第61話 霊を迎える
翌日の朝には琥珀のお父さん、蘇芳から琥珀に連絡が来た。私と琥珀は境内を掃除していたが、お父さんの声が頭の中で響いたらしい。すぐに琥珀は私をお姫様抱っこして、お社に飛んだ。
きっとまた、時間を止めているんだろうな。でも、時間を止めているのにもかかわらず、雨も降っていたり、風も吹いていたりするから不思議なんだよね。いったい、どこの時間が止まるのかな。人間だけ?そう言えば、精霊たちは相変わらず飛んでいるし、今日は狛犬たちもお社にくっついてきたし。
「蘇芳様、千代様、ご無沙汰しております!」
「阿吽か。どうだ?新しく神使見習いになった狐の妖は」
あーちゃんの挨拶に、琥珀のお父さんはそう返した。
「はい!修業に励んでおります!」
「そうか。まさか、そんなに早くに琥珀に神使ができるとはなあ。こっちで手配をしようかと思っていたが大丈夫そうだな」
「ああ。大丈夫だ。それより親父、笹木家の土地神はどうだったのだ?」
「うむ。やはり神社が荒れ果てている状態で、無神になっている」
「やっぱりな。じゃあ、山守神社で彩音をいくら浄化しても、また悪霊や妖に憑りつかれるかもしれないわけだ」
「そういうことだ。今まではお守りで護っていたが、あの一帯は相当危険だな。お守りの効力も効かないかもしれんぞ、琥珀」
「すぐになんとかしないとな。清に言って、神社を建て直させよう。神主の手配もし、神使もおかないと…。どのくらいの期間が必要だと思う?親父」
「そうだな。まあ、再建だったら1~2か月もあればできるだろう。神を送るのも大丈夫だ。もともとそこにいた神を探し当てたからな」
「消失はしていなかったのか」
「していない。暢気にこっちでのんびりとしていた」
「なんだと?まったくそんな神で大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。われがちゃんと見張る」
「そうか。じゃあ、神使だが、山吹を送ろう」
「え?山吹が!?ここにいなくなっちゃうの?」
琥珀の言葉を聞き、私は思わずそう声を上げた。だって、寂しいよ。
「そうだ。もう一体は親父、どこかで見つけてきてくれ」
「わかった。山吹の片割れとなると、狐だな」
「ああ。従順そうなのを頼む。あ、でも山吹は神使としてまだ半人前だから、しっかりしているやつを頼む」
「わかったぞ。それから美鈴ちゃん。どのみち、こちらに来てしまえば、当分の間山吹とは離れることとなる。様子をこちらから見ることはできるだろうが」
お父さんには私が寂しがっていることもお見通しなんだ。
「そうだぞ、美鈴。だが、山吹が修業に励み、真面目に神に仕えれば、100年余りで神の世界に来れるだろう。そんなに先のことではない」
「100年?!100年も先?」
「こちらの世界の100年は、そんなに長い期間でもない。美鈴ちゃん、こっちに来ればわかるから、早くに来なさい」
「まあ、蘇芳ったら。早くに美鈴ちゃんに会いたいからって、無理強いしてはいけませんよ。それに100年はそんなに長い期間ではないと言っておきながら、早くに来いだなんて。ほほほ」
あ、お母さんもいたんだ。っていうか、もしかしていつも一緒にいるのかしら。
「そうだぞ、親父。慎重にいけと言っていたのは親父だろ?笹木家の近くの神社を再建し、そこにちゃんと山吹を送り届け、彩音の中の邪気を浄化して、今後も笹木家を護れるようにしてからでないと、神の世界には行けないからな。まだまだかかる」
「そうか。まだまだか…」
お父さんが、がっかりしている。
「まだまだではないですよ。18年待ったのですから、あとわずかです」
お母さんが優しくそう言った。そうだった。18年の間ずうっとお父さんもお母さんも見守ってくれていたんだよね。
「あの!これからもダメダメな私だけど、よろしくお願いします」
私はぺこりと頭を下げた。
「ははは。美鈴、なんだって自分を卑下するのだ。ダメなところなどどこにもないぞ」
琥珀に笑われた。お母さんとお父さんも笑っているようだった。
お社からまた琥珀がお姫様抱っこで、掃除をしていた場所まで連れてきてくれた。さっきも霧雨が降っていたが、今も降っている。でも、琥珀のそばにいると、雨が降ってこない。また琥珀が天気を操っているんだなあ。
「ねえ、琥珀。笹木家の近くの神社に山吹は行ってくれるのかな」
「喜んでいくだろう。ハルの子孫を護れるんだぞ?元々は、山吹はハルを好きになったのだからな」
「そうだね。じゃあ、もう彩音ちゃんは大丈夫なんだね」
「いや。今彩音の中にある邪気は、俺らが浄化しないとならないだろうな」
「それはやっぱり、祝言を挙げないとならないってこと?」
「言っておくがな、結婚の儀を行わない限り、神の世界には行けないんだぞ?」
「う、うん。そうだよね」
私が覚悟をするってことなんだよね!
