第76話 琥珀の溺愛?
敬人お兄さんは、こうやって人が傷つくことを平気で言い、そして傷ついたことも理解できないことがよくある。特に女心はまったく理解していない。こういうところが彼女が出来ないところなんだよ。
「はあ…」
敬人お兄さんの言葉に、この場にいた琥珀以外の全員が呆れたというため息をついた。ひいおばあちゃんやお母さんすら呆れている。でも、琥珀だけは違った。私のことを優しい目で見て、
「俺は美鈴を誰に会わせても恥ずかしいとは思わない。自慢の嫁だからな。敬人にとっても大事な自慢の妹であろう?本当は可愛くて仕方ないのではないか?」
と、真剣な目で敬人お兄さんに聞いた。うわ、今の敬人お兄さんの言葉をスルーせず、真面目にそんなことを聞いてくれるんだ。
「当然だろ。だって、妹だよ?出来が悪かろうがなんだろうが、可愛いんだよ。いや、出来が悪いからこそ、心配だったりするし、可愛いっていうもんなんだよ。そういうの神様にはわからないかもしれないけど」
「ははは。わかるぞ。生まれた時から美鈴のことは見ている。18になってまで木登りをしようとしていたぐらいのお転婆なのも知っている」
「美鈴?その年で木登りしていたの?!」
お母さんが怒鳴った。
「琥珀、ばらさないでよ」
「大丈夫だ。落ちそうになったところを俺がちゃんと助けた」
そこまでばらした~~!!!
「で、琥珀さんはそれでも美鈴のことを呆れたりしなかったわけか」
敬人お兄さんがそう聞くと、
「当然だ。俺の嫁になる娘だぞ?出来が悪かろうがなんだろうが可愛いのだ。いや、出来が悪いからこそ可愛いっていうものだ」
と、琥珀は自信満々という表情で答えた。
ん?出来が悪いって思っているってこと?うわ。ちょっと落ち込むんですけど。
「それはさっき、俺が言ったセリフだろ?」
「そうだ。敬人の言った通りだ。敬人も同じことを思っているのだから、俺の思いもわかるだろうに」
琥珀は突然にやりと笑った。敬人お兄さんはその顔を見て、
「なるほどね、琥珀さんは案外美鈴にぞっこんってわけだ」
と、琥珀ににやりと笑い返した。
「ふ…。そういうことだ。だから、安心していいぞ」
琥珀も含み笑いとしてそう答えた。いきなりみんなが「そうか、そうか」と微笑ましいという表情をした。でも、私だけは腑に落ちなかった。
そうなのか。私、出来の悪い嫁って思われているのね…。ああ、もっと落ち込んできた。
ううん。大丈夫。だって、琥珀はどんな私でもいいって言ってくれている。
なんて、自分を慰めてもやっぱり落ち込んでしまう。は~~~~~あ。
掃除をしていても、つい無になれず、琥珀や敬人お兄さんの言葉を思い出してはため息が出た。
「心ここにあらずだな」
「琥珀」
また突然琥珀が横に現れた。でも、もういきなり現れても驚かなくなっちゃった。
「さっきの敬人の言ったことなら気にするな」
「うん」
「彩音のことを考えているのか?」
「ううん。違うよ。ただ、私って駄目だなあっていうか、出来が悪いって思われているんだなあって」
「敬人が言っていた出来の悪いというのは、気にする必要などない」
「でも、琥珀も私が出来の悪い嫁だって思っているんでしょ?」
「ははは」
笑われた…。なんで笑うのかなあ。
「それは、美鈴の欠点だと思っているのか?」
「……うん。私、全然完璧じゃないもの。これで神様になれるのかなって、心配だよ」
「例えば、木に登るということか?そのくらい、なんてことはないぞ。そうだ。我が家の庭園にも木登りが出来そうな木を植えよう」
「私、別に木登りが好きなわけじゃないからね。あの時はビニール袋がぶら下がっているのを取りたかっただけだから」
「そうか。じゃあ、どの辺が出来が悪いと言うのだ?」
「琥珀も言ったでしょ、さっき」
「俺は敬人にわからせるために、ああ言っただけだ」
「……じゃあ、出来が悪いとか思っていないってこと?」
「もちろんだ。美鈴の全部が可愛い」
ひょえ~~~!そういうことを真顔で言われても、どう対応したらいいの?
