第78話 妖たちに優しい琥珀
川中島さんは本当にお喋りで、私のシフトがお休みの日に里奈と二人でバイトに入っていた時、里奈に私と琥珀が結婚したことをベラベラと喋ってしまった。いずれ私から里奈には話すつもりだった。でも、どう切り出していいかわからず、そろそろ話さなくっちゃって思っていたところだったのに。
2時になり、里奈がバイトが上がる時間に家の方にやってきて、玄関をガラリと開け、
「美鈴、美鈴いる?!話があるんだけど!!!」
と怒鳴りこんできた。
私はちょうど昼ご飯も終え、のんびりと居間で琥珀と寛いでいた。
「里奈?」
居間から廊下に顔を出すと、里奈が血相を変えて私の真ん前までやってきて、
「結婚したって、私、知らないんだけど!」
と凄まれた。
「なんでそれ…」
「どうして親友の私には教えてくれなかったのに、新入りのバイトの人が知っているわけ!?」
ああ~~。川中島さんが喋ったのか。
「美鈴、話していなかったのか」
琥珀が暢気に座布団の上に座ったまま、こっちを見てそう聞いてきた。
「話そうと思っていたの。でも、どう切り出したらいいかわからなくって。ごめんね、里奈」
里奈の顔はまだ怖かった。結婚のことよりも、どうして先に川中島さんが知っていたのかということが気にくわなかったのかもしれない。
「川中島さんには、琥珀が言っちゃったんだよ。私じゃないからね」
そう里奈に弁解すると、
「なんだ?別に言ってもよかったであろう?」
と、琥珀は立ち上がり、私の横に来てそう言って来た。
「わざわざ言う必要あった?」
「俺の嫁だと紹介して何が悪い?」
「ごめん、美鈴。私が怒鳴り込んできたからややこしくなったんだよね。ごめん。結婚したんだからおめでとうって言うべきだった」
私と琥珀が険悪なムードになりそうだと思ったのか、里奈がいきなり謝ってきた。
「ううん。こっちこそ、話さなくてごめんね」
「いや~~、許嫁っていうだけでもびっくりしたのに、もう結婚しちゃったって聞いて、本当に驚いちゃって。どうして、そんなに展開が早いわけ?」
「それは…」
なんて言ったらいいのかな。龍神のパワーを100にしたくて…なんて説明できないし。
「まさかとは思うけど、出来ちゃった婚?」
こそこそっと私の耳元で里奈が聞いてきた。
「違うよ!」
私は慌てて首を横に振った。でも、
「なんだ?その出来ちゃった婚というのは?」
と琥珀が聞いてきた。ああ、琥珀は地獄耳だったんだっけ。しっかり聞かれちゃたよ。
「赤ちゃんが先にできちゃって、あとから結婚をすること」
里奈が琥珀にしっかり説明してしまった。琥珀はなるほどと頷くと、
「いや、まだ子どもは授かっていない」
と、真面目な顔をして里奈に応えた。
「そうなんだ。でも結婚したんだから、すでに美鈴はバージンじゃないってこと?」
うわあ。そんな直球で聞いてこないでよ。
「バージン?」
ほら、琥珀がまた里奈に聞き返してる!
