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第77話 結婚のお祝い

 琥珀は川中島さんを見て、表情を無にした。

「琥珀、新しい巫女の川中島さん。こちらは、えっと…琥珀と言って」

 遠い親戚と紹介するか、事務員さんとでも言えばいいのか、考えていると、

「美鈴は俺の嫁だ。よろしく頼む」

と、琥珀がとんでもない挨拶をした。それも、無表情のままで!


「琥珀?いきなり何を言い出すの?」

 慌ててそう言った横から、

「美鈴ちゃんの旦那さんなの?でも、美鈴ちゃん、まだ18でしょ?!」

と思いっきり川中島さんが驚きながら、私と琥珀を交互に見た。


「結婚したばかりだ。18歳なら結婚もできる年齢だろう?」

「そうだけど。琥珀さんも若そうだけど…。なんだってまた、そんなに若くして…」

 まだ、川中島さんは驚きを隠せていない様子だ。

「俺はそんなに若くはないが…。美鈴とは昔から結婚することは決まっていた」


「もしや、許嫁ってやつ?まさかと思うけど、親が決めた政略結婚的な?何か神社ってそういうのが…」

「違うの。政略結婚とかそういうのじゃないし、親が決めたわけでもないし。えっと、まあ、縁があってというかなんというか…」

 こうなったら笑って誤魔化す?


「美鈴、ちゃんと新しい巫女に、お守りを扱う時の注意をしておけ。あと、化粧は濃くするな。香水もダメだ。そのへんも注意しておけ」

 それ、今しっかりと川中島さんにも聞こえているから...。


「巫女だもんね、化粧の濃さも香水も気を付けるのは常識でしょ」

 琥珀がいなくなってから、そう川中島さんが呟いた。

「ですよね。でも、時々守ってくれない人がいるから。あと、お守りの整頓とか、お守りを触る時には、なるべく無心でしてください。色々と考えながらしていると、お守りに思念が入っちゃうんです」


「私、前にバイトしていた時には、ご利益ありますようにって祈りながら、参拝客に渡していたけど。そういうふうにすればいいんでしょ?」

「えっと…。それもいらないかな」

「なんで?」

「それも人の思念だから。お守りは龍神の力が入っているものです。一番いいのはなるべく何も考えない事です」


「難しいわね。でも、まあわかったわ。それより、琥珀さんって本当に旦那さんなの?結婚指輪もしていないじゃない」

「ああ…指輪…」

 そういうの、きっとないんだろうなあ。婚姻届けだってないだろうし…。


「親は知っているの?知ってるか。ここで働いている人なんだもんね。そりゃ、知っているか…。職場恋愛?見染められちゃったとか?まさか、赤ちゃんが出来てとか」

 本当にこの人お喋りだな。

「違います。それより、仕事の続き教えます」

 ちゃんと覚えてもらわないと。私がいなくなったら、この人が平日は働くことになるんだろうし。


 もしかすると、元気になった壬生さんも復活できるかもしれないって、そうお母さんが言ってた。また、ここで働きたいと言っているって。でも、夏場はバイトが決まっちゃったから、その短期のバイトが終わってからと言っていたらしいけど、また香水きつかったら、琥珀が嫌がっちゃうだろうなあ。


 その日の夜、おばあちゃん、ひいおばあちゃん、そしてお母さんが腕によりをかけ、ご馳走をたくさん作った。お父さんと悠人お兄さんが買い出しに行き、お酒やケーキも買って来た。


 主役の私は何も手伝わなくていいから、部屋でゆっくりしていてとおばあちゃんに言われ、私と琥珀は部屋で呼ばれるのを待っていた。琥珀は着物に着替え、私も先にお風呂を済ませ、一応ブラウスとスカートに着替えた。さすがにジーパンやスエットは、お祝いしてくれるのにどうかと思って。


 それにしても、琥珀は洋服を着たことがないよね。袴だったり、浴衣だったり。今日のは着物だ。男の人の着物姿も素敵なんだなあ。琥珀は本当にかっこいいなあ。うっとり。


「そんなに見惚れるな」

 うわわわ。うっとりしているのがバレてた!なんでわかったの?

