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第69話 彩音ちゃんの本心

 私は自分が何を思っていたかを、正直に琥珀に話した。すると、

「人間の時、美鈴は自分を卑下していたからな。その思考がまだ美鈴の中にあって、それが小鬼や彩音の中にある邪気に触れ、表面化したのだろうな。だが、心配するな。美鈴は神になったのだから、そんな思考もそのうちに消える」

と琥珀が優しく言ってくれた。


「彩音ちゃんは、琥珀が好きなんだよ。だから、琥珀といたいんだと思う。ねえ、彩音ちゃんも琥珀を好きなのって、やっぱりハルさんが龍神の半身だったから?ハルさんの生まれ変わりってこと?」

「違う。彩音は俺のことを好きではない。ただ、自分の辛さから逃げたいだけだ。俺に護られたら、苦しみから逃げられると思い、俺を好きだと勘違いしているだけだ」


「そうなのかな」

「彩音の本心は違っている。彩音は、普通に結婚をしたいのだろう。結婚して子を産み、痣や霊力に苦しむことなく、家族を作り一緒に平凡に暮らしたい。笑って暮らしたい。そう望んでいる」

「わかるの?」

「神社で何度か彩音の願いを聞いた。この者は、それをずっと願っていた。母親からも怖がられたりせず、母からの愛も欲しがっていた。それに、高志とかいう男にも素直になりたいと願っていた」


「そうなの?彩音ちゃん、高志さんが好きなの?」

「ああ。この世界で不幸だと感じ、向こうの世界に幸せを求めて行くことは出来ない。この世界に未練だけが残る。母の愛情を受けたかった。高志と結婚したかった。もっと友達が欲しかった。もっと自由になりたかった。そんな念を持ったまま、向こうに行くことなどそもそも無理な話だ」


「……じゃあ、彩音ちゃんは琥珀と結婚は出来ないってこと?」

「もちろんだ。だいたい、俺はもう結婚をした。龍神の嫁はただ一人だ。言っただろ?半身はいくつもあるわけがないと。もう、美鈴が俺の嫁なのだ」

「う、うん」

「まったく。俺の好みが彩音だとか言っていたな?おかしなことを言うな」


「だって、彩音ちゃんの方が奇麗だし、おしとやかだし」

「さっぱりわからん」

「え?何がわからないの?」

「俺には、自分の嫁しか可愛く見えない」

 どひゃ!なんか、またすごいこと言った。


「いい加減わかれ。俺は自分の半身である美鈴が嫁であることが一番なのだ。美鈴もだろう?それとも、俺は彩音と結婚した方がいいと本気で思っているのか?俺が彩音を向こうの世界に連れて行き、美鈴をこの世界に残しておく方がいいと思っているのか?」

 グルグルと首を思いきり横に振った。絶対にそんなのは嫌だ。琥珀がいない世界では生きていけない。


「そうか。だったらいいが…。美鈴、それが本心だろう?自分の本心を隠したり誤魔化したりするな」

「うん。そうだよね。私、琥珀がいるだけでいいんだもん。琥珀のいないこっちの世界では生きられないよ」

「半身だからな?」


 琥珀が優しく私の頬にキスをした。

「時間を戻す」

 琥珀の一言で、時間がまた流れ出した。


「あ、琥珀さん」

 彩音ちゃんも動き出した。目の前に琥珀が来ているからか、驚いている。

「妖は美鈴がやっつけたようだな」

「はい」

「彩音。明日の神楽で邪気を消す。そうすればもう妖に狙われることはなくなるから安心しろ。同時に彩音の中の霊力も俺が消すからな」


「え?明日の神楽でですか?」

「そうだ。美鈴の隣で舞うだけで、邪気は消える」

「でも、今までも痣が消えてもすぐにまた現れてた」

「今回の美鈴はエネルギーが違う。すでに神だからな」

「……え?」

 琥珀、何を言い出すの?


