表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/91

第51話 突然のファーストキス

「琥珀」

 社務所内の椅子に座りながら、小さな声で呼んでみた。

「なんだ?」

 琥珀はすぐに隣に姿を現した。


「こんなに小さい声でも聞こえるの?」

「当たり前だ。小声だろうと叫び声だろうと同じように俺の中に響く」

「え?琥珀の中に?」

「そうだ。よく地獄耳だと言っていたが、耳から美鈴の声が聞こえてくるわけではない」


 理解不能だ。テレパシー?でも思っていることは聞こえないんだよね。じっと見つめながら心の中で聞いてみた。琥珀も私の顔を見ているが、

「どうしたというのだ。具合でも悪いのか?」

と聞いてきた。心の中の声までは聞こえないらしい。


「お母さんは買い物に行ったし、八乙女さんも帰っちゃったから、琥珀に手伝ってもらおうかと思って」

「手伝うも何も、参拝客は来そうもないけどな」

「まあね。まだ雨強いし」

「……寂しいと言うなら、ここにいてもいいぞ?」

 なんだか琥珀が意地悪な目をしている。これ、からかっているのかなあ。


「琥珀が寂しいって言うなら、ここにいてもいいよ」

「素直じゃないな。寂しそうな声で呼んだくせに」

「え?寂しそうだった?」

「ああ。寂しいような悲しいような、そんな波動を感じた。弱かったから具合でも悪くなったかと思ったんだが」


「そういうのがわかるんだね」

「何かあったか?」

「お母さんにね、私に黙って勝手に向こうの世界に行ったりしないでねって、そう念を押された」

「当たり前だ。そんな勝手なことは俺はしない」

「うん。琥珀はそんなことしないって、私もお母さんに言ったの」


「そうか」

「ただ、お母さんが寂しそうって言うか…。目が赤かったから、陰で泣いたりしているのかなって」

「……人間は姿が見えないと会えなくなると思っている。いつだって美鈴のエネルギーはこちらの世界に来ることが出来るし、それを感じることも出来るんだがな」

「姿が見えなかったら、会えないのと一緒じゃない?」


「死んだ人間の存在を感じることはないか?ふとした瞬間にでも」

「そういえば、ひいおじいちゃんが死んだあとに、ひいおじいちゃんがそばにいるような感覚になったことがあるけど、あれがそうなの?」

「そうだ。夢の中だったら、姿も見える」


「あ!琥珀、夢と言えば変な夢を見たの」

 私の話がいきなり飛んだが、琥珀は聞いてくれた。

「狐の家族が人間に殺され、その狐もこの境内で死に、女の子が埋めたというのだな」

「うん」


「……それは厄介なことをしてくれたものだな。勝手に境内に死んだ動物を埋めるとは。ちゃんと弔っていなかったんだろうなあ」

「え?ダメなの?」

「親を殺された念も、そのままになっていたんじゃないのか?」

「龍神の結界の張ってあるところに埋葬したんだよ?龍神の力で浄化してくれないの?」


「もし、まだ龍神が伴侶を得ず、半人前の時なら無理だな。例えばその時、宮司がその念を浄化するように狐を弔ってくれていたなら大丈夫だとは思うんだが…。龍神が狐の念に気づき、その穢れを取るように浄化しているとは思えないし」

「そうなの?」


「俺が人間の姿でわざわざ掃除をしたり、穢れを取っているのもまだ力が足りないからだ。美鈴を嫁に貰い受ければ、浄化の力も高まるが…。いや、その女の子というのはもしや、ハルではないか?」

「ハルさん?お千代さんじゃなくて?」

「おふくろも狐と遊んだりはしていただろうが、きっとその狐は山吹だ。おふくろがあった時にはすでに妖になっていた」


「じゃあ、ハルさんの記憶だったっていうこと?」

「あり得るな。必要で見せられた夢なのかもしれない」

「誰に?」

「ハルの魂か、もしかしたらおふくろの仕業か」

「そんなことがお千代さんには出来るの?」


「神だからな」

「……あ、そう。神様はなんでも有りなのね」

「それより、どの辺に埋めていたかわかるか。ハルも龍神の嫁となる娘だから、ある程度は浄化の力を持っていたとは思う。だが、狐の念が強い場合は、その念が妖になる可能性もある」

