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第83話 それぞれの生き方

「琥珀、立ち話もなんだから、ゆっくりお茶でも飲みながら話したら?」

「どこでだ?まさか、家に入れるわけにもいくまい。誰かに見られたらどうするのだ」

「人間にも見えるの?」

「精霊だから見えないが…。時々波長の合う人間がいるようだ」

「へえ…。あ、そうだ。社務所の休憩室なら夜中は誰も来ないよ」

「なるほどな」


 次郎坊さんも私と琥珀の後に続いて、社務所にやってきた。あーちゃん、うんちゃんもどこからともなく現れ、次郎坊さんに挨拶をしていた。


「冷たいお茶のほうがいいよね」

 私は3人分の麦茶を入れ、テーブルに置いた。座布団にあぐらをかいた次郎坊さんは背中に生えていた羽がなくなっていた。


「あれ?羽は?」

 びっくりしながら次郎坊さんの背中をジロジロと見ていると、

「そんなに物珍しいのか?今は人間の姿に化けているだけだ」

と少し呆れながら次郎坊さんが返事をした。


「え?そうなんですか。でも、羽が消えただけで他には特にどこも…」

 そんなことを言いながら、次郎坊さんの顔をのぞいていると、グイっと腕を掴まれ、なんと次郎坊さんの膝の上に座らされてしまった。


「どひゃ?!」

「次郎坊!!!」

 あっという間に琥珀が私の腕を引っ張りあげ、私を琥珀の陰に隠してくれた。

「なんだよ、いいじゃんか、別に。減るもんじゃなし」

「お前は人の嫁を何だと思っている!」


「まさか琥珀、独占欲っていうやつか?人間じゃあるまいし、そこまで嫁が大事なのか?」

「当たり前だ!誰にも指一本たりとも触れさせない」

「うっわ。引いた…。そんなに独占欲強かったら、美鈴ちゃんに嫌われるよ」

「はあ?美鈴はお前のようなちゃらんぽらんな男が嫌いなのだ。まあ、いい。どうせ神の世界に行けば、お前が美鈴に会うこともないんだからな。今日限りこの神社にも来ることを許さん」


「そんなの俺の勝手だろ。確かに神の国には行けないが、こっちの世界の空は自由だ」

「神社の周りは結界が張ってある。今日はお前のために少しだけ結界を解いたが、金輪際結界を解くこともしない。空の上から眺めることしかできないようにする」

「美鈴ちゃん、こんな堅苦しい奴でいいの?最近のギャルは、もっと適当な男の方がいいんじゃないの?」


「美鈴をその辺の女と同じと思うな!」

 琥珀がなんだか本気で怒ってる。こんなに熱くなることないから、びっくりだ。

 それに、指一本たりとも触れさせないって言った。きゃあ!なんだか、嬉しいんだけど!

「あれ?美鈴ちゃん、顔赤くして喜んでいない?」

 琥珀の後ろに隠れている私の顔を、のぞきこむように次郎坊さんが見てそう聞いてきた。


「だって、琥珀に独占されるのは嬉しいから」

「まじで言ってんの?まさかと思うけど、琥珀のこと好きなわけ?」

「う、うん」

 恥ずかしながら頷くと、まじかよ~~!とまた次郎坊さんは驚いている。


 なんか、この人、山吹が憑りついていた時の修司さんに近いものがあるけど。

「生まれた時から龍神の嫁になるって決まってて、すげえ嫌じゃなかった?」

「えっと。琥珀が龍神だって知って、すごく嬉しかったけど…」

「まじかよ~~~!」


 この人本当に天狗?天狗のイメージは、顔が赤くて鼻が高くて、怖そうな感じなのに、この人はそこまで顔が赤くもないし、ちょっと彫りが深い顔立ちはしているけれど、ごく普通の人だし、それに何より「まじかよ!」とか、天狗が言っちゃうの?


