第79話 里奈と真由からの祝福
翌週の金曜の5時過ぎ、真由と里奈がやってきた。ちょうど社務所を閉めた時間だった。
「信じられないよ、なんでその若さで結婚とか決めちゃうわけ?」
休憩室で真由が叫んだ。その声は事務室にいたお母さんや事務員さんにも聞こえているだろう。
「まあまあ、真由、そんなに騒がないで。美鈴の人生なんだよ?美鈴の自由にしてあげなよ」
「私だったら、18で結婚なんかしない。だいたい、あの怖そうなくそ真面目そうな人と結婚して、ずっとこの神社にいるんでしょ?つまらない人生だと思わない?」
その真由の一言で、私ではなく里奈が怒りだしてしまった。
「神社にいたらどうしてつまらない人生なの?そんなの真由の考えじゃない。みんながみんな、それに当てはまるだなんて思わないでよ!だいたい、どんな人を選ぼうを勝手だよね?だいいち、真由が付き合っている男の方が不真面目で、将来性もなくてちゃらくって、真由の人生台無しにしそうなやつばかりじゃん」
げげ!里奈、それは言い過ぎ。
「里奈はここの神主を狙っているんだっけ?結婚までしたいんだっけ?そっちこそ、人生台無しにするんじゃないの?」
「神主のどこが悪いのよ!!!」
「まあまあ。二人とも喧嘩はやめて」
私が止めに入る前に、お母さんが休憩室に顔を出して止めに入った。
「あ…すみません。大声出したりして」
里奈はすぐに謝ったが、真由はお母さんを見てびっくりしたのか、バツが悪そうに下を向き黙り込んでしまった。
「真由ちゃん、まあ、神社がつまらないところだって思うのもわかるけど…。うちの息子も真面目で面白みがないかもしれないけど、そんな悠人でも里奈ちゃんはいいと言ってくれてるのよ。ありがたいわよね」
「あ、私、別にその…、悠人さんが面白くないとか言ったわけでは…。それに神社も、その、つまらないわけでは…」
あ~あ。さっきはくそつまらないようなこと言ってなかった?バカだよなあ。ここで大声出せばみんなに聞こえるってわかっていただろうに。
「結婚のお祝いに来てくれたんでしょう?ありがとうね。夕飯も用意してあるからうちにも寄っていって。つまらない人ばかりかもしれないけど」
あ、お母さん、優しい顔して嫌味を言った!
「そんな、つまらない人ばかりとか思っていないです」
「夕飯食べて行ってもいいんですか?」
真由の言葉を無視して、里奈がお母さんに嬉しそうに聞くと、お母さんはもちろんよと頷いた。お母さんは、里奈のことをとても気に入っている。
お母さんが休憩室から出ていくと、
「わあ。やばい、聞かれてた」
と真由は青ざめた。
「当たり前じゃん、あんなに大きな声出すんだもん。それに、お祝いに来たのにひどいことばかり言って、美鈴にも謝りなよね」
里奈はバシッと真由にそう言い、真由は私にもごめんと頭を下げた。
「いいの。真由は琥珀のこと苦手なんだもんね」
「でも、美鈴はずっと琥珀さんのことが好きだったんだから、結婚出来て良かったよね」
「ありがとう、里奈」
「そうだよね。思いが通じたってことか。めでたいことなんだよね」
真由も心からそう思ってはいないようだったけれど、おめでとうと言ってくれた。
社務所から家に移動して、私が着替えを済ませ、居間で3人でお茶を飲んでいた。そこに悠人お兄さん、敬人お兄さんがやってきた。
「あの人は?」
真由が敬人お兄さんを指さして小声で聞いた。私は、
「下の兄の敬人お兄さん」
と声を大にして紹介した。
「高校の時の友達なの」
敬人お兄さんにそう言うと、やっぱり不愛想にお兄さんは、
「どうも」
とだけ答えた。
「今日はお祝いに来てくれたんだってね?ありがとうね」
そこにお父さんが現れそう里奈と真由に言うと、二人とも恐縮したようにお辞儀をした。
