第8話 どんどん気になる琥珀
翌朝、悠人お兄さんはどうやら早くに起きたらしく、私がスマホのアラームで目が覚めた時には部屋にいなかった。
しばらくぼけっとしていると、スマホが振動した。こんな早くから誰かと思えば、高校時代の友達の一人、里奈だ。何だろう。グループでもみんなをまとめて、率先して行動を起こすリーダー的存在で、みんなでどこかに出かける時にも、色々と計画立ててくれたりマメな性格をしていた。
私は、面倒くさがりのところもあるから、里奈に任せていたし、里奈は明るくて美人で頼もしい存在だったから、誰からでも好かれていた。ただ、こうやって時々朝早くから元気に行動に移すところがあったり、考えるよりも先に行動するところもあって、ついていけないこともあったんだけど。
う~~~ん。突拍子もないこと言ってきたりしないよねえ。
「もしもし」
「あ!起きてた?」
「今起きた」
「今日休みだよね!遊びに行こうよ。私も新歓始まると忙しくなるから、今日遊ぼう!」
出た~~。いきなりこうやって、当日誘ってくるパターン。
「悪いけど、昨日と今日、休みをチェンジしたんだ」
「え~~!!聞いてないよ」
「そりゃ、言ってないもん。それに里奈も、もう大学始まってんでしょ?」
「オリエンテーリングは昨日まで。今日は1日空いてるの」
「そういや、新歓って何?」
「新入生歓迎会だよ。入学式の時、たくさんサークルのチラシ貰ってきたんだ~。新歓もじゃんじゃん顔出そうと思って!どこかイケメンぞろいのサークルないかな」
「そう言いながらも、里奈は彼氏作んないよね」
「まだ、いい男と出会ってないの。そういう美鈴もでしょ?大学外の子でも入れるサークル紹介しようか?出会いがあるよ、きっと」
「いいよ。そういうところの男ってナンパそうで嫌いだし」
「またそうやってすぐに、チャンスをみすみす逃すようなことをする!だから美鈴は、彼氏いない歴生きてきた年数になるんだよ」
「里奈だって今彼氏いないじゃん!」
「今はね。高校の時にはいたもん」
そうだった。里奈は、別れてもすぐに男が寄ってきていたんだった。でも、女友達を優先するから、そうそう常に彼氏がいたわけでもない。
「仕事何時まで?6時ごろだったら、街に来れる?」
「うん、行けると思う」
「じゃあ、夕飯でも食べようよ。真由も呼ぶから」
「いいよ」
「お店決めたらラインするね。お店で合流ね」
電話を切ってから、もそもそとお兄さんの部屋から出て、顔を洗いに行った。顔を洗ってようやく、しっかりと目が覚めてきた。
着替えもして、慌てて一階の和室に駆け込んだ。もうみんな揃っている。
「遅いぞ、美鈴」
ひいおばあちゃんに怒られた。
「早くに食べなさい」
お母さんにまできつく言われた。でも、
「美鈴ちゃん、次の休みの日にはデートしようよ」
と、暢気にご飯を食べ終わった修司さんが言ってきた。
「修司君、君、昨日僕が言ったこと忘れた?」
悠人お兄さんが呆れた声でそう言うと、
「デートぐらいしてもいいでしょ」
と修司さんは、ちょっと怖い顔をして悠人お兄さんを見た。
「そうだ。母さん。修司君は1階に移ってもらうことにしたから。あとで僕が荷物を運ぶ手伝いをするよ」
「え?ひいおじいちゃんの部屋?なんでわざわざ。2階の部屋のほうが広くて明るくていいじゃない」
「2階には美鈴の部屋があるんだよ?もう少し母さんも父さんも、美鈴のことを考えてあげてよ」
「そうじゃな、それはひいばあも思っていたぞ」
「でも、従兄なんだし」
「従兄だとしても関係ない。まったく、母さんも父さんも、美鈴はもう18なんだよ」
「じゃあ、琥珀君は」
お母さんがそう言うと、
「琥珀君は大丈夫だろう」
となぜかお父さんが答えた。
「なんでですか?」
修司さんは反論したが、
「琥珀君は見るからに真面目で、堅そうだからねえ」
とお父さんは、修司さんの話を軽く流して、
「さて。トイレ、トイレ」
と和室を出て行ってしまった。
修司さんは顔をしかめた。でも、その隣にいる琥珀は平然とした態度でいる。我関せずっていう感じだな。
もしかして、本当に私のこととかどうでもいいのかな。それがわかっているから、お父さんも何も言わなかったのかな。おじいちゃんも、おばあちゃんも何にも言わなかったもんなあ。
あ、お母さんだけ変な顔してる。
みんなは、私よりも先に食べ終わり、さっさと和室を出て行った。修司さんも早くにデートに行くのか、和室を出て行ったし、琥珀も一言も交わすことなく出て行ってしまった。
琥珀に子どもの頃のことを思い出したって話がしたいんだけどな。あとで時間とれるかな。
そんなことに興味を持ってくれるかな。そもそも、私に興味なんて持つんだろうか。
あ、なんだか暗い考えになっていない?おかしいって、私。そんなことどうでもいいことじゃん。
「美鈴」
ご飯を食べ終わり、お茶を一人ですすっていると、台所からお母さんが来て私の隣に座りこんだ。
「何?」
「あんた、本当に修司君のことはどうでもいいの?」
「は?どうでもいいどころか、嫌いだけど」
「なんで?」
「だから、女ったらしだって言ったでしょ。今日だって、壬生さんとデートなんだよ?」
「それ、いいの?もしかして美鈴、そのことで腹立てていない?案外妬きもちだったりしない?」