「無理強いはしない。だが、まあ…」
琥珀が言葉を濁した。
「なに?琥珀」
「まあ、最近朝の接吻も、慣れたみたいだしな。案外覚悟をするのも早いかもな?」
「うきゃあ。違うよ。今だってドキドキもんなの!慣れてなんていないんだからね!」
「そうなのか?」
「乙女心がわかっていないんだから!」
「それは悪かった」
あれ?琥珀、ちょっとしょげた?こういうところが素直というか、可愛いんだよね。
「ま、まあ、いいけど。ドキドキしているけど、嫌なわけじゃないし…」
「そうか!」
あ、いきなり元気になった。琥珀って案外単純なのよねえ。
琥珀から、笹木家の近くにある神社が荒廃していることをおじいちゃんに教えた。笹木家の人間がいつまでも妖や悪霊に狙われるのも、土地神がいないからだと告げると、おじいちゃんはすぐに再建する手配を取ってくれた。
その神社の宮司も、神門家の分家の神職に頼むこととなった。琥珀のお父さんがすぐに山吹と一緒に仕える神使も見つけてきてくれた。
「片割れというと、山吹の奥さんになるわけ?」
「いいや。別に神使同志は結婚をするわけではない。だが、2体で一人前になる」
「ふうん。そうなんだ」
「山吹に伝えてこよう。きっとさらに修業に身が入るだろう」
「修業って掃除だけ?」
「そうだな。掃除をすることで穢れを取ることを修業している。他にも狛犬たちによっていろいろと教え込まれている」
「そうか。あーちゃんとうんちゃんに、その辺は任せるしかないんだよね」
結局私は、山吹のことをそっと見ているだけなんだよなあ。
「時々声をかけたり、頭でも撫でてやれ」
「うん、わかった」
早速その日、灯篭を一生懸命に掃除している山吹のところに行き、
「山吹、頑張ってるね」
と頭を撫でてみた。山吹は途端に尻尾を振り回し、
「美鈴様!琥珀様より命を受けました。それまでに一人前の神使になれるよう、励みます!」
と丁寧に言ってきた。
「そ、そうなんだ。うん、応援しているね」
「はい!」
なんなんだ、この素直で可愛い山吹は。本当に邪気が消えるとこんなにも変わっちゃうのねえ。
山吹が毎日修業に励んでいる間、修司さんはどんどん体力を回復していった。盆祭りで私の神楽を見てから、自分の家にいったん戻り、ニュージーランドに9月からホームステイすることになった。ホームステイと言っても、1年間はいるらしい。しっかりと牧場の仕事を勉強してくると今から張り切っている。
彩音ちゃんはまた盆祭りの前の日から、神楽の練習をしに泊まりに来る。
13日、霊を迎えるために迎え火を焚いた。それから、神社までの道に提灯も下げ、明かりを灯した。
穢れのないよう、朝からしっかりと掃除をした。山吹も狛犬たちも念入りに掃除をしているし、琥珀も境内の隅々まで浄化をしていた。
夜になると、霊力の上がっている私にも、霊が見えてしまった。霊によって、向こう側が透けて見えている霊もいたが、しっかりと人間の姿をしている霊もいた。そんな中私はひいおじいちゃんを見つけてしまった。
「声をかけるな、美鈴」
「どうして?」
「霊は人間に見えていないと思っている。霊から見たら俺は人間でないことを知っているが、まだ美鈴は神ではない。人間だ。見えるとわかった途端、憑りつかれることもある」
「そんな悪い霊がいるの?」
「悪霊ではないが、たまにそんないたずらをしたり、この世に残りたがる霊もいるのだ。まあ、未練というわけではないが、まあ、半分が霊の戯れだ」
「霊の戯れ?そもそも、なんだって霊はこの世を去ったのに、お盆に戻ってくるわけ?」
「自分の子孫が気になるのではないか。まあ、様子を見てあの世から見守る気でいるんだろう。実際、守ると言っても手を出すことはできないが、見守ることはできる」
