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第62話 霊のふりをして妖どもが来た!

 琥珀の優しい目を見ていると、吸い込まれそうになった。ドキドキしているのに同時に安心もする。このまま、琥珀と結ばれてもいいかな…なんていう気になってくる。


 うわ。今何を考えた?私、やばい。やばいよ。自分の考えにアタフタしていると、そこに精霊たちが騒ぎながら現れた。


「どうした?いっせいに喋ってもわからんぞ」

「琥珀様、霊になりすまして妖たちが来ました!今、狛犬たちが追い出そうとしていますが、苦戦しているんです!」

「そうか。わかった。美鈴、俺が追い出してくるから、ここで待ってろ。精霊、美鈴を頼む」


「無理です~~~」

 精霊たちがいっせいに声をそろえた。

「無理だと?」

 琥珀の顔が険しくなった。

「はい。すごく強い妖です。琥珀様の結界にも入れたんですよ。狛犬たちも追い出せないんですよ。それも、美鈴様の霊力を嗅ぎつけてきた妖です。きっと、ここにいることもすぐにバレてしまいます!」


「なんだと?ここに来ると言うのか」

「まだ、なんとか狛犬が頑張っているけど、どこまで持つか…」

「仕方ない。美鈴も来い!俺が護ってやる。絶対に俺から離れるな。他の人間を巻き込まないためにも、なんとかお社の方に引き寄せる。あの部屋におびき寄せられたら、邪気を消せる」


「わかりました。狛犬に伝えます」

 半分の精霊が消えた。残りは私たちの周りにいる。

「精霊たちの力も分けてくれるのか」

「はい。美鈴様のこと、一緒に護ります」

「美鈴は精霊たちに愛されているな」


 琥珀は一言そう言ってから、私をお姫様抱っこした。私はずっとさっきから、怖くなっていた。

 妖に喰われることじゃない。また、琥珀が山吹に噛みつかれてしまった時みたいに、傷ついてしまったらどうしようと。


 山吹よりも霊力の強い妖だったら、どうなるの?寿命が来るまで死なないと言っていたけど、大けがをしたら?この前だって、血の気引いていたよね?


 私は思いきり自分を責めた。なんだって、祝言を挙げることを拒んできたのか。とっとと挙げていれば、琥珀の力は100パーセントになっていたのだ。どんな妖が来たとしても、簡単にやっつけられるだろうに。


 私だって、きっと霊力が龍神と同じになって、簡単にとって喰われることもなかっただろう。だから、あーちゃんやうんちゃん、精霊たちを危ない目に合わせることも、琥珀を危ない目に合わせることもなかったんだ。


 琥珀は、妖たちの前に私を抱いたまま姿を現した。

「お前らの目的の龍神の嫁ならここだ!こっちだ!」

「琥珀様!ダメです。美鈴様が危険です!」

 あーちゃんが私を見てそう叫んだ。

「なぜ、美鈴様まで連れてきたんですか?」

 うんちゃんも叫んだ。2匹とも体が傷だらけだ。


 山吹までがやられている!血を流して倒れている。

「山吹!琥珀、山吹が!!」

「精霊!山吹を見てくれ。妖ども!こっちだ。俺が相手になるぞ」

 琥珀はそう叫び、私を抱っこしたままお社の裏へと飛んだ。妖たちは、

「半人前の龍神の力など、俺らの力に及ばぬわ!」

と笑いながら追いかけてきた。


 うそ。3頭もいるじゃない。なんだか、よくわかんない獣みたいな妖と、目が顔の真ん中に一つしかないお化けみたいなのと、どう見ても頭の上に角みたいなのが生えている鬼みたいなのと!


 3頭とも琥珀より一回りも大きい。あんなのに山吹はやられたの?どうしよう。死んじゃっていたら…。ああ、考えるだけで怖い。考えるだけで泣きそうだ。


「大丈夫だ。山吹は、いや、妖はやられたら姿形が消えてなくなる。まだ姿が見えていたから傷ついて意識を失っているだけだ」

「本当?大丈夫なのね」

「あとで気を与える。だが、そんな余力が残っていたらの話だ」


 余力?琥珀の力も消えちゃう?


 うそでしょ。やっぱり、そんなに強い相手なんだ。


 私、しっかりしてよ。何を弱気になっているの?琥珀も、山吹も、あーちゃんもうんちゃんも、精霊たちも、みんなを護る!!!!


「家から離れたから、家族のみんなは大丈夫だよね」

「人間世界の時は止めた。誰も家から離れることはない。精霊たちに守らせている」

 確か止められる時間も制限があるんだよね。


「琥珀、私を抱っこしたままだと戦うのに不利でしょ。降ろしてくれる?」

「だが…」

「大丈夫。琥珀から離れないから」

 琥珀は私を降ろした。靴も、草履も、靴下さえ掃いていないから、素足で土に触れた。

 

 すると、足の裏からものすごい力が入ってくるのを感じた。これは、この地の力?それとも、龍神の力?


