第59話 彩音ちゃんを護る策を練る
梅雨は続いた。毎日シトシトと雨が降り、参拝客もあまり来なかった。まあ、そのおけがで私はバイトの子に社務所を任せ、山吹の修業に付き合うことが出来た。
山吹は人間の姿になると、まだ中学生くらいに見えた。15~16歳くらいかな。琥珀に言わせると、今まで持っていた霊力が消え、姿まで幼くなっているのだろうということだった。ということは、修業を積んでいくうちに姿も変わるっていう事か。
「尻尾が増えるたびに見た目も大人になっていくだろう」
「じゃあ、琥珀は?」
「俺も変わるぞ。ちゃんと子どもの頃は、子どもの姿だった」
「そうなの?」
「だが、人間よりも向こうの世界は時間の流れが遅い。それに龍神はいくら年を取ったと言っても、もうろくもしない。何しろ病気にもならないしなあ」
「すごいね。羨ましい」
「何を言っている。美鈴も行くんだぞ?」
「そうだよね。向こうに行ったら琥珀のお父さんやお母さんに会うんだよね」
「そうだな。まあ、一緒に暮らすことはないと思うが、会えるぞ」
「わ、緊張する。私、ちゃんと気に入ってもらえるかな」
「ん?」
琥珀が不思議そうな顔で私を見た。
「ははは。また面白いことを言うな、美鈴は。気に入るも何もずっと親父やおふくろも、こっちの世界を見守っていた。まあ、この辺の管轄は俺が護ることにはなっているが、親父たちも見ているのだ」
「じゃあ、私、ずっと見られていたってこと?木に登ろうとしていたことも?」
「ああ。生まれた時からだ。可愛い嫁になるのだ。見守っていたぞ」
「うひゃ~~~、どうしよう、琥珀。私いっぱい失態を見せていたってことでしょ?もうすでに呆れられていたり、嫌われていない?」
「なんでそういう発想になるのかわからんな。親父もおふくろも俺も、ずっと美鈴を可愛い嫁として見守っていたんだぞ?可愛い以外に何がある」
「………」
どひゃ~~~。なんていうか、神様って異次元。可愛い以外に何もないってことだよね?さすが心が広い。寛大だ。
「美鈴は阿吽が可愛いか?」
「うん。可愛い」
「山吹も可愛いと思うか?」
「うん、可愛いと思って、この前は頭をなでちゃった」
「それと同じだ」
「え?でも、どっちかって言ったら、あーちゃんとうんちゃんは、犬を可愛がるような感覚で…。あ、でもペットとは違うなあ。なんだろう?家族?」
「それだ。美鈴も生まれた時から俺らの家族になる存在だ。可愛くないわけがない」
「そ、そうなんだ。なるほどね。じゃあ、もしかして嫌われることはない?」
「当たり前だ。可愛くて仕方がないのに嫌うわけがないだろう」
どきゃ~~~~!だから、それ!!どう反応していいかわかんないよ。きっと、私真っ赤だよ!
「ははは。可愛いなあ、美鈴は。真っ赤だぞ」
からかわれているのかな?もしや…。琥珀の顔を見たら、すんごく嬉しそうだ。
山吹の様子を見ていたはずが、そんな話を琥珀としていて私はずっと照れていた。それを何気に山吹やあーちゃん、うんちゃんに見られていた。
「美鈴様と琥珀様は、本当に仲がいいですね。蘇芳様と千代様も仲が良かったですけれど、またそれとは違いますねえ」
私と琥珀が二人で居間でお茶を飲んでいると、突然あーちゃんとうんちゃんが現れてそう言った。
居間にも来るのね。びっくりだ。まあ、今は誰もいないからいいけど。
この前は私の部屋に来て、しばらく私にひっついて2匹は甘えていた。もふもふしていて、私も癒されたなあ。
「親父とおふくろ?向こうの世界でも仲がいいが、こっちにいる時から仲良かったのか」
「それはもう…。どちらかと言えば、蘇芳様が千代様のことを顔を赤くして見ていらっしゃいました」
「ははは。親父は今でもおふくろに頭が上がらない」
あーちゃんの言葉に琥珀が笑って答えた。へえ、お母さんの方が強いってことかな?
