第68話 笹木家の償い?
バス停に向かうのとは反対方向にも小道が続ている。電灯もなく夜にはとてもじゃないけれど、真っ暗になって歩けないような場所だ。
ここから先へ行ってはいけないと、さんざんおじいちゃんやお父さんに言われたが、敬人お兄さんと探検しに行った。実はこの道は龍神の祠に繋がっている。でも、不思議なことに敬人お兄さんとは龍神の祠に辿り着けたことがない。
敬人お兄さんが小学校に上がり、友達と遊びに行くようになって、私は一人で探検をするようになった。4歳のころだ。山の中に入りウサギだったり、リスだったり、山の動物とよく遊んでいた。
ある日、子鹿に出会い、子鹿を追いかけて行った。追いかけて行った先には小川があり、小鹿はそこで水を飲んでいた。小川の周りには妖精たちもたくさん集まって遊んでいた。私はその場所が楽しくて時間を忘れ、遅くまで遊んでいた。
そして、日が暮れて帰り道がわからなくなった。泣いてる私に妖精たちが道を示してくれた。妖精たちに連れていかれたのは、龍の祠だった。子どもの私にはその祠が龍の祠だとはわからなかったが、妖精たちが神社に連れて行ってくれなかったことに落胆し、さらに私は泣いた。
すると、その祠から龍が現れた。いつも遊んでいる龍だ!私はほっと安心してさらに泣いた。龍は私の目の前で人間の姿に変わった。その人は自分は琥珀というと名乗った。そうだ。目の前で姿を変えたから、4歳の私は琥珀が龍だとわかっていた。
琥珀は泣いている私を抱え、優しくおでこにキスをした。そのキスで一気に私は安心した。体がほわほわして眠気が襲い、琥珀の背中におんぶされてすぐに寝てしまった。
龍神の加護をあの時受けたんだ。そのあと精霊たちは見えなくなった。あーちゃんもうんちゃんも見えなかった。動物たちと会話できなくなった。でも、それまでのその記憶自体消えていたから、寂しいとも何も思わなかった。
龍の姿をしている琥珀も見えなくなった。だけど、龍の記憶がなくなったから、残念とも思わなかった。でも、琥珀のことは覚えていた。木登りをして落ちそうになった時、琥珀が助けてくれてとっても嬉しかった。
琥珀はしばらく私と遊んでくれた。境内で鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、4歳の私の遊びに合わせてくれた。それを境内を散歩していたひいおばあちゃんに見つかり、琥珀を紹介して、
「私は琥珀のお嫁さんになるの」
とその時に琥珀やひいおばあちゃんに言ったんだった。
なぜか、彩音ちゃんを探しながら、そんなことを思い出していた。すると私の方に向かって妖精たちが騒ぎながらやってくるのが見えた。
「どうしたの?」
「美鈴様、早く来て妖をやっつけて下さい」
「彩音が危ないです!」
「え?彩音ちゃんが?!」
私は慌てて小道を急いだ。
「いや~~!」
彩音ちゃんの声?!
