正直こうなる気がしてた
「はあーっ!どどど、どうしよどうしよ…!」
鏡攻撃の奇襲を受けたエレナさんが、うろたえる。泣きそうな顔だ。よっぽど人に見せたくない願いなのだろう。
ん?
今気づいたけど…。
ということは、私と両想いになりたいっていうあれは、一番の望みってわけじゃなかったのだな。公言していた願いがバレたからって、焦る必要はないわけだし。まあ、いいけどさ。
無情にも霧は、彼女の体から放出し続ける。あれが全部出切ったら、心に秘めたる願いがぼわぼわーんと映るわけだ。
混乱したエレナさんは、その場で足踏みしてぐるぐる回り始めた。
一方ミレイちゃんは、意外にも冷静な様子だ。「しょうがないなー」って感じで姉を見ている。
「あああ、これ、これ、どうしよう、どうしたらいいの…?!」
「いやいや、おちついてエレナさん。ほら私ら、あっち向いてるからさ。ね。」
「そうだよ姉さん。そんなに慌てる必要ないよ。何を心配しているか知らないけど、きっと取り越し苦労だよ。姉さんの願望が恥ずかしいものであるはずはないし、例えそうだとしても、失望したりはしないから。」
「たぁー!」
「えええええっ?!」
「姉さんっ?!」
私とミレイちゃんが、驚きのあまりつんのめる。
エレナさんが、剣を自分に突き立てたのだ。
急所を突いたのだろう、一撃でクリスタルが砕けた。緊急転送機能が作動し、彼女の体が消えた。
同時に霧の発生もキャンセルされ、文字通り霧散した。
「え、ちょ、え、え?!あれ、だ、大丈夫なん?!クリスタル壊しちゃったけど、大丈夫?!あれ何回目?!」
「いや、一回しか壊してないはずだから、まだ二回目だから、平気は平気なのですが…!姉さん…!」
「そっか、にしても、あそこまでして見せたくない願いって一体…。」
うわーびっくりした。
まったくあの娘も、思い切ったもんだ。
だってさ、運よく霧は解除されたけど、出続ける可能性も十分あったんだよ?転送先のギルド本部で、恥ずかしい欲望大公開という危険もあった。パンパカパーンと。
いや、まーでも、それはエレナさんも承知の上か。
つまり、大勢の人にばれるよりも、私かミレイちゃんにばれる方を恐れたわけだ。
とは言え私は、かつての憧れだったとしても、出会って数日の他人。「ばれてもやむなし」と思った大勢の人らと、そんなに差があるとは思えない。
ということは。
誰よりも何よりも、ミレイちゃんだけには知られたくない欲望だったわけだ。あんなに仲良しだったのに。
うわーなにそれ。めちゃくちゃ気になるじゃんかよ。気になりすぎて、恥をさらした後悔もちょっと薄らいだよ。
「はっ、敵は?!」
われに返ったミレイちゃんが、周りを見渡す。そうだ、そういや戦闘中だった。
しかし、ケットシーの姿はすでにない。
また物陰に身を潜め、隙をうかがっているんだろう。
このフロアには、変な石像やらオブジェやらがたくさんある。小柄なあいつが隠れるにはうってつけだ。
そもそもケットシーは、知恵とスピードが売りのモンスターである。かくれんぼはお手の物というわけだ。
「…隠れたか。すばしこいやつ。」
「だねー。」
「しかたありません。こうなったら、広範囲の敵を一匹残らず完全麻痺にかける呪文、『ゲルマンド』を使います。とどめは任せましたよ。」
ミレイちゃんが杖を構える。やる気まんまんだ。
「えーでも、それって確か高位魔法じゃん。詠唱時間長めなんでしょ。鏡攻撃のいい的だよ。」
「問題ありません。相打ち上等です。さっきも言ったように、ボクには見られて困るような欲望なんてないですから。」
「うーん。」
ミレイちゃんの言い分に、私はぽりぽりと頭を掻いた。
「あのさー。正直それ、振りにしか聞こえないっつーか…。」
「は?」
「いやさー、こういうのって、自分でも気づいてない願望が出ちゃったりするもんなんだよ。自分じゃヨコシマな欲望なんてないって思ってても、無意識ではそうじゃないんだって。人間ってやつはさ。無理せず退却しとこうよ?」
ミレイちゃんの清廉潔白さ。
本人は自信満々だけど、私は正直怪しいもんだと思っていた。自分じゃ気付いてないだけでしょ、って。
そして、自覚症状がないぶんだけ、バラされたときの心のダメージもでかいわけで。
ハッピーな気分にさせてくれるシトリィミラーは、ミレイちゃんにとっては地獄の最終兵器となる。そんな気がしていた。
正直、彼女とケットシーとを戦わせたくなかった。やべー予感しかしないよ。
「今回はレジャー気分で来たんだしさ。報酬安いんでしょ?やめとこうよ。帰ろうよ。」