「もう、美鈴は俺の嫁になったのだ。俺の嫁となり、神になったのだ。だから、あんな小鬼、一瞬のうちで消し去ったのだ」

「……結婚したってこと?どうやって?あ、何か契約みたいなこと?」

「もう婚儀を終わらせた」

「祝言を挙げたの?もしかして、昨日のうちに神社で結婚式をしたの?美鈴ちゃん」


 彩音ちゃんが真っ青だ。

「別に式を挙げたわけではない。人間のように神の前で式を挙げることもない。俺が神だからな」

「え?あ、そうか…。じゃあ」

「彩音ちゃん!とにかく家に戻ろうよ。みんな心配しているから。それにお昼もまだでしょ?」

 私はこれ以上琥珀が何かを言う前に、彩音ちゃんの腕を引っ張り鳥居をくぐった。


「あ!鳥居の中、全然違う」

 彩音ちゃんが空を見上げそう言った。

「そりゃそうだろう。今の俺は力が100だからな。前よりも結界は強い。この中に居たら安全だ」

「彩音ちゃん、そういうのわかるんだね」

「うん。朝来た時も感じたけど、今は妖に会った後だからかな。特に感じた」


「山も明日美鈴が神楽を舞えば、一瞬のうちに悪霊や雑魚の妖は消え失せる。まあ、強い妖もそうそう人間に悪さをできなくなるだろうな。龍神が護るからな」

「その龍神って、琥珀さんですよね?」

「俺と美鈴だ。美鈴も俺と一体になりこの山を護る」


「……それは私では力不足ですか?」

 彩音ちゃんは寂しそうにそう琥珀に聞いた。

「ああ、もともと美鈴の方が強い。天女の生まれ変わりだからな」

「天女の?」

「神門家に生まれた女は、天女の生まれ変わりで龍神の嫁になる。彩音は違う。笹木家の人間だ。霊力があろうとも、天女の器ではない」


「……それって、琥珀さんと結婚は出来ないってことですよね」

「俺はもう美鈴と結ばれている」

 あわわ!やばい!

「琥珀!ほら、参拝者が増えてるよ。お社で願いを聞かなくていいの?」

「そうだな。行ってこよう」

 

「彩音ちゃんも早くにお昼食べて、社務所を手伝って」

「え?うん」

 琥珀は社務所に向かって歩き出し、私は彩音ちゃんを連れ、家に向かった。

「結ばれたって言うのは、そういうことなのね」

 ぼそっと彩音ちゃんが呟いた。

「え?」

 しまった。聞き返してしまった。聞こえないふりでもすればよかった。


「ううん、いいの。私、明日も頑張って神楽を舞うね。また、高志さんが来てくれるし、お父さんも妖が心配だからおばあ様と見に来るって」

「そうなんだ。お母さんは?よくここに来るのを許してくれたね。それも泊まるのも」

「反対されたよ。でも、私、初めて思いきりお母さんに反抗したの。親の言う事が聞けないなら、親子の縁も絶つ、もう家に帰ってくるなとまで言われたんだけど、その時は私、龍神の嫁になるからいいって、そう思って家を出たの」


