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第56話 琥珀の本当の姿

 その日の夜は、明日のことを考えるとドキドキして眠れなかった。まさか、琥珀のお嫁さんになれるなんて!と喜んでいたけれど、展開が早くて追い付かない。


 ほら、普通は告白して両想いになって、デートをして何回目かのデートで手をつないで、キスをしてっていう展開じゃない?それがいきなりキス。それもあんなキス!


 お風呂にも水の精霊がいて、なかなか消えてくれなくって裸を見られているみたいで恥ずかしかったけれど、今も部屋にキラキラと光の精霊が遊びに来ていて、それも気になっちゃって眠れない。これも、毎日見ていたら慣れるのかな。子どもの頃は精霊たちもお友達だったんだよなあ。


「おやすみ、精霊さん」

 そう声をかけると、すうっと精霊たちは消えていった。あ、なるほど。ちゃんと消えてくれるのね。


 翌朝、目が覚めると目の前に琥珀の顔があった。

「うわ!」

 びっくりして飛び起きた。

「目覚めがいいなあ、美鈴は」

「ななな、なんでここにいるの?どうして横に寝ているのよ?!」


「美鈴の寝顔を見ていた」

「はあ?」

「寝ている間に接吻をしてもよかったんだが、美鈴の意志を尊重してそれはやめておいた」

「当たり前じゃない。寝ている隙にだなんて!」

 いや、待てよ。寝ている隙にしてもらったほうが覚悟もしないでいいし、ドキドキもしないでいいかな?


 でも、ちょっとそれは寂しいような気も…。って、なんなんだ、私は。それより寝顔見られた。よだれとか垂れていない?私。慌てて口の周りを拭いたりして、

「寝顔酷いかもしれないし、いびきとかかいているかもしれないし、寝ている時に勝手に入ってこないでよ」

と琥珀に文句を言った。


「どうしてだ?寝顔は可愛かったぞ?」

 ひゃ~~~~~!琥珀、最近言う事が照れるようなことばかり!

「とにかく!私もお年頃なの。いろいろと気になる年なの」

「?」 

 琥珀が首をかしげている。


「祝言を挙げたら、ずっと一緒にいることになるのに、何が気になると言うのだ?よくわからんな」

「わかんないならいい。乙女心を分かれっていうのに無理があったのよね」

「乙女?誰がだ?」

「だから!もういいです!着替えるから出てって」


「何を言っている?朝の接吻をしに来たんだぞ?」

「それも、ちゃんと顔洗って歯を磨いてから!」

 私はなんとか琥珀を追い出した。朝の接吻をしに来たとか平然と真顔で言わないでよ。こっちはドキドキもんなのに。


 着替えをして一階に降り、洗面所で顔を洗い歯を磨き、それから居間に向かおうとした。でも、グイっと腕を掴まれた。

「わ、琥珀!」

 びっくりした。すぐ後ろにいたのを気づかなかった。


 すると、いきなりあごを持ち、キスをしてきた。

 うわ!こんな廊下でキスなんてしているところを誰かに見られでもしたら!

 それも、また琥珀の舌が!


 それも、キスが長い!!!!

 うわ~~~~~~~~~。頭がぼ~~っとするよ。


 琥珀がようやく離してくれた。力が抜けて今にもへなへなと座りそうになったが、居間からお母さんの、

「美鈴、早くにご飯食べて!」

という声が聞こえ、私は慌てて返事をして居間にすっとんでいった。


 そして座布団に座ってから、すぐに来たことを後悔した。私、今、真っ赤だよね。

「どうした?美鈴。熱があるのかい?真っ赤だぞ」

 ひゃあ。お父さんに気づかれた!


「ななな、なんでもないの。ほら、今日暑いじゃない?こんな日にほんと、巫女の衣装は暑いんだよねえ」

 誤魔化せたかな?

