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第66話 琥珀の力はやはり神業

 11時、彩音ちゃんが社務所にすでに巫女の恰好でやってきた。

「おはようございます」

 爽やかな彩音ちゃんの挨拶に、

「あれ?今日は私と美鈴だけがシフトに入っていたはずだけど?間違っていない?」

と、里奈がけっこうつっけんどんな態度でそう聞いた。里奈がこんな態度をとるのは珍しいな。


「里奈、彩音ちゃんは明日のお祭りのために手伝いに来てくれたの。それに、今日は泊っていって明日は一緒に神楽を舞うの」

「へえ~~。そうなんだ。あ、ちょっと美鈴、私話したいことがあった。少しの間、彩音ちゃん、ここの留守番頼んでいい?」

「はい。参拝者も多くないようだから、大丈夫です」


 里奈は彩音ちゃんに愛想笑いをすると、私の腕を引っ張り更衣室に入り込んだ。

「なあに?話って」

「大丈夫なわけ?彩音ちゃんはライバルでしょ?琥珀さんのこと、絶対に狙っていると思うよ」

 話ってそれか。それで、彩音ちゃんにもつっけんどんだったのか。

「そんなこと言われても、どうしたらいいか」


「琥珀さん、けっこう彩音ちゃんに対してもクールだけどさ、本心はわからないわけじゃん?」

「本心?」

「そう。本心を見せないポーカーフェイス。ちゃんと捕まえておかないと、知らない間に取らちゃってもしらないよ」

「………」

 ここはなんて言ったらいいか。すでに昨晩結ばれました…なんて、突然言えないし。困ったな。


「そんなに困った顔していないで。美鈴も素直に行動に移せばいいんだから。なんだったら、とっとと告白しちゃうとか」

「あら!?彩音ちゃん一人?美鈴はどうしたの?」

 お母さんのでっかい声が聞こえてきた。私の様子でも見に来たのかな。


「ごめん、こっちにいた。ちょっと里奈が相談があるって言うから」

 慌てて更衣室から社務所の売り場に顔を出した。里奈も慌てて、

「すみませんでした~」

と明るく謝りながらやってきた。


「里奈ちゃんの相談?」

「あ!たいしたことないんです。大学の勉強…いや、サークルのことで相談していただけで」

 必死に里奈、誤魔化しているなあ。あまり嘘のつけないタイプだから誤魔化し方が下手くそだけど。

「そう…。じゃあ、ここは里奈ちゃんと彩音ちゃんにお願いして、美鈴は事務仕事手伝ってもらおうかしら」

「え?私が?」


 お母さん、また琥珀のことであれこれ言うんじゃないの?ここは事務の仕事は彩音ちゃんに頼んじゃおうか。でも、

「ここだったら大丈夫よ、美鈴ちゃん」

と彩音ちゃんににこやかに言われてしまった。

「じゃ、お二人さん、お願いね」


 お母さんは私の背中を押して、事務所の方に無理やり連れてきた。事務員さんは、お祭りの支度の手伝いを頼まれ、買い物に出ているとのことだった。


「明日のお祭りで、お守りを入れる袋を仕分けして。それから、昨日追加で頼んだお守り、さっきおじいちゃんが祈祷したから、これの仕分けもお願い」

「パワー入れるのは琥珀に頼まなくていいの?おじいちゃんの祈祷より確実だけど」

「え?そうなの?」

 お母さんがなぜか目を点にした。


「うん、いつも社務所に来てお守りに琥珀が気を入れ直しているけど」

「そう言えばよく、琥珀君もそんなこと言っていたわね。あれはつまり、龍神の力を入れ込んだってことなわけね?」

「そういうことだね」

「それ、最高ね。龍神に直々にパワーを入れてもらえるなんて、最強のお守りになるじゃない!琥珀君を呼んで、このお守りにも龍神のパワー入れてもらいましょう!じゃあ、おじいちゃんの祈祷は必要ないかしら」

