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第49話 夢じゃなかった!

「私が琥珀を嫌がっていたっていうのは、最初の頃の話?でも、琥珀は地獄耳だから、私が琥珀を好きだって話を、ひいおばあちゃんや里奈としているのも聞こえていたよね?」

「ああ」

「じゃあ、私の気持ちはわかっていたんだよね?」

「…だけど、美鈴は龍神の嫁になるのを嫌がっていた。龍神の嫁になることを、なかなか受け入れてくれなかった。あれは寂しいと言うより、悲しいと言う感情だな」


「……それは、だって」

 あれれ?

「えっと…。だって」

「わかっている。俺が神使だともうろく婆に言われ、それを信じていたのだろう?それも聞こえてはいた。だが、俺がいきなり龍神だと正体を言ったとしても、果たして俺を好きなままでいてくれるのか、龍神の俺は受け入れられないかもしれないと、そんなことも考えていたのだ。だから、慎重になった。親父にも相談して…」


「ちょっと待った」

「え?」

「い、今のところをもう一度」

「親父にも相談して」

「その前の…。あ、親父っていうのは?」


「親父だ。名前は蘇芳だと前にも教えたよな?」

「……」

 え~~~~~~~!!!!

 じゃあ、あれは夢じゃなかったってこと?いや、正夢ってこと?


 違う。蘇芳がお父さんでお千代さんがお母さんでって話、夢の中での話じゃなかったってことだよね?!


「お、お母さんはお千代さん?」

「そうだ。覚えているよな?つい昨日の話だもんな?それまで忘れているわけじゃないよな?」

「夢じゃない?」

「はあ?またそんなことを言っているのか。またほっぺたつねるか?」


「夢じゃないんだ!私は琥珀のお嫁さん?!!」

「そうだ。何を今さら」

「なんだ~~~~~!ああ、夢かと思って、切なくなってた!」

「………え?それで切なくなったとか言っていたのか?」


 あ、琥珀が呆れて、思いきりため息ついてる。

「まったく美鈴は…」

 私は思わず嬉しくて起き上がり、琥珀の真ん前に正座した。


「あ、あの。じゃあ、私はもう琥珀と思いが通じ合わないからって悲しがったり、琥珀を好きでいること自体封印しなきゃって苦しんだり、切なくなったりしないでもいいんだよね?」

「……そうだ」

 琥珀が少し間をおいてから、ちょっと目を丸くしてそう答えた。なんで目を丸くしたのかはわからないけど、そんなのおかまいなしに私は喜んだ。


「じゃ、じゃあ、私はこの先もずうっと永遠に、琥珀を好きでいてもいいってこと?」

「当たり前だ。好きでいてくれないと困る」

 そう言うと琥珀は、くすっと笑った。そしていきなり、私を抱きしめてきた。


 うひゃ~~~~!


「まったく美鈴は可愛いことを言う。今までそんなことで苦しんでいたのか」

「そうだよ。なんでもっと早くに自分が龍神だって教えてくれなかったの?」

「すまない。そこまで思い詰めているとは知らなかった。それに、俺も嫌われたくはなかった。ハルの二の舞だけは避けたかったのだ」


「そう言えば、お父さんに相談したって」

 まだ琥珀に抱きしめられたまま、私はドキドキしつつ聞いてみた。

「そうだ。お社は龍神の世界と繋がっていると言っただろう?あそこで親父やおふくろと話ができるのだ」


「そうなんだ。でも、なんの相談をしていたの?」

「美鈴が龍神の嫁になるのを嫌がっているという相談だ。親父は自分のこともあって、慎重に行けと言っていた。おふくろは誠意を見せればいいだけだ。美鈴を大事にしていることをちゃんと行動で見せなさいと言っていたがな」


「お千代さんが?」

「ああ。おふくろも自分が大事に思われていることを知り、親父と結婚することを望むようになったと言っていたからな」

「………」

 琥珀の胸に顔をうずめた。琥珀の体温は低くても、いつも琥珀の腕の中でほわほわあったまる。


「琥珀は私を大事に思っているっていう事だよね?」

「当然だ。嫁になるのだからな」

「……嫁になるから大事なの?私自身が大事なの?」

「またわからぬことを言うな。美鈴自身が大事なのだ。美鈴が生まれた時からずっと大事なのだ」


 ギュウ、嬉しくて思いきり琥珀を抱きしめてしまった。そして、知らない間に涙がぽろぽろと溢れ出し琥珀の胸で私はしばらく泣いていた。琥珀は黙って私を抱きしめていた。時々背中を撫でたりしながら。