 うわ~~。そんなことお母さんに言われたんだ。

「でも、お父さんが後から追いかけてきて、おばあちゃんとお父さんは味方だからって。彩音の苦しみもわかっているから、神楽も見に行くって言ってくれた」

「そうか。良かったね。お母さんとも和解するといいよね」


 家に入り居間に行くと、おばあちゃんが優しく、

「彩音ちゃん、お昼ご飯温め直すからここで座って待っていてね」

と彩音ちゃんを座らせた。ひいおばあちゃんも、

「落ち着いたか?彩音」

と声をかけた。

 彩音ちゃんは静かに頷いた。

 お父さんと修司さんはもういなかったが、おじいちゃんがいて、おじいちゃんも彩音ちゃんに優しく声をかけてあげた。


 私はみんなに彩音ちゃんを任せ、社務所に戻った。そして、

「彩音ちゃんが見つかったから、もう大丈夫。お兄さんもお昼食べに行って」

と、悠人お兄さんに告げた。お兄さんは、

「何があったかわからないけど、とりあえず落ち着いたのかな?」

と私に聞いた。私は「うん」と頷いた。


 お兄さんが戻り、里奈と二人になった。

「琥珀さんにコクっていたわけじゃないの?」

「違うよ。境内から出て、一人になりたかったんだって。でも、山の方に入り込んじゃってて…」

「一人で?もしや、琥珀さんにふられた?」

「ふられたっていうか…。なんだか、乙女心は複雑だよね」


「何それ?」

「本当は彩音ちゃん、琥珀じゃなくて幼馴染の高志さんが好きだったのかもしれない」

「あ~。それは、よくある話だよね。ずっと近くにいたからわからなかったけど、実は幼馴染が好きでしたっていう」

「きっとそんな感じだよね」

「なるほどね」


「私は…、里奈。琥珀がすごく好きで大事なんだ」

「え?何よ、いきなり!そんなこと私に言わないで本人に言いなよ」

「もう言った」

「え~~~!!いつ?もしや今?」

「ううん。前に」


「それで?まさかの玉砕?」

「ううん。実は、両想いだった」

「まじで?!おめでとう~~~~!!!」

「っていうかね、えっと…」

 里奈にはちゃんと言っておこうかな。


「私って、琥珀の許嫁だったんだって。それ、私も最近知ったんだけど」

「いいなずけ?!!!」

「うん」

「婚約者ってこと?まじで?!何それ。親が決めてたの?」


「ううん。親って言うか…。まあ、その辺は説明が面倒だからしないでおくけど。ただ、許嫁だから、琥珀と結婚もするの」

「結婚!!!!!そうか。そうだよね。許嫁なんだもんね。なんか、本当にそんな話ってあるんだ」

 里奈は相当興奮しているのか、声を大にした。


「そうか~~。でも、許嫁って知らないで、美鈴は琥珀さんが好きになったっていうことなのね?好きな人が許嫁で良かったじゃない。嫌いなやつが許嫁だったら最悪だけど。あの修司さんみたいなのとかさ」

「うん」

「琥珀さん、冷たいかもしれないけれど、でも、浮気とかはしなさそうだし」

「優しいよ?」


「え?いきなり惚気?!」

「………。えっと、とりあえず、里奈には話したかったんだ」

「うん。教えてくれてありがとう。もし、私が悠人さんと結婚したら、琥珀さんとも義理の姉弟になるわけだ」

「うん」


 数か月で、遠いところに行くとは言えなかった。でも、それも里奈に誰かが話すことになるのかな。



 彩音ちゃんは、お昼を食べると早めに社務所に来た。里奈は休憩に入り、しばらくの間、私は彩音ちゃんと二人きりになった。

「今、お昼を食べながら聞いたんだけど、私の家の近くにある荒廃した神社の再建をしてくれるんだってね?」

「おじいちゃんが言ってた?」


「うん。もうそこに行く宮司さんも決まったって」

「そうなんだよ。神様が荒れ果てた神社にはいないんだって。だから、神社を再建したら、前にいた神様が戻るって琥珀も言ってた。今までは土地神がいなかったから、妖も平気でうろついていたんだと思うよ」

「そうなんだね」


「うん。ちゃんと琥珀のお父さんが、彩音ちゃんの家の周りも見張っておくって。ハルさんには悪いことをしたって、琥珀のお父さんはいまだに思っているらしいから」

「え?嫁になるのを嫌がって、他の男と逃げたのに?」

「それは、自分が龍の姿で突然現れて、ハルさんを怖がらせたからだって。責任感じているらしいよ」


「じゃあ、なんで山火事になんて」

「あ、それは実は妖狐の仕業だったの。稲妻はね、山の豊かさのために琥珀のお父さんが落としたんだけど、その時に狐火で山火事を起こして、龍神の怒りのせいにして人間を脅かしたみたい」

「そうだったの?全部狐のせいだったの?もしかして、修司さんに憑りついていた狐?」

「う、うん」


 その狐が笹木家の土地神の神使になるなんて、言いにくくなっちゃったな。ま、その辺は言わなくてもいいかな。それとも、彩音ちゃんには山吹が見えるかのかな。



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