「あ、そうやって顔を赤らめたり、困ったりしているのも可愛い。怒って頬が膨れるのも可愛い。俺に牙を剥けてくるのも、弱々しくなっているのも、どれも可愛い」
「わ、わかった。もういい。なんだか、恥ずかしくて聞いていられない」
「敬人はけっこうズケズケとものを言うな。それに単純だし、こうと思ったらすぐに行動してしまったり」
「うん。女心もまったくわからないし、デリカシーも何もないんだよね。それに、人を傷つけても反省もしない」
「そういうところが、欠点と言えば欠点だが、敬人のいいところと言えばいいところなのだ。特にあの、自分が間違ったことをしたとしても、ケロッとしているところや、自分の欠点を欠点と思っていないところがすごいところだ」
「そこ、褒めるところなの?」
「そうだぞ。あれは敬人の個性、とてもユニークだ。悠人とは全く違う。違うからこそ面白い。みな、同じでは神とて見ていてもつまらないではないか」
「つまらないって…。なんで面白がっているわけ?」
「そうは思わないか?そもそも俺も大いなるものに創られたが、みな同じものを創っても面白みはなかったと思うぞ。同じロボットを大量生産しても面白くないだろう?」
「う、うん。そうかもしれないけど」
確かに、横を向いてもどこを見ても同じものしか映らないなら、面白くないかもしれないなあ。
「みんなが違っているから面白い。みな、どこか欠点がある。俺にもある。だが、それが個性だ。悠人は優しい。人の気持ちを思いやれる。だが、少し気が弱いし、すぐに行動に移せないところがある。それは慎重で思慮深いとも言える。欠点のように見えて、実は長所だったりもするだろう?」
「うん」
「悠人と敬人、どちらが良くてどちらが優れているというものではない。どちらもいい。違うからこそ面白い。みな、欠点あり、長所あり、それで完璧なのだ」
「私も、完璧ってこと?」
「もちろんだ。そのままの美鈴で完璧だ。他の誰にもないものを美鈴は持っていて、誰にも真似できない。いや、誰かの真似などする必要はどこにある?そのままで、みんな完璧だというのに」
うん、そうだよね。琥珀の言う通りかもしれない。でも、それは人間だからだよね。神様はどうなのかな。
「…神様も個性があるの?」
「あるぞ。みな同じだったらつまらない。豪快な神、繊細な神、やたらと元気な神、とても静かな神、笑い上戸の神、いつも冷静な神、泣き虫な神、甘えん坊の神、いろいろといる」
「人間みたい」
「そうだな。個性溢れている。だが、みな自分のことを卑下したり、他の神と比べたりしないし、誰かを羨むこともなければ、蔑むこともない。みな、個性的で面白いとわかっているし、それで完璧だとわかっているからだ」
「じゃあ、私でも受け入れられるのね」
「当然だ。それもこんなに可愛いのだ。他の神に狙われないか、それだけが心配だ。みなに俺の嫁はこんなに可愛いと自慢したいが、誰にも見せず俺の家から一歩も出したくはないというのが本音だ」
「は?それは言い過ぎだよ。もう、琥珀ったら冗談ばっかり」
「冗談ではない。女好きな神もいるのだ。人の妻だと知りながらも口説くようなやつが…。だが、そんなやつには指一本触れさせない」
「琥珀は嫉妬などしないって言っていたのに…」
「嫉妬はしない。だが、独占欲はある」
いきなりその場で私は抱きしめられてしまった。
「ちょ!琥珀!誰かが見たら…」
「いいではないか。夫婦なのだから」
きゃ~~~。なんていうか、どんどん琥珀がクールじゃなくなってきた。そうか。こっちが琥珀の本性なのね!困るような、恥ずかしいような、嬉しいような複雑な気持ちだ。
それも、独占欲があるって、それは嬉しいかも!
「こうやって、いつでも美鈴を抱きしめていたいものだ」
「は??!!!」
また、心臓が飛び出るようなことを言い出したよ!
「おやじがおふくろと年がら年中一緒にいるのも、今ならわかるな…」
ぼそっと琥珀がそう呟いた。
「美鈴!こっちも早く掃除してよ!」
社務所の戸から顔を出し、お母さんが大声で叫んだ。あ、琥珀に抱きしめられているのを見られた!
「朋子め。邪魔しおって」
え?琥珀が怒った?
