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第80話 無邪気な妖たち

 梅雨も明け、夏本番となり暑い日が続いている。境内はセミが毎日鳴いているが、逆にセミの声しか聞こえてこない。夏休みに入り、少し参拝者が増えたような気もするが、暑いせいかそこまで参拝者がやってくることもない。


 だから暇な日は続いている。社務所に一人いれば間に合うくらいだ。バイトの子も夏休みは、旅行や学校の補習授業、サークルの合宿などもあるので、調整しながら出てくれているが、暇だから週末ですら一人いれば十分。


 とうわけで、早くに仕事を覚えた川中島さんに社務所を任せて、私は妖たちの様子を見に行った。というのも、縮んでしまった妖たちは、あーちゃん、うんちゃん、山吹が世話をしているようだが、どうやら相当子どもにかえってしまったようで、掃除もしないし遊んでばかり。あのあーちゃん、うんちゃんですら手を焼いていると琥珀が言っていたからだ。


 私が様子を見たところで、別に変らないと思うんだけど、ただ3匹に会えるのは楽しみだな。わくわくしながら、3匹に会いに行った。


 3匹は手水の周りを走り回っていた。それをうんちゃんとあーちゃんが、怒りながら追いかけている。鬼の妖が手水の水をうんちゃんにかけた。それを見た一つ目も手水の水をバシャバシャとかけ、犬の妖はワフワフ言いながら、うんちゃんやあーちゃんの周りをグルグルと走り回っている。


 うんちゃんが怒って雷を落としても、犬の妖には効かない。こりゃ、大変だ。山吹はというと、近くにある木の陰で、暑さにやられたのか、妖たちの世話で疲れたのか、意気消沈していた。


「大丈夫?山吹」

 声をかけると、山吹は私に抱き着き、

「美鈴様、あの妖どもは手に負えません」

と泣きついてきた。


「こら!俺の嫁に抱き着くとは、いい度胸をしているな」

 突然琥珀が現れ、ポカっと山吹の頭を叩いた。

「いた!も、申し訳ありません」

 山吹は頭を抑えながら、すぐに私から離れたが、キューンとうなだれてしまった。


「確かに、阿吽でも手を焼くほど大変そうだな。先輩妖にお任せ下さいと言っていたが、やっぱり無理だったか」

 半分嫌味?でも、琥珀の表情は優しかった。山吹は、

「申し訳ありませんでした」

と、平謝りしているけど、琥珀は怒っていないよねえ?


「大丈夫だよ、山吹。琥珀は怒っていないよ。少しここで休んで。今日は暑いし大変だったでしょ?」

「美鈴様、お、お優しい~~。ひ~~~っく」

 あ、本当に山吹泣き出しちゃった。こりゃ、相当まいっているんだなあ。可哀そうにと頭をなでなですると、山吹はまたくーんと甘えたような声を出した。こりゃ、可愛い。たまらないなあ...。


「あ!美鈴だ」

 鬼の妖が気が付き、私の方に飛んできた。その後ろから一つ目も犬の妖も駆け寄ってきた。

「元気そうだね」

 そう私が言うと、みんなが私の手を取り、

「遊ぼうよ」

とはしゃぎだした。


「こら!美鈴様を呼び捨てにするとは!」

「美鈴様は遊びに来たのではないぞ!ちゃんと仕事をしろ!」

 あーちゃんとうんちゃんが、そう捲し立てながら3匹のもとに来た。山吹とは違って、あーちゃん、うんちゃんは疲れている様子はなさそうだな。


「いいのだ。この3匹は邪気がなくなり、純粋な子どもの妖に戻ってしまったようだ。多分、仕事をしろと言っても無理な話だ。人間で言えば5歳児くらい。遊びたい盛りだろう」

「ですが、琥珀様…」

 あーちゃんが困ったように琥珀に何かを訴えようとしたが、

「だが、境内でいたずらするのは困るな。もう山に返してやるか」

と、琥珀は訴えを察したようだった。


「はい。そうしていただければ助かります。掃除をしてもすぐにこの3匹が暴れるので、埃は舞うわ、手水の水は汚れるわ、山吹もそのたび、掃除をしなおしているので、あのようにバテております」