「絶対ないから!逆に壬生さんに感謝したいくらいだよ。壬生さんと付き合ってくれたら万々歳なのに」
「……そうなの。そうか」
なんだか、お母さん、がっかりしていない?あ、龍神の嫁のことで、そんなに修司さんとくっつけたかったのかなあ。
だったら、琥珀だっていいじゃん。なんだって、琥珀のことは信用していないんだろう。遠縁とはいえ…。
「琥珀は、ひいおじいちゃんのお父さんの兄弟の子孫なんだってよ」
「何よ、唐突に」
いきなり私が琥珀の話をしたからか、お母さんが驚いている。
「前にどこの馬の骨かわからないって言ってたから、直接聞いたんだよ。でも、ちゃんと神門家の人ってことでしょ?」
「相当な遠い親戚ね」
「でも、親戚には違いないでしょ?」
「あんた、琥珀君を気に入ってるのね?でも、琥珀君は見込みあるかどうか…」
「え?」
「あんたのこと、どうでもいいみたいだし、女の子に興味もなさそうだから」
「……」
何にも答えられなかった。それどころか、今の言葉にサクッと傷ついたかもしれない。
「もう18歳になっちゃったっていうのに、みんな危機感ないんだから」
ぶつくさ言いながらお母さんは、台所に片づけをしに戻っていった。
私は少し落ち込みながら、境内の掃除に向かった。今日も曇っていて風が強い。4月は風の強い日が多いなあ。こんなじゃ、桜もすぐに散っちゃうかな。境内には桜はないけど、街に桜並木がある。今年はまだ見に行けていない。今夜、夜桜でも里奈たちと見ようかな。
は~~あ。里奈たちとじゃなくて、彼氏と一緒にっていう選択肢があればいいのに。今年もお花見を彼氏とできなかった。
夜桜を彼氏と見るなんて、最高に素敵なのになあ。
そんなことを思いながら、私は琥珀と夜桜を眺めているところを思い浮かべ、
「はっ!!何を思い浮かべてんの?私!」
と自分でびっくりしていた。
ああ、もう、おかしいってば。一回、琥珀のことは忘れよう。頭から追い出そうよ。このままじゃ、琥珀のことばかり考えちゃうよ。
「今日も風が強いな、美鈴」
「うわ!」
なんだって、こんな時に現れるの?
「なんだ?なんでそんなに驚いたんだ?」
「琥珀がいつもいきなり現れるから…。それに今考えごとしていたし」
「どうせ、ろくなことじゃないだろ。夕飯は何かなとか、食い意地はっていそうだしな」
嫌味!こいつは嫌味を言わせたら天下一品なんじゃないの?
「あのね、私はそんなに食い意地はっていないし、それに今夜は友達と街で食べるから」
「男?」
「女友達!」
「……ふうん」
あれ?その反応は何?男だったら、妬いてたとか?!
「変な男には気をつけろよ。まあ、大丈夫だとは思うが」
「こんな私に言い寄ってもこないから、大丈夫ってこと?」
「そうだ」
ムカ!
「わかってるよ。どうせ私は、清楚でもないし、おとなしくもないし!」
「ああ言えばこう言う。憎まれ口ばかりだな」
「それは琥珀でしょ!嫌味ばかり言ってるじゃないよ!」
「ははは。喧嘩か?琥珀も美鈴ちゃんに嫌われたか~」
そこに修司さんが笑いながらやってきた。なんか、その声にもムカつく。
「さっさとデートに行けば、修司さん」
「美鈴ちゃん、妬いてるの?」
「いいえ!とっとと行ってほしいだけです」
「素直じゃないねえ」
「思いきり本心です!すんごい素直な反応しているんです!」
そう言っても修司さんは、はははと笑いながら鳥居をくぐって石段を下りて行った。
「思いきり素直なのか。美鈴は」
「そうだけど!」
琥珀はしばらく黙って私を見た。何?と身構えたが、何にも言わずにそのままお社のほうに行ってしまった。
あ、腹立たしくて、子どもの頃のことを思い出したって言い忘れた。でも、いいや。もうあんな憎らしい奴にそんなことわざわざ言う必要ないよね。
その日は琥珀も社務所に来ることなく、私は事務員さんと黙々と仕事をしていた。なぜか平日でも参拝客は多かった。ああ、まだ春休みの子もいるのか。高校生くらいの人もいれば、主婦もいた。それにOLっぽい人も。
最近神社ブームだし、御朱印を集めるのも流行っているし、龍神もブームだから、龍神を祀っている山守神社もここ数年、参拝者が増えているんだよねえ。
お守りも数年前から、龍神の刺繍をしているものに変えた。何かの雑誌にそれが載ったり、インスタでも誰かがうちの神社やお守りの写真をアップしているからか、若い女の子や、OLさんもよく来るようになった。
見た目、悠人お兄さんも、ひょろっとしているけれど、かっこいい部類に入るかもしれないし、参拝客の若い女の子が時々話しかけている。でも、女性が苦手なお兄さんは、そんな時、奥に引っ込んじゃって、お父さんが対応している。
あんなで、彼女とかできるの?私のことよりも心配じゃない?
あ、それより、これからは参拝客にまで修司さんが色目使うんじゃないの?
あ!そんなことより、若い女の子たちに、琥珀が狙われたりしない?!
って、結局一番の心配は琥珀。
あ~~~~、頭から追い出そうとしているのに~~~。
姿が見えても見えなくても、私は琥珀のことで悶々としている。もういい加減、琥珀のことはどうでもよくなりたい。
昼、私は今日1時組で、琥珀は12時組だったようだ。1時過ぎにお昼を食べに行ったときにはもういなかった。
結局、丸一日琥珀に顔を合わせることもなく、17時半には着替えを済ませ、私は家を後にした。