 琥珀は私に近づくと、頬にキスをして、

「今夜はお預けはなしだからな?」

と囁くように言った。


 きゃ~~~~、それだけで顔が火照りまくっちゃう!


「琥珀ってずるい」

「なぜだ?」

「いつもはクールで、二人になるといきなり優しくなって、そのギャップにやられちゃうよ」

「やられる?」

「だから、ギャック萌え」


「なんだ、そのギャップなんとかっていうのは」

「わからないなら、いいんだけど。ただ、私ばかりドキドキさせられて、なんだか、ずるいって思うよ」

「へえ。そうなのか。確かにドキドキはしないな」


 やっぱり?

「それは私が色っぽくなかったり、奇麗じゃないから?」

「ははは。また面白いことを言うな。ドキドキはしないが、なんて言うのか」

 琥珀は天井を見てしばらく考え込み、

「無性に可愛くなるのだ」

と、私を見つめた。


「ひゃあ。そういうのもやめて!恥ずかしいから」

「そうか。はははは。真っ赤だな。なんだってそう美鈴は初々しくて可愛いんだろうな」

 琥珀は私が真っ赤になっていることも一切かまわず、私を抱きしめてきた。だから!こういうことされると、胸がドキドキしちゃうし、体は火照っちゃうし、大変なんだからね!と思いつつ、喜んでもいるんだよね。ああ、もう、私ったら!


 スターン!

「美鈴、琥珀さん、用意ができたぞ!」

 また敬人お兄さんがいきなり襖を開けた。

「うわあ!何いちゃついているんだよ!?」

 そして、私たちを見てびっくりしている。


「美鈴、いちゃつくっていうのはどういうことだ?」

 琥珀が私を抱きしめたまま聞いてきた。私はその腕の中で、オタオタしてしまった。

「そういうことだよ!ベタベタとくっついていることを言うんだよ!」

 敬人お兄さんが、琥珀の質問に答えると、琥珀はクールな顔で、

「ほう~。こういうことをいちゃつくと言うのだな」

と、なるほどと頷いている。


「人前でいちゃつくのはよせよな」

「人前も何も、二人切りだったぞ。そこに勝手に襖を開けて夫婦の間に入り込んできたのは敬人だろう?」

「う…。とにかく、誰が開けるかもわからないんだからな」

「敬人お兄さん、開ける前に声かけてよ。みんな、いきなり開けてきたりしないんだからね」

 

 なんとか琥珀の腕から離れ、私は顔を火照らせたまま敬人お兄さんに注意した。

「そうだぞ。夫婦の部屋を勝手に開けるなど無粋な真似はするな」

「わかったよ。これからは声かけるけど…。ああ、まだ信じられない。こんな美鈴が結婚とか…。逆にこいつ彼氏もいないし、結婚なんかできるのかって心配もしていたのに」


「何よ。こんな美鈴って、どういうこと?」

 一気にドキドキしていたのが冷めた。

「彼氏が出来なかったのは、龍神の加護のせいだ。美鈴に他の男が寄ってこないようにしていたのだ」

「そうなんだ。虫除けのお守りでも持たせていたとか?」


「そんなようなものだ。大事な嫁に変な虫がくっつかれても困るからな」

「……ほんと、琥珀さん、美鈴にぞっこんなんだな。こんな美鈴のどこがいいのかわからないけど」

「敬人お兄さん、一言余計!」

「はははは」

 琥珀も、そこでなんで笑うの?


「困ったことに、こんな美鈴もどんな美鈴も、可愛いのだから仕方がない」

 ぎょえ~~~!!また、とんでもないことを敬人お兄さんに言っちゃったよ!