「なるほどな。山吹、ご苦労だった。お前たちにも苦労をかけたな」

 そう琥珀が言うと、山吹は嬉しそうに尻尾を振り、あーちゃん、うんちゃんもようやく顔が和らいだ。


「ねえ、琥珀。どうして山吹はここまで子どもにかえらなかったの?同じようにあの部屋で邪気を抜かれたのに」

「もともと山吹の方が力が強かったのだ。尻尾が5尾もある妖狐というのはかなり力が強い。邪気がなくなっても、幼子になることはない」

「へえ。この妖たちよりも山吹は強かったんだねえ」


 そんな会話を聞き、山吹は木陰から出てきて、

「また掃除を再開します」

と手水の掃除をし始めた。

「そうか。頼りにしているぞ、山吹」

 なるほど。あーちゃん、うんちゃんが鞭なら、琥珀は飴?龍神に頼られたり、力が強いとか言われたら、そりゃ嬉しくなるし頑張れるよね。


 でも、山吹が掃除をしているそばで、まだ3匹は遊んでいる。

「ダメだよ、犬の妖も、一つ目も、鬼も、山吹がせっかく掃除をしているのに…」

と注意をしてから、

「名前がないと呼び方に困るよね、名前をつけてもいい?」

と琥珀に聞いた。


「別に構わないが…。すぐに山へ返すのだぞ?名前など付けて情が湧かないか?」

「う、うん。でも、すでに情なら湧いているから…」

「ははは。そうなのか?面白いなあ、妖に情が湧くとは」

「琥珀は違うの?山吹のこともすでに可愛いんじゃないの?」

 その言葉に山吹はピクンと耳をこちらに向けた。


「そりゃ、山吹は神使になる妖狐だ。可愛いに決まっているだろう?」

 あ、山吹、尻尾振りまくってる。嬉しかったんだなあ。

「私も山吹は可愛い。あーちゃんとうんちゃんも可愛い」

「美鈴様~~。嬉しいお言葉です~~」

 あーちゃんがすり寄ってきた。うんちゃんも嬉しそうに私を見ているし、山吹はさらに尻尾がグルングルンと回っている。


「でも、あの3匹も可愛いんだよね」

「好きなように名前もつけるがいい」

「うん。じゃあ、犬の妖は熊にも似ているから熊太郎ね」

「俺は熊太郎か?」

「そう。一つ目は頭がつるっとしているからつる太郎で、鬼の妖は髪がふさふさしているからふさ太郎」


「ぶふっ!」

 あ、琥珀が笑った。

「ははは。面白い名前の付け方だ。俺なら、犬、一つ目、鬼と名づけるけどな」

 うわ~~~。センス悪くない?そのまんまじゃない。まあ、そこは黙っておこう。


「なぜみんな太郎とつけるんですか?」

 山吹が聞いてきた。

「昔話もみんな太郎がつくじゃない。桃太郎とか浦島太郎とか。なんか、太郎ってかっこいいヒーローっぽくない?」

「ヒーロー?わかんないけど、かっこいいんだな!」

「やったな!俺はつる太郎だ!」

「俺はふさ太郎!かっこいい!」


 あ、みんな喜んでる!はしゃぎまくってるよ。

「そうなんですね。美鈴様、自分にも名前をください」

「え?山吹はもう、ハルさんがつけた名前があるでしょ?」

「ですが、美鈴様にもつけてもらいたい。あの妖たちが羨ましいです」

 妖って、けっこう人間に近い感情を持っているのねえ。


「じゃ、山吹太郎ね!でも、長いから山吹って呼ぶね?」

「はい!自分もヒーローってやつなんですね!」

「うん!」

「山吹、ヒーローというのはよく俺にもわからんが、ちゃんと周りの者を護るという意味だと俺は解釈した。できるのか?」

「はい。もちろんです!」

 琥珀にそう言われ、山吹は思いきり頷いた。


 へえ。琥珀、ヒーローの意味、ちゃんとわかっているじゃん。


「クマちゃん、つるちゃん、ふさちゃん、ここは掃除の邪魔になるから、向こうで遊ぼうか」

「うん!やった~~~」

 私は3匹に手を引かれ、境内の奥の参拝者が来ないような場所に移動した。ああ、なんなんでしょ、この可愛い子どもたちは。いつか私も子どもができたら、こんなふうに手をつないで、遊んだりするのかなあ。


 まあ、遊ぶと言ってもこの3匹の場合、結局は走り回るか、木に登るか、転がりまわるかなんだけどねえ。私はそれを眺めているだけだったけれど、それでも3匹は嬉しそうだった。妖って邪気がないと、こんなに可愛いものなのね。可愛い子犬3匹がじゃれあっているようなものだもんね。


 3匹は遊びたいだけ遊ぶと、木陰で揃って寝てしまった。

「妖って寝るの?」

 琥珀もそこにやってきたので、そう聞いてみると、

「まだ子どもだからじゃないのか?」

と琥珀は優しい目で3匹を見てそう言った。


「琥珀も可愛いと思うんでしょ?」

「ああ。そういう感情が芽生えたのは、妻を得てからだ」

「私?」

「そうだ。美鈴と一つになり、美鈴のエネルギーが俺の体に入ったから、こんなにも愛しいという感情が芽生えたのだ。前から阿吽は可愛かったが、ここまで愛しいという感情がなかったな」


「そうなの?愛しいってそう思うの?」

「思うと言うより、感じる。美鈴もそうではないのか?」

「うん。愛しい、可愛い、愛らしい…。そんな感じ」

「俺はそういう感情が乏しかった。美鈴と一つになり、それを得た。美鈴は俺と一つになり、強さ、パワーを得た」


「私が強い?よわっちいと思うけど」

「彩音が妖に襲われそうになった時、恐怖も感じずその妖をやっつけただろう?」

「あ?そう言えばあの時、怖いとは思わなかったなあ」

 そうね。真っ暗な山の中を入って行くことすら躊躇なかった。そうか。私、強くなっているんだ。


 私も木陰で妖3匹の隣に座った。琥珀も私の隣に座ると、私の膝を枕にして寝転がった。

「え?ちょ!?」

「木陰は涼しいな。それに木洩れ日がなかなか奇麗だ」

「そ、そうだけど」

 膝枕とかなんだか恥ずかしい。


「時間がゆるゆるとしている...。まるですでに神の世界にいるようだ」

「こんな感じなの?」

「ああ。穏やかでいつも安らげる場所だ」

「幸せな場所なんだね」


「ここが神の世界にいるみたいなのは、当たり前だな。何しろ龍神と天女がこうして揃っているんだからな」

 琥珀はそう言うと気持ちよさそうに目をつむった。


 私も空を見上げ、木洩れ日を見てみた。キラキラ光っていて、その周りを嬉しそうに精霊たちが飛んでいる。精霊たちは琥珀が大好きで、よく琥珀の周りにもやってくる。きっと、エネルギーが心地いいんだよね。


 私の周りもよく遊びに来てくれる。今も木の精霊、光の精霊が私の周りで遊んでいる。

 本当になんて気持ちのいい空間なんだろう。幸せだなあ。


 スヤスヤ寝ている妖たちもなんとも可愛らしい。子どもが生まれたら、こんな感じなのかしら。琥珀との赤ちゃん、欲しくなっちゃった。


 


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