「さあ?とりあえず、琥珀呼んでいいんだよね?」


 お母さんの小言を聞かされるかと思っていたけど、本当に手伝いを任せられるようだったから、胸を撫でおろした。そして、

「琥珀。来て」

と宙に向かって、里奈たちに聞こえないように小声で呼んだ。


「呼んだか」

 すっといきなり琥珀が目の前に現れ、お母さんが一瞬びっくりして座ったまま5センチは飛び上がった。

「突然出て来たわよ!美鈴も見た?!」

「うん。何回も見てさすがに慣れた。それよりお母さん、あまり興奮して騒がないでね」

 まあ、初めて見たのだから、そりゃ飛び上がるくらいびっくりするよね。でも騒いで里奈たちに聞かれても困る。


「何の用事だ?美鈴」

 お母さんもいたからか、琥珀は不思議そうな顔をした。

「あ、このお守り、おじいちゃんが祈祷したものだけど、琥珀にもパワーを入れてほしいんだって」

「ああ。そういうことか」


「それと、琥珀がパワーを入れるなら、おじいちゃんの祈祷はいらない?あんまり意味がない?」

「そんなことはない。宮司の祈祷によっても浄化され、龍神のパワーは入る」

「あら、そうなの?じゃあ、逆に琥珀君にパワーを入れてもらわなくてもいい?」

 お母さんが座り直し、そう聞いてきた。今の今まで、座布団からも落っこち、びっくりした時の体制のまま固まっていたのだ。


「そうだな。龍神のパワーも全開になっているし、さっき宮司が祈祷した時にお守りにも気を十分に入れたが…」

「祈祷をすると、ちゃんと龍神の気も入るんだね」

「そうだ。宮司は無になって祈祷をする。その時に龍神の力と一体化できる。それができるかどうかで、宮司になれるかどうかも決まる」


「え?そうなんだ。勝手に宮司になるって決めて、宮司になれるわけじゃないんだ。じゃあ、簡単におじいちゃんからお父さんに引き継げないのね」

「そうだ。龍神が引き継ぐ時期も決める。今はまだ美鈴の父親は力が足りない。もう少し今の宮司に頑張ってもらわないとな。さて、用はそれだけか。このお守りを誰かの手によって並べられた時に念が入ったようだったら、俺か美鈴が浄化して気を入れ直すぞ」


「美鈴にもそんな力があるわけ?」

 お母さんがまたびっくりして、琥珀に聞いた。

「お母さんの声でかいんだから、里奈や彩音ちゃんに聞こえちゃうよ」

 私が小声で、お母さんの腕をつっつきながらそう言った。


「美鈴も出来る。あとで俺がやり方を教えておく」

 そんなやり取りをしていると、

「琥珀さん、おはようございます。声が聞こえたから挨拶に来ました」

と彩音ちゃんが顔を出した。


 こっちの声聞こえた?まさか、内容まで聞こえちゃったかな。

「俺の声が聞こえたのか?」

「はい。何を話しているかまではわかりませんでしたけど、琥珀さんの声がするなあって…」

「へえ。さすがに耳がいいのだな」

「……耳だけじゃなく、多分、その…」


「何か見えるか?」

 琥珀が無表情のまま、彩音ちゃんに聞いた。

「え?いえ、えっと」

「言ってもかまわん」

「前よりもさらに、光が増したような…」


「光って?」

 お母さんがキョトンとした顔で彩音ちゃんに聞き返した。

「琥珀さんって、光に覆われているんです。前から見えていたけど、大きくなって強くなった気がします。すっごくまぶしくて」

「なるほどな」


 琥珀はそれだけ言うと、ちゃんと事務所の扉を開け出て行った。良かった。彩音ちゃんの前からいきなり消えないで。でも、お母さんにはいきなり姿を見せちゃったけど、良かったの?もしや、お母さんがいないとでも思った?


 今後もいきなり姿を現さないようにしてもらおう。里奈や彩音ちゃんがそこにいたら、気絶しちゃうかもしれないし。

 あ、彩音ちゃんは平気か。琥珀の光も見えるんだもん。琥珀が人間じゃないことは気づいているよね。でも、龍神だとはさすがに気づいていないのかな。

  12時なり、そのままは昼休憩に家に戻った。琥珀もいつの間にか現れ隣を歩いていた。この神出鬼没なところ、だいぶ慣れたなあ。


「修司、朝食と昼食が一緒になっちゃったじゃないか。もう少し早くに起きんかい」

 居間に向かう廊下で、ひいおばあちゃんの小言が聞こえてきた。

「ひいおばあちゃん、もう明日には帰るんだからさ、優しくしてよ。昨日、ずっとカナダにいる敬人とリモートで飲んでいたんだよ」


「リモート?」

 ひいおばあちゃんが首を横にして聞くと、

「携帯で顔見ながら話してたの。テレビ電話みたいなもんだよ」

と修司さんが優しい表情で教えてあげた。憑りつかれていた時とは明らかに表情もオーラも違う。修司さんは案外優しい人みたいだ。


「ほう。敬人の顔を見ながらか」

「そうそう。カナダの様子とか聞きながらね。俺の話もしたよ。狐に憑りつかれたって言ったら、あいつ大爆笑してた」

「敬人のやつ、相変わらずだなあ。それで、元気そうだったか」

 さっき居間に来て、よっこらしょと座り込んでいたお父さんがそう聞いた。

「元気、元気」

 修司さんはにこやかに答えた。


 修司さんには琥珀から、狐に憑りつかれていたことは話したが、琥珀を襲ったことや、女の子たちの気を奪っていたことは教えなかった。そんな必要はないと琥珀は言っていた。ただ、闇の心と引き合って妖に憑りつかれたから、今後は気を付けるようにとそれだけ注意しただけだった。


