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第52話 山吹に会いに行く

 社務所に一瞬の間に着いた。つい一瞬前はドキドキしていたのに、今は不安で心がいっぱいになっている。

「こ、琥珀」

「ん?どうした?」

 私の声があまりにも弱かったからか、琥珀は私の顔を覗き込むように見た。


「琥珀は、私以外にもお嫁さんがいるの?」

「はあ?!」

 あ、すんごい呆れている。

「いるわけがないだろう。美鈴は俺の半身だと何度言えばわかる。そんなにいくつも半身があるわけがない」


「あ、そうか。じゃあ、昔の殿様とかって、正室と側室がいたらしいけど…。正式な奥さんと、他は愛人みたいな」

「愛人?」

「だから、私以外にも愛人というか恋人というか彼女というか…」


「ああ、恋人だとか彼女とかは、よく人間が神社で願っているのを聞いて知っている。つまり、結婚前の男女のことだな」

「そう。みんなの願い事を知っているの?」

「知らないで神が務まるか。願い事は口に出さずとも聞こえてくる。今年こそは恋人ができるようにとか、それも、あれこれ条件を出し、みんな欲張りだ」


「え?!じゃあ、まさか、私の願い事も?」

「聞こえたぞ。自分の好みの男性と結婚できますように。そんな人と近いうちに出会えますように。あれは笑えた」

「なんで笑えるのよ!ひどいよ、人の願い事を笑うなんて」

「笑えるだろう?すでに美鈴は自分の半身である俺と出会っていたのだから。目の前にいるというのにおかしなことを願うものだと笑えたぞ。ははははは」

「……そういうことか。じゃあ、私の願い事は叶っていたということね」


「そうだな」

「他の人の願い事も、全部琥珀が叶えているの?」

「ふむ…。叶うものもあれば、叶わないものもある」

「叶えてあげる人と、あげない人がいるの?ひどいよ、そんなえこひいきして」


「そうではない。神は今目の前の状況だけを見て判断しているわけではないのだ。例えば、今恋人がほしいと願っても、何年か先に出会うほうがより幸せになれる場合もある。出会いの前に必要なことがちゃんと起きるようになっていたりもする。すぐに出会えなくとも、出会うまでの道のりを神は創ってあげるのだ」

「なるほどね」


「大学に受かりますようにという願いも、子どもを授かりますようにという願いもまた、その先にその願いが叶った方が幸せなのかどうか、神はその過程を知っている。大学に進学せず、他の道を選んだ方がその人間らしく生きられることもある。子どもを心から欲しいと願っているのであれば授かることもあるが、周りに言われ、子どもをなんとか作らねばと思っている場合は授かることもできないだろう」


「そんな人いるの?」

「いるぞ。大学だって、親に言われたり世間体を気にして仕方なく受ける者もいる。心の奥底まで時に神は見えてしまうのだ」

「なるほどね。じゃあ、大学進学以外に、その人がしたいことがあったり、大学に行かない道の方が、幸せになれるかもしれないってことなんだ」


「そういうことだ」

「ん?」

 何の話をしていたんだっけ?大事な話をしていたような。

「そうだ!話をそらさないで。私だって本当は聞きたくないけど、向こうに行ってからショックを受けたくないし」

「恋人だの彼女だの、俺にいるかという話ならアホらしい。俺には嫁がいれば十分だ」


「十分?」

「前にも言っただろう?龍神の夫婦は仲がいい。親父もおふくろもだ。一生涯を一緒に過ごす。他の女などいらないのだ」

「…半身だから?」

「そういうことだ。それにしても、なんだってそんなことを思いついたんだか」


「だって、突然あんなキスしてきて、琥珀はもしやタラシなんじゃないかって」

「たらし?みたらし団子みたいなもんか?」

「違うよ!もう~~」

「ふむ。いきなりは無理か。だが、波動がずいぶんと強さを増したようには感じるが」


「なんの?」

「美鈴のだ。自分で感じないか?」

「よくわかんないけど?」

「そうか。まあ一瞬だけだったしな。美鈴が跳ねのけたから」

「さっきのキスのこと?」


「そうだ。俺の体液と美鈴の体液が混ざり合っただろう?もう少し長く、多めに混ざり合わないと美鈴の力にならなかったかもしれんな」

 ぎゃわ~~~~~~!だから、そういう言い方が卑猥なの!それも、長くとか多めにとか!


 そうだった。目的は山吹の声を聞くために、体液を交じり合わせるってことだった。そのために琥珀はキスをしてきたんだ。それなのに、私ったら、琥珀は女ったらしだとか勝手に思い込んじゃった。


 じゃあ、そのためじゃなかったら、キスとかしないってこと?そういう人間の普通の恋人がするようなことは龍神はしないの?もっといちゃいちゃしてみたりとか。


 うわ。今の考えに自分で恥ずかしくなった。顔が熱い。ポカポカする。

 どんどん体もポカポカしてきた。


「ああ、なんだ。やっぱりエネルギーが上がっているようだな」

「私?いや、これは、えっと」

「顔色もいいし、出ている波動も前とは違う。それに、俺も力が湧いている。美鈴の体液をもらったからな」

「その、体液っていう言い方、やめてほしいよ」


「なんでだ?」

「もう!案外琥珀はデリカシーって言うか、女の子の気持ちを知らないでいるよね」

「え?!そうなのか!!!?」

 うわ。琥珀がびっくりしている。

「それは悪かった。気を付ける」

 うわ。素直に謝られた。ちょっと顔もしょげてる!可愛いかも。


「社務所を閉めたら、狐のところに行ってみるか?」

「うん」


 そのあとは、向こうの世界でのお母さんとお父さんの仲の良さについて話を聞いた。

 琥珀のお母さんって、とっても優しくて心が広いみたいだ。そんなお母さんをお父さんは大好きみたいだし、お母さんの話をするときの琥珀も優しい顔をしていて、きっとお母さんが大好きなんだろうなって感じられた。