「つまり、夜の夫婦生活はすでに済んでいるんでしょ?ってこと」
「もちろんだ。だから、夫婦になったのだ」
「琥珀、なんでそんなに何でもばらしちゃうの~~!」
真っ赤になって琥珀の胸をポカポカ叩くと、琥珀は不思議そうな顔をして、
「なぜ美鈴は何でも隠そうとするのだ?夫婦なのだから、そういったことも隠す必要はないだろう?」
と、ポカポカ叩いていた私の腕を持ち聞いてきた。
「だって、恥ずかしいし」
「恥ずかしいのか?ははは。まったく可愛いやつだなあ」
「ちょっと待って。目の前でいきなりいちゃつかないでよ!」
私と琥珀を見て里奈が突然そう言って、二人の間に割って入ってきた。
「なんだってみんな、いちゃつくなと言うのだ?別にいいではないか。仲がいいのはいいことだろう?」
「そうだけど!もっと琥珀さんはクールなのかと思ってた。とにかく、結婚したのは本当だとしても、結婚式とかはしないわけ?」
「うん。しないよ」
「そっか。まあ、最近は式を挙げない人もいるし、それも家が神社だと教会で結婚もできないだろうし、自分の家で式を挙げるのも微妙だもんね」
「う、うん」
っていうか、なにしろ琥珀が神様だから。
「式は挙げないが、昨晩祝いの会を家族にしてもらった」
琥珀は優しい表情で里奈にそう説明すると、
「結婚のお祝いをしてもらったの?私も呼んでほしかった。そうだ!真由と私でお祝いするよ。何が欲しい?それとどっかでご飯でも食べようよ」
「それはダメだ」
「琥珀さん、なんで?結婚したら奥さんを自由にさせてあげないタイプ?ご飯食べるぐらいいいじゃない」
「あまり境内から出ることはしないほうがよい。祝うと言うなら真由とやらもここに呼んだらいいではないか」
琥珀の言葉に里奈がまた耳打ちしてきた。
「ねえ、大丈夫なの?案外琥珀さん、亭主関白って感じじゃない?古臭いと言うか、夫を立てろ的な…」
「そんなことじゃないよ、きっと」
ボソボソと小声で里奈と話していても、確実に琥珀には聞こえているよなあ。
「ま、いいや。真由も呼んでお祝いの品を買って持ってくるから。何が欲しい?」
「えっと」
貰っても、向こうに持っていけるのかな。チラッと琥珀を見ると、
「かんざしや櫛などはどうだ?」
と、琥珀が言った。
「かんざし?そんなの使う?あ、そうか。巫女の衣装をずっと着るんだし、髪がのびたらかんざしもいいね。わかった。そうするね」
里奈はにこりと笑うと、早速真由に連絡入れる!と元気に帰って行った。
里奈は思い立ったら即行動なので、バスの時間も気にせずとっとと玄関を出て行った。その速さについていけず、私が玄関に見送りに行く前に帰ってしまった。
居間に戻ると琥珀は優雅にお茶を飲み、
「琥珀さん、ゴマせんべい食べます?」
とおばあちゃんが持ってきたゴマせんべいにかじりついた。
「琥珀、ゴマせんべい好き?」
「ああ、ゴマの風味がうまい。神の世界でも誰かに作らせよう」
「そうなんだ。そんなに気に入ったんだ」
琥珀は満足そうにおせんべいを食べている。
「ところで、どうして外に行っちゃいけないの?もう、妖に狙われることはないんでしょ?」
「そうだ。狙われるほど今の美鈴は弱くない。だが、バカな妖が美鈴に近寄るかもしれん」
「でも、そんな妖ぐらいやっつけるよ」
「美鈴、お前はもう人間を護る立場だ。美鈴は助かっても、周りの人間を巻き込むかもしれん」
「え?周りを?」
「美鈴に近寄るということは、近くにいる里奈や真由にも妖が悪さをする可能性もあるだろ?」
「…そうなの?」
それは絶対に嫌だ。
「それに、美鈴、前は妖も何も加護によって見えなかったが、今は色んな人ではないものが見えるのだ。境内は結界が強いから、そうそう入ってこれない。だが、一歩外に出れば、特に人間のたくさにるところは、邪気が溜まっているところもある。そこには霊もいるのだぞ?もちろん、美鈴に悪さはできないだろうが、美鈴にはそんな霊まで見ることができる」
「それって、怖い?」
「見た目が怖いものもいる。何もできない力のないものだろうがな」
「…そっか。それ、あんまり見たくないかも…。境内は護られているから見ないで済むの?」
「結界が強いからな。盆にかえってきた霊は、もう一度成仏した霊だから見た目も怖くないがな」
「そういえば、霊はもう無事にすべて天に戻った?」
「ああ」
「ひいおじいちゃんも帰ったんだね…。話もできなかったなあ」
「未練が残るやもしれないから、話さないほうがいいのだ」
「そうなんだ…」
成仏していない霊が…。そりゃ怖いかもなあ。でも…。
「そういう霊を成仏させてあげられないのかな」
と琥珀に聞くと、
「それは坊主の仕事だろう」
