は、かつての憧れだったとしても、出会って数日の他人。「ばれてもやむなし」と思った大勢の人らと、そんなに差があるとは思えない。

 ということは。

 誰よりも何よりも、ミレイちゃんだけには知られたくない欲望だったわけだ。あんなに仲良しだったのに。

 うわーなにそれ。めちゃくちゃ気になるじゃんかよ。気になりすぎて、恥をさらした後悔もちょっと薄らいだよ。


「はっ、敵は?!」


 われに返ったミレイちゃんが、周りを見渡す。そうだ、そういや戦闘中だった。

 しかし、ケットシーの姿はすでにない。

 また物陰に身を潜め、隙をうかがっているんだろう。

 このフロアには、変な石像やらオブジェやらがたくさんある。小柄なあいつが隠れるにはうってつけだ。

 そもそもケットシーは、知恵とスピードが売りのモンスターである。かくれんぼはお手の物というわけだ。


「…隠れたか。すばしこいやつ。」

「だねー。」

「しかたありません。こうなったら、広範囲の敵を一匹残らず完全麻痺にかける呪文、『ゲルマンド』を使います。とどめは任せましたよ。」


 ミレイちゃんが杖を構える。やる気まんまんだ。


「えーでも、それって確か高位魔法じゃん。詠唱時間長めなんでしょ。鏡攻撃のいい的だよ。」

「問題ありません。相打ち上等です。さっきも言ったように、ボクには見られて困るような欲望なんてないですから。」

「うーん。」


 ミレイちゃんの言い分に、私はぽりぽりと頭を掻いた。


「あのさー。正直それ、振りにしか聞こえないっつーか…。」

「は?」

「いやさー、こういうのって、自分でも気づいてない願望が出ちゃったりするもんなんだよ。自分じゃヨコシマな欲望なんてないって思ってても、無意識ではそうじゃないんだって。人間ってやつはさ。無理せず退却しとこうよ?」