 3頭の妖は、私たちの2メートルも離れていないところにまでにじり寄って来た。そして囲まれた。私は琥珀と背中合わせになった。

「美鈴、絶対に離れるな」

「うん」


 怖さはない。なぜかわからない。それよりも、力がみなぎってくる。何の力かわからない。

 

 琥珀は何やら唱えだした。そして、雷が空から一直線に落ちた。どうやら一頭は雷に打たれ、苦しがっているようだが、背中を向けているから音だけしかわからない。


 私の前にいるのは獣みたいな妖だ。狼のようだが、熊にも見える。2本足で立ち、牙も生えている。

 にやりとその妖は笑うと、私に向かって飛びつこうとした。その瞬間、琥珀が私を抱き、高く空に飛んだ。


 お社の屋根の上に琥珀は立った。私を抱きかかえ、片足でバランスを取って屋根の上に立っている。そしてまた何かを唱え、雷を落とした。あの獣のような妖に当たったはずなのに、ビクともしていない。なんなの、あいつは!


「無駄だ。あいつに雷は効かない。俺にも効かないぞ」

 すぐ後ろに鬼のような妖が飛んできた。どうやら雷でやっつけたのは、一つ目の妖のようだ。

「雷が効かないとなれば、これでどうだ?」

 すぐ後ろを振り返り、琥珀は私を抱きしめたまま何かを唱えた。


 不思議と私と琥珀から光が飛び出した。その光は電光石火のようにまっすぐに鬼の妖に向かって飛び、鬼の胸の辺りに当たった。すると、鬼の妖は苦しみだし、お社の屋根から地面に落っこちた。

 光が苦手っていう事?


 でも、今は考えている場合じゃない。後から今度は獣の妖が飛びかかってきた。あわや捕まると思った瞬間、また琥珀が飛んだ。お社の裏のすぐ前に降り立つと、自動でお社の戸が開いた。この中に誘い込むっていう手なんだよね。


 私がよび寄せたらいいのかもしれない。琥珀の腕から離れ、私はお社の裏の戸から中に入ろうとした。でも、そのほんの一瞬の隙を獣の妖は見逃さなかった。


「美鈴!」

 琥珀の声がした時には、私は獣の妖に捕まっていた。いや、捕まったと思った。でも、獣の妖の腕が私に伸び捕らようとした瞬間、何かが獣の妖に飛びかかっていた。


 あーちゃんとうんちゃんだ!2匹が妖の足に食らいついている!


 琥珀がすぐに私の横に来た。

「離れるなと言ったろ!美鈴」

「琥珀、あーちゃんとうんちゃんが!」

 2匹ともまだ獣の妖に噛みついたままでいる。だが、獣の妖が右手であーちゃんを投げ飛ばし、左手でうんちゃんの首根っこを持ち、今にも噛みつこうとしている!


「やめて~~~!!!!」

 何も考えられなかった。私は咄嗟に琥珀の腕から抜け、飛び出していた。後ろから「美鈴、やめろ!」という琥珀の声でも足は止まらなかった。


 獣の妖に向かって私は走っていた。


 何が起きたかわからない。一瞬のことだった。うんちゃんが空中を飛んでいるのが見えた。妖がうんちゃんのことを投げ捨てたようだった。


 そして次の瞬間、体に痛みが走った。熱い!痛いよりも熱い!


 息が出来ないくらい苦しい。何が起きたの?


「美鈴!!!」

 琥珀の叫ぶ声、目の前に琥珀の顔。私は琥珀の腕に抱かれていた。


「ちきしょう!しそんじた!龍神の嫁、喰ってやるところだったのに!」

 獣の妖がそう叫んでいた。琥珀が間一髪のところで私を妖の手から救ってくれた。


 琥珀は私を抱きしめたまま手を前にかざした。琥珀の手は血で染まり真っ赤だった。その血が琥珀のものではなく、私の血だとはその時わからなかった。


 ああ、琥珀が傷を負っている!どうにかしないと!そう思っていると琥珀は、自分の腕をガブっと牙で噛んだ。

 びっくりした。琥珀に牙があったことも、自分の腕に噛みついたことも。何でそんなことをしているのか理解できなかった。


 でも、琥珀の腕から流れた血と、琥珀の腕についていた血が混ざりあい、そこから白い光が出たのが見えた。


「龍神を殺し、その女を奪ってやる!」

 獣の妖がそう叫んだ。

「そうはさせん。お前を封印する」

 琥珀は何かをまた唱えた。獣は琥珀に向かって飛びつこうとしていたが、その前に琥珀の手から出たとてつもない大きな光が辺り一面に広がり、その光に包まれた獣の妖が、瞬く間に小さくなってしまった。