「はあ?だめですよ。あのケットシーを倒すまでは、ここから出ません。」
こっちの気も知らず、ミレイちゃんはかたくなだった。
「絶対にあのボスは倒します。どんな手を使っても、必ずや。」
「なんでさ。」
と聞くと、彼女は冷たーい目つきでこちらを一瞥した。そんなこともわからないの、みたいな目で。
「だってそうでしょう。姉さんにあんな辛そうな顔させたゴミクズは、ぶち殺すほかないじゃないですか…。」
「そ、そだね…。」
据わった目つきのミレイちゃんに反論できず、私はただ頷いた。
ケットシーにしてみれば、家に侵入してきた奴を撃退したまでなので、完全に逆恨みではある。でもまあ、そんな正論はけして言うまい。怖いし。
だけどなー。嫌な予感するんだよなー、実際。
鏡攻撃が来る前に、私がケットシーをやっつければ、万事解決する話ではある。
でもそれも、正直厳しい。
ていうか、たぶん無理。
私の攻め方は、高速移動で常に死角を取りつつ一点集中攻撃、というものだ。
なので、小柄ですばしこいケットシーとは相性が悪い。勝てないことはないだろうけど、けっこう時間がかかるはず。一瞬で放たれる鏡攻撃を阻止することはできないだろう。
けっきょく鏡攻撃が阻止できないなら、確かに、ゲルマンドで麻痺させるのがベストではある。でも…。
なんてうだうだ悩んでいるうちに、ミレイちゃんが、一歩前にずいっと出た。もう止められそうにない。しゃーない、やってやんよ。こっから先は私もマジだ。
「ではいきますよ。準備はいいですか。」
「しょうがない、いつでもどうぞ。」
ミレイちゃんの双眸が、半目に閉じられた。
呼気が変わった。
大きく吸い、浅く吐き出す。そのたびに、大気が奇妙にうねる。
集中の高まりとともに、彼女の内部を循環している魔力が錬成されていく。触れずとも、空気の震えを通してこちらまで伝わってくる。
ミレイちゃんが、杖の下側の先端…石突と呼ばれる部分で、床を叩いた。
コオォォォン
という乾いた音ともに、足元に魔法陣が展開する。
トランス状態になった彼女の唇から、流れ出すように言葉があふれた。
「闇孕む影、われ欲す 影殺す闇、われ欲す 星を喰らうは白き鷲 月を喰らうは赤き蛇…」
呪文とともに、魔法陣が広がっていく。凄まじい拡大速度だ。小さな円だったそれが、あっという間にフロア全域を覆うほどになる。この陣の内側が、すなわち攻撃範囲となる(この呪文の場合は)。
そのとき、気配を感じた。
物陰。
左前方で何かが動いた。振り向く。
ケットシー…ではなかった。石像。ゆっくり傾き、倒れつつあった。思わず注視する。
その反対側から、ケットシーが飛び出す。
鏡。光った。ミレイちゃん目掛けて。
鏡攻撃…、直撃だった。
霧。
ミレイちゃんの体中の毛穴から、霧が噴出する。彼女は構わず、詠唱を続けた。
「…轟雷轟雷又轟雷 地鳴り山鳴り天が鳴り 無明の夜に眠る竜 時の鐘もてその眼を開けっ!『ゲルマンド』!」
ごおっ!
或いは、
どおっ!
という、形容しがたい異様な重低音が鳴り響く。
同時に、地面から強烈な風が吹きあがった。
いや、風じゃない。
瘴気だ。
巨大魔法陣から噴出する、凄まじい瘴気の渦。どこに隠れ潜もうとも、逃れられるはずはなかった。
「ヒョギョギョッ?!がぎぎぃーっ!」
跳躍しかけていたケットシーが、歯を食いしばって硬直する。
カラン
と鏡が落下した。
ケットシーが手足をつっぱらせ、ひっくり返る。呪文の効果。完全に効いたみたいだ。
それから少し間をおいて、霧が、幻影を映した。
ミレイちゃんの心の願いを反映した、欲望の幻影。
「……!」
ミレイちゃんが、息を呑む。
顔がみるみる紅潮し、眼に涙が溜まっていく。
ほんとにもう。だから言わんこっちゃない。
「がっ…ひっ…!」
動けないケットシーに近寄る。メルト。光弾。力尽きるまで浴びせる。倒した。鏡を靴のかかとで踏み割る。霧が消えた。やれやれ、まったく。
振り向く。
ミレイちゃんが、顔を手で覆って座り込んでいる。
泣いているようだ。
よほどびっくりしたのだろう。つまり、よほど厳重に、自分の気持ちに蓋をしていたのだろう。
「大丈夫大丈夫。」
隣に座って、背中をさする。
だから言わんこっちゃないと、心の中でもう一回つぶやく。
そんなことだろうと思ってた。ミレイちゃんの抱えている欲望。自分では気づいていない本当の願い。案の定、としか言いようがなかった。
霧に映し出された幻影は、裸でからみ合うラニヤン姉妹の姿だった。