 ミレイちゃんの清廉潔白さ。

 本人は自信満々だけど、私は正直怪しいもんだと思っていた。自分じゃ気付いてないだけでしょ、って。

 そして、自覚症状がないぶんだけ、バラされたときの心のダメージもでかいわけで。

 ハッピーな気分にさせてくれるシトリィミラーは、ミレイちゃんにとっては地獄の最終兵器となる。そんな気がしていた。

 正直、彼女とケットシーとを戦わせたくなかった。やべー予感しかしないよ。


「今回はレジャー気分で来たんだしさ。報酬安いんでしょ?やめとこうよ。帰ろうよ。」

「はあ?だめですよ。あのケットシーを倒すまでは、ここから出ません。」


 こっちの気も知らず、ミレイちゃんはかたくなだった。


「絶対にあのボスは倒します。どんな手を使っても、必ずや。」

「なんでさ。」


 と聞くと、彼女は冷たーい目つきでこちらを一瞥した。そんなこともわからないの、みたいな目で。


「だってそうでしょう。姉さんにあんな辛そうな顔させたゴミクズは、ぶち殺すほかないじゃないですか…。」

「そ、そだね…。」


 据わった目つきのミレイちゃんに反論できず、私はただ頷いた。

 ケットシーにしてみれば、家に侵入してきた奴を撃退したまでなので、完全に逆恨みではある。でもまあ、そんな正論はけして言うまい。怖いし。

 だけどなー。嫌な予感するんだよなー、実際。

 鏡攻撃が来る前に、私がケットシーをやっつければ、万事解決する話ではある。

 でもそれも、正直厳しい。

 ていうか、たぶん無理。

 私の攻め方は、高速移動で常に死角を取りつつ一点集中攻撃、というものだ。

 なので、小柄ですばしこいケットシーとは相性が悪い。勝てないことはないだろうけど、けっこう時間がかかるはず。一瞬で放たれる鏡攻撃を阻止することはできないだろう。

 けっきょく鏡攻撃が阻止できないなら、確かに、ゲルマンドで麻痺させるのがベストではある。でも…。

 なんてうだうだ悩んでいるうちに、ミレイちゃんが、一歩前にずいっと出た。もう止められそうにない。しゃーない、やってやんよ。こっから先は私もマジだ。


「ではいきますよ。準備はいいですか。」

「しょうがない、いつでもどうぞ。」


 ミレイちゃんの双眸が、半目に閉じられた。

 呼気が変わった。

 大きく吸い、浅く吐き出す。そのたびに、大気が奇妙にうねる。

 集中の高まりとともに、彼女の内部を循環している魔力が錬成されていく。触れずとも、空気の震えを通してこちらまで伝わってくる。

 ミレイちゃんが、杖の下側の先端…石突と呼ばれる部分で、床を叩いた。

 コオォォォン

 という乾いた音ともに、足元に魔法陣が展開する。

 トランス状態になった彼女の唇から、流れ出すように言葉があふれた。


「闇孕む影、われ欲す 影殺す闇、われ欲す 星を喰らうは白き鷲 月を喰らうは赤き蛇…」


 呪文とともに、魔法陣が広がっていく。凄まじい拡大速度だ。小さな円だったそれが、あっという間にフロア全域を覆うほどになる。この陣の内側が、すなわち攻撃範囲となる(この呪文の場合は)。

 そのとき、気配を感じた。

 物陰。

 左前方で何かが動いた。振り向く。

 ケットシー…ではなかった。石像。ゆっくり傾き、倒れつつあった。思わず注視する。

 その反対側から、ケットシーが飛び出す。

 鏡。光った。ミレイちゃん目掛けて。

 鏡攻撃…、直撃だった。

 霧。

 ミレイちゃんの体中の毛穴から、霧が噴出する。彼女は構わず、詠唱を続けた。


「…轟雷轟雷又轟雷 地鳴り山鳴り天が鳴り 無明の夜に眠る竜 時の鐘もてその眼を開けっ!『ゲルマンド』!」


 ごおっ!

 或いは、

 どおっ!

 という、形容しがたい異様な重低音が鳴り響く。

 同時に、地面から強烈な風が吹きあがった。

 いや、風じゃない。

 瘴気だ。

 巨大魔法陣から噴出する、凄まじい瘴気の渦。どこに隠れ潜もうとも、逃れられるはずはなかった。


「ヒョギョギョッ?!がぎぎぃーっ!」


 跳躍しかけていたケットシーが、歯を食いしばって硬直する。

 カラン

と鏡が落下した。

 ケットシーが手足をつっぱらせ、ひっくり返る。呪文の効果。完全に効いたみたいだ。

 それから少し間をおいて、霧が、幻影を映した。

 ミレイちゃんの心の願いを反映した、欲望の幻影。


「……!」


 ミレイちゃんが、息を呑む。

 顔がみるみる紅潮し、眼に涙が溜まっていく。

 ほんとにもう。だから言わんこっちゃない。


「がっ…ひっ…!」


 動けないケットシーに近寄る。メルト。光弾。力尽きるまで浴びせる。倒した。鏡を靴のかかとで踏み割る。霧が消えた。やれやれ、まったく。

 振り向く。

 ミレイちゃんが、顔を手で覆って座り込んでいる。

 泣いているようだ。

 よほどびっくりしたのだろう。つまり、よほど厳重に、自分の気持ちに蓋をしていたのだろう。


「大丈夫大丈夫。」


 隣に座って、背中をさする。

 だから言わんこっちゃないと、心の中でもう一回つぶやく。

 そんなことだろうと思ってた。ミレイちゃんの抱えている欲望。自分では気づいていない本当の願い。案の定、としか言いようがなかった。


 霧に映し出された幻影は、裸でからみ合うラニヤン姉妹の姿だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