第64話 琥珀が龍神だとバラした!
巫女の着物と袴を履いていると、隣で琥珀も布団から出て一瞬のうちに、着替え終わっていた。
「え?なんで一瞬で着れるの?」
「美鈴もそのうち、出来るようになる」
「……どうやって?その早着替えは訓練の賜物?それとも魔法?」
「ふ…。ははは、面白いな、美鈴は」
また笑われた。八重歯見えて嬉しいけどさ。
「そうだ。最初のうちは精霊に頼め。狛犬たちでもいい」
「着替えを手伝ってもらうってこと?一人でも出来るよ」
「違う。着替えると言えば飛んできて、瞬時に着替えさせてくれる。美鈴は何もしないでもいい」
「まじ?そんな楽なことが出来るの?でも、そんなことでわざわざ呼ぶのも悪くない?自分で出来るのに。お母さんにも、自分で着替えなさいって怒られそう」
「はははは。面白いなあ」
大笑いしている。そんな面白いこと言った?常識って言うか、それが普通でしょ?
「神の世界では、神使に雑用は任せるものだ」
「着替えも雑用?!」
「そうだな。まあ、着替えることぐらい、瞬時に出来てしまうようになるから、特に誰かに任せないでもいいがな」
「なんだ。やっぱり、自分でするんじゃない」
「だがな、美鈴。特に阿吽は美鈴の世話をしたがっているから、着替えだって喜んでしてくれるぞ?」
「うっそ~~~。そんなの自分でやれよって思ったりしないの?」
「はははははは!神使がそんなことを思うわけがない!神の世話をすることに喜ぶことはあってもな。特に美鈴のことが大好きなのだ。世話を出来るとなれば、嬉しくて仕方ないと思うぞ」
計り知れない神の世界。こんなことを頼んだら申し訳ないとか思わないんだ…。そんな世界でやっていけるのかな。
琥珀と一緒に部屋を出て、1階の洗面所に行った。私が歯を磨いている間、琥珀の周りには精霊たちが来て、あれよと言う間に琥珀はさっぱりとした顔になり、髪形も整った。
「えっと、もしや顔を洗ったりするのも精霊たちに頼んだ?」
「ああ」
ぎょえ~~~。まじで?
「嫌がらない?そんなこと頼んで」
「神の頼みをなぜ嫌がるのだ?それに、精霊たちは、人間のいうところの魔法が使える」
「やっぱり、魔法なんだ。あれ?琥珀は使えないの?」
「まあ、魔法と言われるようなものでも、なんでも出来るが…。だが、顔を洗う魔法は使わんな。俺が使うのは浄化だ。穢れをとるというものだ。まあ、邪気に触れた時などは、自分を浄化することもあるがな」
「で、精霊たちは顔を洗う魔法を使っているわけ?」
「奇麗にする魔法だ。光で奇麗にしてくれる。俺の髪も簡単に整えてくれるが、おふくろみたいに髪が長いと、神使が来てちゃんと結っているがな」
「へえ。神使がしてくれるんだ」
「ああ。女の神使だ。おふくろの世話をしている」
「私にも神使、つくのかな?」
「ちゃんとつくぞ。今は阿吽が世話をしてくれるが、向こうではまた別の神使を親父かおふくろが手配してくれるだろう」
「琥珀にもつくの?」
「俺にもつく。まあ、異例だが、こっちの世界でも神使の見習いがついた。半人前の龍神には基本、神使はつかないのだがな。ははは」
さわやかに笑うなあ。なんて素敵な笑顔なんだろう。歯ぶらしを加えたまま、ついうっとりと見惚れてしまった。
「ぼうっとしていないで早くに歯を磨け。俺は先に行ってるぞ」
「え?あ、うん」
やばい。よだれ垂れかかっていたよ。慌てて口元を拭き、歯を磨くのを再開した。
鏡を見て、私、どこも昨日と変わっていないよね?とまじまじと見つめてしまった。
どことなく、肌が奇麗になった気もする。そういえば、髪も艶が出た気がする。だけど、気がするだけで、本当に変わったかどうだかはわからない。
顔も洗い、パンパンと頬を叩いた。気を引き締めていないと、琥珀の顔を見ただけでにやけそうだ。やばいなあ。お母さんとか、ひいおばあちゃんとか鋭そう。いや、案外悠人お兄さんが一番、勘が鋭いかもしれないんだよなあ。
ドキドキしながら居間に行くと、
「遅いわよ、美鈴」
と朝からお母さんに怒られた。ああ、げんなり。げんなりしたから、にやけないで済むかな。
私は黙って座布団に座った。琥珀の顔は見ないようにした。皆の前では極力見ないようにしよう。
「おはよう、美鈴。調子はどうだい?」
お父さんが聞いてきた。
「え?調子って何の?!」
思わずびっくりして聞き返してしまった。
「体のだよ。明日の祭りで神楽は踊れそうかい?」
「うん。大丈夫」
「今日は彩音が来る。社務所を閉めたら、特訓するぞ、美鈴」
ひいおばあちゃんにそう言われ、顔が引きつってしまった。
「美鈴はもう特訓など必要ない。いつでも天女の舞を舞えるぞ」
琥珀がそうひいおばあちゃんに向かって言うと、ひいおばあちゃんも、
「まあ、そうじゃろうが、一回くらい練習せんとな」
と、表情をやわらげた。
なんだ。本当に特訓かと思ってびびっちゃったよ。
「彩音とやらは、夜来るのか」
「彩音ちゃんは、お祭りの準備もあるだろうからって、早くに来てくれるそうよ。本当にいい子よねえ」
お母さんが琥珀の問いにそう答えた。また私と比較しているのかなあ。
「そうか。じゃあ、今話しておいたほうが良さそうだな」
え?何を?