「私の念もこの世界に残ったら妖になるって言っていたけど、そんな感じ?」

「そうだ」


「みんなに見つからないよう、境内の端だったよ。お社のもっと先の…。あ、もしかして妖狐が彩音ちゃんを襲っていた場所あたりかも」

 琥珀は私をまたお姫様抱っこして、すぐにその場に飛んだ。

「この辺りか?」

「そう」


 不思議なことに強い雨が降っているのに、私と琥珀は雨に濡れることがなかった。空を見ると、琥珀の上だけ雨雲がない。琥珀の上だけ雨が降っていない。

「なんで?」

と琥珀にお姫様抱っこされたまま、空を見上げて聞いてみた。


 琥珀も空を見てから、

「天気を操れるからだ」

と平然とした顔で言った。本当に何でも有りなのね。


「今日のこの強い雨も琥珀が降らせたっていうこと?」

「これは違う。まあ、神々が天候も操ってはいるがな。俺は自分の周りぐらいなら操れる。美鈴を嫁に得れば、この山付近一帯くらいの天気は操れるけどな」

 そんな力を龍神は持っているんだ…。


「ふむ…」

 琥珀はまだ私を抱っこしたまま、じっと地面を見ている。

「降ろして、琥珀」

「ああ。だが、そばから離れるなよ。俺の周りだけ雨を一時降らせないようにしているからな。あまり離れると雨に濡れるぞ」

「うん」


 琥珀はしゃがみこみ、まだ地面を睨みながら見ている。そして手をかざすと、

「ああ、この辺のエネルギーが違うな。浄化はされているが、まだ念が残っているようだ」

と立ち上がった。


「浄化をしても残るの?」

「そうだ。思念がまだ残っている。だが、憎しみではない」

「え?どういうこと?」

「悲しみだ。狐とハルの思念の両方が重なり合っている」

「ハルさんの思いもっていうこと?」


「ハルは龍神の嫁になったわけではない。ここから逃げる時、恐怖も悲しみも、いろんな思いや未練を残して行ったんだ。ここに残っている思念は、狐を死なせてしまった悲しみだろう。それもハルの優しさゆえに、とても強い思念となったのだろうな」

「……じゃあ、山吹は…」


「そうだな。もしかしたらハルと狐の悲しみの念が妖になったのかもしれないな」

「……狐だけじゃなくって、ハルさんの思いもあったわけ?それも人間を憎んだわけじゃなくって、悲しみだったわけ?」

「狐はきっとハルに大事にされ、そこまで人間を憎んではいなかっただろう。ハルと別れることの悲しみの方が強かったのかもしれないな」


「……でも、だったらなぜお千代さんが会った山吹は、人間を憎んでいたの?」

「さあ?その辺は山吹じゃないとわからない。直接聞くしかないようだな」

「聞けるの?」

「俺には無理だ。俺に対しては耳を一切傾けない。おふくろの声も届かない」

「…私は?私だったら聞けるかな。でも、山吹の姿は見えないから無理かな」


「俺と祝言を挙げれば、妖狐の姿も見えるし話もできるだろうが…。だが、もしかして少しでも美鈴の霊力が高くなれば、妖狐と会話ぐらい出来るかもな」

「どうやったら、霊力は上がるの?なんか精神統一するとか、座禅とか?」

「そんなことではない。美鈴の涙と俺の血が合わさり、俺の体の回復が早まっただろう?」


「うん。体液がどうのって言ってたよね。涙も龍神の嫁の体液だからって」

「そうだ」

「じゃ、私が泣けばいいの?えっと…」

 少しだけあの時の状況を思い出してみた。でも、琥珀のケガを思い出し、とっても嫌な気持ちになりすぐに思い出すのをやめた。


「ダメダメ!また琥珀に血を流させるなんて」

「そんなことをしないだって、他の方法がある。要は俺の体液が美鈴の体液と交わりあえばいいのだ」

「……」

 なんだかそういう言い方だと、卑猥に聞こえるんですけど。


「あ、例えば指の先をほんのちょっと切って、琥珀の指も切って、血と血を合わせるとか。なんだか、よく映画とかで見る悪魔の儀式みたいな、あんな感じ?それとも、吸血鬼みたいに琥珀が私の首に噛みついてとか…」

「なぜ、吸血鬼や悪魔に例えるのだ。俺は神だぞ?」


「はい。わかってます。でも、他に思い浮かばなくって」

「美鈴、目を閉じろ」

 いきなり琥珀が私のあごに手を当てた。あれ?これはもかして、漫画でよく見るあごクイってやつでは?


 やっぱり!!!琥珀が私の唇に、琥珀の唇を合わせてきた!!!っていうか、キスだよね?!


 きゃ~~~~!!琥珀とキスしてるよ、私!!!