「彩音ちゃん!!!」
小道から外れたほうから声がした。その声の方へ走っていくと、彩音ちゃんが妖に追いかけられていた。
あの妖、体は小さいけど頭に1本角が生えている。鬼の妖だ。
「こら!彩音ちゃんに悪さしないで!」
私がそう叫びながら鬼の方に勢いよく駆けていくと、
「なんだ?美味しそうな人間がまた来たぞ」
と、立ち止まり振り返った。
「美鈴ちゃん、危ない」
「彩音ちゃんはこっちに来ないで!そこにいて!」
そう叫んで、私に向かって来た小鬼に、琥珀をまねして手をかざし、
「封印する!」
と叫んでみた。っていうか、勝手にそう叫んでいた。
「うぎゃ~~~!お前何なんだ!」
私の手から光が出た。小鬼はその光から必死に逃げようとしたが、光に当たり一瞬の間に消滅してしまった。
「消えた?」
彩音ちゃんも私もびっくりして、しばらく呆けてしまったが、
「彩音ちゃん、大丈夫?」
と私は慌てて彩音ちゃんのもとに駆けよった。
「美鈴ちゃん、ありがとう」
彩音ちゃんは涙ぐみながら、私に抱き着いてきた。
「なんで、こんな山の中に来たりしたの?境内と違って、ここは龍神の結界がないところだよ」
「誰にも会いたくなくて、鳥居を出て一人になりたかったの。小道を歩いていたら、あの鬼みたいなのに見つかって、逃げているうちにこんな奥まで来ちゃったの」
「彩音ちゃんは霊力が高いんだから、こんな山深いところに来ちゃだめだよ。精霊が護ってくれていたようだけど…」
「申し訳ありません。力足らずでした。琥珀様の方にも助けを求めて仲間が飛んだのですが…」
「そう。精霊たちよりも強かったっていう事かな?」
私が精霊の言葉にそう答えると、
「美鈴ちゃん、何か見えるの?」
と彩音ちゃんが聞いてきた。
「うん。精霊がいるの」
「そうか。私には何か光が見えるだけで、声もしないけど、美鈴ちゃんにはわかるんだ」
「うん。それより、もう神社に戻ろう。ここにいたらまた妖がやってくるかもしれないから」
「うん…」
彩音ちゃんはまだ体が震えていた。相当怖かったんだろうなあ。私は彩音ちゃんを支えながら歩いた。
「私ね、美鈴ちゃん。家に帰っておばあ様に狐の妖が修司さんに憑りついていて、その妖に襲われたことや、美鈴ちゃんに助けてもらったことを話したの」
「うん」
「美鈴ちゃんが、龍神の嫁になるっていう話もしたの。それで、笹木ハルのことをちゃんと話してって、おばあ様にお願いして全部聞いたのよ」
「ハルさんのことを?」
「そう。龍神の嫁になるのを嫌がって逃げ出して、悪霊や妖に憑りつかれたり、怖い目にあったりして、大変な一生だったこととか、ハルの子が死んだり、病気になったり、私みたいに痣で苦しんだ人もいたって、そういうの全部聞いたの」
「そう…」
「それで…」
彩音ちゃんは歩くのをやめた。そして私の顔を見ると、真剣な目をして話をつづけた。
「ハルが生まれてからちょうど150年目に、笹木家に女の子が誕生したのは、きっとハルのしたことの償いをするためだって、そうおばあ様は言っていたの」
「償いってなんの?」
「龍神の嫁になるのを受けなかった。神の意志を裏切ったことへの償い」
「そんなことしないでもいいんだよ。龍神は別に怒っていないんだから」
「ううん!そのせいで山火事にもなったんでしょ?それに、ずっとハルの子孫は苦しめられた。その苦しみの連鎖を断ち切るためにも、私は龍神の嫁になるために生まれたんじゃないかって」
「彩音ちゃんが?」
「私が生まれた時、もうおばあ様はそう思ったって。でも、美鈴ちゃんが生まれて、私のことを龍神に捧げることをしないで済むかもって、誰にも私が龍神の嫁になる話はしなかったって」
「待って。償うために、龍神の嫁になるってこと?そのために生まれたってこと?」
「だって、ちょうど150年目に生まれたんだよ?私の方が美鈴ちゃんより先に生まれたんだもの。それしか考えられない」
「そんなことない。琥珀も言ってた。神門家の人間だから、私が龍神の嫁として選ばれているって。彩音ちゃんは笹木家の人間だから違うって」