「何をじゃ?琥珀」
ひいおばあちゃんも、私の心の声と同時に琥珀に質問をした。
「ウメ。呼び捨てるなと言っているだろう。今も神使が来て、ウメのことを睨んでいるぞ」
「何を戯けたことを!ひゃっひゃっひゃ」
いやいや。本当だからね。あーちゃんもうんちゃんもひいおばあちゃんのそばに来て、唸っているからね。でも、さすがにそれは言えないよなあ。
「それに琥珀もひいばあを呼び捨てているではないか。よく、ひいばあの名前を知っていたなあ。その名で呼ばれたのも久しくなかったのう」
「ひいおばあちゃん、ウメって名前だっけ?」
悠人お兄さんが、暢気にそう聞いた。そして、
「それより、さっき琥珀君は神使が来て睨んでいると言っていたけど、その神使っていうのは、修業中の狐のことかい?」
と、今度は琥珀に向かって質問をした。
「いいや、狛犬だ」
「龍神の神使の?」
「いいや。龍神というよりも狛犬たちは山守神社に仕えている。まあ、山守神社の神は龍神だから、龍神に仕えているわけなのだがな」
「ほう~~。琥珀を呼び捨てにすると、なぜ山守神社の神使が怒るのだ。どういう仕組みだ。琥珀の方が偉い神使なのか?」
う~~~~!とまた狛犬たちが唸った。今にも噛みつきそうで、見ていてハラハラする。特にうんちゃん。ひいおばあちゃんのすぐ横で、飛びつきそうな体制でいるよ。
「琥珀、うんちゃんを何とかして」
小声でそう琥珀に言ったが、
「まあ、大丈夫だ」
と琥珀は暢気にしている。
「美鈴、なんだ?そのうんちゃんって」
わあ。お父さんに聞かれていたか。
「えっと、うんちゃんっていうのは」
「狛犬のあだ名のようなものだ」
私ではなく、琥珀が答えてしまった。
「ほう~~。美鈴は狛犬が見えるのか」
「ああ、見えている。美鈴の霊力が上がったからな」
琥珀はひいおばあちゃんの質問にもあっさりと答えてしまった。
「そう言えば、霊力を上げる方法があるとか言っていたよね。あれはどういうことだったんだい?」
うわ。それを聞く?悠人お兄さん。まさか、接吻でだなんて、言えないって。
「それより、ウメの言ったことだが、勝手に俺を神使と思い込んでいるようだが違うからな」
え?!
「ちょ、ちょっと琥珀、何を言い出す気?」
龍神だってバラす気でいる?!
「じゃあ、何者なのだ?琥珀は。狛犬よりも上というなら、なんなのだ?」
「あーちゃん、うんちゃん!ダメだよ。こっちに来て。ひいおばあちゃんから離れて!」
「ど、どうしたと言うのだ。美鈴」
私の大声にみんなびっくりして、ひいおばあちゃんが目を丸くした。
「あはは。えっと」
やばい。つい声が出ちゃった。どう説明しよう。
あーちゃんも、うんちゃんも、おとなしく私のところに来て、クウンとちょっとしょげている。怒ったりしたからかしら。
私が説明できず、笑って誤魔化していると、
「狛犬がウメに飛びかかろうとしたのだ。だから、呼び捨てにするなと言っただろう?ああ、でも大丈夫だ。美鈴の言う事を聞き、こっちに来た。美鈴は本当に狛犬たちに好かれている。良かったな、ウメ。噛みつかれていたら今頃、失神でもしていたかもな。ははは」
と琥珀が明るくとんでもないことを言った。
「笑い事じゃないでしょ、琥珀。本当にあーちゃんとうんちゃんが噛みつくこともあるってことなの?」
「まあな。俺に仕えているから、あんまり俺をバカにするやつには容赦しないぞ」
「琥珀に仕えているとな?あ、いや、琥珀君に…」
さすがにひいおばあちゃんも、呼び捨てをやめた。って、そんなこと気にしている場合じゃないよ!琥珀、自分の正体をばらしたよ!!!
