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第73話 きゃ~~~~!大変!

 敬人お兄さんは、本当に毎日私にかまいに来た。朝、掃除をしていると一緒に箒を持ってきて掃除をし、社務所にいると顔を出しに来た。


「誰?」

 耳元で里奈が聞いてきた。

「敬人お兄さん」

「え?そうなんだ。あ、おはようございます」

 社務所の窓から顔を出した敬人お兄さんに、里奈は明るく挨拶をした。


「どうも。美鈴がお世話になっています」

「こっちこそ。美鈴とは高校時代からの友達なんです」

「あ、そうなんだ~」

 敬人お兄さんはあまり興味なさそうにそう答え、

「じゃ」

と足早に去っていった。


「なんだか、そっけないね。悠人さんにも似ていないし」

「だから言ったじゃない。あんまり女の子に興味ないし、ガサツで女心もわからないような唐変木だって」

「そんなに悪くは言っていなかったよね?仲悪い?喧嘩でもした?」

「別にそうじゃないけど」


 里奈がいるからか、社務所には顔を出しに来なくなった。でも、お昼の時間も私に合わせて、あれこれ話しかけてくるし、とにかく、ちょっとうざいくらいなんだけど。


 私は朝の掃除も琥珀と一緒にやりたいの。お昼も琥珀の隣で、琥珀の優しいオーラに癒されたいの。なのに、色々と邪魔しに来て!朝の掃除の時なんて、気を利かして琥珀は来なくなっちゃったんだからね。


 社務所を閉め居間に行くと、ちょうど敬人お兄さんがのんびりとしているところだったから、

「私と琥珀の二人の時間を邪魔しないでくれる?朝、掃除を手伝いに来たりしないでいいから」

と文句を言った。

「なんだよ。あの龍神とはどうせこの先、ずっと一緒に居られるんだろ?俺とはいられなくなるんだから、兄を優先したらどうだ?それとも、神の世界では龍神と一緒にいられないのかよ」


「ずっと一緒にいるって琥珀は言ってたもん」

「だったらいいだろ。こっちにいる時くらい家族と一緒にいろよ」

「そんなこと言ったって、みんな今まで通り普通に過ごしているし、普通に接しているんだから、敬人お兄さんもそうしたら?」


「普通?」

 敬人お兄さんは首をひねり、

「普通ってどんなだ?」

と本気でわからないようだった。


「どうせここにいても暇なんでしょ?バイトするなり、神社の手伝いをするなりしたら?それか、大学や高校の友達にでも会えばいいじゃない」

「そんなやつとは、来年も会える。でも、美鈴とはあと数か月なんだよ?ちくしょう。それがわかっていたなら、カナダに1年もいなかったらよかった」


 また泣きそうになってる。どうしちゃったの?

「敬人はそんなに美鈴が可愛いのか」

 いつの間にか琥珀が居間にいて、そう敬人お兄さんに聞いた。

「どっから湧いて出た?」

 敬人お兄さんがびっくりしている。


「琥珀は神出鬼没なの。神様だから」

「なんなんだ、その理由。もしかして、どこにでも姿を現せるのか?」

「そういうことだよ。琥珀からも言ってよ。敬人お兄さんに邪魔だって」

「ははは。いいではないか。美鈴もこっちにいる間に未練が残らないよう、十分家族に甘えておけ」

 そう言うと、ちゃんと襖を開けて琥珀は出て行った。


 く~~~。私は琥珀に甘えたいんだよ~~。私が龍神の力を得てからは、あの朝の接吻もなくなっちゃったし。かなり寂しいよ。夜も琥珀はどこに行っているのか、部屋にもいないことが多いし。龍の姿になって、どこかを飛んでいるのかしら。

 

  その日の夜も、琥珀が来る気配はなかった。きっと琥珀の部屋に行っても琥珀はいない。だって、琥珀は夜眠らないんだもの。

 寂しいな。隣にいてくれたらいいのに…。


 ずっと一緒にいるって言っていなかったっけ?結婚したら片時も離れないようなことを…。


 もしかして、すでに私、嫌われたとか。

 ひいおばあちゃんが言ってた、尻に敷かれているとか、牙を剥いたとか…。琥珀も、そんなふうに思って嫌になった?愛想を尽かされた?


 ずーーん。あ、気持ちが沈んだ。私、まだまだ眠くなるし、お腹も空くし、こんなネガティブなこと思って落ち込むし、神様になんてなっていないんじゃないの?


