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第72話 敬人お兄さんが帰ってきた

 その日の夜、

「もう!彩音ちゃんのお父さんやおばあ様にまで、琥珀が龍神だってバラしたりして、琥珀、どういうつもり?」

と、夕飯を食べながら私は琥珀に怒った。


「ひゃっひゃっひゃ!やはり、美鈴の方が強いのか」

 またひいおばあちゃんが笑った。

「ウメ、美鈴の方が強いのか?」

 琥珀がまた目を点にしている。なんだって、ひいおばあちゃんに聞き返すわけ?


「こりゃ、朋子さんに似たんだなあ」

「お義父さん、いい加減なこと言わないでくださいよ。それよりも、彩音ちゃんはもう痣が出ることがなくなったんですよね?」

 お母さんはビシっとおじいちゃんに言い、そのあとに琥珀にも強気で聞いた。


「ああ、浄化は済んだ。霊力も失ったから、妖どもに狙われることはない」

「それなら良かったですけれど」

「彩音ちゃんも、修司さんももう大丈夫だね。山吹も修業を真面目にやっているし、全部が無事済んで良かった~~」

 私がそう言って安堵のため息をつくと、

「ちょっと、美鈴。全部済んだからってすぐに向こうに行くんじゃないでしょうね。琥珀さん、まだ美鈴を連れて行ったりしないわよね?!」

と、お母さんがまた強気で琥珀に聞いた。


「秋まではいると言ったであろう」

「秋っていうのはいつじゃ?」

「そうだな。出雲に神々が集まる前には向こうに行きたいと思っている。美鈴も出雲に連れて行き、神々に俺の嫁として紹介したい」


「ひょえ?!神々に紹介?冗談でしょ。私、そんなの無理だからね」

「そうだぞ、琥珀さん。こんなおてんば娘、いきなり神々に会わせてみろ、絶対に失敗をして恥ずかしい思いをするのは琥珀さんだぞ」

 ひどい。ひいおばあちゃん、もう少し言い方があるでしょう。絶対に失敗って何よ、その絶対にって断言するのはどういうことよ。


「そうだな。美鈴はそういうことに慣れていないわけだし、来年でもいいんじゃないのかい?琥珀君」

 お父さんまでがそう言っている。

「いや、嫁をもらったのなら、すぐにでも紹介すべきだと親父にも言われている。親父もおふくろを結婚してすぐに連れて行ったぞ」


「お千代さんと美鈴では雲泥の差があるからのう」

「そうよ。月とすっぽんよ」

「ひいおばあちゃんもお母さんもひどいよ!娘やひ孫をなんだと思ってるわけ?」

「はははは。まあ、言い当てているがな」

「琥珀まで!!!!」

 キイっと琥珀に向かって怒ると、またひいおばあちゃんが、

「美鈴は龍神にも牙を剥くんだのう。龍神より強いのう。琥珀さん、いつか噛みつかれるかもしれん。今から覚悟しないとならないぞ。ひゃっひゃっひゃ」


「ひいおばあちゃん、そういう冗談はやめてってば」

「ウメ、そうなのか?覚悟が必要か?」

「琥珀まで本気にしないで!」

 もう~~~。私、もしかしてみんなにからかわれてる?


「仲がいいんだな、琥珀君と美鈴は。これなら安心だ」

 悠人お兄さんはそう言ってほほ笑んだ。

「何を言ってるの、悠人。美鈴、本当にしっかりとしなさいよ。琥珀さんの言いなりになったりしてはダメ」

 お母さん?普通、いう事が逆なんじゃないの?もっと旦那さんを労わりなさいとか、旦那さんを立てなさいとか言わない?


「だいたい、琥珀さんは人間じゃないんだから、結婚してどんな旦那さんになるかもわからないわけだし」

「そうだな。人間の常識は通用しないだろうしな」

 お父さんまで…。

「もし、喧嘩するようなことになっても実家には帰れないのねえ」


「おばあちゃん。喧嘩とかしないし」

「それはわからんだろう。琥珀さんが横暴なことをしたり言ったりするかもしれんぞ」

「おじいちゃん、琥珀に限ってそんなことは…」

「そうしたらどうしたらいいのかしら」

「やはり、人間だったお千代さんに相談するのが一番じゃろう」


「ちょっと待て。さっきから黙って聞いていたら、いったいなんなのだ?清、お前がいつも社の前で祈祷をしているのは誰にしているのだ?」

「龍神だな」

「そうだ。この神社は龍神を奉っているのだ。それなのに龍神に対してあまりにもひどい言動だ」


「それとこれは別だ。今は、龍神の琥珀君ではなく、美鈴の旦那になる琥珀君として話をしているんだよ」

 お父さんが口を出した。

「そうですよ」

 お母さんまでが凄んだ。


「いや、ちょっと待て。落ち着いて考えろ。その旦那になる俺も龍神なのだぞ。なぜさっきの彩音の父親のように俺に感謝したりしないのだ?もう少し俺に対して尊敬の念を持ってもいいのではないか?仮にも龍神を祀っている神社の神職であろう」