「家族でのお祝いはこの前しちゃったから、まあ、今日は夕飯食べたら3人で部屋でのんびりとしていったら?」
悠人お兄さんがそう言うと、
「あ、それいいかも!」
と、里奈が喜んだ。
それにしても、6時を過ぎても琥珀が来ない。何かあったわけではないと思うんだけど、まさか、真由が嫌で来ないつもりじゃないよね。
そして、夕飯の準備が済み、みんながテーブルにつくと琥珀もすっと現れ私の隣に座った。
「琥珀君も来たところで、乾杯しようか」
「また祝杯を挙げるのか。よかったのう、美鈴」
ひいおばあちゃんの言葉に、私は、
「うん。真由と里奈、ありがとうね」
と二人にお礼を言った。
「結婚おめでとう!」
ごそごそと里奈が自分のカバンから何かを取り出し、
「忘れないうちに渡しておくね」
と可愛い包み紙とリボンのついた箱をくれた。
「ありがとう」
私は早速開けてみた。すると可愛らしいかんざしと櫛が入っていた。
「まあ、すてきねえ、美鈴ちゃん」
「本当だ。美鈴、髪を結う時に使うといいね」
おばあちゃんと悠人お兄さんがにこやかにそう言ってくれたが、
「かんざしなんか使う時あんの?美鈴にそんな女っぽいの似合うかなあ」
と、唐変木の敬人お兄さんが、その場を盛り下げてくれた。
本当に空気の読めないやつ!
「似合う。美鈴は可愛いからな」
「は?」
琥珀の言葉に里奈と真由が耳を疑うように聞き返した。でも、うちの家族のみんなはもう琥珀のこういう言葉に慣れたのか、
「はいはい。ま、髪を伸ばして頑張って女らしくなるんだろ、美鈴」
と、敬人お兄さんすら、琥珀の言葉はスルーしている。
「びっくり。琥珀さんってあんなこと言うように見えなかったんだけど」
「無表情で偏屈な人かと思っていたのに」
こそこそと真由と里奈が話している。
「偏屈?」
真由の言葉に琥珀がピクリと反応した。
「琥珀さんは美鈴にぞっこんだ。美鈴にだけは優しいのじゃ。ひゃっひゃっひゃ」
ひいおばあちゃん、それ、フォローにも何にもなっていないような気がする。めっちゃ恥ずかしいよ。
「美鈴にぞっこん?!」
また里奈と真由がびっくりしている。
「二人とも心配はいらないよ。琥珀さんは美鈴を大事に思っているからね」
悠人お兄さんがまたにこりと微笑みながら(もちろん里奈に向かって)そう言うと、里奈ではなく真由が反応をし、
「そうか。かなり心配していたけど、それなら安心です」
と微笑み返した。
里奈がそんな真由を睨んでいたが、真由はまったく気にしているそぶりがなかった。そして、悠人お兄さんもまったく真由を気にする様子もなく、やっぱり里奈を見て目じりを下げている。ここにも、ぞっこんの人がいるんだけどな、みんなはわかっていないのかな。
お祝いも終わり、二人は私の部屋に来た。
「なんでまた、そんなに早くに結婚することになったの?里奈から聞いたけど、出来ちゃった婚ではなかったんでょ?」
「うん。でも、18っていったら結婚できる年だし」
「そうは言ってもさあ」
「もういいじゃないよ、真由。幸せなら私は全然いいと思うよ。まあ、まさか美鈴に先を越されるとは思わなかったけどね」
「まあ、一生結婚も出来ないよりいいけどさ。私、ちょっと心配していたんだよね」
「だったら、素直に喜んであげたらいいのに」
「まあね」
そんなことを真由と里奈が話していた。この二人は喧嘩しても、すぐに仲直りするから安心だ。私がいなくなっても、里奈と真由には仲良くしていてほしいな。
「大事に思われているのは羨ましいな。琥珀さん、あんなこと平気で言うのね」
「う、そうなんだよね、里奈。皆の前でも言うから恥ずかしいよ」
そう照れると、バシンと里奈に背中を叩かれ、
