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第75話 敬人お兄さんの唐変木

「こんな話をしていたら、夜も更けるな…。ああ、今夜はお預けか…」

 気持ち寂しい感じで、琥珀が呟いた。

「え?あ、そうか」

 話し込んじゃってすっかり忘れてた。私の胸の鼓動もだいぶ収まっちゃった。


「そう言えば、あの霊に化けて境内に入り込んだ妖たちはどうなったの?」

「お社の暗い部屋に閉じ込めたままだ」

「様子とか見ないでも平気なの?」

「見ているぞ。精霊たちも見守っている」


「光の精霊?」

「いや、地の精霊や闇の精霊だ」

「闇の精霊なんているの?」

「ああ。別に悪いものではない。暗闇や地底や夜を好む。闇というのもまた、静寂で居心地のいいものだぞ」

「怖いじゃん。真っ暗って。琥珀も言っていたでしょ?あの部屋に人間が閉じ込められたら気が触れるって」


「ああ。そうだ。恐怖を感じる人間にとっては怖いだろうな。だが、精霊や妖は違う。動物や昆虫なども暗闇の中に暮らし、そっちのほうが安全で居心地がいいというものもいるのだ。あの部屋は龍神の波動が充満しているから、妖たちもすっかり浄化され、気持ちよく寝ているぞ」

「寝てる?」

「ああ、相当疲れているのだろう。あの部屋で癒されている」


 あの暗闇で癒される?そうなんだ。人間とはまったく違うのね。なんだか、牢獄にでも入れられている感じだけど、龍神の波動で闇を浄化させ、癒される空間なんだ。


「美鈴」

「琥珀?」

 なんでだか、琥珀が私に抱き着いてきた。うわ~~~。また胸の高鳴りが…。

「美鈴のこの可愛いオーラを感じるだけで癒されるから、今夜は一つの布団でひっついていよう。それだけでいい」

「う、うん。私も隣に琥珀がいてすんごく安心できる」

「そうか」


 琥珀は優しく微笑むと私に優しくキスをしてくれた。私は琥珀の胸に顔をうずめ、そのままスヤスヤと寝てしまったようだった。


 朝起きると琥珀はいなかった。

「琥珀、いないんだ…」

 寂しいなあと思いながら布団から這い出すと、突然誰かが後ろから抱き着いてきた。

「きゃ?誰?!」

「俺に決まっているだろう」


「琥珀?あれ?部屋にいた?」

「今、美鈴が呼んだから来たぞ」

 呼んだっけ?でも、来てくれたのは嬉しい。

「どこに行っていたの?」

「社の妖を見に行っていた」


「どうだった?」

 まだ琥珀は私の後ろから私を抱きしめている。

「おとなしくなったぞ。あとで美鈴も見に行くか?」

「怖くないの?琥珀よりも図体大きかったよね」

「いや、一回りは縮んだぞ」

 縮むの?


