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第63話 琥珀の弱さを知る

 あーちゃんも、うんちゃんも手当をして、私と琥珀は部屋に戻った。琥珀はまだ時間を止めておくから、その間に体についた血を流せと言ってくれた。


 急いでお風呂場でシャワーを浴びた。琥珀は今一時霊力が上がっているから、その高い霊力でまた結界を張り直しに行った。琥珀も血だらけなのになあ。


 お風呂場から出ると、奇麗な浴衣が置いてあった。あれ?琥珀がまさか用意したの?

「血の付いたお召し物は、わたくしが奇麗にいたします。今日はその代わりと言っては何ですが、わたくしが用意した浴衣をどうぞ」

 また、ドアからすうっとあーちゃんが入ってきてそう言った。


「あ、びっくりした。あーちゃん、私のパジャマを洗ってくれるの?捨ててもいいよ?血だらけだし、破れているんだし」

「わかりました。では、今後お召し物の用意などはわたくしがいたします」

「え?なんで?」

「龍神のお嫁さんですから、神使のわたくしが務めるのは当然です。わたくしが琥珀様のお召し物も用意しております」


「でも、琥珀の浴衣はお母さんが用意したって」

「そのように申していましたか。わたくしでございますよ。きっと言えない事情があったと思います」

「なるほど。あの頃は自分の正体を隠していたから、あーちゃんのことも話せなかったのかな。あ、琥珀にもシャワー浴びるように言ってね」

「はい。伝えてきます。ですが、あの妖どもは捕まえましたが、また変な輩が来るかもしれません。わたくしは部屋までお供します。琥珀様には吽がついていますので、ご安心を」


