第81話 琥珀と私のエネルギー
昼ご飯を食べ終え、扇風機に当たりながらのんびりとしているひいおばあちゃんの横で、私も扇風機に当たっていた。我が家はというか、我が神社は山の高台にあるし、不思議と境内は夏でも涼しい。神社にお参りに来た人も、涼しいからとのんびりしていく人もいる。
家も冬はガタが来ていて隙間風も入るから寒い時もあるが、夏場は風通しがよく案外涼しい。猛暑と言われる時期だって、エアコンなしでも大丈夫なくらいだ。こんな風に扇風機だけでも、十分過ごせてしまう。
「なんだか、美鈴は変わったのう」
ぼけっとしながら扇風機の風に当たっていると、ひいおばあちゃんが突然そう言ってきた。
「変わった?どこが?」
まさか、女らしくなったとか?
「落ち着きが出てきたな。表情がいつも柔らかい。前はぶすったれていることも多かったのになあ」
「私、ぶすったれてた?」
「ああ。今は幸せで満たされている…っていう顔をしている」
「なるほど。そういうのって顔に出るのね」
「幸せなのか?」
「うん。とっても!琥珀がいると安心するの。それだけで満たされちゃう」
「恋の力は偉大だのう。ひゃっひゃっひゃ」
「違うよ、ひいおばあちゃん。恋っていう感じじゃないよ」
「ほう。違うのか。じゃあ、なんなんだ?美鈴」
「確かに、いまだに琥珀に胸がときめいちゃうけど、でも、恋しているっていうのとは違う。もっと、こう、でっかい何か…」
「恋じゃなくて愛か?」
「う~~ん。そんな感じ」
「美鈴は一気に大人になったんじゃのう」
「大人ってわけじゃないだろうけど…。琥珀はね、どんな私でもいいって。否定がないの。私もおんなじ。どんな琥珀でもいいの。その存在自体が愛しいっていうか…。あ!私、何言ってるんだろ。もう!こんな恥ずかしいこと言わせないでよ」
「ひゃっひゃっひゃ。勝手に言ったくせに」
ひいおばあちゃんは笑うと、優しい目で私を見た。
「そうか。それなら安心だ。向こうに行ってもずっと美鈴は幸せでいられるのう」
「うん。それは確信しているの。不安とかないんだよね。きっと琥珀のお父さんやお母さんも同じように優しいんだろうなって。それに、他の神様に会うのも楽しみなんだ」
「そうか。さすが、龍神の嫁だな」
「……」
その言葉はよくわからなかった。私が龍神の嫁だからそう思えるのかどうかはわからない。でも、琥珀がいつも優しくて見守ってくれていて、とっても幸せだから、こんな神様のいる世界が怖いわけないってそう思えるから。
でも、最近つくづく感じる。すっと居間に現れた琥珀。琥珀は私だけでなく、ひいおばあちゃんのことも優しく見ている。
クールに見えた琥珀だったけれど、本当はみんなのことを護っている。みんなのことを慈しんでいる。
この神社も山も、琥珀に護られている。人間だけではなく、動物も植物も、もしかしたら妖たちも。
みんながそれに気づけなかったり、知らなかったりするだけで、こんなにも優しく愛溢れるエネルギーに護られている。
だから、私みたいにみんな安心していい。いつも、ちゃんと護られているんだもの。
あーちゃんやうんちゃん、山吹が琥珀といると安心しているように。あの3匹の妖が安心して眠っちゃうくらいここは琥珀のエネルギーに護られていて、安心できる場所。
精霊たちも琥珀が大好きなのは、そんな龍神のエネルギーが安心できるから。
だから、みんなも不安や恐怖を自分で創り出して怖がらないで。すでにいつも安心の場所にいるんだから。
そんなことを、この居間も満たされた安心の場になっていると感じながら、琥珀を見ていた。
その日の夜、私の部屋で琥珀と二人きりでのんびりしている時、今日感じたことを話してみた。
「俺だけではない。美鈴のエネルギーも安心の場を創っている」
「私も?」
「もちろんだ。美鈴がいることで俺が満たされる。美鈴を得る前も確かにこの山を護っていたが、力が半減していたからか、必死だった。余裕などもなかった。もしかしたら、皆がそれに気が付き、安心できなかったのかもしれない」
「琥珀のせいじゃないと思うよ?」
「いや…。きっとこの山全体空気が張り詰めていたと思う。だが、美鈴を得て、俺が満たされた。まったく意識が変わったのだ。これが愛のエネルギーなのだろうな」
琥珀はそう言うと私の髪に優しくキスをした。
「前にも言ったが、龍神はパワーだ。力で世界を護っているが、天女は愛のエネルギーで世界を護る。俺に足りていなかったのは愛のエネルギーだ。すべてを包み込み、善も悪も包み込み、すべてを赦す愛の力だ」
「私にそんな愛の力があるとしたら、琥珀がいてくれたからだよ」
「そうだな。俺と美鈴、どちらかが欠けてもダメだったんだな。二人が結合して、完全となる。陰と陽が統合されたんだ」
「陰と陽、闇と光…?」
「ああ。宇宙はバランスを取っているからな」
「神様の世界は?どっちもあるの?」
「どっちもあるというより、どちらもないという感じだな。いいとか悪いの判断がない」
「悪いことをしてもOKってこと?」
「ははは。悪いことというのは、美鈴の判断だろう?人間はよくそうやって、善悪でものを決めつけたがる」
「そうだね。私はまだまだ人間なんだ。神様になれるのかなあ」
「もうなっている。3匹の妖たちをあんなに慈しんだではないか。感動したぞ」
「え?私、なんかしたっけ?感動するようなことしていないよ」
「それだ。それでいいんだ。自分ではわからないものだ。なぜなら、それをしようとしてやっているわけではないからだ」
「ん?言っている意味がよくわかんない」
「美鈴はすでに自然と妖たちを愛しいと感じている。それこそがすでに神になっているという証拠だ。わかるか?神になろうとしてやっているのではなく、すでに神だからしていることだ」
「難しいな」
「難しくはない。何も考えたり、悩む必要などない。すべて自然に任せたらいい。美鈴はただ、在るがままでいたらいいだけのことだ。簡単だろう?」
「私が私のままでいていいってこと?このまんまで?」
「そういうことだ。何かになろうとしなくても、美鈴は美鈴でいたらすでに神なのだ。わかるか?」
「う~~~~ん。ついこの前まで人間だったけど、何もしなくても神になっているっていう事?」
「そういうことだ。何かする必要はない。まあ、あるとしたら、俺と契りを結ぶことぐらいだ」
「え?なんでそうなるの?それがどう関係するの?」
「龍神のエネルギーと一体になること。神のエネルギーと一つになること。そうすることで、一刻も早くに神になれるぞ」
「自然となるんじゃなかったっけ?」
「それとこれと、話は別だ」
え~~~!何それ。って考える間も与えず、琥珀は私を押し倒してきた。
「でも、もう12時だよ。寝る時間だよ」
「眠くなさそうだぞ?」
「う…。確かに、最近眠くなくなってきたけど」
「そろそろ眠らなくても大丈夫になったんじゃないのか?夜は長い。これからはもっといちゃつけるぞ」
ああ。もう!いちゃつくって言葉を覚えたからって、そう頻繁に使わないでよ。
でも、そんなに恥ずかしがっていても、琥珀の腕の中は幸せで、長い夜もずうっと続いたらいいのにって、そんなふうに思えるほど満たされていた。