「着替えて顔洗って、ご飯食べに行かなくちゃ」

「阿吽。美鈴の着替えを頼む」

 そう琥珀が言うと、襖をすうっと抜けてあーちゃんとうんちゃんが現れた。

「おはようございます、美鈴様」

「おはよう。あーちゃん、うんちゃん」


「さあ、精霊たち、美鈴様の着替えを頼んだぞ」

 うんちゃんがそう言うと、精霊たちも私の周りに「おはよう」と口々に挨拶しながらやってきて、私の周りでキラキラ光っているうちに、私は着替えが終わっていた。


「よし、精霊たち、ご苦労」

 うんちゃんがまたそう言うと、精霊たちはみんなキラキラ光りながら天井から消えていった。

「あ、ありがとうね」

 あっという間に着替え終わっていたから、少し呆けてしまった。


「すごい。あっという間だった」

「毎朝精霊たちに頼め」

「いいのかな…」

「いいのだ。そのうちに、精霊を呼ばないでも自分で出来るようになる」

「一瞬にして着替える技術を得るの?」


「技術?う~~ん、どちらかと言えば魔法のようなものだ」

「それはすごいね。じゃあ、私も神出鬼没になれる?」

「そうだな。すっかり神のエネルギーになればな」

 琥珀と居間に行くと、みんなが一斉に私たちを見た。


「あ、おはよう」

 なんだか、昨日の今日だから照れくさいと言うか、どんな顔をしていいかもわからないな。

「おはよう、美鈴、琥珀君」

 おじいちゃんが明るくそう言い、おばあちゃんも、

「さあ、お味噌汁とご飯を持ってくるから座ってね」

と優しく言ってくれた。


 でも、他のみんなは無言だ。お母さんまでが黙っているから、かえって怖い。

 私は静かに座布団に座った。でも、琥珀はいつもとまったく変わらず、クールな顔のままあぐらをかいた。


 沈黙のままみんなが食べだした。ああ、なんだかご飯が喉を通らないな。まあ、朝はみんな静かなのはいつものことだけど。


「朝も二人一緒にやってきたのか。仲がいいのう」

 突然、ひいおばあちゃんが茶化すようにそう言って、ひゃっひゃと笑った。そんなひいおばあちゃんに、

「からかわないで下さい」

とお母さんが小声で注意をした。


「いいではないか。もう夫婦なのだろう?ということは、新婚なわけじゃな。ひゃっひゃっひゃ。こりゃ、めでたいのう」

「何がめでたいんですか、おばあちゃん」

 今度のお母さんの声は大きかった。それも、かなり頭に来ているようだ。


「めでたいではないか。娘が結婚をしたのだぞ?祝ってやれ。それも、仲が良さそうだし、美鈴は嬉しそうだし、琥珀さんの顔は相変わらずじゃがのう。ひゃっひゃっひゃ」

 なぜだかひいおばあちゃんだけが浮かれている。私はいったい何を言ったらいいかもわからないし、どんな顔をしていいかもわからず、ちらっと琥珀を見た。


 琥珀はひいおばあちゃんを見たが、無反応だ。

「じゃあ、お祝いでもしたほうがいいのかな、ひいおばあちゃん」

 そう言ったのは、なんと敬人お兄さんだった。結婚に対して反対していると思っていたのに。

「朋子さん、お祝いじゃ。今夜にでもお祝いをしようではないか。なあ、直樹」

 ひいおばあちゃんの言葉に、お母さんはすぐには頷かなかったが、

「そうだな。結婚のお祝いを今夜するか」

と、お父さんはひいおばあちゃんの提案に賛同した。


「祝いとは何をするのだ?」

 そう琥珀が突然ひいおばあちゃんに聞いた。

「ごちそうでも食べて、酒でも飲んで…」

 ひいおばあちゃんはそこまで言うと、

「あとはみんなで、めでたいと喜ぶんじゃ」

と琥珀に向かってにんまりと笑った。


「なるほど。神の世界の祝いと同じようなものだな」

「ほう。向こうでも何かを祝ったりするのか」

「ああ。美鈴も向こうに行けば、神々が祝ってくれる。祝いの品や酒を持って、我が家にやってくる。夜通し酒を呑みながら、みんなでお祝いをすることになると思うぞ」

「神々が来ちゃうの?」

 うわ~~~~。怖い。私、どんな対応をしたらいいの?


「そんなに緊張するな。みんな暢気で陽気なやつばかりだ」

「美鈴も大変そうだなあ」

 ぼそっと敬人お兄さんが呟くと、

「お姑さんとうまくやれるのかしら、このわがまま娘が」

と、お母さんもため息をついた。


「ははは。心配するでない。何しろみんな神だからな。なんでも許す寛大なやつばかりだ」

 琥珀が無邪気に笑うと、みんながほっと安堵のため息をつき、

「琥珀さんみたいな寛大な神ばかりなんじゃな。そりゃ、安心だ。それに琥珀さんがついているから大丈夫だ、美鈴」

と、ひいおばあちゃんも私に笑顔を向けてくれた。


「神々がいる世界か~~。興味あるなあ。俺も行ってみたい」

「敬人、さんざん琥珀君をバカにしたりしていたくせに、何を言っているんだ」

「だって父さん、面白そうじゃない?いったいどんな世界なのか見てみたいって思わない?」

「お前は好奇心旺盛だからなあ。父さんは恐れ多くて、神の世界に踏み入れたいとは思わないよ」

「敬人の好奇心旺盛で行動的なところは、実に面白い。神の世界には行けないが、この人間世界はいろんなところを旅するといい」


 琥珀が敬人お兄さんにそう助言すると、

「お!さすが龍神、わかってるじゃん!やっぱ、大学卒業しても俺は海外に行ってくるよ」

と敬人お兄さんは図にのったのか、そんなことまで言い出した。

「ちょっと、琥珀さん、敬人を煽るのはやめてもらえます?敬人もいい気にならないで。就職はどうするつもりなわけ?」

「う~~~ん。特にやりたいことも思いつかないし。リュック一つで海外を回るほうが興味ある」


「そんなバカなこと言っていないで、もっとしっかりと考えてちょうだい!」

 ほーら、やっぱりお母さんが怒った。

「朋子、いいではないか。海外を旅し、そこで経験したものは得難いものになる。今後の敬人の人生を支えるものになるのだ。日本でちまちまと働いているよりよっぽどの学びを得られるのだぞ」