「いいの。美鈴ちゃんこそ犠牲になることない。私の役割なんだよ。ハルのしたことの報いなの」
「だから!そういう報いだの犠牲だの、そんなのいらないんだってば」
「琥珀さんが龍神なんでしょ?」
「そ、そうだけど」
「琥珀さんなら、私の痣もすっかり消してくれるよね?私、この世界にいたって、いつも痣に苦しめられるの。これからもさっきみたいな妖に怯えて生きなきゃならないの。この山なら龍神の力もあって、妖が出ないかと思ったらいたんだもの。これから先、どこに行っても怯えないといけないってことでしょ?」
「そんなことないんだよ。琥珀がちゃんと護ってくれるから」
「ううん!私、もう怖い思いはしたくないの。だったら、龍神の嫁になったほうがずっと幸せになれるの」
「………」
そうか。琥珀のことが好きだから、そんなことを言っているんだ。
「私だって、神門家の血を受け継いでいる。霊力もある。彩音ちゃんと同じ条件だよね?」
「……彩音ちゃんは、琥珀のお嫁さんになりたいの?それで、こっちの世界から離れて向こうの世界で生きたいの?もう、こっちには戻ってこれないよ」
「いいの。家にいても辛いんだもの。お母さん、私がいると苦しいのかもしれないし。友達もいないし、私だったら全然」
「お父さんは?おばあちゃんは?悲しいに決まってる。高志さんだって」
「私より、美鈴ちゃんの方が家族に愛されていて、友達もたくさんいて、この世界にいたほうが幸せでしょ?」
「彩音ちゃん…」
「高志さんも、私なんかよりもずっと他の人と結婚した方が幸せになるの。だって、私と結婚しても、生まれて来た子は霊力があって苦しい思いをするだけだもん。だから、私は子どもを産む気もないし」
「……」
私よりも彩音ちゃんが琥珀と結婚した方がいいの?本当は彩音ちゃんが、琥珀のお嫁さんになるんだったの?だから、私よりも早くに生まれたの?
彩音ちゃんが生まれた時だって、色鮮やかできれいな音がしたって。それは、祝福だったの?
彩音ちゃんの方が奇麗でおしとやかで、琥珀の好みそのもの?琥珀も彩音ちゃんの方がいい?
「美鈴!」
グイっと腕を掴まれた。ハッと我に返り振り向くと琥珀がいた。
「琥珀…?」
「大丈夫か?精霊たちが呼びに来てエネルギーを飛ばしたが、美鈴が小鬼を封印しているのが見えたから、大丈夫だと境内に戻ったんだが」
「う、うん。琥珀の真似したら、小鬼が消えちゃったの。私、消しちゃったんだよね」
「精霊たちには手に負えない妖だったが、俺や美鈴にとっては雑魚だ。それも、美鈴の本来の力に気づけなかったバカな妖だ。さっさと逃げれば命だけは助かったのにな」
「わ、私、妖とは言え、命を消してしまったの?」
「浄化された。もともと妖は何かの念によって生まれたものだ。その念が消えただけのことだ。気に病むことはない。やっと光に還れたのだから、感謝すらしているぞ」
「ほんと?」
琥珀の顔を見たら、とっても穏やかで優しい顔をしていた。でも、次の瞬間怖い顔になり、
「美鈴、今、わけのわからぬ思考に囚われていたな」
と低い声で言われてしまった。
そこでハッとして後ろを振り向いた。彩音ちゃんが立ったまま、ビタリと止まっていた。まるで蝋人形みたいに息すらしていないように見えた。
「彩音ちゃん?」
「人間の時を止めた。美鈴から変な気が出ていたから気になった。邪気にでも当たったか?」
「私から変な気?」
変な気が出ているってどういうこと?
「よからぬことを思ったであろう」
琥珀にそう指摘された。
「う…、うん」
「だが、その闇の思考はそもそも美鈴のものではない。闇に触れ、思考そのものが邪気を帯び、暗い重たい思考になっているだけだ。しっかりしろ、その闇の思考に囚われるな」
「…闇の思考?」
そうだ。私、彩音ちゃんの方が琥珀にふさわしいとか、私の方が龍神の嫁にふさわしくなんかないとか、そんな暗いマイナスなこと思っていた。