「うんちゃんが?わかった。じゃあ、うんちゃんに琥珀がシャワー浴びるように伝えないとね」

「以心伝心で伝わっております」

「え?あーちゃんと以心伝心なの?すごいね」

「それは当然です。2匹で一対ですので」

「ふうん」


 私と琥珀も以心伝心とかになればいいのになあ。まあ、でも呼べばすぐに来てくれるんだけど。


 あーちゃんについて来てもらって、自分の部屋に戻った。当たりはし~~んとしている。だけど、部屋には精霊たちが飛び交っていて、私の無事を喜んでくれ、にぎわっていた。


「ありがとう。でも、もう大丈夫だから」

「精霊たちも美鈴様をお守りしているんです。琥珀様が来るまでは、わたくしたちでお守ります」

「ありがとうね」

 体は元気なんだけど、色々と大変なことが起きたからどっと疲れが来た。私は布団に横になって、あーちゃんや精霊たちと話をしていた。


 そこに琥珀が来た。すでに浴衣に着替えているから、シャワーも浴びたようだ。血もどこにもついていない。私が布団から起き上がろうとすると、

「寝ていていい。疲れたんだろう?」

と優しく言ってくれ、私の横にあぐらをかいた。


「琥珀、腕の傷も治ったよね?」

「俺は怪我をしていないぞ?」

「自分で噛んだじゃない。そう言えば、琥珀には牙があるの?」

「ああ。いつもは隠している。龍になった時には生えるがな」

 あの八重歯が牙になるわけね。


「阿も、精霊ももういいぞ。結界も強くしたが、念のため見回りを頼んだぞ」

「お任せください」

 すうっとみんな消えていなくなった。


「あの妖たちは?」

「あの部屋に数日閉じ込める。すでに力をかなり奪ったし、邪気も消え失せるだろう」

「何者だったの?」

「何者でもない。美鈴の霊力を喰らおうとしていた連中だ。言っただろ?ああいう悪い妖もいると」

「今の琥珀だと、向こうの方が力が上なの?」


「今は美鈴の血と交じり合って、霊力が高まっている。俺の方が上だ。でも、それまでの俺はあいつらと五分五分ってところかもな」

 そう言って、琥珀は私の頭や頬を撫でた。優しいその手についうっとりとして琥珀を見た。


 いつものように琥珀は、優しい顔をしていた。でも、すぐに琥珀の目は真剣な目になり、表情も暗くなった。

「琥珀?どうかした?」

「つくづく、今日は思い知らされた」

「何を?」


「俺は怖かったことなど一度もない。向こうの世界では不安も恐怖もない。だから、こんなに怖い思いをするのは初めてだった」

「妖たちが、怖かったとか?」

 珍しく弱気なんだな。

「違う。あいつらが怖いのではない。美鈴を失うのが怖かったのだ」


「そうだったの。でも、私もまた琥珀が大けがをするんじゃないかって怖かったよ」

「俺は言っただろ。死なないんだ。だが、美鈴はまだ人間だから、死ぬこともあるんだよ」

 琥珀は重苦しい声で、眉間に皴をよせそう言った。


「でも、ほら、生きてるし」

 わざと明るく振る舞って見せたが、琥珀の顔は暗いままだ。

「美鈴…」

 琥珀は私の手を両手で握りしめた。冷たい。でも、琥珀の手から光が出て、私の手を通してあったかい光が私の中に入ってくる。


「すごい光だよね、琥珀の光って」

「今、霊力が上がっているからだ。だが、美鈴と結ばれれば、いつでも龍神の力を全力で出せる。あんな妖など、結界の中にいれることもない。万が一入ったとしても、すぐに倒せる。狛犬たちも俺の力を帯びて、もっと強くなれるし、それに…」


 琥珀が私を見つめ、しばらく黙り込んだ。そして意を決したように口を開いた。

「美鈴も俺と結婚すれば、神になり、死ぬことはない」

「琥珀…」

 琥珀、なんだか泣きそう?目が潤んでるよ。


「失うのは怖い。頼む。俺と祝言を挙げてくれ。龍神の力を受け入れてくれ」

 琥珀の目から涙がこぼれた。琥珀、そんなに怖かったの?私が死ぬのが、私を失うことが。


 私も琥珀が山吹に噛みつかれた時、琥珀を失うかと思った。琥珀が生きているだけでいいって、それだけでいいからって願った。同じ気持ちなんだ。


「わかった。琥珀。ありがとう。そんなに思ってくれて嬉しいよ」

 私は体を起こし、琥珀を抱きしめた。なんだか、琥珀が弱々しく思えた。私も琥珀を護りたいって、そんな風に思えた。


 琥珀が大好きだけど、もうそれだけじゃない気がする。琥珀を愛しているんだ。琥珀の存在がとっても大事なんだ。


「今、俺の力は強まっている。もう少し時間を止めておく。この部屋も結界を張った。誰も来ることはない。安心していい、美鈴」

「うん」

 ふっと部屋が暗くなった。琥珀がきっと電気を消した。


 でも、琥珀の光で部屋は明るかった。光が私を包み込む。あったかくって、優しくて、涙が出るほど幸せを感じた。


 琥珀はこれで、龍神の力が100パーセントになるのね。もう琥珀も危ない目に合わないで済むのね。

 何よりもそれが嬉しい。何よりもそれを願っていた。


 それに、私も龍神の力を得た。これで、琥珀を護れる。

 でも、琥珀も龍神の力が100パーセントになったのなら、護る必要も、護られる必要もないのかな。


 琥珀の胸に顔をうずめたまま私は眠った。琥珀は確か眠らないんだよね。私もそのうち、夜、眠らなくなるのかな。

 でも、まだ今日は眠たくなった。琥珀の腕の中は、琥珀の体温は低いのにあったかい。ずっと光に包まれているから、ずっと安心でずっとあったかかった。


 