 さすが琥珀。いう事が違うよね。


「琥珀さん、そんなこと言っても…」

「朋子、僕も琥珀君に賛成だ。特にこいつはどこか狭いところに閉じ込められるやつじゃない。子どもの頃からそうだっただろ?」

 お父さんがせっかくそう言っても、

「そうですよ。だから、大人になったら少しは落ち着いてほしかったんです。それに、海外にリュック一つでなんて、何かあったらどうするんですか…」

とお母さんは、反対の色を現した。


「朋子、心配はいらない。俺が敬人のことは見守るから安心しろ」

「すげえじゃん。俺、いつも神に護られているってことか!」

 うわあ。琥珀の言う言葉にとことん、図にのるよね、敬人お兄さんは。

「まったく、敬人は本当にお調子者で、ちゃっかりしているのう」

 そうだそうだ。ひいおばあちゃん、もっと言ってやって!


「琥珀さんに対しての態度も、昨日と180度違うじゃないか」

 さすがにひいおばあちゃんも呆れ果てたようにそう言うと、

「昨日、琥珀さんの話を聞いてて、たいした神様だってそう思ったんだよ。でっかい心の持ち主だってわかったから、美鈴を嫁に出しても安心だとも思えたし」

と敬人お兄さんは、穏やかな表情でそう言った。


 そうなの?敬人お兄さんもわかってくれたんだ。感動でうるっときた。でも、

「ただ、こんなすげえ神様と結婚して、美鈴は絶対につり合いが取れないんじゃないのか、他にもっと適切な子がいたんじゃないかって、そっちを心配している」

と、私を落ち込ませることをズバッと言ってきた。う…。せっかく今、感動しそうになっていたのに。


「そうじゃなあ。だが、神門家の娘が嫁になると決まっているからのう。他にはいないだろ?」

 ひいおばあちゃん、私が適切だって思っていないってこと?

「いるよ。彩音ちゃんも神門家の血を受け継いでいるじゃないか」

「敬人、彩音は神門家の人間ではない。笹木家だ」

 琥珀が冷静にそう敬人お兄さんに言うと、

「だけど、神門家の血は入っているんだろ?」

と、まだ敬人お兄さんはしつこく琥珀に聞いた。


 琥珀は私の顔を見た。そして、なぜか私の頭を撫でた。なんで撫でられたのかな?

「敬人、俺の嫁は美鈴と決まっている。美鈴が生まれた時からそれは決まっていたのだ。あまり、美鈴が悲しむようなことを言うな。美鈴は、俺の嫁は自分でいいのかと気を病んでいたのだぞ」

「え?そうだったのか。悪い、美鈴。美鈴がそんなしおらしいことを思っているなんて知らず、つい…」

 敬人お兄さんは、ヘラっと笑って謝った。


「敬人は、本当にそういう無神経なことを昔から言うよなあ」

 はあっとため息をついたのは悠人お兄さんだった。

「なんだよ、無神経って。今ちゃんと謝っただろうが」

「美鈴は本当に傷ついていたんだぞ?さっきもお前の言葉に顔を曇らせていたじゃないか、そういうのに気づけよ」

 う…。悠人お兄さん、さすがだ。じゃなくって、もしかして私、そんなに表情が暗くなっていたのかな。だから、琥珀が頭を撫でてくれたのかしら。


「美鈴は、ずっと琥珀君が好きだったんだよ。でも、自分は龍神の嫁にならないといけないからって、琥珀君への思いもずっと抑え込もうとしていたんだ。だけど、琥珀君が龍神だとわかって、もう琥珀君への思いも封じ込めなくていいんだって、そう思えたところだったんだよ。それなのに、また美鈴を不安にさせるようなことをわざわざ言うなよ」

 げ~~。そこまで詳しく説明されると、超恥ずかしいんだけど!


「まじで?美鈴の方が先に好きになったってこと?っていうか、じゃあ、晴れて美鈴は好きになった人と結ばれてハッピーエンドじゃん。良かったな、美鈴!」

「敬人、本当にお前は単純というか、気が回らないと言うか…」

「なんだよ、兄さん。そういうことだろ?」

「はあ…。僕が言いたかったことは、美鈴を不安にさせるようなことを言うなってことだよ」


「だけど、ちゃんと美鈴が龍神の嫁になれるんだから、結果オーライだよな?良かったな、美鈴。琥珀さんが彩音ちゃんを選ばないで美鈴を選んでくれて。まあ、俺だったら、誰に会わせても恥ずかしくない彩音ちゃんを選ぶと思うけど、琥珀さんが寛大で良かったな?」

 敬人お兄さん、そういうところだよ!女心もわからない唐変木!そう言う言葉がもっと傷つけるって、なんでわからないかな!



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