第55話 修司さんのために霊力を上げる
夕飯を食べている最中も、隣に琥珀がいるだけで嬉しかった。琥珀はみんなの前では前みたいにクールな顔つきになっている。私も極力平静を保ったつもりだったが、
「美鈴、顔が赤いけど、熱でもあるの?」
と、お母さんに指摘された。
「え?なんでもないよ。今日、ちょっと蒸し暑いじゃない?」
「そう?雨のおかげで過ごしやすいじゃない?梅雨はいつ開けてくれるのかしらね。お盆祭の前に開けてくれるかしら」
そうだった。お盆祭も神楽を舞うんだったなあ。また、彩音ちゃんが来る。
「お祭りかあ。その頃には修司君も目を覚ましているかねえ」
おじいちゃんがちょっと暢気にそう言うと、
「何を言ってるんですか、お義父さん、もっと早くに目を覚ましてもらわないと困ります。今日も様子を見てきたら、顔がやつれてきていましたよ。何も食べていないし、体力も落ちちゃうわ」
とお母さんがまくしたてた。
「だったら、美鈴が龍神と祝言を挙げるのが一番じゃないのか」
ブーッ!
「あつ、あっつい!」
味噌汁をすすった時にひいおばあちゃんがとんでもないことを言うから、吹き出したよ!
「嫌だ、美鈴汚いわねえ」
「やけどしなかったか?」
お母さんと琥珀が同時に言った。ああ、琥珀は優しい。
「これで、拭きなさい、美鈴ちゃん」
おばあちゃんがお手拭きを持ってきてくれた。
「ありがとう」
琥珀も心配そうに私の顔を見ている。
「大丈夫だよ、琥珀。やけどはしていないから」
「ひいおばあちゃん、美鈴にせっつくのはやめてくれないか」
私と琥珀のやりとりと見てから、悠人お兄さんがそう言いだした。
「じゃが、そうでもしない限り、修司は目を覚まさんのだろう?」
「何か他に方法があるかもしれない」
悠人お兄さんがそう答えると、ひいおばあちゃんは首を横に振り、
「悠人はそればかりじゃな。他に方法などない」
と静かに答えた。
「あ、あるかもよ?例えば、私は今霊力が抑えられているんだけど、それをちょっと解放できたらとか。琥珀にだって、私の霊力を分けて、琥珀の気の力を上げることだってできるかもしれないじゃない?ね?琥珀」
私は必死にそう琥珀に聞いてみた。それをするには接吻、じゃなくって、キスをしなくちゃならないけど、祝言を挙げるよりはハードルが高くない。
「そうだな。試してみる価値はあるな」
「ほら!ひいおばあちゃん、何も私が龍神と祝言を挙げなくても、なんとかなるかもしれないんだよ」
そうひいおばあちゃんにも訴えた。でも、
「いずれは祝言を挙げることになるのだ。覚悟は必要だからな?美鈴」
と横から琥珀に言われてしまった。
ギャフンって感じだ。
「まだ、あの妖狐のことも問題が残っておる。どうするつもりだ?琥珀」
「ああ。あの狐なら、すっかり邪気を浄化した。今後は龍神の神使として修業をさせる」
「なんと?神使になどなれるわけがないだろう。あれは野狐じゃぞ」
ひいおばあちゃんが琥珀の言葉に、目をまん丸くしている。
「大丈夫だ。あの狐がそれを望んだ。修業は何年かかるかわからぬがな」
「狐の妖怪なんだろ?まさか、この神社に一緒に住ませるわけじゃないだろうな」
悠人お兄さんが険しい顔になった。お母さんもお父さんですら、顔をこわばらせている。
「大丈夫だ。まあ、霊力が強くなければあの姿を見ることも出来ないがな」
「琥珀は見えるんじゃな?」
「もちろんだ」
ひいおばあちゃんの言葉にすぐに琥珀は答えたが、
「俺を呼び捨てにするな」
と、そのあとにひいおばあちゃんを睨んだ。
「よくあの妖を、龍神の神使にしようなどと考えたもんだ。ひゃっひゃっひゃ」
「お母さん、笑い事じゃないですよ。また他の誰かに憑りついたりでもしたら」
「大丈夫だ。そんな妖力はあの狐に残っていない」
おじいちゃんにすかさず琥珀は言った。
「安心して。琥珀がこう言っているんだもん」
「ずいぶんと美鈴は琥珀君のことを信頼しているんだね?」
悠人お兄さんの言葉に、思わず動揺してしまった。ここで実は琥珀が龍神なんだと言った方がいい?でも…。
「まあ、僕自身も琥珀君のことは前から頼りにしてはいるけどね」
なんだ。悠人お兄さん、琥珀のことを疑ったわけじゃないのか。
「ご飯も終わったし、私お風呂入っちゃおっかな。ご馳走さまでした」
とっとと私はその場から去った。琥珀も私の後に続いて居間を出てきた。
「美鈴」
「え?」
呼び止められ振り返ると、琥珀は真剣な顔をしていた。
「明日、修司に気を分けることを試みる。美鈴の霊力を今日よりも解放させるぞ」
「う、うん。わかってるよ…」
朝、またキスをするんだよね。
「そんなに恐れるな」
「恐れていないよ。ちょっと、緊張しているって言うか、恥ずかしいって言うか、私にとっては初めてのことで、何しろ彼氏できたことないし、未経験なことばかりだし」
うわ。私ったら何言ってるんだろ。こんなこと言ったって琥珀に通じるわけもないのに。
「そうか」
琥珀は優しく私の頭を撫でた。あれ?なんでこんなに優しいの?これだけでもドキドキしちゃうよ。
琥珀と一緒に2階に上がった。
「じゃあ、私はお風呂に入ってくる」
「ああ。風呂にも精霊がいるかもしれん。驚くなよ」
「お風呂にも?」
「水の精霊が遊んでいるかもしれん。まあ、悪さはしないから安心しろ」
「わかった」
霊力が戻ったら、いろんな精霊や妖が見えるんだ。嬉しいような怖いような変な感じだ。




