第48話 天女の生まれ変わり?
琥珀は人の記憶を操作できちゃうの?ドキドキしながら琥珀の話を黙って聞いていた。
「ここに住むために、遠い親戚だと思わせた。まあ、実際14年前、人間の姿で境内に現れた時、もうろく婆とだけは会ってしまったがな。なのに、もうろく婆は、その時のことを覚えていないようだったがな」
「……え?じゃあ、悠人お兄さんは?琥珀に会った記憶あったよね?」
「それは俺が思考に刷り込ませた。琥珀という遠い親戚がいたと、他の者にもそう思い込ませたんだ。じゃなかったら、そうそうわけのわからんやつを家に住まわせたりできないだろう?」
「琥珀が操作したってこと?みんなの記憶を?」
「そうだ」
「でも、途中からみんな、親戚だなんて思っていなかったよ。琥珀は人間じゃないだろうとわかっていたみたい」
「さすがだな。そう思えたとしても、態度も変わらんし、怖がりもしない。神門家の人間は、他の人間とは違うな」
「っていうか、琥珀は境内の穢れは取っちゃうし、妖はやっつけちゃうし、逆にみんな尊敬のまなざして見ていると思う」
「ははは。そうか。まあ、龍神を祀り、それを守る一族だ。当然と言えば当然だな」
「…龍神?」
琥珀が龍神じゃないよね?と、口まででかかったけど、言えない。そんなバカなことを言うなと怒られそう。
「修司にも子どもの頃に会ったと刷り込んだのだが、効かなかった。もう妖に憑りつかれていたからかもしれないな」
「そうか。修司さんだけ、こんなの親戚にいたっけ?って最初から言っていたもんね。あ、もしかして、私の記憶も操作してる?」
「いいや。龍神の嫁には効かない。勝手に美鈴が俺を忘れただけだ」
「そ、そうなんだ、ごめんね」
怒ってる?忘れていたこと…。
「謝る必要はない。多分、美鈴が記憶を消してしまったのは、霊力を封印したからだろう。霊力と共に龍神に関する記憶まで封印してしまったのだ」
「そういうことなの?私がうっかり忘れたわけじゃないのね?」
「そうだ。だから、美鈴のせいではない」
琥珀は優しく私を見た。
「良かった。忘れたからって、怒っているわけじゃないよね?」
「怒りはしない。まあ、悲しかったけどな?」
「……ごめんなさい」
「だから、謝る必要はないぞ。封印を解けば、思い出す」
「どうやって封印を解くの?またおでこにキスするとか?」
「いいや。封印を解くのは、龍神の嫁としての力を開放させることだ」
「…難しいの?それは琥珀がしてくれないの?私がすることなの?」
「難しくはない。だが、心の準備や覚悟がいるかもな」
「覚悟?もしかして、龍神の嫁になる覚悟?」
「そうだ。龍神と祝言を挙げる覚悟だ」
「祝言を挙げると思い出すの?」
「ああ。封印も解ける。天女の力を開放できる」
「天女?神楽でも言っていたけど、天女の舞って、なんで天女なの?」
「それは、美鈴が天女の生まれ変わりだからだ」
「はあ?天女の生まれ変わり?」
ますますわけのわかんないことを言い出した!龍神の嫁ってだけでも、かなり変だけど。でも、もう何を言い出しても驚かないかも。こうなったら全部話してもらった方がスッキリしそうだ。
「琥珀、その天女の話っていうのを聞かせて」
「知りたいのか」
「うん。前はそういう話を聞いたとしても、どのみち龍神の嫁になるんだし、知らないでもいいって思ったんだけど、なんか今は龍神の嫁になる覚悟の為にも聞いておいたほうがいい気がする」
「そうか!」
うわ。琥珀が思いきり喜んだのがわかった。
「じゃあ、場所を美鈴の部屋に移そう。修司の前で話す内容でもないし、座っているだけでも疲れるだろう?」
わかっていたんだ。実はだるくなっていたんだよね。
「美鈴の部屋で布団を敷いて、美鈴は横になるといい」
「うん」
スクッと琥珀は立ち上がると私をお姫様抱っこした。
「うわ、待って。歩けるから」
「いい。このほうが早い」
襖を開けると、いや、琥珀は手で開けてはいない。勝手に襖が開いた。琥珀は音もなく、あっと言う間に階段を上り、いや、宙に浮いていたかもしれない。飛ぶように私の部屋に入った。私の部屋の襖も自動で開いた。いつから自動ドアになった?なんて馬鹿なことは思わない。これも琥珀の不思議な力なんだってわかる。
