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第54話 霊力が一時戻った

 琥珀とお社を出た。そして、小雨の降る中を歩いていると、白い毛のぽわぽわしている犬が2匹、琥珀と私の足の周りをくるくると嬉しそうに跳ね回った。


「明日から妖狐が神使の修業をすることになった。厳しく教えてやってくれよな?」

 琥珀がその2匹に声をかけた。

「お任せを」

「お任せください、琥珀様」

 ほぼ2匹が同時にそう答えた。


「犬が喋った!」

 私が驚くと、

「犬ではない。狛犬だ。そうか、美鈴も見えるか」

と琥珀が教えてくれた。


「狛犬?!あ、もしかして、子どもの頃一緒に遊んだ、あーちゃんとうんちゃんじゃない?」

「思い出してくれたんですね、美鈴様~~~」

 あーちゃんがワンワンと嬉しそうに私に飛びついてきた。うんちゃんは嬉しそうに私の前に座り尻尾を振っている。


「おしゃべりで元気なあーちゃんと、物静かで甘えん坊のうんちゃんだよね」

 2匹は嬉しそうにワンワン吠えた。

「美鈴は一時だけ、龍神の力で霊力が増している。まあ、俺の嫁になれば、いつでもお前たちとまた話せるようになる。もう少しの辛抱だ」


「もう少しの辛抱?どういうこと?琥珀」

「子どもの頃は遊んでもらっていたのに、龍神の加護を受けてから一切遊んでもらえなくなったと、悲しがっていたんだ。いつも美鈴の後を追って、美鈴を護っていたのにな?」

「そうだったの?護ってくれていたの?」


「俺の力が100パーセントじゃないから、こいつらの力も弱まっている。護ると言っても、小さな邪気や、悪霊から護っていただけで、山吹が力をつけてきてからは、こいつらの力ではどうにもならなかった。だが、お前に何かあった時は一目散に俺に知らせに来ていたんだ」

「そうだったんだね。ありがとうね、あーちゃん、うんちゃん」


 狛犬の口を開いているのが阿、閉じているのが吽。そうお父さんが教えてくれた。ひらがなの「あ」から「ん」を表わしていて、始まりから終わりまで、宇宙そのものなんだぞって、そんなことも聞いたことがある。


 この2匹に会って、いつも喋っているのが阿の狛犬だから、あーちゃん、無口でいつも口が閉じているのが吽の狛犬だから、うんちゃん。そう名付けたんだよね。


 なんとなく白いモフモフした犬みたいなのと遊んでいた記憶だけは、どこかにあったんだけど、それが狛犬だったのか。銅像だと固そうだけど…。それもそうか。銅像は石だもんね。


「美鈴様、何か用事がある時は申し付け下さい。それから、遊びたい時にも呼んで下さい」

「もう、美鈴は小さな子どもじゃないから、そうそう遊べないとは思うけどな?」

「そんなことないよ。あーちゃん、また一緒にかけっこしたりして遊ぼうね」

「美鈴様、僕も一緒に遊びたい」

「もちろんだよ、うんちゃん」


「やれやれ。本気で遊びそうだな、美鈴は。だが、今だけ霊力が少し戻っているが、加護の効力でまた狛犬は見えないし、声も聞こえなくなるんだぞ」

「え~~?そんなの嫌だよ。なんとかずっと霊力が戻ったままにならない?いつでもあーちゃんとうんちゃんと遊びたいもん」

「だから、嫁になったらいつでもと言っただろ?少しの辛抱だとも言ったよな?」


「私に言ったの?」

「いいや、狛犬に言ったが、美鈴にも必要な言葉だったようだな」

「……寂しい。せっかくまた話せるようになったのに」

「毎日接吻すれば、霊力をこのまま保てるぞ。そうするか?美鈴」

 毎日接吻?うわきゃ~~~~。


 顔が真っ赤に火照った。すると琥珀はそれを見て、にやついている。

「今のもからかったの?」

「いいや。からかったわけではない。まあ、美鈴にどうするかは任せる。毎日霊力をこのまま保っていたいなら、毎朝俺に接吻することだ」


「私から?無理だよ。琥珀からしてよ」

「そうか。してもいいのか、わかった」

「え?ちょっと待って。接吻って、さっきみたいなやつ?」

「いいや。あのくらいではすぐに霊力は弱まる。もうしばらくすると、狛犬は見えなくなるだろうな。もっと濃厚なのをしないと」


「濃厚?!」

 何それ。ちょっと想像つかない。

「だ、ダメだ。琥珀…。悪いけど、いきなりそういうのは無理そう。ごめんね、あーちゃん、うんちゃん。でも、なんとか5分でも会えるようにしてみるから。ね?」

 2匹は少し寂しそうだったが、

「わかりました。美鈴様」

と頷いてくれた。


 なんだか大変なことになっていく予感もする。私、今更だけど、祝言を挙げる覚悟なんてできるかな。そんなことを思いつつ琥珀を見ると、琥珀はなぜか嬉しそうににこにこしていた。なんで?