と言われてしまった。
「坊主?」
「まあ、邪悪なエネルギーも浄化はできるが、神社はその地域に住む人間や土地を護っている。悪霊退治屋ではない」
「ふうん。だけど、人間の未練とかが消えたら、霊も消えるんじゃないの?」
「そうだな。その未練とやらは厄介なものだ。単なる邪気とは違うからな」
「そうか。だから、私も未練をこの世界に残してはいけないんだね、そうそう簡単に消せないものだから」
「ああ、そういうことだ」
お千代さんは未練がなくなったのは、赤ちゃんができたから…。
「私も、赤ちゃんが出来たら未練なくなるのかな」
「そうだな。頑張って子どもを作るか?美鈴」
「が、頑張るって?!天から授かるものだって言っていたじゃない」
「いくら天から授かると言えども、子どもが出来る過程は踏まないと授かれないからな」
「う…。そうか。そういうものなのね、たとえ神様と言えども」
「龍神と天女が愛し合い、結ばれて授かるものだからな」
「そそ、そういうことなんだよね」
「ははは。今更恥ずかしがっているのか」
笑わないでよ。恥ずかしいものは恥ずかしいよ。
そんな二人の会話を、台所にいたおばあちゃんとひいおばあちゃんは聞いていたようで、何気にこちらを見ながらほほ笑んでいた。微笑ましい会話だったとは思えないんだけど、聞かれていたことに気が付きさらに恥ずかしくなり、
「琥珀、今日は暇だからお社にいる妖にでも会ってくる」
と照れ隠しにさっさと立ち上がり、私は居間を出た。
琥珀も一緒にお社に行き、あの暗い部屋に二人で入った。琥珀がふっと息を吐くと火が微かに灯り、中にいる妖たちが見えた。
「誰だ?」
妖の声がした。前に比べると声がやけに高い。まるで子どもようだ。
「琥珀と美鈴だ」
琥珀がそう言うと、3匹の妖が私たちの前に進み出た。うわ~~~。鬼も一つ目も5歳児くらいに背が縮んで、なんだか可愛らしくなっちゃったし、熊みたいな妖は子犬のようだ。熊じゃなくって犬だったのかな。
それに、私たちに対して反抗的な態度も見せないし、襲ってこようともしないし、怖がりもしない。3匹とも目に曇りもなく、なんだか本当の純粋な子どもに見える。
「琥珀と美鈴?龍神とそのお嫁さん?」
一つ目がそう言うと、犬の妖は私に近づき、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「お前、お日様の匂いがする」
「お日様?」
「こら。龍神の嫁をお前呼ばわりするではないぞ」
「あれ?いつの間にここに来たの?山吹」
びっくりした。後ろにいつの間にか山吹が来ていた。
「先輩妖が、こ奴らは教育します。任せて下さい」
「ぶふ!山吹が先輩なのか?それは面白いな」
琥珀が笑った。山吹は一瞬恥ずかしそうなそぶりを見せた。
「そうなんだ、山吹、頼りにしているからよろしくね」
私は山吹の頭を撫でた。山吹は嬉しそうに尻尾を振った。
「いいな!それ。俺もしてほしい!」
そう言って私に犬の妖が近づいた。え~~~!私を喰らおうとしていたのに!でも、姿までまったく変わっちゃっているから、怖くないし、可愛いくらいだ。私はそんな犬の妖の頭を撫でると、思いきりその妖は尻尾を振った。
鬼の妖も一つ目の妖も私に近づき、頭を撫でてって言う感じで見つめてきた。なんて可愛い目だ。私は二人の頭も撫でた。鬼の妖は小さな角の周りにふさふさの髪が生えている。撫でると案外柔らかい髪をしていた。一つ目の妖の頭はつるつるだ。撫でるとお肌すべすべだった。おもしろ~~い!
「は~あ、美鈴は妖を懐柔するのがうまいなあ」
琥珀はちょっと呆れた風にそう言ってから、はははと笑った。
「この子たちはこれからどうするの?」
「山吹の仕事をしばらくは手伝わせよう。そのあとは山でおとなしく暮らすようにすればいい」
「子どものままでいるの?それともまた怖い妖に戻っちゃう?」
「山が龍神の力で護られている限り、このままの可愛い妖だ」
「良かった!このまんまなんだ!3匹とも可愛いんだもん。あ、でも、もう会えなくなっちゃうよね…」
「寂しがるな、美鈴。エネルギーを飛ばせば会える。妖には龍の姿は見えるはずだ」
「そうか…。琥珀と一緒に龍になって飛ぶってこと?」
「そうだ」
「美鈴様の姿を見たり、頭を撫でてもらうことはできないんですね」
山吹が寂しそうにそうボソッと言った。でも、琥珀はそんな山吹の頭を撫でながら、
「早くに一人前の神使になり、神の世界に来い。そうしたら美鈴の世話もできるぞ」
と山吹に優しく言った。山吹はまた嬉しそうに尻尾を振った。
琥珀が妖たちに優しい。そんな琥珀のエネルギーを感じ、私まで幸せに包まれた。