「何もできないの?でも、よくこっち側にいる人間は、死んだ人にお願いしたりするじゃない」
「死んだ人間に願っても何もできはしない。ただ、人間を神として祀れば話が変わってくるがな」
「じゃあ、仏壇に手を合わせるとか、お墓参りには意味がないの?」
「あれは何かをお願いするものではない。例えば報告をしに行ったり、感謝をしたりするものだ。その声は聞こえている。先祖は見守ることしかできない」
「じゃ、なんだってお盆には戻ってくるわけ?」
「家に1年に一回里帰りするようなものだ。迎え入れ、霊に楽しんでもらい、またあの世に還ってもらう。いいではないか。人間とは面白いものだ。死んでもなお、里帰りがしたいのだ」
「こっちの人間は見ることもできないのに?」
「ああ。だが、存在を感じることはできる」
「そうなんだ。あ、この神社はそこまで敷地は広くないからしないけど、山の中腹にある公園で盆踊りもするんだよね。8/15だけどね。あれは、なんなの?」
「盆踊りはやはり、霊に楽しんでもらうようなものだ」
「ふうん…。でも、1か月も先だけど?」
「そうだな。もう霊はいないだろうな。本来の目的ではなく、今は単なる人間が楽しむものになっているが、それもいいだろう。楽しめばそれだけ邪気は消える」
「そうなんだ。そういうものなんだ」
「さて、無事霊を迎えることができた。見たところ、妖が入ってきた様子もない」
「わかるの?」
「そのくらいは見分けがつく。俺は神だからな」
「そうですね。はい」
「だが、まだ安心できないぞ。狛犬たちや精霊たちにも見張らせているが、妖が霊のふりをして入ってくるかもわからんからな」
「うん」
「いいか。人の霊にうまく化けている妖もいる。人間に見えたとしても声をかけるな。見えたとわかれば霊力が高いのがばれる。まあ、霊力の高い妖から見れば、今の美鈴の力はバレバレだがな」
「え~~!それって、とって喰われたりしないの?」
「そうだな。あり得るな」
「そんな平然とした顔で怖いこと言わないで」
「大丈夫だ。片時も離れず俺がいる。安心しろ」
「うん。絶対に離れないからね」
「風呂も一緒に入るか」
「それは嫌!」
「まったく。じゃあ、その間はどうするのだ?」
「精霊たちに守ってもらうから」
「そうか。まあいいが…。すぐ風呂の横で待っているからな」
「う、うん」
実は精霊たちにお風呂入られるのも恥ずかしいんだけど、今日はそんなこと言ってられないよね。だって、妖にとって喰われるのなんて絶対に嫌だもん。
お風呂に入っていると、そこにガラス戸を通り抜け、白いものが入ってきた。
「あーちゃん?」
一瞬幽霊かと思ってびっくりしたけど、あーちゃんで安心した。
「美鈴様、安心してください。私は雌です」
「雌?女の子なのね?」
「同性だから美鈴様も抵抗ないだろうと、琥珀様に護るよう仰せつかって参りました。精霊たちだけでは、美鈴様もご不安だろうと」
「琥珀が?そうなんだ。あーちゃん、女の子なのね。あーちゃんがいれば安心だ。じゃあ、うんちゃんは男の子?」
「はい」
なるほど。男の子のほうが無口で甘えん坊なのね。
「お風呂から出たら、琥珀様が片時も離れず護ってくださるそうですので、ご安心を」
うひゃあ。嬉しいような照れるような…。
「ありがとう、あーちゃん」
あーちゃんとお風呂であれこれ話していたら、私は少しのぼせてしまい、真っ赤な顔でお風呂から出た。
案の定心配性の琥珀は、私をお姫様抱っこで部屋まで連れて行った。そして、また自動で布団が敷かれ、すぐさま横になるようにと寝かされた。
琥珀も隣に寝っ転がり、
「今夜はこうやって、ずっと護っているからな?」
と優しく微笑んだ。ドキ!琥珀の優しさにさらに顔が火照った気がする。