 ああ、琥珀は優しい。琥珀の大きな大きな光で包まれているのを感じる。


 これは夢なんかじゃないんだ。私の願望が見せている夢じゃない。現実なんだ。琥珀のお嫁さんになるんだ。じゃあ、もう何も怖くない。こんなに嬉しいことはない。



 嬉しくてほっとして安心したのか、そのまま琥珀の胸で私は寝てしまったようだ。起きた時は布団の中だったが、琥珀が隣で優しい目をしたまま私のことを見ていた。


「目が覚めたか?」

「琥珀、もしかしてずっといてくれた?」

「ああ。また夢だと勘違いされても困るからな。何度も言うようにすることにした」

「何を?」

「美鈴は俺の嫁になるんだっていう事をだ」


 うわ~~~~!なんだか、恥ずかしいやら嬉しいやらで、琥珀の顔を見れない。布団に顔をうずめると、

「どうした?」

と琥珀が聞いてきた。


「嬉しくて!顔がきっと真っ赤なの。恥ずかしいよ」

「ははは。そんなことで恥ずかしがっているのか?面白い奴だ」

 また面白がられた。


「もう夕飯時だ。食欲は出たか?」

「う、うん。胸がいっぱいだから、そんなに食べれないかもしれない」

「胸がいっぱい?」

「嬉しくて…」

「まったく、可愛いやつだ。でも、食べられるなら食べたほうがいい。まだ人間のあいだは、食事は必要だ」


「…え?人間のあいだはって?」

「神になったら食べる必要がない」

「でも、琥珀も食べているよね」

「ああ、本当は食べなくても大丈夫だ。眠ることもない。ただ、これも体験だ。味もわかるしな」

「向こうでは何も食べないの?」


「食べる必要はないが、酒を創る神、木々や花を創る神がいる。酒を持ってきてくれたり、木の実を持ってくることがあるから、そんな時にはちゃんと味わっている」

「へえ。色んな神様がいるのね。面白いな」

「向こうに行けば会える。きっと美鈴が喜ぶ世界だ」

「そうなんだ」


 食べないでも大丈夫ってびっくりだけど、それよりも向こうの世界も楽しそうで良かった。琥珀がいるだけでも嬉しいけど、さらに楽しそうで安心だ。


 こっちから離れることが寂しく感じていたけれど、案外向こうの世界の方が私には合っているのかもしれないんだなあ。


 いきなり能天気に考え出した自分に、ツッコミをいれたくなる。この前まで、暗く悲しくなっていたじゃない。まるで、悲劇のヒロイン気取りだったよ。そんな自分が今はちょっと恥ずかしい。


 ああ、でも、これもきっと琥珀のお嫁さんになれるから、能天気になれちゃうんだろうな。だって、大好きな琥珀とずっと一緒に居られるんだよ?それも、大好きな琥珀が私を大事にしてくれるって言うんだもん、こんな嬉しいことないよね!


 やばい。いきなり世界がバラ色だよ。なんだか、輝きだしたし、幸せで怖いくらいだ~~~!

 このまま、何事もなくお嫁さんになれたらいいのに。


 宙にも舞うような気持で居間に入った。

「美鈴、具合はどう?」

 お母さんにそう聞かれ、いきなり現実に引き戻されたような気がした。

「だ、大丈夫。少し寝て元気になった」


「そうか。顔色もいいし、良かった」

 悠人お兄さんにもそう言われた。

「悠人お兄さん、社務所に代わりに行ってもらってごめんね」

「いや、それはまったく問題ないよ」


「里奈は喜んでなかった?」

「美鈴。そういう話はしないでくれ。それどころじゃないだろ?龍神のこともあるし、修司君や狐の妖怪のこともまだ問題は山積みだ」

 ドーーーン。いきなり、現実の問題がどんどん体当たりしてきた!