「確かにな。夏は着物も袴も辛いよな」

 そう悠人お兄さんが言ってくれて、なんとか誤魔化せたみたいだ。


 隣にいつの間にか琥珀も座っていた。ああ、琥珀の顔が見れない。ドキドキしちゃって、ご飯も喉を通らない。でも、お味噌汁とかお茶で何とか流し込み、

「ご馳走さま」

と早々に居間を出た。


 ああ、やばい。まだドキドキしてる。それに、昨日よりも霊力が上がったのか、周りにいる精霊の声まで聞こえてくる。

「美鈴、顔が真っ赤。どうしたの?」

と、精霊たちにまで聞かれるとは…。


「これは、なんでもないの」

「美鈴、私たちの声、聞こえるの?」

「聞こえるよ」

「嬉しい!」

 ああ、色んな精霊たちが寄ってきた。そして私の周りを飛び回っている。ちょっとまぶしすぎるし、みんながみんな話しかけてくるからうるさいかも。


「すごいことになっているな」

 琥珀が後ろから声をかけてきた。

「琥珀…。うん、精霊たちの声が聞こえるって言ったら、どんどん集まってきちゃって」

「ほら。みんな、美鈴が困っているぞ」

「は~~~い」

 琥珀の一言で、みんながすうっと消えていった。琥珀の言う事は素直に聞くんだね。


「昨日は、精霊の声は聞こえなかったの」

「霊力が昨日よりも高いはずだ。何しろ接吻も長くしたしな」

「う…。あんな廊下でこれからはしないで。誰かに見られたら困るよ」

「もうみんな和室にいた。誰も来るものはいなかった」

「そうかもしれないけど。でも、わかんないじゃん。誰かがトイレに来る可能性だってあったわけだし」


「だから、朝、部屋に行ったのだ。部屋でなら誰にも見られないだろう?」

「でも、ちゃんと歯を磨いてからのほうがいい」

「俺なら気にしない」

「私が気にするの!」


「まったく。あれこれ、注文が多いな」

「だから、これが乙女心っていうものなの!」

「……そうだな。じゃあ、これからは、時間を止めて接吻をするか。誰にも邪魔はされないぞ」

「ひえ~~~、何よ、それ」

 でも、そうすれば誰にも気づかれず、見られることもないってことか。


「そうか。じゃあ、これからはそうして」

「わかった」

 琥珀が嬉しそうに頷いた。なんだって、嬉しそうなんだろう。最近、私の前で嬉しそうに笑っていることが多くなったような…。あんまりクールな時がないかもしれない。こっちが本当の琥珀?


「おはようございます!琥珀様、美鈴様!」

 玄関を出ると、すぐに狛犬たちがやってきた。すんごい元気だ。

「おはよう、あーちゃん、うんちゃん」

 うんちゃんは何も言わず、ただ嬉しそうに尻尾をふっている。可愛いなあ。


 2匹の頭を撫でた。ああ、もふもふだ。癒される!

 

 木々には木の精霊がいた。緑色の精霊だ。木の枝から枝へと飛び回っている。

 そこに風の精霊がやってきた。光の精霊もいる。キラキラしていて奇麗だ。


 今までもいたんだろうな。見えなかっただけで。

「琥珀。今までもこうやって、いろんな精霊たちが私の周りにいたんだよね?」

と隣を向いた。でも、琥珀はそこにいなかった。さっきまでいたのに。


「あれ?どこにいるの?琥珀?」

 キョロキョロとすると、

「上でございます。美鈴様」

とあーちゃんが教えてくれた。


「上?なんで上?」

 空を見上げてみた。すると、そこに大きな龍が空中に浮かんでいた。

「あれがまさか、琥珀?!」

 金色に輝く大きな龍だ。す~~っとそのまま空に円を描くように飛んでいる。ああ、確かに飛ぶっていうより、舞っている感じだ。


 私はその大きさにも、太陽の光を受けて輝く鱗にも圧倒され、ポカンと口を開けてしばらく眺めていた。

 大きい。私のそばに子どもの頃いてくれた琥珀はもっと小さかった。でも、大空を舞うように飛んでいる琥珀はとっても大きい。


 琥珀はどんどん空高くまで登っていくと、そのままさらに大きく弧を描きながら、空を自由に飛び回っている。すごく気持ちよさそうで、羨ましくなった。ああ、あの背中に乗って私も飛んでみたい。