「そうは言っても…。一緒に居間でご飯食べて、お茶をすすっている姿見ても、ピンとこないからなあ」


 お父さん!そんな本当のこと言ってどうするの?琥珀がすねちゃうよ。


 そんな話をしていると、そこにいきなりガラリと思いきり玄関の戸を開ける音がして、誰かがズカズカと入り込んできた。

「誰だ?」

 いっせいにみんなが、居間にいる全員を見回した。もう家族みんな揃っている。まさか、修司さんが戻ってきた?それとも、泥棒?それとも、妖?!


「琥珀、なんかヤバいの来たかも」

「いや、人間だろう」

 琥珀は暢気にしている。そこに、

「美鈴を嫁にするとか言っている、龍神の琥珀はどこだ?!そんなバカげたことを抜かす奴は俺がぶっ飛ばしてやる!」

と、敬人お兄さんが現れた。


「敬人?」

「なんで日本に?」

「敬人お兄さん!どうしてここにいるのよ?」

 みんなが思い思いに口にした。


「修司から聞いたぞ!美鈴、龍神の嫁なんていう話は都市伝説だ!龍神だとか名乗っているとんでもない野郎は詐欺師だ!」

 うっわ~~~。ややこしいやつが帰ってきた!なんだって修司さん、敬人お兄さんに話しちゃったわけ?


「それだけの理由で帰ってきたの?」

 私の質問と同時に、

「アメリカに行くって話はどうしたんだ?」

と、悠人お兄さんも聞いた。


「悠兄!兄さんがついていながら、なんだって龍神の嫁になるとか言う美鈴のバカな話を鵜呑みにしたんだ。そんなの出鱈目に決まっているじゃないか。兄さんも信じていなかっただろう?」

「まあね。でも、色々とあったんだよ」

「敬人君、おかえりなさい。まあ、荷物を置いて、ここに座ったら?夕飯はもう食べたの?」

「ばあちゃん、それどころじゃないって。琥珀ってやつはどこに行ったんだよ」


「ここにいる」

 琥珀がすんごい冷静にそう言った後、思いきりため息をついた。

「お前が琥珀か?!なんだって、ここで暢気に飯を食っているんだよ?!!!」

「まあ、落ち着け。それにしても、神門家は山守神社を護る人間だと言うのに、そろいもそろって龍神をバカにしているなあ」


 今の言葉にさすがにみんな黙り込んだ。勢い込んできた敬人お兄さんまでが黙り込み、その場にあぐらを書いた。


「また琥珀さんの神使が怒っているか?」

 ひいおばあちゃんは、辺りをチラチラと見ながらそう琥珀に聞いた。

「そうだな。狛犬が来てさっきから敬人に唸っている。だが、この前美鈴に怒られたから、美鈴の隣から離れないでいるぞ」

「敬人お兄さんは一回あーちゃんにかじられたらいいんだよ」

 私は琥珀のことを、詐欺師扱いした敬人お兄さんに正直頭に来ていたから、ついそんなことを言ってしまった。


「何を言っておる、美鈴。だいたい狛犬にかじられたら、どうなるんじゃ?」

 ひいおばあちゃんが慌てて聞いた。

「知らないけど」

「知らないなら、そんなこと言うもんじゃない」

 ひいおばあちゃんに怒られてしまった。


「でも、あんまりにもひどいんだもの。琥珀はね、私や彩音ちゃんが妖狐に殺されそうになったのを助けてくれたんだよ?修司さんに憑りついていた妖狐を修司さんから切り離して、修司さんのことも救ったんだから。何も知らないで、今頃カナダから戻ってきてあれこれ言わないでよ」

「美鈴…。俺はなあ、美鈴が心配でこうやって、ろくすっぽ荷物も持たず、慌てて帰ってきたんだぞ。本当だったら来週からアメリカに行く予定だったんだ!」


「行けばいいじゃないよ。アメリカでもどこでも行けば?ずうっと、私のことなんて放っておいたんだし、今さら兄面しないでよ」

「なんだと?!」

「やめなさい!!!!」

 今にも喧嘩しそうになると、お母さんが雷を落とした。


「はははは。美鈴は敬人と本気で喧嘩をするんだなあ」

 琥珀~~!笑うところ?

