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第46話 これは嬉しい夢?

 ど、どうしよう。ここはなんとか誤魔化す?でも、どうやって?顔が引きつって言葉が出てこないよ。

「わけわからぬことを言うな、美鈴」

 やっぱり、怒ってる~~~?っていうか呆れてる?!


「そうだよね。私が琥珀を好きじゃ困るよね」

 あ、全然フォローになっていないじゃない!

「困るわけがないだろう。何を言い出すんだ」

「え?!困らないの?じゃ、じゃあ、迷惑?」


「迷惑?なぜだ?美鈴が俺を好きで、何か問題でもあると思うのか?」

「……え?問題ないの?」

「ない」

 うわ。すっぱりと言い切ったけど。なんで?


 あ、好きの意味を取り違えているのかな。あ、そうか。龍神の嫁に嫌われるより、好かれる方がいいってことかな。

「でも、お父さんを好きなようなのとは違うよ」

 そう言ってから、しまったと後悔した。お父さんを慕うように好きだと言った方が良かったかもしれない。


「当たり前だ。俺は美鈴の父親ではない」

 あれ?ちょっと怒った?でも、私、琥珀を好きだから、龍神を好きになるわけがないって、そう言ったんだよね。あれれ?それって、琥珀にとってやっぱり困らない?


「私は本当に龍神の許嫁なのかな」

「は?!」

 あ、思いきり琥珀の顔が怖くなった。これは怒らせたかな。

「だ、だ、だって、龍神の嫁だったら、龍神に惹かれるわけでしょ?惹かれ合うんでしょ?でも、私は龍神を好きになれるかどうか」


「……」

 うわ。無言の圧が…。琥珀の顔、もっと険しくなった。眉間にすごい皴…。

「どういうことだ?」

 怒ってる?怒ってるよね?声も低い。でも、さっきも私言ったよね。

「だ、だから、私はさっきも言ったけど、琥珀のことを好きだから、琥珀以上に好きになれる人なんて…」

 何度も告白しちゃってるよ。でも、ここはもう後には引けない気がする。


「………」

 琥珀が首を傾げた。でも、顔が優しくなった。

「現に今、お互いがこうやって惹かれ合っているではないか」

「え?誰と誰が?」

「俺と美鈴だ」


「……琥珀と?」

「そうだ。美鈴は俺が好きなのだろう?」

「う、うん」

「俺も美鈴を好いている」

「娘みたいに?」


「俺は美鈴の父親ではないと言っただろうが」

「だけど、赤ちゃんの頃から見守っていたんでしょ?私よりもずうっと年も上なんでしょ?」

「そうだ」

「じゃあ、父性愛とか芽生えているんじゃないの?」

「不正?何が正しくないと言うのだ?!」


「正しくないの意味の不正じゃなくって、父親の愛って意味の父性愛」

「わけがわからんな。父親でもないのになんで、父親の愛になるんだ」

「……違うの?」

 じゃあ、何かな。あ、神様だから博愛主義とか。でも、惹かれ合うとか言ってたよね。


「半身なのだ。さっきも言っただろう?惹かれ合うのは当然だ。美鈴は俺以外には考えられないと言ったな?そりゃそうだ。何度も言うが、二人で一体、お互いの半身を求めあって当然だ」

「私と龍神がでしょう?」

 なんで琥珀が?神使とも惹かれ合っちゃうってわけ?


「そうだ。龍神と美鈴がだ」

「………でも、琥珀は神使」

「しんし?」

「神使い…」


「誰がだ?」

「琥珀が…」

 思いきり琥珀は呆れかえった顔をした。そして、

「もうろく婆の言う事を、そのまま信じたのか?」

と、長いため息をついた。


「違うの?神使じゃないの?」

「いつ、俺がそんなことを言った?」

「だけど、私を嫁として迎えに来たんじゃないの?」

「そうだ。迎えに来た。4歳の時に迎えに来ると約束もした」

「私と?」


「美鈴は忘れてしまったようだけどな」

 そうか。そんなことを約束して忘れてしまったから、琥珀は寂しそうだったの?

「龍神の嫁として迎えに来るって約束したの?」

「そうだ。美鈴のほうがあの時、私は琥珀の嫁になるとはっきりと宣言したのだ。俺は14年たったら迎えに来ると美鈴に言った。4歳の美鈴はとても喜んでいた。本当にまったく覚えていないか?」


「え?…琥珀のお嫁さん?」

「そうだ」

「龍神じゃなくて、琥珀の?」

「龍神だ。どうしてずっと俺が龍神だとわからないのだ。神使として迎えに来た訳じゃない。だいたい、若い龍神にはまだ神使だっていない」


「琥珀が龍神ってこと?」

「そうだ。俺の嫁になる美鈴を迎えに来たんだ」

「………」

「美鈴?」


 うそ。琥珀が龍神?神使じゃなくて、琥珀が龍神そのもの?

 じゃあ、私は琥珀のお嫁さん?琥珀と結婚するの?琥珀と?!