「次郎坊、太郎坊が嘆いていたぞ。お前がすっかり人間界に染まってしまって、それもちゃらんぽらんの男になってしまったと。本当にどうしたんだ?」

「お、俺のことはいいんだよ」

 お兄さんの方がしっかりしていて、弟がちゃらんぽらんっていう感じなのかな。ちょっとうちの兄たちみたいだな。


「よくはない。人間界に遊びに行っているそうだな」

「いいだろ、別に」

「大天狗になるつもりはないのか。大天狗になれば、神の世界とこちらの世界を行き来できるようになるぞ」

「神になるつもりはないよ。そもそも兄貴みたいに俺は波動も高くない」

「修業が足りないからだろ」


「生まれ持っての資質ってのがあるんだよ。それに俺は人間と…」

「なんだ?」

「だから、人間と結婚して人間界で落ち着くのもいいかなって思っているんだよ」

「はあ?!」

「そんなに驚くなよ。人間界の方が面白いだろ?天狗の修業なんて地味だし、飽き飽きだよ」


 琥珀が言葉を失っている。

「琥珀の場合はさ、嫁が結婚したら神になるんだろ?それで一緒に神の世界に行けるようだけど、俺の場合、奥さんを神にできるわけでもないしさ」

「好きな人でもいるの?次郎坊さん」

 私の質問に次郎坊さんは慌てたように、

「いないけど!」

と顔を背けた。あれ?なんだか怪しい素振り。


「修業が嫌なだけだろ。本当に太郎坊が嘆くのもわかる気がする」

「前に人間と結婚して、人間界に暮らしている天狗がいるって聞いたんだよ。それだったら俺だってさ」

「精霊のお前は精霊と結婚するべきだ」

「あ~~~!そういうお説教は兄貴だけで十分だ。耳にタコができるくらい聞いた!俺にも生まれた時から決まっている嫁ってのがいるらしいけど、冗談じゃない。勝手に決めるなって感じだ」


「なんだ。お前にも許嫁がいるのか」

「琥珀は嫁が決まっていて面白くないとは思わなかったのか?」

「思うわけがない」

「美鈴ちゃんにしても琥珀にしても、おかしいんじゃねえの?勝手に決まっている許嫁なんて、なんで好きになれるわけ?」


「美鈴は俺の半身だ。惹かれるのは当然だ。お前の許嫁はそうではないのか?」

「違う。親が決めたようなもんだ。血筋っていうやつで決めるんだよ。より強い血が生まれるようにってさ」

「なるほどな。それで、お前はその許嫁が気に入らないのか」

「ああ。もともと好きになれそうもないような女だ。それに、人間界に好きな女はいないけど、俺を好きだっていうしつこい人間の女がいるんだよ」

「お前は好きなわけじゃないんだろ?」


「好きじゃないよ。でも、向こうが勝手に俺を好きになってしつこいから、天狗だってバラしたんだよ。そうしたら、それでもいいとか言い出して…」

「好きじゃないなら、突き放せばいい。その女と結婚するわけではないんだろ?」

「まさか、手を出して赤ちゃんでも出来ちゃったとか」

 私が疑いの目で次郎坊さんにそう言うと、

「手なんか出すわけないだろ!」

と思い切り怒鳴られてしまった。


「ただ…、天狗でもいいとか、こんな俺でもいいとか言われたらさ、そんな女、二度と現れないんじゃないかとか、そんな女と一緒に人間界で暮らすのも悪くないかなとか、いろいろと考えちゃって」

 そんなこと言いつつ、顔が赤くなってない?その女の人のこと本気で好きなんじゃないの?だから、許嫁とも結婚する気もないし、人間界に行きたいんじゃないのかな。


「……。まあ、俺がどうこう言うことじゃないからな。自分でどうしたいか考えたらいい」

「そうか。琥珀はその辺が兄貴とは違うんだな」

「太郎坊はなんと言っていた?」

「何が何でも人間と結婚するのも、人間界に行くことも反対すると、怒鳴られた」

「まあ、そりゃそうだろ。太郎坊はお前に期待していたからな」

「勝手に期待されて、勝手に失望されて、俺のせいにされたんじゃたまらないよな」


「そうだな。お前の人生はお前のものだ。誰のものでもない。まあ、お前がいなかったとしても、太郎坊は大丈夫だろうし、お前はお前を生きたらいい」

「さすが、琥珀は神だな。言う事が違うな。それも、前よりソフトになったんじゃないのか。あ、人間と結婚したからか」

「人間というよりも、天女だ。美鈴は天女の生まれ変わりだからな」

「ふうん…。美鈴ちゃん、そんなに偉いんだ」


「偉くはないけど。それに、全然私もたいしたことないし…。えっと、やっぱり気になるから聞いちゃうけど、本当にその女の人のこと好きじゃないんですか?」

 しつこかったかな。次郎坊さんは私を睨み、

「好きじゃない。だけど嫌いでもない。なかなか面白い子だし、一緒にいると飽きないし、それに不思議と癒される」

とそう答えた。


「ははは。それはもう好きと言っているようなものじゃないか。俺も美鈴が面白いし、癒されるぞ」

 え、それだけ?面白いと思うのと好きとは違うと思うんだけど…。

「美人でもないし、スタイルがいいわけでもないんだぞ?俺の理想の女ではないのに」

「理想っていうのはどんな女性ですか?」


 私の質問に少し次郎坊さんは考え込み、

「メリハリのある体をしていて、美人だ」

と答えた。

「外見重視?もっと中身とかは?」

「一緒に居て飽きなくて、くつろげる女がいいな」

「じゃあその人、ぴったりじゃないですか!」

「え?あ、ああ、そう言えば」

 面白いなあ、この天狗さん。やっぱりその女性が好きよね?