「そ、そうだよね。私浮かれていられない」

「浮かれる?」

「なんでもないの、こっちの話。えっと、修司さん、さっき見て来たけど起きる気配なかった」

「そうだね。医者に診せたほうがいいのかもしれないね」

 悠人お兄さんの言葉に、琥珀は首を横に振った。


「人間が治す病気ではない。俺が100パーセントの力を出せれば、すぐに元気になる。だから、もう少し待て」

「それは琥珀が伴侶をもらったらという話だろう。それはいったいいつなんだ?」

 ひいおばあちゃんが問い詰めた。と同時にお母さんは、

「まさか、早くに美鈴を結婚させるとか言い出さないわよね。美鈴は関係ないのよね」

と、琥珀に聞いた。


「美鈴も関係ある話だ」

「なんでなの?美鈴を私たちからそんなに早くに切り離したいの?」

「朋子さん、やめなさい。その話は何よりも美鈴が悲しむ」

 ひいおばあちゃんの言葉で琥珀が私を見た。私が困っているのがわかったらしい。


「無理やり向こうへと連れていくことはしない。ちゃんと美鈴がこの世界に未練を持たないよう、時期を待つ」

「未練?」

 お母さんはその言葉に顔をしかめた。

「未練を持たないわけないわ。まだ18なのよ」


「朋子さん。あんたがそういうことを言うから、ますます美鈴がこっちの世界に未練を持つのがわからないのか」

 ひいおばあちゃんが怒るようにそう言うと、お母さんはさすがに黙り込んだ。


「未練を持たないようにって、そんなの無理じゃないのか」

 今度は悠人お兄さんが、琥珀を睨むようにそう言った。

「やめましょう。ご飯が冷めてしまうわ。さ、みんなでもう食べましょう」

 おばあちゃんがそう珍しく大きな声を出した。


 みんなでいただきますと手を合わせたが、誰も口を開かない。なんだか、空気が重い。


 ああ、せっかく幸せの絶頂にいたのに、いきなりドスンと落ちちゃったよ。

 私もみんなと離れるのは寂しいけど、今は琥珀と一緒に居られることも、琥珀と結婚できることも嬉しくて、いつ向こうに行ってもいいくらいになっていたんだけどな。でも、そんなことをみんなに言ったら薄情だと思われるかな。


 食べ終える頃、今まであまり話に加わらなかったおじいちゃんが口を開いた。

「これは、神門家のお役目なのかもしれないな」

「何を言い出すんですか、お義父さん」

 その言葉にお母さんが反発した。


「神門家は昔から娘を龍神に差し出す。きっと今も昔も変わらず、家族のものは辛かっただろうが、そういう宿命なんだよ、朋子さん。外の人間には分かりづらいかもしれないが、この家に生まれたこと自体、もう美鈴にもそういう宿命があったということなんだよ」

「宿命ってなんですか。そんなの昔の話で今は…」


「昔も今も関係ないんだ。朋子、いい加減、お前もわかりなさい。龍神を祀る神社に嫁いできたのだからな」

 お父さんの言葉に、お母さんは何か言い返したかったのかもしれない。でも、お父さんから私の方へと目を向けた。


「私はね、他のお母さんと一緒よ。娘に幸せになってもらえたらそれでいいの。それだけなのよ。それがもし私のわがままだと言うなら、そう言われてもかまいません。でも、娘の幸せを願わない親はいないでしょう?」

と、目に涙を浮かべながら訴えた。


「お母さん、ありがと…」

 私も思わず泣いていた。

「私幸せになる。絶対に幸せに…」

「そうだ。俺も保証する。美鈴は幸せになる。幸せにならないわけがない。だから、安心してほしい」

 琥珀がそう言うと、お母さんは思いきり疑いの目で琥珀を見て、

「あなたがそう言うのは、不自然だわ」

とポツリと言い残し、居間から出て行ってしまった。


 私も琥珀と一緒に2階に上がった。私の部屋の前まで来て、私はつい琥珀の袖口を摘まんでしまった。

「どうした?」

「なんだか、悔しいような、悲しいような」

「何がだ?」


「だって、お母さんのあの捨て台詞…」

「ん?」

「琥珀が私を幸せにするというのを、ちゃんとわかってくれていなかった。でも、私、逆に言いたいよ。だって神様だよ?神様が幸せにするっていうんだから、幸せにならないわけなくない?」

「……」


 琥珀は一瞬目を点ににしていたが、そのあと大笑いをした。

「笑う事?」

「ああ、面白い」

「そうかな。でも、事実そうでしょ?」

「そうだ。神だからな。そのうえ、美鈴も神になるのだから、不幸になるわけがないし、あっちの世界で苦しむわけもないのだ」


「だよね…。私の幸せを願うなら、琥珀と結婚することも祝福してほしい」

「ああ、そうだな。だが、まだ誰も俺が龍神だと見抜いていないのだろうな」

「え?あ、そっか!!」

 そうだよ。私だって今日ようやく知ったんだもん。っていうか、夢だと勘違いしていたんだし!


「それ、ちゃんとみんなに言ったら、わかってもらえるのかな」

「さあな。だが、俺が美鈴を大事にしていることがわかれば、安心するんじゃないのか?」

「……。だけど、琥珀が龍神とわかっていなかったら、どうなのかなあ」

「思い悩むな。また倒れるぞ?」

 いきなり琥珀が優しく私を抱きしめてきた。


 こんなところを誰かに見られでもしたら!

「ありがとう。もう寝るね。あ、その前にお風呂に入ってくる」

「ああ」

 慌てて部屋に入り込んだ。ああ、ドキドキした。


 まだまだ、家族のこととか、修司さんや妖狐のこととか、問題はあったんだっけなあ。さっさと琥珀のお嫁さんになるだけじゃだめなのか。


 でも、琥珀が伴侶を得たら、つまり私と結婚したら力が100パーセントになって、修司さんのことも元気にできるし、妖狐のこともなんとかなるんじゃない?あれ?やっぱり、琥珀のお嫁さんにさっさとなることが一番なのかな?









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