「琥珀君、今は笑っている場合じゃないと思うがね?」

 ほら、おじいちゃんにも言われた。


「それに、琥珀君には本当に失礼なことを言ったぞ、敬人、謝りなさい」

「なぜだよ」

「琥珀君は龍神なんだ。この神社も山も護ってくれている龍神だ」

「そうだ。怒らせたら龍神の怒りをかうぞ」

 おじいちゃんの言葉にひいおばあちゃんがそう言うと、

「ウメ、勝手なことを言うな。俺は怒ってはいない」

と琥珀は穏やかに、ひいおばあちゃんに言った。


「美鈴、こうやって敬人は心配して駆けつけたのだ。それだけ美鈴が大事だということだろう?良かったではないか。俺も向こうに行く前に、美鈴のもう一人の兄に会えて良かったぞ」

「琥珀…」

 なんて心が広いんだ。ああ、これが神様というものか。それに比べて私はまだまだ心が狭い。狭すぎる。こんなで神様なんてやっていけるのかな。


「美鈴は家族みんなに愛されているな。さすが神門家だ」

 琥珀は、満足そうにそうみんなに告げた。

「そうですよ。みんなに愛されている娘を、あなたは向こうの世界に連れていくんですからね。その辺をしっかりと肝に銘じて下さいな」


「朋子さん、龍神なんだから、そういう言い方はどうかと」

 おじいちゃんがお母さんに注意をしたが、

「いいのだ、清。ちゃんと肝に銘じておくぞ、朋子。みんなに愛されて育った美鈴を、俺は大事にする。何しろ俺も美鈴が生まれた時から、ずっと見守ってきたのだ。家族と一緒にな」

と、優しく答えた。


「……それで、美鈴は本当にこいつ…じゃなくて、龍神と結婚してもいいのか?」

 少しふてくされたように、敬人お兄さんが聞いてきた。

「龍神とっていうか、琥珀が好きだから、私はずっと琥珀と一緒にいられるのは嬉しいの」

 私は自分でそう言ってから、なんだか照れてしまった。


「そうか。まあ、見た目もイケメンだし、ちょっと態度がでかいけど、まあ、美鈴のことも大事にするって言ってるし、何より美鈴が好きだって言うなら、俺が口出しするようなことじゃないけど…。でも、まだお前18じゃないかよ。早すぎだろ」

「敬人お兄さん…」


 急に敬人お兄さんが弱々しくそう言ったから、私まで感傷的になりそうになった。でも、

「敬人お兄さんはずっと大学卒業しても、海外に行くんでしょ?私がここにいたって、ずっと会えないから一緒じゃない」

と、敬人お兄さんの言う言葉に流されず、そうバッサリと言い切った。


「それはなあ、たまに帰って来たら会えるんだし、永遠の別れにはならないだろ?だから、いいんだよ」

「たまにって、正月にも帰ってこなかったじゃない」

「だから、お前はずっとここにいて、いつだって会えるって思っていたから」

「でも、18になって龍神のお嫁さんになるって知っていたんでしょ?」

「そんなの出鱈目だって、信じていなかったって言ってるだろ」


「美鈴!もうよせ。敬人、秋には美鈴を神の世界に連れていく。あと数か月しかない。アメリカに旅行に行かず、しばらくはここに留まり、兄妹仲良くしたらどうだ?もう、2度と会えなくなるんだからな」

「そ、そんなことわかってる。お前…龍神なんかに言われなくたって、しばらくここにいるつもりだった。荷物もシェアハウスの友達があとから送ってくれることになっているし」


「そうか、良かったな、美鈴」

 琥珀…。私、別に敬人お兄さんと最後の数か月を仲良くするつもりはなかったんだけどな。

「なんだよ、2度と会えなくなるとか言うなよ。くそ…」

 敬人お兄さんが鼻をすすった。まさか、泣いてる?みんなびっくりして敬人お兄さんを見た。


 子どもの頃はよく一緒に遊んだ。でも、友達と敬人お兄さんが遊ぶようになったら、本当に私のことなんてかまってくれなくなった。大学生になったら、勝手に一人暮らしをすると家を出て行ってしまったし、知らない間にカナダに留学しちゃったし。忙しい正月にだって手伝いに帰っても来なかったし。


 私にとっては、今さら仲良くする気なんてないんだけどって感じだよ。私を可愛がって大事に思ってくれていたのは、ずっと悠人お兄さんなんだから。でも、涙目になって鼻をすすっている敬人お兄さんを見て、ちょっとは仲良くしてもいいかなって、そんな風に思っていた。




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