神楽の舞の練習の合間に、私を抱っこしてお社に行った時もそうだった。ドキドキして琥珀の顔ばかりを見ていたから、あの時には気づけなかったけど、きっとあの時もドアを手を使わず開けていたんだ。
それに、私と琥珀が部屋に入ると同時くらいに、布団が勝手に敷かれていた。これも、手を使わずに琥珀がやってのけたことなのか。これはさすがに面食らった。だって、布団が勝手にバサバサと敷かれていくんだもの。
「さあ、横になれ」
琥珀は布団の前に私をおろすとそう優しく言った。
「う、うん」
たじろきながらも私は頷き、布団にもぐりこんだ。琥珀は布団の横に胡坐をかいた。
ドキドキ。いったいどんな話が飛び出るのかな。どんな話も驚かないとかさっきは思ったけど、やっぱり怖いな。琥珀の正体とかもわかるのかな。ああ、夢が正夢になったらいいのにな。
「天女の話からするぞ」
「うん」
「眠くなったら寝ていいからな?」
「うん」
ああ、琥珀の顔も声も超優しい。会った当初はあんなにクールで怖かったのになあ。
これも、私が龍神の嫁になるようにと、琥珀が頑張っているのかなあ。
いけない。そういうことは考えないようにしよう。今は琥珀の話をちゃんと聞こう。
「天女とは、天から来た女のことだ」
え?そのまんまですけど?
「人間から見たら、天から来たのだから、神のように思えただろう。実は龍もなのだ」
「龍も天から来たの?」
「そうだ。天とは…」
琥珀は天井を指さし、
「宇宙のことを言う」
と上を向いた。
「宇宙…?」
「龍はもとは宇宙にいた龍なのだ。それを人間は神だと思い、龍神と呼んでいる」
「神様じゃないってこと?」
「そうだ。いや、神ともいえるが、高次の次元のエネルギーなのだ」
「……高次元」
「地球の次元より高い存在だということだ」
「ふ、ふうん」
よくわかんないけど、黙って聞いていよう。
「天女もまた、高次の存在だ。宇宙から来た、まあ言い方があれだが、宇宙人のようなものだ」
「宇宙人!?」
ちょっと嫌だ!なんだか、いきなりエイリアンとか変な映画を思い出すよ。
「まあ、人とは違うからなあ。高次のエネルギーなんだ」
「……高次元ってことは、いわゆる映画とかテレビに出てくる変なエイリアンとは違うわけね」
「ああ。宇宙存在にも低いエネルギー、高いエネルギーがいる。この世界でも、低い波動の妖や悪霊がいるだろう?」
「うん。なるほど。じゃあ、高い波動の存在ってことなのね?」
「そうだ」
「ふうん。え?待って、琥珀。その宇宙から来た高次元の生まれ変わりが私ってことなわけ?!」
「そうだ」
「そうだって、そんなに当然のような顔をして言わないでよ。私、宇宙人なの?」
「元はそうだ。宇宙から龍が来て、宇宙から天女も来た。そのエネルギーが合わさり一つになり、この世界のバランスを保つように護っているのだ」
「バランスを保つ?」
ますますわからん。
「前にも言ったが、この宇宙は陰と陽で出来ている。どちらが欠けても不完全だ」
「陰陽…」
「男のエネルギーと女のエネルギー、動と静、光と闇、太陽と月、昼と夜。龍神は男性性のエネルギーで、天女は女性性だ。前にも言ったが、龍神は力を表し、天女は愛を表す。どちらが欠けてもダメだ。力と愛が一つになることで、神となりこの世界を護っていける」
「な、なるほど。なんだか、壮大な話だね」
「龍神が太陽ならば、天女は月だ。龍神が光を照らすならば、天女は闇で包み込み癒すものになる。昼間は活力が出て、夜はゆっくりと休むだろう?人間にはどちらも必要だろう?」
「確かに」
「龍神には人間の心がわからないが、天女には愛の力でわかることができる。だからこそ、天女は人間として生まれ、人間の中にあるいろんな感情を味わい、闇を体験し、人間を癒す愛の力をさらに強めているのだ」
「そんなことを前にも琥珀は言っていたね」
「そうだ。だから、どんな感情があってもいい。それを体験するために美鈴は今ここにいる」
「……そうなんだ。神門家に生まれる女の子はみんな天女の生まれ変わりってこと?」
「そういうことだ」
「そういう運命なのね」
「そうだな。運命というと苦しくなるか?」
