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第53話 ハルさんの思いを知る

 山吹は鎖でつながれているわけでもなければ、足枷があるわけでもない。牢屋に入れられているわけでもないし、ただこの空間にいるだけだ。


「琥珀、私、山吹が見えてるよ」

「そうか。見えるのか。じゃあ、霊力が少し上がったんだな」

 琥珀がそう話していると、琥珀の後ろに山吹が動いたのが見えた。横になっていたのに、起き上がったようだ。


 琥珀も気が付き後ろを振り返った。

「……今、俺を呼んだのか」

 山吹がしゃべった!人間の言葉を言った!

「呼んではいないけど、でも、やっぱりあなたは山吹なのね?」

「どうして俺の名前を知っている?」


「なんだ。俺がいくら山吹と言っても答えもしなかったくせに」

「どうしてその女は俺を知っている?」

「その女って…。お前が喰おうとしていた美鈴だ。龍神の嫁になる娘だ。覚えていないのか」

「美鈴…」


 まさか、妖力がなくなって記憶もなくなっているわけ?

「龍神の嫁…」

 ぼそぼそと山吹は呟くと、また私を見た。


「龍神の嫁だと?千代ではないのか?」

「覚えていないのか。千代は100年も前に、神の世界に行った。俺がその千代と蘇芳の息子の琥珀だ」

「千代が龍神の嫁になったのか?それでお前を産んだのか?」

 山吹から怒りの波動が出たのを感じた。


「山吹、私聞きたいことがあったの」

 私は少しだけ山吹の方に近寄った。だが、琥珀が私の前に立ちはだかり、私を琥珀の後ろに隠した。

「そんなに気を許すな」

「でも…」


「龍神の娘、美鈴と言ったな」

「そうよ」

 琥珀の後ろから顔だけのぞかせ私は答えた。

「あなたは、かつてハルさんと山守神社の境内で遊んでいた狐じゃないの?親や兄弟を殺され、自分も殺されそうになって、ハルさんの腕の中で息絶えた…」


「ハル?!」

 山吹が驚くように聞き返してきた。

「なぜ、ハルを知っている?」

「やっぱり、山吹はハルさんを知っているのね?ハルさんは150年前に山守神社から笹木三郎と逃げて、龍神とは結婚しなかったの」


「そうだ!笹木三郎だ!憎き男だ。俺からハルを奪い去った!人間はいつも俺から大事なものを奪う。家族も、大事なハルも奪い去っていった!にっくき人間どもめ!」

 いきなり、山吹の体が大きくなった。2尾のしっぽも太くなり、目つきも変わった。


「おさまれ!」

 琥珀の声が響いた。途端に山吹の体はまた小さくなった。

「くそ」

 山吹の妖力をすぐに琥珀が抑え込んでいるようだった。


「ハルさんを人間の男に連れ去られて、それでもしかして、人間を憎むようになったの?」

「そうだ。俺からハルを連れ去った。人間どもが憎らしい。龍神も自分の嫁を連れ去られ、怒りで稲妻を落とした。ははは。俺は龍神の怒りのせいにして、狐火で神社も山も焼いてやった」

「え?山火事は山吹のせいだったの?雷が原因だったわけではないの?!」


「親父は怒りで稲妻を落としたのではない。ハルと結婚できなかった親父は、100パーセントの力で山を護っていくことが困難になることを知っていたから、その時の最大の力を使い、稲妻を落とすことで山の自然や生き物に活力を与えたのだ。土地に稲妻が落ちると、その土地は豊かになる。作物が豊かになり、動物も人間も元気になる。そのために親父は稲妻を落とした。ハルに怒ったわけではないのだ」

「じゃあ、逆に山に住む人や動物のために?」


「そうだ。火事になるわけがない。妖のせいだということは親父もわかっていたが、もう稲妻を落とすことだけで力を使い果たしていたから、山火事をなかなか消せなかった。だが、人間も動物たちも親父は命を救った。死んだ者はいなかった。多少ケガをしたものはいたようだがな」

「すべてあなたのせいだったんだ。人はみんな龍神の怒りをかったって、そう思っていたけど、違ったんだ!」

 私は怒りのまま、山吹に向かってそう叫んてしまった。


「はははは。人間とはバカな生き物だ。だが、誰も死ななかったのは残念だな」

 ますます山吹を憎らしく感じた。でも、すぐに私の怒りは収まり、冷静に話をすることができた。

「あなたの家族を人間が殺したのは、私も酷いと思うよ。でも、大好きなハルさんが幸せになることを祈るとか、そういう気持ちにはなれなかったの?お千代さんのことだって、龍神との結婚を祝福するとか」


「俺から大事なものを奪っていくのに?」

「あなたは、自分のことだけなの?」

「それが妖だ。低い波動の妖はそういうものだ、美鈴。説得してもわかるわけがない」

「そんなことないよ、琥珀。だって、妖になったのは、ハルさんの悲しいって言う念も入っているってことでしょ?それはハルさんの優しさなんでしょ?山吹の中にはハルさんの優しさや愛が入っているはずだもん」


「美鈴…」

 琥珀が驚いている。

「う…」

「山吹?」


 山吹がいきなり唸りだした。低い声で長く唸ると、山吹の目から涙があふれ出た。

「山吹?どうしたの?」

 さっきよりもずっと山吹は弱い波動になった。震えながらむせび泣いている山吹。どうしちゃったの?