 神様になったら、琥珀が恋しいとかも思わないのかな。こんな寂しくなることもないのかな。

「琥珀ぅ…」

「呼んだか?」

 うわ!!!!びっくりした。目の前に琥珀が現れた。


「よ、呼んでない…。あれ?呼んだかな」

「俺の名を呼んだだろう?弱々しい声で…。どうした?寂しかったのか?」

 琥珀はすぐに私の隣にあぐらをかき、私の髪を撫でてきた。


「思わず声に出てた」

「ん?」

「さ、寂しくて」

「そうか。だったら呼べばよかったのに。すぐに飛んで来たぞ?」

「でも…。琥珀は何か龍神の仕事とかしていたんじゃないの?」


「ああ。龍神の力が100になったからな。この山一帯を飛んで回っていた。今夜は悪さをするような妖もいなかったし、雑魚も消え失せていた。美鈴の神楽で消滅したんだろう」

「毎晩見回りにいっているの?」

「そうだ。力が半分しかなかった時には、境内を護るだけで精いっぱいだったが、今は境内の外まで見守っている」


「でも、一昨日彩音ちゃんを妖が襲ったよね」

「ああいう輩がまだうろちょろしているから、見回るようになった。あのバカな妖は昼間からウロウロとしていたが、たいていは夜に活動をするものだ」

「そうなんだ…。じゃあ、別に私に愛想尽かしたわけじゃないんだね」


「なんだ?それは」

「ひいおばあちゃんが、私が琥珀を尻に敷いているとか、牙を剥くとか、私の方が強いとか言っていたでしょ?琥珀もそう思って愛想尽かしたのかなって」

「そんなことを思っていたのか」

「うん」


「それで落ち込んだのか。まったく…。美鈴は俺の半身だ。愛想を尽かすわけないだろう」

「でも、私は私のいろんなところが嫌いだし、嫌になることもしょっちゅうだし、それを取り換えられるなら取り換えたいって思うもん。琥珀も半身の私が嫌になって、取り換えたくなるかもしれないでしょ?」


「……ふむ。どこにも替えなどいないのだから、取り換えたいなどとは思わないがな」

「でも、嫌になって、がっかりしたりとか…」

「俺はがっかりなどしていない。美鈴の尻に敷かれるのも楽しそうだと思っていた」

「は?!」

「それに、確かに美鈴は強い。雑魚の妖など簡単に消滅させる。彩音のことも護ったしな」


「そういう強さじゃなくって、もっと女らしくなったりしたほうがいいんじゃないかって…」

「そのままでいい。変わろうとするな。牙を剥く美鈴も可愛い」

「……」

 計り知れない琥珀の寛大さ。そうか。私の考えが小さいんだ。そんなちっぽけな考えを何倍も上回るくらい、琥珀の心は広いんだ。


「今日の見回りは済んだから、朝まで隣にいるぞ」

「ほんと?」

「ああ。昨日だって見回りの後にここに来た。美鈴は気持ちよさそうに寝ていたから、隣で寝顔を見ていた」


「え?そうなの?起こしてくれたらいいのに」

「まさか。あんなにスヤスヤと可愛い顔で寝ていたのに、起こせるわけがない」

「……」

 また、恥ずかしいことを惜しげもなく言った。


「それにしても、まだ美鈴は良く寝るし、良く食べるなあ。神になったのだから、そろそろ寝ないでもいいようにならないのか?おふくろは蔵の中で食事もしなかったと言っていたが…」

「お千代さんとは出来が違うんだよ。私の場合、もしかしてポンコツな神様なのかも」

「あははははは!なんだ、そのポンコツな神様というのは!相変わらず面白いことを言うなあ」


「だって、まだまだ暗いことも考えちゃうし」

「そうだな。もしかすると、おふくろは蔵に入ってから毎晩親父と過ごしたようだから、それで人間の時の波動が消えるのが早かったのかもな」

「琥珀の隣にいれば、私も人間の波動が消える?」


「いやいや。そういうことではない。毎晩、結ばれていたと言っているのだ」

 うわ!そういうことか。

「一回だけでは、そうそう神のエネルギーをすべて受け入れ、人間の波動から神へと変化させられないのかもしれん」


「でも、だからって、毎晩とか…」

 ひゃ~~。なんだか、恥ずかしい。でもでも、正直言えば、琥珀が恋しくって、ずっとそばにはいてほしい。


「まあ、焦る必要はない。おふくろはすぐに俺が宿り、神の世界に行ったが、美鈴はあと数か月ここに留まるのだ。毎晩しないでも大丈夫だ。数か月の間に神のエネルギーになれば…。まだ、こっちに未練もあるようだしな」