私が沈んだ声を出したからか、琥珀が聞いてきた。
「う、うん。なんとなく。逆らえないような、縛られているような」
「逆らうとか縛るとか、そう考えること自体がおかしな話だ。もともと天女は人間として生まれ、いろいろと体験をし、龍神と交わりこの世界を護ると自分で決めて、神門家に生まれている。人間としての生は通過点のようなものだ。神が、神に戻るため、一回人間を体験しているだけのことだ」
「…私が、その天女ってことでしょ?」
「ああ。今はまったく忘れているだけだ。忘れていたほうが都合がいい。人間としての感情や、体験を味わうことができる。神の記憶があれば、そこまで感情に揺り動かされることもないだろうからな。ただ、もともとの霊力が高いのと、愛の力は人間に生まれたとしても消えない。そんじょそこらの人間とは、体験も変わっているとは思うがな」
「私、別に愛の力とかないよ。嫉妬の塊みたいなもんだもん」
「ははは。いいのだ、それで。嫉妬なんて神はしない。人間だから味わえる感情だ。それも、人間のうちに知りたかっただけのことだ。気にするな」
「……気にするなって言われても…。じゃあ、色々と苦しんでいることとか、そういうことも知りたかっただけってこと?」
弱々しく聞いてみた。琥珀に恋して、叶わない恋で苦しんでいるのも体験したかったってことなの?
「そうだ。今も苦しんでいることがあるのか?」
「う…。例えば、恋の悩み…とか。恋煩いとか。前はこんな思いしたこともないの。恋なんてしたことないし。これも、味わいたかったっていうこと?」
「恋煩いとは?」
「え、だから。思ってもどうしようもないっていう、悲しいような虚しいような、胸の苦しみとか、好き過ぎて切なくなったり、嬉しかったり、もどかしかったり、なんかもう、そのへんのぐちゃぐちゃな思いってことだよ」
「ぐちゃぐちゃしているのか」
「…嫉妬もしている。そんな時の自分は嫌だ」
「だが、それは本当の美鈴ではない。単なる経験だ。単なる感情だ。そんな感情を味わいたかっただけだ」
「苦しいのに?」
「苦しいのも、嬉しいのもだ」
「………。これって、龍神の世界に行けば消えるの?」
「ああ」
「じゃあ、苦しみからは解放されるのね」
「そんなに何を苦しんでいるのだ?好き過ぎて切ないとか言っていたな。好きなのになぜ切なくなる?」
「それは、思いが叶わないというか…。あ、でも、私、琥珀がいてくれるだけでいいって、そう決意したんだった。それなのに、もうこんなに苦しくなったり切なくなったりして、呆れちゃうよね」
「誰が呆れる?」
「琥珀も、自分自身でも呆れる。でも、龍神の嫁になったら、こんな思いはしなくて済むんだよね?」
「そりゃそうだろう。俺にはよくわからん。その切ないっていう思いはどんなものなのか。一緒に居たら嬉しいし安心するだろう?確かに、俺はこっちの世界に来て、寂しいとかいう感情は味わったけどな」
「琥珀が寂しい?どんなことで、そんなことを感じたの?」
ちょっと信じられないんだけど。
「例えば、俺が会いに来てきっと喜ぶだろうと思っていた美鈴が、すっかり俺を忘れていた時とか?あまりのショックで、美鈴を支えていた手の力が抜けて、美鈴を落っことしてしまった。あれは悪かったな。反省もした。向こうでは完璧で反省することもないんだがな。こっちの世界では失敗もして、反省もするってことがわかったぞ。はははは」
「え?あれって、わざと意地悪して落としたんじゃないの?」
「なぜ嫁になる大事な美鈴をわざわざ落とすのだ。ケガなどしたら大変だろう?痛かったか?ケガはしなかったよな。とっさにエネルギーは送っておいた」
「うん。痛かったけど、すぐにそう言えば痛みも消えたし、ケガもしなかったよ」
そうか。ショックだったのか。怒っているようにしか見えなかったけどな。
「それに、何かといえば、美鈴は俺を嫌がっていた。あれも、寂しかったな。どうやったら俺を受け入れてくれるのか、しばらく悩んだしな。悩むなんてしたこともなかったから、初めての体験だった」
「受け入れる?」
俺を受け入れる?龍神の嫁として受け入れるってこと…かな?ん?神使の琥珀として受け入れるっていう事?