「そうですか。千代様の方が一歩下がっているように見えましたが」
今度はうんちゃんがそう言った。
「おふくろは、親父を掌で転がしているようなところがある。一見親父を立てているように見せているけどな」
「昔の女の人って感じなんだ。昔の女性って、そういうところありそうだもん。おばあちゃんも見た目優しいし、おじいちゃんを立てている感じだけど、実は強そう」
「そうだな。朋子は逆だけどな」
「お母さん?お母さんは見た目も中身も強いでしょ?」
「いいや、いざとなると直樹の方がしっかりする」
「そうかな~~。それにしても、琥珀はお母さんのこともお父さんのことも呼び捨てなのね」
「そりゃそうだ。俺よりも全然若いしな。俺は美鈴から見れば、ひいじいの叔母に当たる千代の子どもだ。ひいじいの従兄になるわけだ。で、ウメは俺の従弟の嫁になる」
「ウメって誰?」
「美鈴のひいばあだ」
「あ、ひいおばあちゃんの名前か!そうだった。ウメばあちゃんだった」
そうか。琥珀、ひいおじいちゃんの従兄なんだ。うわ~~~。なんだか、頭がぐちゃぐちゃになっちゃう。
「そんなに琥珀は長生きしているのね」
「そうだな。だが、そんなに長く生きた感じはしない。向こうは時間の流れが遅いからな」
「1日が長いってこと?」
「う~~~ん。こっちにいても、同じ感覚だがな?俺ら神は、時間のことはあまり気にしない。今に生きるからな」
「今に生きるってどういうこと?」
「言葉の通りだ。今を感じ、今に生きる。人間のように未来が不安なわけでもない。死を意識することもあまりない。過去を振り返り後悔することもない。まさに、いつも今に意識があるわけだ」
「ふうん」
「美鈴もそういうところがあるだろう?風を感じたり、季節の香りを感じたり、木々を見たり、空を見て喜んだり」
「うん。子どもの頃から好き。だから、この境内にいるのも楽しいし、掃除も苦じゃないんだ」
「な?美鈴も今に生きている。だが、何かを悩みだすと途端に今にいなくなる」
「今に居ないでどこに行くわけ?」
「思考と共にいることになる。ありもしない過去や未来に振り回される」
「え?未来も過去もあるでしょ?」
「未来がどこにある?まだ来ていないというのに。過去もすでに終わったものだ。実際美鈴がいるのは、今だけなのだ」
「そうか。私、今にしかいられないってことなのね」
「そうだ」
琥珀はそう言うとお茶をすすり、
「おや?阿吽はいつの間にか消えていたな。さて、また山吹がさぼっていないかどうか見てくるか」
と立ち上がった。
「山吹は休憩する時間あるの?一緒にお茶を飲みに来たら良かったのに」
「はははは!神使の見習いをここに呼んで、茶を出すと言うのか」
「え?笑うような事だった?」
「ああ。そんなことはそうそう考えられない。狛犬たちですら、ここで茶をすすろうとなんかしないだろう。恐れ多いと言ってな」
「そうなの?いいじゃない。家族でしょ?神使だって、家族なんだよね?」
「そうだな。だが、見習い期間はそんなに甘やかすな。それに、休憩時間もちゃんとあるだろうから安心しろ。夜もしっかりと社の裏の部屋で休んでいる」
「あの真っ暗な何もない部屋で?」
「真っ暗な方が安心するのだ。人間とは違うんだ」
「ふうん。じゃあ、いいけど…。そう言えばあーちゃんとうんちゃんはどこで寝ているの?」
「あいつらは寝ていない。俺と同じで眠らないでも平気なのだ。山吹もそのうち、霊力が高くなれば眠ることもしなくなるだろう」
「寝ないで何をしているの?暇じゃない?」
「ははは。面白いことを言うな」
また笑われた。
「夜も境内を狛犬たちは護っている」
「ずっと働いているの?休める時はあるの?」
「休めると言うより、遊んでいることがある。美鈴も見ただろう?よく境内をあの2匹は追いかけっこしたりしているし、精霊たちとも楽しくやっている」
「へえ」
「美鈴が子どもの頃は遊んでやっていたぞ?」
「追いかけっこをした記憶は蘇ったよ」
「そうか。だが、この年で追いかけっこはやめておけよ?」
「もう~~。そんなことしないってば。そんな体力もないし」
「はははは。まだ18のくせに、何を言っているのか」
琥珀は私を子ども扱いしてみたり、もうそんな年なのだからと子どもじゃないと言ってみたり、勝手なんだから。
山吹のことを見に行くと、手水を奇麗に掃除していた。龍の口から水が出るようになっているが、それも磨いている。
マジマジとその龍を見た。琥珀が龍になった時よりも顔が怖い。琥珀は奇麗だった。本当に美しかった。日の光に照らされて、体が金色に光ったり、銀色に光ったり、とてもまぶしかった。
「どうしてこの龍は怖い顔をしているのかしら」
「人間の中の龍は、こんなイメージなのだろう」
「怖いってこと?」
「ああ。だから、龍神の怒りをかうとか、罰が当たるなどと言うのだ。そんなことをするわけがないんだがな」
「琥珀だって、修司さんに龍神の嫁に手を出すと怒りをかうぞ、なんて言っていたじゃない」
「そうだな。言っていたな。まあ、本気で手を出そうとしたら、龍神の加護で美鈴を護るようになるからな。何かしら、災いが起きるかもしれん」
「私とデートしようとしていた男子が、事故にあったり、熱出したみたいに?」
「そうだ」
でも、実際に災難にあっているわけだからなあ。
「あれって、やっぱり罰が当たったってこと?龍神の怒りをかったってことになるんじゃないの?」
「怒りというより、美鈴を護るための力が発動しただけだ。それを人間が罰が当たったとか、怒りをかったと言っているだけに過ぎない」
どう違うんだか?