「え~~~~~~!!!!!!」

 ちょっと待って。ちょっと待ってよ。そんなの聞いていないよ。一回も俺が龍神だなんて言わなかったじゃないよ。


 っていうか、今までずっと悩みまくっていたのに。

 じゃなくって、琥珀のお嫁さん…。琥珀の…。


「う、きゃ~~~~~~!!!うそでしょ。冗談言ってるの?あ、これは都合のいい夢だ!夢なんだ!!目が覚めたら琥珀は神使で、私はがっかりするっていうパターンだ!!!」

「夢でも嘘でも冗談でもない」

 琥珀は私の頬をつねった。


「痛いっ」

「夢ではないぞ、美鈴」

「…現実?」

「そうだ。美鈴は俺の嫁になるんだ」


「し…、信じられない~~~~~!!!!!!」

「なぜ、信じられない?」

「だって、そんなの、私の都合のいい夢だもん。そんなことがあったらいいなって、そりゃ思ったことはあったけど。でも、ずっと琥珀は龍神だって言わなかったし、そもそも人間の姿しているし」


「姿は自由に変えられる。向こうの世界にいる時でも、ほとんど人間の形でいる。龍神のエネルギーを使う時には龍になることもあるが」

「え?ほとんどが、この人間の姿?」

「そうだ。親父も向こうの世界でたいてい人間の姿でいる」

「親父…。琥珀の?」


「蘇芳というのが俺の親父だ」

「え?!じゃ、じゃあ、お千代さんは、まさか琥珀のお母さん?!」

「そうだ」

「でも、100年前にお嫁さんになったんだよね」

「向こうの世界に行く時には、すでに俺を宿していた」


「琥珀って、じゃあ、100歳?!」

「そうだ」

「ぎゃ~~。そんなにおじいちゃんなの?!」

「向こうの世界は時間の流れが遅いんだ。そもそも、龍神は500年以上生きるのだから、俺なんてまだまだ青臭い半人前だ。結婚前だしな。人間で言えば、悠人くらいの年齢だ」


「………そ、そうなんだ。お千代さんの子ども…。あ、なんか、頭痛い。ついていけない。嬉しいけど、ちょっと熱でも上がったかな」

 私はそこまで言うと、そのあとろれつが回らなくなり、自分でも何を言っているかわからなくなり、そのままバタンと布団に気を失ったように寝転がり、爆睡してしまったらしい。


 嬉しすぎる。でも、受け入れられない。そんな都合のいいこと。ずっと夢見ていたこと。琥珀が龍神だったら、それが一番いいのにって、ずっと思っていた。

 それが叶った?


 夢を見ていた。夢の中で、琥珀が龍神だったらいいのにって、そう願っていた。琥珀がぼんやりと現れ、俺が龍神だと言っている。夢の中で、ああ、これは夢だ…。琥珀が龍神なわけないよって、そう思っていた。


 チュンチュン。雀のさえずり。うっすらと目を開けると、窓から日差しが差し込んでいる。

「朝…」

 なんだか、都合のいい夢を見たなあ。いい夢だったなあ。あれが正夢ならいいのに。そんなことを思いながら布団から這い上がった。


「もしかして、夢じゃなくて現実かもしれない?」

と、一瞬期待して布団の周りを見回した。でも、昨日読んでいたお千代さんの日記すらなかった。

「どこからが夢?そもそも、お千代さんの日記も夢だった?」

 そうかも。


 それに、お千代さんが琥珀のお母さんで、琥珀はすでに100歳で、私は琥珀のお嫁さんになるだなんて、そんな嬉しいこと夢に決まっているよね。

 あ~~~~~~。私、心の底できっとそんなことを願っているんだよ。だから、そんな夢を見たんだよ。


 いい夢を見た日は、現実にがっかりするから朝の支度も力が入らなくなったり、かえって落ち込んでしまったりするものだ。琥珀に会うのも胸が痛むなあ。


 ゆっくりと支度をしてから居間に行った。

「今日から仕事できるの?」

 巫女の恰好をしているのを見て、お母さんがちょっとびっくりしている様子だ。

「うん、大丈夫だと思うけど。人も足りないでしょ?」

 そう言いながら座布団に腰を下ろした。琥珀はいなかった。もしかして、もう朝食を済ませたのかな。


「そうねえ、彩音ちゃんもいないし、修司さんは寝込んだままだし、琥珀君にでも頼もうかと思っていたのよ。今日は確か、里奈ちゃんが来てくれることにはなっていたんだけど」

「里奈が?」

「無理はしないでいい、美鈴。俺が今日1日くらい社務所で手伝うこともできるんだからな」

 突然横から琥珀の声が聞こえてきて、びっくりして隣を見た。


「いつの間に来た?」

 あ、もしかして突然現れたのかな。

「気分はどうだ?美鈴。大丈夫なのか?」

「えっと、うん。ちょっとまだふらつく気もするけど…。社務所の椅子に座っているくらい何とかなるよ。きっと平日だし、そんなに参拝客も来ないよね」


「そうね。天気は良さそうだけど、暑くなりそうだしね」

 梅雨開け宣言はまだなのに、天気いいもんなあ。

「美鈴、あとで気を分けるからな?」

 琥珀がすんごく優しい顔で、すんごく優しい声でそう言ってくれた。


 うわ~~~!ドキドキした。最近、優しい琥珀の時が多くなった。


「じゃあ、俺は朝食も済ませたから、先に神社の穢れを取ってくる。美鈴は掃除しないでもいいぞ」

「でも、私の仕事…」

「いいから。ゆっくりしてから社務所に来い」

 また琥珀が優しくそう言った。


 琥珀が居間から出て行ってから、ずっと黙っていたひいおばあちゃんが、

「何やら琥珀が優しくなったが、何かあったのか?美鈴」

と聞いてきた。

「え?別に何もないけど…。私が弱まっているから、優しいんじゃないのかな?」

「なるほど、そうか」


 そうだよ。私が琥珀のお嫁さんになるっていうのだって、私の都合のいい夢だもん。優しいのは単に、私がいつもより弱くなっているから…。それだけだよ。


 


 



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