「琥珀、どうしてそんなに嬉しそうなの?」

「どうして聞くのだ。俺はいつでも美鈴といると嬉しい」

 ドキ。なんなの?いきなりそんな嬉しいこと言ってくれちゃって。


「だけど、今まではムスッとしていたじゃない」

「にやけた顔を見せて、嫌われたくはなかったからな?」

「今はにやけた顔を見せてもいいってことなわけ?」

「はははは。仕方あるまい。どうしても顔がにやけるのだ。美鈴が可愛いからな」

「ちょっとやめて。そういうの慣れていないし、恥ずかしいし」


「真っ赤だな、美鈴」

「顔もじろじろ見ないで!」 

 そっぽ向くと、横で琥珀がくすくすと笑っているのだけ聞こえてきた。もしかして、これもからかっているの?私を今まではわざと怒らせていたけど、今度は私が照れる様子を見たいとか?


 家に着き、私はまだ顔のほてりが収まらず、居間に行くことができなかった。

「少し部屋で休む」

 そう琥珀に言うと、琥珀も一緒に2階に上がってきた。


「なあに?琥珀」

「しばらくは、変なものが見えるかもしれん」

「変なものって?」

「精霊などだ」

「な、なんだ、びっくりした。お化けとかかと思った」


「ああ、そういうのも見えやすくなっている」

「うそ!まさか、この家にいる?」

「いない」

「なんだ~~~。脅かさないでよ」

 そう言いながらも、私はそっと自分の部屋の襖を開けた。きらきらと光る何かが飛び回っていたが、すうっとどこかに消えてしまった。


「今のは何?」

「光の精霊たちだ」

「そうか~~。良かった、変な妖怪とかがいなくって」

「俺がいるからな。力の低い霊や妖など結界の中に入れるわけがない」


 琥珀までが私の部屋に一緒に入ってきて、なぜか胡坐をかいて座り込んだ。私もその隣に座ってみた。正直なところ、まだ琥珀と一緒に居られるのは嬉しい。そうだ。色々と聞きたいことがあったから聞いてみようかな。


「ね、琥珀。この神社に入れた山吹は、相当強い妖ってことなんだよね?」

「そうだな」

「山吹はあのまま、あの真っ暗なところに閉じ込めておくの?」

「そうだ。あそこは龍神の力が宿っているから、悪しきエネルギーも寄ってこないし、山吹の中の闇も浄化できる」


「山吹の闇?」

「ああ。さっき人間や龍神に対しての怒りや憎しみが出たであろう?」

「うん。琥珀がおさまれって言って、すぐにおさまってたけど」

「まあ、あの時は俺の力で封じたが、放っておいても龍神の力で封じ込められる…。いや、山吹の怒りや憎しみ、悲しみをハルの魂と美鈴がちゃんと浄化してくれたから、もう大丈夫だとは思うんだがな」


「浄化できたの?」

「ああ。山吹の中に巣くっていた闇が消えたからなあ」

「そういうのが見えるんだね?」

「見える。俺の力では無理だった。それが出来るのは天女の力、愛の力なんだ」


「うん。私、ハルさんの山吹に対しての愛を感じたよ。すごく優しくって、あったかくって、でも心が痛くなるくらいの思いだったよ」

「そうか」

 琥珀は優しい目で私を見た。


「ねえ、あの部屋はいったいなんだったの?前から施錠したままになっていて、入ってはいけないと言われていたの」

「あそこは、山吹のような力の強い妖を捕まえて、その妖の闇を浄化させる場だ」

「山吹みたいに?」


「そうだ。だが妖と言っても色々といる。力の強いもの、弱いもの、闇に染まってしまったもの。闇の力が大きい妖はああやって、龍神の力で抑え、浄化させるのだ。でないと人間に悪影響を与えるからな」