 それも、なかなか離してくれない。え?待って?琥珀の舌が私の舌と…。


 ガバッっと琥珀から離れた。思いきり離れたせいか、私の上から雨が思いきり降ってきて一気にびしょ濡れになった。


「ああ、離れるなと言ったのに」

 琥珀はすぐに私の腕を持ち引き寄せた。でも、私は琥珀のキスで動揺して、雨に濡れたのに寒さすら感じない。かえって、ドキドキして暑いくらいだ。


「なななな、なんでいきなりキス?そういうタイミングだった?それも、なんだっていきなりそんなキス?」

「キスとはなんだ?」

「だから今の!」

「接吻のことか?」


「接吻とかって言うと、卑猥だよ。キスって言うの!」

「同じだろう?」

「同じじゃないし!言い方で全然変わるし!それに、今はいきなりキスしている場合じゃないよね?もっと、ほら。えっと?何の話していたのかも忘れたじゃない!」


「……面白いなあ、美鈴は。だが、接吻だけでもそんなに動揺されては、祝言を挙げるのはまだまだ先のことになるな…。は~~~~」

 琥珀がため息をついた。えっと、どういうこと?

「まさか、祝言を挙げるって言うのは、結婚式ってことじゃなくって、何かの儀式ってわけでもなくって」


「儀式と言えば儀式だが、人間の言う結婚式ではない。前にも言っただろう?白無垢の花嫁衣裳を着ることではないぞ」

「じゃあ、キスの先のこと…っていうこと?それは、人間の言う新婚初夜のことじゃないよね?」

「新婚初夜?」


「だから!だからね…。つまり、男女が結ばれる行為ってこと」

「そうだ。龍神と嫁が結ばれることだ。それを婚儀ともいう。だから儀式と言えば儀式だ」

「うぎゃ~~~~!そういうことを祝言を挙げるって言うの?!!ちょっと待って」

 あまりにもデカい声で叫んだから、ぜいぜいと息が切れてしまった。


「社務所に戻って落ち着け」

「う、うん」

「いや、雨に打たれたのだから、まずは部屋に行くか」

 そうだった。私ずぶ濡れだった。さすがに寒くなってきた。


 琥珀にまたお姫様だっこをされ、一瞬のうちに私の部屋に着いた。

「着替えるから出てて」

 そう琥珀を部屋から追い出し、慌てて濡れた着物を脱ぎ、すぐにまた巫女の着物や袴を着た。一応何着か替えはある。


 濡れたものはハンガーに吊るし、部屋にあるドライヤーで髪を乾かした。

 その間も私の動揺は収まらなかった。


 琥珀にキスをされたことも、祝言を挙げるの意味も、すべてにドキドキしていた。だから、琥珀は覚悟だとか心の準備だとか言っていたんだ。それも、さっき祝言を挙げるのはいつのことになるのやらって、呆れたようにため息ついてた。


 ああ!だって、そういうことだとは思わなかったんだもん。何か結婚式で神様の前で宣言をすることだったり、儀式めいたものをするのかと思っていたんだもん。


 だけど、琥珀が神様なんだから、神様の前で宣言も何もないわけか…。


 じゃあ、お千代さんの日記に書いてあった、毎晩朱雀が蔵に来て夜を共に過ごしたって、そう言う意味だったの?

 あ、そうだよ。琥珀が言ってよね。お千代さんは祠の向こうに行く時にはすでに琥珀を宿していたって。つまり、朱雀とそういう関係になったから、赤ちゃんができたってことだよね!


 私、どこかで神様なんだから、人間同士が赤ちゃんを作るような過程を踏まないと思ってた。こうなんかのエネルギーというか、龍神のパワーというか、そういうもので、いきなり私のお腹に龍神の魂が宿るみたいな?


 でも、違うんだ。人間と同じような過程を踏むってことなんだ。それが、祝言を挙げるってことなんだ!


 うわ~~~~~~~!琥珀の言っていた体液と体液が合わさるとかって、そういうことなんだ!!!

 いや、そういうことを連想して卑猥だ!なんて思っていたけど、やっぱりそういうことだったんだ!!!


 ちょっと、これ以上は考えられない。いったん思考を停止したい。

 

 でも、無情にも琥珀が襖を開けて入ってきた。まだ、私の頭の中はぐるぐるしているのに。

「着替え終えたか。そろそろ社務所に戻るぞ。時間を止めておくのも限界があるからな」

「え?!時間止まっていたの?!」

「そうだ。誰も社務所にいなかったら、万が一こんな雨でも参拝者が来たら困るだろう?」

「確かに」


 琥珀はまたひょいっと私を抱っこした。それだけでも、思いっきり心臓が高鳴ってしまった。

 ドキドキドキドキ。琥珀の顔を見て、琥珀とキスしたこともまざまざと思い出した。

 きゃ~。私のファーストキス!


 う…。でも、琥珀とだったから別に嫌じゃなかった。ただ、いきなり舌が絡み合ってきてびっくりしただけ。だけど、ファーストキスであれはないよ。乙女心が傷ついちゃったよ。もうちょっと段階踏んでほしかったよ、琥珀~~。


 最初は軽いキスから始まって、徐々にってしてほしい。案外琥珀は女ったらし?まさか向こうの神様の世界にも、他の女がいたりして?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