「なんだ?どういうことだ?」

 一回り小さくなった妖は、霊力を封印されたようだった。それに、光の縄のようなもので、体をグルグルに巻かれ、身動きも取れないようだった。


「美鈴、美鈴!」

「琥珀…。大丈夫?琥珀、怪我したの?」

「俺ではない。美鈴だ。喋らないでもいい。すぐに俺の気も力もあげるから」

 琥珀は私の肩の当たりに手をかざして何かを唱えた。


 首をなんとか横にして私は自分の肩を見た。肩から背中にかけて、獣の妖の爪でひっかかれた跡があった。自分でもおぞましいくらい皮膚がえぐられていた。この前の琥珀みたいに。


 そうか。一回獣の妖に私は捕らえられ、琥珀が一瞬で私を奪還したんだ。でも、その時に私の肩に獣の妖の爪が食い込んで、皮膚を引き裂かれてしまったんだ。


 痛いのを通り越していた。意識が朦朧としている。遠くなる意識の中、私の肩からシューシューと音を立て煙が上がったのがぼんやりと見えた。そして、そのあとに何かあったかいものが、どんどん私の中に入り込んでくるのが分かった。それと同時に私の中から、何か力が湧いてきていた。ああ、さっき、素足で地面に立った時と同じだ。


「ああ、もう大丈夫だ。良かった」

 琥珀は私を抱きしめ泣いていた。

「琥珀、泣かないでよ。私は死なないよ」

「美鈴はまだ人間なんだ。まだ祝言を挙げていない。俺の力を受け継いでいない。人間だから死ぬんだ。神になる前に、命を失うかもしれなかったんだ」


 琥珀はまだ泣いていた。必死に泣くのをこらえているからなのか、苦しそうだ。

「美鈴を失うかと思った。頼むから無茶しないでくれ。狛犬たちはそうそうやられたりしない。あいつらは俺と同じように、寿命が来るまで死んだりしないんだから」

「そうなの?知らなかった」

 私はすっかり痛みも消え、自分の肩を見てみた。血はまだ服にべっとりとついているが、皮膚自体はすでに元通りだ。


「琥珀の力?すっかり傷が治ってるよ」

「龍神の力だ。美鈴の血と俺の血が混ざりあったから、龍神の力を上げることが出来た」

「美鈴様、良かったです」

 そこにあーちゃんとうんちゃんが泣きながらやってきた。


「わたくしのことなど放っておいて、ご自身を護ってください。わたくしたちは美鈴様をお護りする立場です」

 うんちゃんが泣きながらそう言った。

「まさか、放っておけるわけないじゃない。大事なあーちゃんとうんちゃんのことを。そうだ!琥珀。山吹は?」

「そうだな。その前にこの妖どもをあの部屋に入れておこう」


 琥珀は手を妖たちに向かってかざした。妖はいとも簡単に空中に浮き、次々にお社の裏の戸から中に入れられた。一つ目の妖も鬼の妖も気を失っていた。そして、獣の妖も見動き一つ取れないから、簡単に3頭とも、あの暗い部屋に閉じ込めることができた。


 私はすぐに山吹のところに走っていった。山吹は精霊たちに囲まれていた。

「山吹」

 声をかけたが、山吹の意識はないようだ。

「大丈夫だ、美鈴。今の俺ならかなりの気をあげられる」


 そう言うと、山吹の胸の辺りに手をかざし、また何かを唱えた。琥珀の手から光が飛び出し、その光がすうっと山吹の体に入り込んだ。途端に山吹の顔に赤みが出て、山吹は目を覚ました。


「山吹!」

 私は嬉しくて泣きながら山吹に抱きついた。

「え?美鈴様?」

 最初キョトンとした山吹は、状況がわかったのか、

「妖どもはやっつけたんですね」

と、起き上がった。


「ああ、もう社のあの真っ暗な部屋に閉じ込めた」

「それじゃあ、俺の寝床は?」

「もうお前は寝ないでも平気だろう?ほら、今の働きで尾も増えたぞ?」

 見ると山吹の尾っぽは3つになっていた。


「本当だ。はっ!なんで美鈴様も琥珀様も血らだけなんですか?怪我したんですか?」

「大丈夫だ。もう怪我も治した。山吹も怪我をしていたんだぞ。大丈夫か?痛みはないか?」

「はい。大丈夫です。そうだ。あの獣みたいなやつの爪でひっかかれ、牙で噛みつかれ、俺はもう死んだかと思ったんだけど」

「気を失っていただけだ。良かったな。消えずに済んで」


「はい。あ~~~、でも、美鈴様が無事で良かった~~~」

 突然山吹は私に抱き着き泣き出した。私も泣いた。山吹の頭を撫でながら。



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