「琥珀君に仕えるって、どういうことだい?」
それまで黙っていたおじいちゃんが口を開き、真剣な顔で聞いた。
「まさか、琥珀君が龍神ってことじゃないよね?」
今度は悠人お兄さんが、遠慮がちに聞いた。
「その通りだ。悠人」
「琥珀君が、龍神!?」
みんな、思い思いに口にして驚いている。が、お母さんだけは別だった。何やらフルフルと体を震わせ、突然その場で立ち上がると、
「美鈴は渡さないわよ!」
と叫んだのだ。
「朋子、落ち着きなさい」
怒りをあらわにしたお母さんに、お父さんがなだめて座らせた。
「それは本当のことか?琥珀君」
おじいちゃんは冷静だ…。と思ったが、手が震えているから内心驚いているみたいだ。
「なぜ嘘など言う?本当のことだ。ここで話したのは、彩音が来る前に伝えておかなければならないことがあるからだ」
「……」
いきなりみんながシンと静まり返った。
「彩音は、笹木ハルの子孫だ。ハルは龍神の嫁になるのを嫌がり人間の男と逃げた」
「だから、いまだに龍神は怒っているのかい?」
「いいや。親父…蘇芳はハルを怒ったりしたことはない。自分がハルを怖がらせた責任をいまだに感じている」
「蘇芳がお父さんなのか!じゃあ、琥珀君のお母さんはお千代さんか」
悠人お兄さんが声を大にしてそう聞いた。
「そうだ。俺は千代の子だ」
「なんと!そうか。琥珀君はひいばあの旦那の従兄になるのか」
「そういうことだ。ウメよりも俺の方が年上だ」
「ということは、じゃあ、琥珀君はいったい何歳なんだい?」
お父さんが遠慮がちに聞くと、
「100歳だ」
と琥珀はクールにそう答えた。
「100歳?!見た目は僕と同じくらいなのに!」
「神の世界は時間の流れが違う。それに龍神は500年以上生きる。俺はまだまだ、龍神の中では若造だ。まあ、悠人みたいなものだ」
「そ、そうなのか。びっくりだな。じゃあ、君付けしていたら申し訳ないね」
おじいちゃんが、申し訳なさそうに苦笑した。
「まあいい。ウメのように呼び捨てにするのでなければ、狛犬たちも怒ったりしない」
琥珀は穏やかにそう答えた。そして、話を続けた。
「彩音のことだが。ハルは霊力が高かった。その霊力のせいで、妖や悪霊に狙われ、憑りつかれることもあった。ハルの子もまた霊力が高く、妖から狙われた。力の弱い妖や悪霊なら、憑りつき徐々に体を貪んていくが、強い妖なら、霊力を一気に奪う。それはその人間の死に値するのだ」
「そんな怖いことが…?じゃあ、美鈴はどうなの?美鈴だって、霊力が上がっているんでしょ?大丈夫なの?」
お母さんが心配そうに、顔を曇らせ琥珀に聞いた。
「美鈴も妖に狙われた。だが、俺や狛犬が護ったから大丈夫だ」
「美鈴も狙われたの?」
「あの狐の妖も、その霊力を奪うために修司に憑りついたのじゃ」
ひいおばあちゃんが言うと、
「その狐、まだ生きているんでしょ?神使の修業をするとか言っていたけど、大丈夫なわけ?!いつ美鈴を襲うかもしれないじゃない!」
と、お母さんは取り乱した。
「大丈夫だ。安心しろ。今は美鈴を護る側だ。美鈴のことを慕い…、いや、美鈴を信頼し、絶対に服従する」
「琥珀、服従とかってなんだか嫌だな」
「だが、そういう関係だ。主従関係にあるのだぞ?」
「でも、私はあーちゃんもうんちゃんもだけど、護りたいの。護ってもらうばかりじゃないし、従わせようとも思っていないの。ただ、大事なだけなの」
琥珀は私の顔を優しく見つめ、ふっと笑った。
「美鈴はさすが、龍神の嫁だ。愛の力が大きい」
琥珀は私ではなく、お母さんにそう言った。そして、
「狐の山吹も、美鈴のことを大事に思い、一生仕えることを誓ったのだ。だから、安心しろ」
と言葉をつづけた。
お母さんもみんなも、驚いた眼で私を見た。私もいったいいつ、そんなことを山吹が誓ったのかと内心驚いていた。