「うっわ~~~。惚気?神様でも惚気るのか…」

 敬人お兄さんはゲンナリした顔で、部屋を出て行った。


「さあ、用意が出来たそうだから行くとするか」

「うん」

 ああ、琥珀が私を大事に思ってくれているのはわかってきたけれど、でも、やっぱり私も心のどこかで、こんな私でも本当にいいの?なんて、そんなことを思っちゃうよ。


 お祝いの間は、琥珀も機嫌が良かったのかにこにこだった。珍しい。皆の前ではクールでいることも多いのにな。

 それに家族のみんなも陽気だった。お母さんまでお酒を呑んで大笑いをしていた。


 琥珀もお酒を呑んでいた。日本酒だ。まったく顔色も変わらないし、酔うことはないのかな?と思って聞いてみたら、

「ほろ酔い気分だ。とても気持ちがいい」

とにっこりと笑っていた。どうやら、酔ってはいるようだった。


 お祝いが終わり、私と琥珀は部屋に戻った。琥珀はみんなが酔っているのをいいことに、

「夫婦になったのだから、同じ部屋に寝泊まりをすることにした。もう、勝手に夫婦の部屋に入らないように頼んだぞ」

と、みんなに告げた。みんなは、わかったわかったと頷いていた。でも、酔っているから本当に覚えているかどうかはわからない。


 私はお酒が呑めないから、私だけがシラフ。お祝いをしてくれたのは嬉しいけれど、なんだか不思議で仕方なかった。

 本当にもう夫婦なんだ。婚姻届けをするわけでもなければ、式を挙げるわけでもない。でも、もう夫婦なんだ。


 私の部屋に戻り、気になって琥珀に、

「ねえ、琥珀って苗字はあるの?」

と聞いてみた。

「苗字はないぞ」

「結婚したら、苗字が変わったりするけど、ないっていうことは私は神門美鈴のまま?」


「いいや、美鈴は美鈴だ」

「…そうなの?」

「龍神琥珀の嫁の美鈴だ」

「……そうなんだ」

「なんだ?不満か?」


「ううん!不満なんてないけど、ただ、なんだか夫婦になったって言う実感がないだけ」

 そう言うと琥珀は抱きしめてきた。

「もうずっと一緒にいることになるから、夫婦としての実感もすぐに感じるようになる」

 うわ。確かにこうやって抱きしめられると、そんな気もしてきた。


「今日は夜の見回りはいいの?」

「あとで美鈴が寝てから行く」

「そうなの?」

 それもちょっと寂しいな。でも、琥珀は寝ないんだもんね。私が寝ている間はいつも、どこかに行っちゃうんだよね。


 そんなことをぼうっと考えていると、いつの間にか布団が敷かれていた。

「今夜はお預けはなしだからな?」

 そうだった。きゃあ。いきなり胸がバクバクしてきた。でも、やっぱり琥珀の腕の中は安心で、琥珀の肌は冷たいのに、なぜかあったかくって…。


 琥珀の腕の中で、安心してそのまま私は眠りについた。


 不思議と眠っている間、私は夜空を飛んでいた。境内から出て、山全体を旋回した。

 不思議な生き物が見えた。今まで見たこともなかったものたちだ。一緒に空を飛ぶものもいた。

 もしかしたら、夜になるとこうやって、人間ではないものが山には現れていたのかな。でも、不思議と怖くはなかった。どの生き物も、恐怖を感じさせるようなものではなかった。


 朝、目が覚めると琥珀が横にいた。

「おはよう、美鈴」

 うわあ。一緒の布団に琥珀がいた。なんだか、嬉しい。

「おはよう、琥珀。今朝はどこかに行かなかったの?」


「ああ。夜の見回りが済んでから、ずっとここにいた」

「そう言えば、空を飛んでいる夢を見たの」

「そうか。俺と意識が一体となり、一緒に飛んでいたのかもな?」

「そうなのかな。見たこともない生き物が見えたし、一緒に飛んでいるものもいたよ」

「そうか。黒い羽根をしていなかったか?」


「そう言えば。ちょっと人間みたいなんだけど、羽が生えていたから妖?」

「天狗だ。この山に住んでいるわけではないが、時々遊びに来る」

「天狗!?天狗って本当にいるの?」

「ああ。天狗も精霊だ」

「そうなんだ。怖いのかな」


「怖くはないぞ」

「そうなんだ。ちゃんと会ってみたいなあ」

「うむ。夜中にやってくることが多いからなかなか会えないかもなあ。だが、そのうち美鈴も夜眠らなくなるから、その時に紹介しよう」

「うん」


 夜眠らなくなったら、私はいったい何をして過ごしたらいいのかな?疑問に思い、それとなく琥珀に聞くと、

「俺と一晩中いちゃついていたらいい」

と、にんまりと笑って琥珀が言った。









 

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