 翌朝、目を覚ますと琥珀が隣にいた。良かった。もう琥珀はどこかに行ってしまったかと思った。

 私ったら、この前琥珀が隣に寝ていた時には、あんなに文句を言ったくせに。


「おはよう、美鈴」

「おはよう、琥珀。ずっとここにいたの?」

「ああ。ずっといた」

「眠らないのに?」

「ああ。美鈴を護っていた」


「もう、護ってもらわないでも大丈夫なんでしょ?」

「いいや。妖がやってくる可能性はある。まあ、俺がすぐにやっつけるがな」

「結界を強くしても?」

「ふ…。そうだな。昨日よりも結界が強くなった。どんな強い妖も入ってこれないかもしれないな」

 琥珀が目を細めて笑った。ああ、今日の琥珀も笑うと可愛い。


 琥珀の胸に抱き着くと、

「おや?随分と美鈴は大胆になったのだな。自分から抱き着いてくるとは」

と意地悪なことを言われてしまった。

「意地悪なところは変わらないのね、琥珀」

 そう言うと、琥珀はくすっと笑い、私のおでこにキスをした。


「おでこにキスをすると、霊力を封印しちゃうんじゃないの?」

「もう、封印しようとしても出来ない。美鈴はすでに神になったのだからな」

「え?!そうなの?何も変わっていないと思うんだけど。もう私人間じゃないの?」

「ああ。龍神と結ばれたのだから、神になったのだ」


「そうなの?」

「そうなると言ってあっただろう?」

「うん。でも、なんていうか、徐々に人間から神様になるのかなあ…とか思ってたし。っていうか、本当に昨日の私とどこも変わらないよ?」


「そうだな。人間の時の波動が残るから、数日は腹も減るだろうし、眠くなるだろう」

「えええ?お腹減らなくなるの?うそ!」

「嘘ではないが。だが、ものを食べることも味わうことも出来るから安心しろ」

「良かった~~。まだ、お饅頭とか、ケーキとか食べたいし」

「はははは。やっぱり食い意地が張っているのは変わらないんだな」


 また意地悪なこと言ってる。でも、そんな琥珀からも光をずっと感じられて、私はずっと癒されている。琥珀の光って、本当にあったかいなあ。それに笑った顔が本当に可愛い。


「さあ、起きるか。巫女の仕事もしないとならないし、今日は確か彩音が来るから、神楽の練習もするのであろう?」

「うん」

「神の神楽を見るのは、親父も初めてだろうな」

「え?どうして?」


「おふくろは、親父と祝言を挙げてからも、ずっと蔵に閉じこもっていた。だから、神となってから神楽を舞うこともなかったのだ」

「あ、そうか。ん?っていうか、なんで琥珀のお父さんも神楽を見れるの?」

「神楽殿も龍神の世界と繋がっている。向こうから見えるのだ」


「うそ~~~!!私のへたくそな舞を見ていたってこと?がっかりしたんじゃない?龍神の嫁がこんなへたくそで。あ、もしかして、彩音ちゃんの方が嫁にふさわしかったなんて思ったりしなかったかな」

「面白いことを相変わらず言うのだな、美鈴は。親父もおふくろも、天女の舞を見て喜んでいたというのに」

「ほんと?」


「今日は神になってからの舞だ。さらにパワーが増すだろう。神社だけでなく、この山一帯が浄化されるはずだ」

「うわ。プレッシャー。どうしよう」

「無になって舞えばいいだけだ。すでに美鈴は神だからな。美鈴がそこに居るだけでも、その場が浄化されるくらい、今の美鈴は強いし、清らかだ」


「……清らか?」

 なんだか、それは違う気もするけれど。だって、もう琥珀と結ばれちゃったし。だから、清らな少女ではないんだし。


 でも、琥珀の言う事を信じよう。だって、私の旦那様の言う事なんだし。なんて!!!


 ああ。ここにいるこんなに素敵な人が、私の旦那様なのよ!それも、龍神なの。龍になってもかっこいいの!!!と誰かに自慢したいくらいだ。

 そうだ。精霊とか、あーちゃん、うんちゃんなら聞いてくれるかも。

 いや、呆れられるだけかもしれないから、やっぱりやめておこう。


 


 

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