「琥珀、お前いつまでこっちにいる?一度京都の山に来ないか?太郎坊たちを説得してくれよ。俺が人間と結婚することとか、人間界で住むこととか」

「自分でしろ。俺はこの山から離れられないしな。それに、人間界で生きていくとなると、仕事をしないとならないんだぞ」

「それは大丈夫だ。力仕事でもなんでも出来る。今でも、たまに人間界で働いている」


「そうか。まあ、俺も人間界に詳しいわけではないから、何とも言えないが…。人間界に行った天狗に会いに行けばいいんじゃないのか?そのへんの精霊にでも聞けばわかるかもしれないぞ」

「そうか!その天狗に助言をしてもらうよ。サンキュー、琥珀。じゃあ、美鈴ちゃんも、また会おうね」

「二度と来るな。それから、嫁にしたい女がいるなら、他の女に手を出そうとするなよな」

「わかってるよ。俺の理想だってわかったんだから、一筋に行くよ。じゃあな!」


 社務所を出ると、そのまま次郎坊さんは宙に浮き、大きな羽を広げてあっという間に飛んで行ってしまった。

「速い…。あっという間に見えなくなった」

「ああ、どんなところにでもひとっ飛び出来る」

「天狗ってすごいんだ」

「いいや、あいつや太郎坊だから出来る技だ。それだけあいつも力のある天狗なんだ。なのに、大天狗になろうとしない」


「大天狗って?」

「神のエネルギーに匹敵する天狗で、神の世界にも行ける」

「どうしてなりたくないのかな」

「人間の世界に行けなくなるからかもしれないな」

「人間界はそんなに面白くもないと思うんだけどな」


「そうだな。それでもあいつには魅力的なんだろう。天狗でいる方が自然の中で、延び延びと生きられそうなものなのにな」

 色んな生き方があるんだな。天狗も精霊って言っていたけれど、そもそも精霊とはどんなものなのかがわからないけど…。


「琥珀はどうして次郎坊さんと出会ったの?京都の山って言ってたよね?遠いよね?」

「神の世界でよく太郎坊と会っていた。そこで次郎坊の話を聞いていた。次郎坊も俺の話をよく太郎坊から聞いていたんだろう。確か5月だったか…。夜中に突然あいつが頭上に現れたんだ。結界が張ってあるから境内に降りてこられなかったが、俺が龍になり一緒に空を飛んだ」


「へえ…。それで仲良くなったの?」

「仲良く?ふ…。そうだな。年齢も近いしな」

「次郎坊さんも100歳?」

「天狗と龍神の年の取り方は違う。人間で言えば俺もあいつも25歳くらいって意味で年が近いと言ったのだ」


「そうか…。人間とも龍神とも年の取り方が違うんだね。ところでさ、天狗はいつも何をしているの?」

「天狗もまた山を護っているのだ。それぞれ天狗も護るべき土地がある」

 そうか。次郎坊さんは山を護るお仕事よりも、人間界で人間として暮らすほうが楽しいのか…。それとも、好きな子が出来たから人間界にいたいのかな。


「次郎坊さん、好きな人と結婚出来たらいいね」

「そうだな。人間になる覚悟があれば、出来るかもな」

「人間になる覚悟?」

「天狗を捨てて人間になるのだ。人間に化けるのではなく、人間の姿に死ぬまでなる...」

「そんなこと出来るの?」


「出来るだろう。ただし、もう天狗には戻れなくなるがな」

「私の反対みたいだね。私は人間に戻れないけど、次郎坊さんは天狗に戻れなくなるんだ」

「そうだな。美鈴は?神の世界に行く覚悟はできているのか?」

「もちろんだよ。琥珀がいない世界では生きていけないって言ったじゃない」

「そうか…」


 琥珀は優しく微笑んだが、何かを含んだ相槌だった。

 もしかして、私にはまだ覚悟が出来ていないって思っているのかな。でも、私は琥珀がいないこっちの世界に未練はないんだけどなあ。琥珀がいる世界が私のいる世界なんだもの。




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