「別に俺はそういった人間を怒ったわけではない。ただ、美鈴を護っただけのことだ。だいいち、命までは奪ったことはないぞ」
「そりゃ、そうだよ。そうなったら怖いよ」
「逆に命を救おうとするほうだからな。まあ、親父は力足らずで、ハルのことを護り切れなかったがな」
あ、そうだよね。でも、そのあとは護ることできなかったのかな。
「ねえ、逃げたハルさんのことを怒っていなかったら、なんでハルさんを護ってあげなかったのかって」
「前にも言ったが、親父はハルと結婚をしなかったことで、力が半減したままだった。稲妻をこの地に落とすことだけはできたが、狐火で山火事になったのを防ぐことも出来なかった。火を消すことすら、時間がかかってしまったからな」
「あ、そうか。龍神の力が100パーじゃなかったんだっけ」
「そうだ。その後も山の自然を復活されることに親父は力を注いだ。動物たちも他の山に逃げたが、住む場を失ったものたちもいた。親父もきっとハルのことは気になっていたとは思うが、それどころじゃなかったのだ」
「そうか。もし、龍神の力が100パーだったら?」
「まず、山火事にならないよう防ぐことなど簡単にできた。離れていたとしても、ハルを何とか妖から護ることも出来たかもしれん」
「じゃあ、どうして千代さんと結婚して、力が100パーになってからハルさんを助けなかったの?」
「ハルはもうその頃、この世にはいない」
「じゃあ、ハルさんの子どもや、孫は?」
「そうだな。だが、千代の子孫が山守神社に来た時には、お守りに親父は力を入れたり、清、つまり美鈴のじいさんが祈祷をした時も、親父は力を与えた」
「でも…。でもさあ、ずっと彩音ちゃんは怖い思いをしてきたんだよ。それを護ってあげられなかったの?山守神社に来た時だけ力をあげたりするだけじゃなくって、遠くにいても護ってあげればいいじゃない?」
「ははは。今頃親父が聞いていて、アタフタしていそうだな」
うわ!そうか。聞かれているのか。
「ごめんなさい。どうしよう。怒ったかな」
「怒りはしない。ただ、焦っているかもなあ。だが、もう親父の任期は終わった。今は俺がしなくてはならない。美鈴と祝言を挙げたら、彩音のことも、今後の笹木家のことも護ると約束しよう」
「本当に?」
琥珀の顔を見たら、とても穏やかな顔をしている。これは本気で言っているんだよね。
「本当にも何も、護っていくのは美鈴も一緒にすることになる。美鈴はその気なんだろう?」
「もちろんだよ」
彩音ちゃんのことだけが、気になっているんだもん。なんとかしたいもの。
「ふむ。今から何かいい策を練ろう」
「策?何それ」
策なんて必要なわけ?
「彩音の住んでいる場所は俺の管轄外だ。そこにいる神が本来なら妖から護らねばならないのだ」
「そうなんだ。でも、全然護ってあげている感じしないよね」
それだけ力が弱いってことなわけかな。今の琥珀みたいに力が半減している半人前とか?
「そうだな。護っていなかったとなると、その土地神に問わなければならないな。その辺は親父に調べてもらうとするか」
「そんなこと可能なの?」
「ああ。親父は今までここら山一帯を護ってきていたが、俺に代替わりしてから、もっと広範囲を護るようになったのだ。直接どこかを護ると言うより、その土地神を取り仕切るといった仕事だ」
「なるほど。会社で言えば、琥珀が課長で、お父さんが部長。課長の働きをちゃんと見ているってことか」
「会社に例えるのが好きだな、美鈴は。俺は人間社会の会社に詳しいわけではないが、まあ、そんなようなことだ」
「ふうん」
「社に行って早速親父と話をしてくる。美鈴も来るか?」
「う、うん。私も行っていいの?」
「もちろんだ」
私と琥珀は、お社に向かった。