「ハルは、俺にずっと優しかった。俺は大好きだった」

 山吹は泣きながら話しだした。

「ハルと一緒にいると心が温かくなった。ずっとハルと居たかった。でも、俺は死んでしまった。ハルとの別れが辛かった。ハルも泣いた。別れが悲しくて、孤独で、ハルに会いたくて、気づくと俺はまた境内にいた」

 山吹はその当時を思い出すように遠い目をした。


「ハルに会えた。俺の尻尾は二つに分かれていたが、ハルは気にしなかった。俺が妖だとわかっていたのに、俺との再会を泣いて喜んだ」

「そうだったんだ。妖になってからもハルさんに会っていたのね」

「ハルとこれからもずっとずっと一緒に居られると思った。俺は喜んだ。俺は…」

 また山吹の目から涙が流れた。


「ハルは?ハルは龍神の世界にもいないのだろう?どこに今いるのだ?」

「死んだよ。この世にも向こうの世界にもいない」

 琥珀がとても冷静にそう答えた。

「ハルは…いないのか?」

「ああ。だが、ハルの魂はきっと生まれ変わっている。美鈴の中に。ハルは天女の生まれ変わりだ。だから、天女の生まれ変わりの美鈴の中にもいる」


「そうなのか?千代からもハルの匂いがした。だから、俺は千代も好きだった。だが、龍神が奪って行った。俺は千代を龍神から奪い返す」

「それで、美鈴や彩音を喰らおうとしたんだろう?だが、彩音はハルの子孫だ。ハルの血を受け継いでいる。美鈴はハルの生まれ変わりだ。それなのに、お前は大好きなハルの血を引いたものや生まれ変わりを喰おうとしていたんだぞ?」


「……俺が?」

「覚えていないのか?」

「覚えていない。覚えているのは、人間や龍神が憎いということだけだ。千代を奪い返したいっていう思いだけだ」

「……もう、憎いと言う思念だけで動いていたんだな」


 琥珀が静かにそう言った。私はなぜか泣いていた。なんでなのかわからない。でも、心から溢れてくる思いもあった。それが突然堰を切ったように飛び出してきた。


「山吹」

 私は泣きながら山吹に近づいた。琥珀が止めようとしたが、私はその手を振り払い、琥珀に首を横に振って、また山吹に近づいた。


「ごめんね。ごめんね、山吹。あなただけが気がかりだったの。連れていきたいとも思ったの。それに、山吹に助けてもらおうかとも思ったのよ。だけど、龍神にあなたがやられたら、あなたは妖だから、もしかしたらあなたを消されてしまうかもって…。あなたのことは護りたかった。だから、連れていけなかったし、助けも求められなかった」

「ハルか?」


 そうだ。勝手に話しているけど、これは私じゃない。私の体を勝手に誰かが使っている。これはハルさんの意識だ。ハルさんの声だし、ハルさんの魂だ。


「ごめんね、山吹。悲しい思いをさせて。ごめんね」

 私は山吹を抱きしめていた。泣きながらぎゅうっと抱きしめていた。

「ハルなんだな。この匂いも声も、ハルだ」

「そうよ。私は美鈴の中に生きているの。生まれ変わって、千代の中にも、美鈴の中にも」

「それなのに俺は、美鈴を喰おうとしていたのか?」


「いいのよ。悪いのは全部私。山吹は悪くないの」

 ハルさんはそう言って、ずうっと山吹を抱きしめいる。私の体を使って。

 私はハルさんの悲しみも、山吹に対しての愛も優しさも感じ取っていた。なんて大きな愛。なんて優しい心。あたたかい魂。そして、深い悲しみなのだろうか。


 ハルさんの優しさや愛は、山吹にも届いていた。山吹も泣いた。山吹から怒りは全く消えてなくなった。


 琥珀は少し遠くからその様子を見ていた。そして、私たちに近づくと、

「ハルは大きな愛そのものなんだな」

と私の背中に手を置いた。

「そんなハルを山吹は大好きだったんだな」

 山吹の背中も琥珀は撫でた。琥珀の声は優しかった。


「美鈴を通して俺にも伝わった。山吹、お前の意思次第では、俺の神使になり修業をすることで、いずれ神の世界に連れていくことも出来る。ハルは向こうにいないが、千代はいる。俺のおふくろだ」

「山吹が神使に?」

 私はどうやらハルさんの意識と同時に驚いたようだ。


「そうだ。修業は何年かかるかわからない。100年かもしれないし、それ以上かもしれない。修業を積み、神に、いや、この世界に奉仕することで、九尾を得られたら、祠の向こうに行けるだろう。どうする?お前次第だ」

「俺が神使に?」

「龍神の神使なんて、なりたくないか?お前の憎んでいた相手だからな」


「いや。憎んでいない。もう憎しみはない」

 山吹の言葉に嘘はなかった。目が前とは違う。オーラもまるで違う。ハルさんの涙で、すべて憎しみが浄化されてしまったようだった。


「そうか。それなら、早速明日からでも修業に励め。まあ、今日はゆっくりと休め。修業については明日詳しく話そう」

「じゃあ、いつかお千代さんに会えるのね。良かったね、山吹」

 私はハルさんの魂と共に喜んだ。琥珀に喰いつき殺そうとしたし、私のことも喰らおうとしていた憎らしい妖狐なのに、なぜだかすべて許せてしまっていた。それはもしかすると、ハルさんの仕業かもしれないと思った。


 かくして、琥珀は私と結婚して一人前の龍神になる前に、山吹という神使ができてしまった。



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