 琥珀は壬生さんや、山吹が気を奪った女の子たちに気を送り、元の気に戻してあげた。そんなことがお社に居ながら出来てしまうのが神業だ。あ、そりゃそうか。神だもんね。誰から気を奪ったのかも山吹は覚えていなかったから、ここいら全体の女性に一気に気を送ったらしい。きっと、一気にみんな元気になっちゃったんだろうなあ。


 そんなことが出来るのがすごいけど、

「妖に気を奪われたのと、自身が体のバランスを崩し病んだのでは意味合いが違う。気を戻したとしても、自分で病んだものは、病気のままだ」

と、薄情なことを言っていた。病気も治してあげたらいいのに!とつい文句を言うと、

「それはその者の学びなのだ。病気になることで気づくことがある。そのために病気になったのに、治してしまっては学びにならん」

と、諭されてしまった。


「じゃあ、もし病気の人が健康を願いにお参りに来たら?元気にしてあげないの?」

「すでに学び終えていたら元気にする。だが、まだまだ気づきを得られていなかったら、早くに気づけるよう少し手助けをする」

「少しだけ?」

「少しだ。一気に気づかせると、病気が悪化したり、死にかけたり、本人にとってかなり苦しく辛い状況が来ることになる。そんな状況になるのを避けるためにも、少しだけの手助けをするのだ」


「なるほど。そうなんだ」

「まあ、本人が一気に悟りたいと願うのなら、それを叶える時もあるがな。それだけの力を持っている者なら叶えるし、まだまだ学びが必要とならば、少しずつの気づきを与える」

「……悟り?何それ。仏陀が悟ったみたいなこと?」

「そうだ。宇宙の真理だ」


「そういうのも、神様が司っているわけ?誰がいつ悟るとか」

「悟ること自体は俺のような神ではなく、もっと大いなるものが決めている」

「……そうなんだ。へえ…」

 そんな会話をしたのは、修司さんが目覚めてすぐの時だったかなあ。あの時はまだ、琥珀と結ばれていなかったからわからなかったけど、今は悟りのこともなんとなくわかる。不思議だよなあ。


 

「敬人はこの夏、日本に帰ってくると言っていたか?」

「まだ夏の間はカナダで遊ぶって言ってたよ。9月に日本に戻るって」

「まったく。大学も1年休学ってことになっているし、大学卒業してからも何をする気なんだか」

 お父さんがぶつぶつ言いながら、ご飯を食べだした。


「海外に移住したいようなことを言ってたよ。8月いっぱいアメリカを色々と回るって言っていたし」

「アメリカ?まあ、すごいわねえ」

 おばあちゃんもテーブルに着き、ご飯を食べようとしていたのにまたお箸を置いて話に参加してきた。

「ふん。どうせろくなことにならず、帰ってくるんじゃないのか。外国で何をするかも決まってないんじゃろ。敬人は昔から思い付きだけで行動をするやつだ」

 ひいおばあちゃん、昔から敬人お兄さんに厳しいんだよなあ。私にも厳しかったけれど。


「まあ、好きにさせたらいいではないか。無理やり箱の中に閉じ込めてしまえば、修司のように闇の心が生まれ、妖に憑りつかれるかもしれんしな」

 琥珀がそうひいおばあちゃんに言った。するとひいおばあちゃんはあっさりと、

「それもそうじゃな」

と頷いた。あれ?琥珀の言う事は素直に聞くんだ。ちょっとびっくり。


「あんたすごいね。遠い親戚だよね?俺よりちょっと年上くらい?ひいおばあちゃんを言いくるめるなんてすげえよ」

「これ、修司。あんたなんて言っていると、琥珀君の神使に怒られるぞ」

「神使?」

「そうじゃ。琥珀君は龍神なんだからの」


「……は?何それ?龍神?!琥珀さんが?!はあ~~~~?!!!」

 修司さんは驚きまくり、口をあんぐりと開けたまま、しばらく琥珀とひいおばあちゃんを交互に見つめ、呆けていた。



 



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