「へえ。妖にでも悪いやつばかりじゃないのね」

「ああ。まったく人間に悪影響を与えないものもいる。中には優しい妖や、人間を好きな妖もいる」

「へえ。会ってみたいなあ」


「人ではないものなら、美鈴の周りにいつでもいる。精霊もこの山に多くいるし、狛犬もいるだろ?」

「うん。さっきの光は、光の精霊って言ったよね?」

「ああ。この山もこの神社も、昔から精霊が宿っている。龍神が浄化し、穢れのない場所だから、精霊たちもここに住みやすいし、ここが好きなんだ」

「へえ」

「精霊は龍神の使いになってくれることもある。美鈴を護るように願えば、護ってくれる。その代わり、龍神も精霊を護っている」


「そういえば、私が彩音ちゃんの家に行く時、精霊が護ってくれるって言ったよね?」

「そうだ。さっきの光の精霊たちも美鈴のそばにいたのだ。護ったり、何か美鈴に悪いことが起きたりした時には俺を呼んだりするのだ」

「そうだったんだ。ありがとうね!」


 そうどこともなく言うと、またキラキラっと光が部屋の中に飛び交い、そしてすうっと消えていった。

「光だったけど、よく見たら人の形してたよ。羽根みたいなのが見えた。絵本に出てくる妖精みたいだった。その羽根が光ってた」

「そうだ。妖精だ」

「そうなんだ~~~!可愛かった!」


「精霊も可愛いと言われ、喜んでいる。美鈴は子どもの頃、よく精霊とも遊んでいた」

「そっか。それ、なんとなくだけど思い出した。キラキラ光る妖精、緑色をした妖精、虹色をした妖精もいたなあ」

 いろいろな色の妖精たちに囲まれて、あーちゃんとうんちゃんもいて、山の動物や鳥たちともお話が出来て、子どもの頃は毎日楽しかったっけ。


「すごい。封印が解けているから?子どもの頃の記憶が蘇ってきた。あ、私一番大好きだったのは龍なの。金色に光っていたけど、光の具合によっては銀色にもなる不思議な龍で、目も金色に光るんだ。だけど、ちっとも怖くなくて優しいんだよねえ」

「それは俺だ」


「………」

 私は隣にいる琥珀を見た。そうだ。この目だ。

「琥珀だったんだ!っていうか、そうじゃん。龍なんだもん。あれは琥珀だったんだ!うわ~~~!思い出したよ。私、龍さんって呼んでいた気がするんだけど」

「龍さんと呼べず、龍たんと呼んでいたな」


「う。それはいいじゃないよ。自分では龍さんって、さん付けしていたつもりだったんだから」

「いいんだ。そこが可愛くて仕方なかったのだ」

「………うわ~~~。なんだか、感激。あの龍さんが琥珀なんだ。私、大好きだったの。境内の隅でみんなに内緒にして会っていたんだよね。なんでみんなに内緒だったかわからないけど、色んなものが見えるのは、私だけなんだってわかっていたんだよね」


「ふ…」

 琥珀は懐かしむようにほほ笑んだ。

「人間の姿で会ったのは4歳の時だけだが、それまでは龍の姿でそばにいた。赤ちゃんの頃からだ。美鈴は何もいないところを見て笑ったり話しかけたりしていた。まあ、俺がそこにはいたんだがな。他の人には俺が見えていなかった。神門家の人間は、それを奇妙とは思わなかったが、美鈴はみんなには見えないものだと察知し、わざわざ人が来ないところに来て俺を呼ぶようになった」


「でも、琥珀が私の力を封じてから、見えなくなっちゃったんだね。見えないだけで、もしかしてずっとそばにいてくれてた?」

「ああ。もちろんだ。ずうっと護っていた」

 じ~~~ん。やばい。泣きそう。だから、琥珀のそばにいて安心できたんだ。子どもの頃も琥珀が一番安心できた。琥珀は龍の姿と言っても、そんなに大きくなかった。全然怖いと感じたともなかった。


「琥珀が龍の姿になったら、今もあの大きさなの?」

「いいや。大きさは自由に変えられる。子どもの美鈴に合わせた大きさにした。空を舞う時はもっと大きくなる」

「空を舞うの?飛ぶんじゃなくて?」


「飛ぶという言い方は、なんとなく違うな。まあ、別に空で踊るわけではないが…」

「私、琥珀の背中に乗って一緒に飛べない?あ、飛ぶんじゃなくって舞えないかな?」

「この世界では無理だ。だが、神の世界ならいくらでも可能だ」

「わあ!ネバーエンディングストーリーみたい!」

「……なんだ?それは」


「映画よ。ま、いいや。とにかく、楽しみが増えた!」

「ははは。本当に美鈴は楽観的だな」

「い、いいじゃないよ。悲観的よりいいでしょ?」

「この前まではウジウジと暗くなっていたようだが」

「それは琥珀と思いが通じ合わないとか、そんなふうに思っていて暗かったの!」


「龍神の加護が戻れば、また子どもの頃の記憶が消えるかもしれんぞ」

「え?嫌だよ。それに、龍の琥珀も見てみたいよ」

「わかった。また明日の朝、接吻をしよう」

 どわ!そういうことだったよね!それはそれで恥ずかしい。でも、琥珀となら本当は嫌じゃないわけだし…。


「う、うん。わかった。なんとか、覚悟を決める」

「そうか。それはいい心がけだ」

 琥珀はまた嬉しそうに笑った。









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