「……私、やっぱりお千代さんよりも子どもなんだね。同じ18でも、精神的に子どもなんだ」


「そんなことはない。おふくろも未練はあった。どうしたら美鈴の未練が消えるか、おふくろはどうしたら未練が消えたのか、実は昨晩おふくろに聞いたのだ」

「それで?なんて言っていたの?日記には蘇芳のことが好きになったからって、そんなふうに書いてあったけど」


「ああ。日記には俺を宿したことまで書かれていなかったが、俺を宿したことに気づいたおふくろは、この世界では俺を産むことが出来ない、神の世界に行って無事俺を産みたいと願い、この世界の未練がなくなったと言っていた」

「琥珀を産むために…。龍神をこっちでは産めないっていう事?」


「そうだ」

「じゃあ、私ももしかして、赤ちゃんが出来たら未練が残らなくなるかな」

 自分で言って、自分で驚いた。何を言い出したんだ、私。

「そうだな。だが、子を授かるのは俺らの意志では無理だ。天から命は授かるものだからな」

「琥珀も神様なのに」


「神ではあるが、命を創り出すのは、大いなるものなのだ」

「神様ではないっていうこと?」

「俺ら龍神や神もおおいなるものが創ったものだ」

「じゃあ、神様の神様だね」

「まあ、そうとも言えるかもな」


 琥珀が私に優しくキスをしてきた。

「今日は1日、美鈴を敬人に取られていたから、美鈴不足だ」

「何それ…」

「だから、夜は俺が美鈴を独占しようと思っていた」

 きゃわ~~~。琥珀は時々、こっちの心臓がどうにかなりそうなことを言う!


「まあ、今までも美鈴が寝てからずっと、俺は美鈴を独占していたけどな?」

「どど、どういうこと?」

「美鈴が寝ている時は、美鈴の寝顔を見ている。美鈴は寝てしまうとそうそう起きないから、接吻もしている」

「え?!」

 まさか、寝ている隙に?


「この時間は夫婦のものだ。誰にも邪魔させはしない」

 夫婦!!!その言葉も聞きなれない。でも、もう夫婦なんだよね!!

「美鈴…」

 琥珀は私の布団にもぐりこんできた。その時、スターン!と襖が勢いよく開いた。


「美鈴!今夜はゲームをして遊ぶぞ!トランプをするか?それとも、人生ゲームがいいか?」

「敬人お兄さん!?」

 やばい!!!敬人お兄さんに、同じ布団に琥珀がもぐりこんでいるところを見られた!

 敬人お兄さんの顔が、一瞬にして鬼のように真っ赤になった。


「この野郎!何してるんだ!美鈴から離れろ!」

 敬人お兄さんは、琥珀のことを今にも殴りそうな勢いで飛びかかってきた。

「敬人。お前こそ、夫婦の部屋に勝手に入り込んで、失礼な奴だな」

 琥珀はそう言いながら、右の掌を敬人お兄さんの方に向けた。すると、飛びかかってきた敬人お兄さんが、空中でピタリと止まった。


「なんだ?動けないぞ!」

 その場でジタバタと手足だけは動かすものの、それ以上琥珀の近くに近寄れないようだ。あ、もしかして琥珀が止めたの?そんなことが出来ちゃうの?


 そのあと風が吹き、敬人お兄さんがその風で飛ばされ、部屋の外にまで追い払われ、廊下にゴロンと転った。琥珀は、転がっている敬人お兄さんの前にいつの間にか移動していた。そして、

「昼間は敬人に美鈴との時間を譲っているのだ。夫婦の夜の時間まで奪おうとするな。わかったな」

と釘を刺し、すっと風のように私の横に移動した。そして手も使わず、襖も閉めてしまった。


「冗談じゃない!何が夫婦だ!まだ結婚もしていないくせに美鈴の部屋に入り込みやがって。父さん、母さん!龍神の野郎が勝手に美鈴の部屋に入り込んでる!」

 襖の外から敬人お兄さんのでっかい声が聞こえ、そのまま声は階段のドタバタと降りる音にかき消され、フェイドアウトしていった。


 あ~~~~~。お父さんにもお母さんにも、琥珀が私の部屋にいるのがバレる。絶対にお母さんが雷を落としに来る。龍神の雷より怖いんだから、どうするの?琥珀…。






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