「精霊たち、一斉に境内の穢れを取れ。阿吽も手伝え。一つの塵も残すな」
「はい!」
あーちゃんとうんちゃんは、今一瞬姿を現したと思ったら、すぐにシュンっと消えてしまった。精霊たちもキラキラといろんなところに飛んでいき、いつの間にやら境内に落ちていた葉っぱも消えてしまった。
そして、山吹もいつもよりもスピーディに灯篭や石像を奇麗にしてしまった。琥珀の言葉を聞いて、山吹も頑張ってくれたのかしら。
「琥珀、私の仕事がなくなっちゃうよ」
「いいではないか。その分こうやって俺にひっついていたら」
いやいや。こんなに甘やかしてもいいのか?無になってしっかりと掃除しろって前は言っていた気がするんだけど…。
今日のバイトは、ようやく平日に入ってくれるバイトの人が決まり、今日が最初の日だった。面接はお母さんとお父さんがしたから、実際会うのは今日がお初。
10時ちょっと前にお母さんと一緒に、巫女の恰好に着替えた新入りのバイトがやってきた。
「この子が娘の美鈴よ。今年18歳」
お母さんは簡単に私を紹介し、
「こちらが新しく入った川中島さんよ」
とバイトの人を紹介してくれた。
「初めまして。高校生の頃私も巫女のバイトをしていたんです。久しぶりだけど、私、龍神が好きだからここでバイトしたかったんです」
龍神が好き?つい、胸がざわついてしまった。いやいや、だからって琥珀を好きになるわけじゃないんだから大丈夫だよ。
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げられ、私も頭を下げた。
「じゃあ、美鈴から仕事の内容は聞いてね」
お母さんは事務所に戻り、私は川中島さんに色々と説明を始めた。
「このお守りの龍、かっこいい!あとで買ってもいいかな」
「はい、もちろんです。龍神のパワー入りだから、すごく効き目ありますよ」
「へえ…。ここは龍神の神社だものね。私、1か月前に引っ越してきたばかりなの。と言っても母方の実家に住んでいるんだけどね」
「この近くに引っ越してきたんですか」
「ううん、駅の近く。この神社はまだ子どもの頃、おばあちゃんに連れてきてもらったことがあって、なんとなく覚えていたの」
「失礼ですけど、今おいくつですか」
「24歳。高校卒業して就職したけど長続きしなくって、ずっとフリーター。母が離婚しちゃって、私も母の実家にお世話になることになったの。東京にいたけど、なんだか、都会も疲れちゃって」
「そうなんですね」
よくしゃべる人だなあ。まあ、だんまりの人よりいいけど。
「この前面接のときにいた若い人は、あなたのお兄さん?」
「若い人?もしかして悠人お兄さんに会ったんですか?」
「悠人さんっていうの?独身?」
「はい。でも、彼女いますよ」
危ない!里奈のライバルになるところだった。ちゃんと牽制しておかないとな。
「そっか~~。ちょっとおとなしそうだったけど、顔は好みだったんだよねえ。他に若い人バイトとかでいないの?」
「いないです。あ、もう一人兄がいるけど」
「え?その人独身?」
肉食女子なの?くいついてくるなあ。
「独身だけど、大学卒業したらリュック一つで海外行く予定だからなあ...」
「ああ、そういうタイプ、私無理だわ。もっと堅実的な人がいいんだけど、誰かいない?」
「巫女のバイトしていたら、出会いなんてないですよ。もっと、居酒屋とか、若い人が来るところでバイトしたらいいのに」
「そんなところでバイトしても、そこで会うのなんてフリーターか学生でしょ?」
「じゃあ、ちゃんとした会社に勤めたら?」
「そういうところは私が合わないもの。会社勤めが嫌でフリーターになったんだし」
なんなんだ、この人。出会いを求めているからバイトがしたいの?
「出会いを求めているなら、どうして山守神社でバイトしようと思ったんですか?」
「ここに来たのは龍神が好きだからって言ったじゃない。龍雲とかも見るのが好きなのよ」
川中島さんがそう言った時に、
「美鈴」
と琥珀が社務所の窓を開けた。びっくりした。でも、突然姿を現さないで良かったよ。
「誰?超好みなんだけど」
うわ。琥珀にまでくいついてきた!なんだってこのタイミングで琥珀は来ちゃうのかな。思いきり川中島さんが興味を持っちゃったよ!