「いいじゃんよ!もう夫婦なんだし照れなくても。それに家族のみんなにも受け入れられてて羨ましいよ」
と、また羨ましがられた。
「言っておくけど、悠人お兄さんも里奈にぞっこんだからね。うちの家族みんな里奈のこと好きなんだし、羨ましがらなくたっていいからね」
「うそ、ほんと?!私にぞっこんなの?そう見える?!」
「まるわかりじゃん。は~~~あ、なんだか、あほらしくなってきた。私もちゃんと彼氏作ろうかな」
「真由、真由から見てもまるわかりなの?」
「うざいなあ。わかっててわざと聞いてる?」
「わかんないよ。自分じゃわからないもの。悠人さんはそういうこと口に出さないし」
「ハッキリ言って私が何を言っても、目が合うこともなかったよ。あの人、里奈のことしか見ていないじゃん」
「そうなんだよね。なんか、ずうっと目が合っているなあとは思っていたんだよねえ」
里奈はにんまりとにやけている。
「惚気ばかり聞いてて嫌になる!私も素敵な彼氏作る!」
真由がそう言って立ち上がり、
「そうとなったら、もう私は帰るよ。今一番狙っている人にどうアピールするか作戦練るから」
と、私の部屋を飛び出した。まじで?前とあんまり変わっていない気もしなくもないけど。
「私も帰るよ」
「悠人お兄さんに言えば車出してくれるよ。遅いし車出してもらいなね」
私は一緒に一階に行き、まだ居間にいた悠人お兄さんに二人を車で送ってとお願いした。もちろん悠人お兄さんはすぐにOKをした。どうやら、そのつもりだったから、悠人お兄さんだけはお酒を呑まなかったらしい。
「私も一緒ですみません」
真由が恐縮そうにそう言うと、悠人お兄さんは「え?謝ることないよ」と慌てていた。
玄関まで琥珀と見送り、二人は悠人お兄さんと家を出て行った。
「琥珀、もしかして、もしかしなくても真由が苦手?今日は香水つけていなかったけど」
「化粧が濃い」
「あ、まあね」
「それに、美鈴にあれこれとうるさい」
「まあね。昔から世話を焼いてくれていたんだよね」
「そうだ。だから、昔から気にくわなかった。美鈴に彼氏を紹介するだのなんだのって、いい迷惑だ」
「あ、そういうのも見えていたの?」
「美鈴の行動は随時見ていたし、護っていた」
ひゃあ。ある意味ストーカー…。いや、護ってくれていたんだから、そんなこと言えない。でも、かなり恥ずかしい。私、いっぱい失態があったと思うよ?
「里奈は、昔から美鈴のことを本気で心配したり、思いやりを持った娘だと思っていた。悠人にはちょうどいい。あのくらい強気で優しさを持っているなら安心だ」
「そうだね。でも、あんなに美人で性格も良くて、琥珀が好きになったりしなかったの?」
「は?また、そんな冗談を言って俺を笑わせたいのか」
「冗談じゃなくって、かなり真面目に聞いたんだけど」
「呆れる…。何度も言っているが俺の半身は美鈴だからな」
「そうか。そうだよね」
見た目や性格ではなく、もう生まれた時から決まっていたってことだよね。それってある意味ロマンチックな部分があるけど、ある意味運命だから逆らえないし、琥珀の意志とは無関係なんだから、嫌だったりしないのかな。
「…また変なことを考えているな?顔に出るからすぐにわかるぞ。美鈴、俺は何度も何度も何度も言っているが、美鈴が可愛いのだ。美鈴以外は可愛いと思えない。これでもまだ不満か?これ以上どう言えば満足する?あ、そうか。今夜も契りを結べばいいのだな?」
「わあ!いいの。もう満足した」
「いや、まだまだ美鈴にはわからせないとな」
ひょえ~~~!もう琥珀にこの手の質問をするのは絶対にやめよう。何をどう言っても、私のことを可愛いとしか言わないんだもん。素直にその言葉を信じるよ。