「お酒を創る神様以外に、どんな神様がいるの?」

「そうだな。天気を操作している神もいる。雪の結晶、氷の結晶、稲光、それらを創っている神もいる」

「へえ…」

「みな、自分の創造するものを慈しみ、楽しんでいる。人間を創り出した神もいる」

「へえ、そうなんだ。あれ?でも、神って呼ばれているけど、本当は宇宙から来たんでしょ?」


「そうだ」

「宇宙から来た神を創ったのは誰なの?」

「ふむ。いい質問だな。もともとは宇宙には何もなかった」

「え?そうなの?」

「もともとはない。そこには大いなる一つの意識しかなかった。そこから生まれ出たのだ。生まれ出たエネルギーがまた、創造をした。その創造の繰り返しだ。神と言われる我らが人間やいろんなものを創り出した。そして人間もまた、いろんなものを創り出しているだろう?」


「うん。大いなる意識しかないとか、ちょっと壮大過ぎて、わかんないけど…」

「人間の美鈴ではなかなか思い出せないかもな。神になれば思い出す」

「……私、本当に神になれるのかな」

「試しにもっと長く接吻するか?少しは思い出すかもしれないぞ?」

「いい!もう!意外と琥珀はスケベだよね?」


「……」

 あ。また琥珀、しょげたかな?黙り込んだけど。

「スケベとはなんだ?」

 なんだ。意味がわからなかったのか。

「いいよ。わかんないなら」

「美鈴はよくわけのわからんことを言うな。まあ、いい。さて、もう5時だ。社務所を閉めて狐に会いに行くぞ」


 琥珀と話している間にあっという間に5時になっていた。琥珀と二人きりでいられたことは幸せだった。もっと二人きりでいたかったなあ。


 お社までは歩いて行った。まだ外は雨が降っていたけれど、さっきよりは小雨になっていた。琥珀と一つの傘で歩いた。ちょっと相合傘ができたことを私はひそかに喜んだ。だが、

「なんだか嬉しそうだな」

と琥珀にバレていた。こういう私のエネルギーがわかっちゃうんだなあ。


 お社は、参拝者にはわからない裏側に入り口がある。そこから琥珀と入り込んだ。裏側には物置のような部屋がある。でももう一つ開かずの間があった。いつも施錠してあり、誰もそのカギを開けることができない。おじいちゃんにも開けられないし、万が一開いたとしても、絶対に入ってはいけないと言われていた。


 ここに入ると出てこられなくなるとか、異空間に繋がっているとか、そんな怖い話をお父さんも言っていたっけ。その扉をいとも簡単に琥珀は開けた。施錠してあったよね?また手も使わずに開けたのかな。


 扉を開くと、中は真っ暗だった。窓もない。何も見えない。琥珀は何も恐れず中に入った。すると壁に明かりが灯った。小さなランプみたいなものが壁に吊る下がっていて、多分琥珀が火を灯したのだろう。これも多分手も使わずに。


 琥珀が手を引いてくれた。明かりが灯っているとは言え、足元はかなり暗い。

「この中にいるの?」

「そうだ」

 中に入ると、やけにその空間は広かった。全体は見えない。でも、お社の裏側がこんなに広い空間になっているとは思えない。まさに異空間だ。


 それに、なんだか不思議な匂いもする。ちょっと獣のような匂い。狐の匂いなのかな。ちょっと怖くて琥珀にぴったりとくっついた。


「なんか、ここの空気違うね。怖いくらいなんだけど」

「怖くはない。ここも社と同じ龍神の力そのものだ」

「じゃあ、琥珀っていう事なわけ?」

「そうだな。俺が力を全開にしたら、こんなもんじゃないがな」


「そうなの?じゃあ、今はわざと抑えているの?」

「わざと抑えているわけではない。半人前なのだ。まあ、人間や美鈴が怖がらないよう、出すエネルギーは調節している。柔らかくしているとでも言えば、わかりやすいか?」

「なるほどね」


 そんな話をしながら前に進んだ。暗闇に目が慣れてきたのか、奥の方が見えてきた。そこには毛むくじゃらの何かがうずまっていた。よくよく見ると狐のようだ。

 ああ、山吹だ。本当に力が弱まっているんだな。琥珀に噛みついた時の妖狐とは別人、いや別狐みたいだ。体までが小さくなっている。


 山吹は少しだけ顔を上げたが、また自分の尾っぽに顔を隠してしまった。ずっとこんな風に、床に横たわり丸まっていたのかしら。


「どうだ?調子は」

 琥珀は山吹に声をかけた。でも、何の反応もない。聞こえているのかどうかすらわからない。だけど、さっきは顔を少しあげたから、気配ぐらいはわかるんだよね。ただ、琥珀の言葉を無視しているだけなのかな。





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