 あれが本当の琥珀の姿なのね。奇麗でかっこよくて、神々しい。ああ、神だもんね。神々しいのは当然だよね。

 琥珀は龍神なんだ。改めて思い知らされた気がする。


 ふっと琥珀が空から消えた。あれ?とまたキョロキョロとしていると、

「美鈴」

と後ろから琥珀の声がした。


「琥珀、いつの間に戻ったの?」

「今だ。龍の俺が見たかったと言っていたがどうだった?」

「カッコよかったし、奇麗だった。あんなに大きくなれるのね」

「もっと大きくもなれる。いくらでも大きさは自由に変えられる」


「すごい。空を自由に飛べて羨ましい。気持ちよさそうだった」

「ああ、気持ちいいぞ。向こうの世界に行ったら、背中に乗せてやろう。嫁だけは乗せてやれる」

「そうなの?嫁の特権?」

「心が通じ合っているから、背中から落ちるようなことがないんだ。ある意味一心同体だからな」

「そ、そうなんだ」


 それもそれで、ちょっと意味深で恥ずかしい言葉の響きがあるなあ。


「もしかして、今までも龍の姿になって飛んでいたことある?」

「何回もある。美鈴が見えていなかっただけだ」

「…そうなんだ。どこにいるのかわからなかった時、もしかして空にいたのかもね」

「そうだな」


 私はまだ興奮していた。あまりにも奇麗で、神々しい琥珀の龍の姿に。惚れ惚れした。あんなに美しいんだ、琥珀って。

 そんな龍神のお嫁さんになれるの?なんて光栄なことなんだろう。私なんかでいいのかって気にもなってきた。私なんて、平々凡々で何の取り柄もないちんちくりんなのに。


 隣にいる琥珀を見た。人間の姿でいても奇麗だ。端正な顔立ち、凛とした立ち姿。こうやって見ると琥珀は、人間じゃないことも頷けるくらい奇麗だ。


「どうした?」

「ううん」

 なんだか、琥珀のお嫁さんになるのに気が引ける。恐れ多いっていう気になってきちゃった。


 

 午前中、また雨が降り出してきて参拝客が2~3人来ただけだった。きっと午後も少ないだろうと、バイトの八乙女さんに社務所の番を頼んで、昼食後琥珀と修司さんのもとに行くことにした。


 それにしても、社務所にはさすがに精霊たちは入ってこなかったけれど、境内を移動しているとやってくる。あーちゃんとうんちゃんも足元を走り回っているし、この境内は静かだと思っていたけれど案外にぎやかだったのね。


 雨が降ってくるたび、雨の精霊たちまでが空から降ってくる。きゃっきゃと踊りながら降ってくるからとってもにぎやかだ。


「いつもこんなににぎやかなの?琥珀はいつもこれを見ていたの?」

「いいや、いつもは静かだ。美鈴が精霊たちと話ができるようになったから、みんな喜んで飛び回っているだけだ。狛犬もこんなにいつもは、はしゃいでいない」

 そう琥珀が言うと、

「ごめんなさい、美鈴様。はしゃぎ過ぎました」

とあーちゃんが謝ってきた。その隣でうんちゃんもシュンとしている。


「いいの、いいの。ちょっとびっくりしただけ。あとで遊ぼうね。でも、外は雨が降っているし、どうしようかな。家の中には入ってこれないよね?」

「入れるぞ。境内の中ならどこでも自由に動ける」

「そうなんだ。じゃあ、部屋に来てよ」

 そう言うと、2匹は喜んで雨の中を走り回った。なんて元気なのかしら…。


 家に上がり、琥珀とさっさとお昼を済ませ、修司さんの部屋に向かった。襖を開けると、驚いたことに修司さんの周りにも精霊たちが集まっていた。私が来たから?

「この精霊たちは、ずっと修司を見守っている」

「そうなんだ」


「精霊たちによって邪気からも守られている。また他の妖に憑りつかれても困るからな。まあ、俺の結界が張ってあるからそうそう妖も入れないがな」

「精霊さん、ありがとうね」

 そう声をかけると、みんなが嬉しそうに飛び回った。


「ああ、そんなに飛び回るな。俺と美鈴が来たからここはもういいぞ。あとでまた、修司を守りに来てくれ」

「は~~い」

 また精霊たちは琥珀の言葉に元気に返事をして、どこかにすうっと消えていった。


「いい子たちだね、精霊たちは」

「そうだな。ひねくれた精霊は見たことないな。ははは」

 琥珀、機嫌がいいなあ。


「さあ、美鈴。一緒に修司に気を与えるぞ。何も考えるな。無になって手をかざせ」

「え?うん」

 そうか。こういう時も無になるのね。

「無になり、宇宙と一体になる。神楽を舞っている時のように。わかったな?」

「うん」


 琥珀と一緒に修司さんの胸の辺りに手をかざした。琥珀は何やら唱えている。すると琥珀と私の手から、どんどん白い光が出て修司さんの胸の辺りを包み込み、その光が広がっていき、修司さんの体自体を包み込んだ。


 まぶしいくらいの光で私は目を閉じた。目を閉じると、なぜか宇宙が見えた。宇宙に私と琥珀と修司さんが浮かんでいるような錯覚に陥った。


 どのくらいの時間が経っただろう。琥珀が静かに、

「もういいぞ」

と声をかけ、私は目を開けた。


「あ、修司さんの顔色がよくなってる。それに、やつれた感じもしていない」

「ああ。この分なら数日の間に目を覚ますかもしれないな」

「今朝のキスで、そんなに私や琥珀の霊力が上がったの?」

「そういうことだ」


 そうなんだ。じゃあ、修司さんはこれで大丈夫だよね?



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