第42話 琥珀が危ない!
「いや~~~~!!!!」
琥珀の首から血が流れ出ている。琥珀が苦しがっている。
「やめて!やめて!!!」
噛みついたまま、妖狐は琥珀の首から離れないでいる。琥珀が必死で振り払おうとしても、食らいついて離さないでいる。
やめて!琥珀の顔色が白くなってきている。琥珀の息遣いも荒い。琥珀が、琥珀が死んじゃう!!!
「やめて!龍神!琥珀に力を!力を与えて!お願い!!私、龍神の嫁になるから。今すぐ、すぐにでも嫁になるから。だから、琥珀を助けて!!琥珀に力をあげてよ~~~!!!」
泣きじゃくりながら私はそう叫んでいた。
それから心の中で、琥珀、琥珀、琥珀、と何度も呼んだ。琥珀を助けて。琥珀に力を。琥珀に龍神の力を。私の力を。全部あげてもいい!!!琥珀に私の力を!!!!
心の中の叫びが通じたかはわからない。だけど、琥珀からすさまじい光が飛び出したかと思ったら、その光が稲光になり、妖狐の頭上に落とされた。
ビリビリビリっと妖狐の体に電流が流れ、しばらく妖狐の体は震えていたが、その震えが止まると妖狐は琥珀の首からしなだれるように、地面に崩れ落ちた。
「琥珀、琥珀!」
私はまた、這いつくばって琥珀のそばに行った。琥珀の首からは血が流れ、首から肩にかけて皮膚がえぐられていた。琥珀の顔は真っ白で、息も苦しそうにしている。
「琥珀~~~。嫌だよ、死なないで。お願い!!」
私は泣きじゃくりながら、叫んでいた。
「琥珀が生きているだけでいいの。琥珀がいるだけでいいから、お願い。死なないで。私のそばにいてよ。お願いだよ」
泣きながら懇願した。龍神の嫁になってもいい。琥珀が生きているならそれだけでいい。琥珀がいてくれるなら、それ以上のことは何も望まない。だから、助けて。
私から琥珀を奪わないで。琥珀の存在を奪ったりしないで!!!
琥珀に抱き着いた。琥珀、琥珀と呼びながら泣いた。
「死なない…。大丈夫だ…」
琥珀はかすかな声でそう返事をした。そして、
「痛いな…。ヒリヒリする…。美鈴の…涙だ」
と、ぼそっと言った。
「ごめん、ごめんね、琥珀」
私は琥珀の声を聞き安心したと同時に、慌てて琥珀の体から、私の体を起こした。すると、私の涙が落ちた個所から煙が上がった。シューシューと不思議な音がすると、琥珀の流れ落ちていた血が止まり、どんどんと皮膚が奇麗に回復していった。
「琥珀?皮膚が、噛まれた首が元通りになった……」
びっくりし過ぎて呆けていると、
「美鈴の涙のおかげだ」
と琥珀は私を抱き寄せた。
「え?私の涙って?」
「龍神の嫁の力だ。私の血と混ざりあい、龍神の力を一時的にパワーアップさせたのだ。だから、いつも以上に回復が早かった」
「いつも以上にって?」
「俺は死なない。俺の寿命を全うするまで、どんなことがあっても死にはしない。ケガをしたとしても、肉がえぐられたとしても、回復をする。ただし、時間はかかる。だが、龍神の嫁の体液が俺の体に入り込み、回復を早めたんだ」
「私の体液?!」
「涙も体液の一部だ」
「……あ、涙が…。でも、私の涙になんだってそんな力が?」
「言っただろう。龍神の嫁にはそれだけの力があるのだ」
「……じゃあ、もう大丈夫なのね?」
「美鈴」
琥珀が抱きしめてきた。あったかいエネルギーが流れ込んでくる。
「美鈴ももう大丈夫だ。俺の気を分けた」
「うん、あったかかった。力も湧いてきた」
ギュウっと私も琥珀を抱きしめた。涙は止まらなかった。琥珀が生きている。琥珀のケガもすっかり治っている。それが嬉しくて、琥珀がちゃんと目の前に存在していてくれることが、めちゃくちゃ嬉しくてしばらく涙は止まらなかった。
その間、琥珀は私の髪を撫でたり、背中を優しく撫でてくれた。そして、ようやく涙が止まった頃、
「あ!修司さんは?それから妖狐は?」
と我に返った。
「妖狐は取り逃がした。雷に打たれたからかなりの打撃は受けたはずだ。多分、そんなに遠くまで逃げてはいないだろう。修司は気を失っているだけだ。大丈夫だ。一緒に気をあげよう。美鈴も手伝ってくれ」
「うん!」
私もすっかり体が元気になっていて、琥珀と一緒に両手をかざし、修司さんに気を送った。修司さんの体が冷えていたのに、一気にあったまり、顔色もよくなった。だが、目を覚ますことはなかった。
「修司は家に連れ帰ろう。その前に境内の結界を張り直す。もし、妖狐が入ろうとしても入れないくらいに。万が一、境内に逃げ込んでいたとしたら、境内から逃げることができないようにな」
「境内に逃げ込む?そんなマヌケなことする?捕まっちゃうのに」
「雷に打たれたのだ。気が動転してどこに逃げたか自分でもわかっていないかもしれない」
「雷は、琥珀が起こしたの?」
「俺の力だけじゃない。あれは龍神の力そのものだ。一時とは言え、龍神の力が上がった。あれは、美鈴の力も一緒に働いたのではないか?」
「私の?」
「龍神と美鈴の力が合わさって、雷を起こしたのだろうな」
「……」
そう言えば、私の力を!って心で叫んでいた。それでなの?
琥珀は修司さんを抱きかかえ、歩き出した。私も琥珀のあとを追った。そして境内の中に入り、安心した途端、その場に私は倒れたらしい。一気に意識がなくなってしまったようだった。美鈴!という琥珀の声が遠くから聞こえたのだけは覚えている。
どうやって琥珀が、修司さんと私の二人を抱えて家まで帰ったのかわからない。だが、次に目を覚ましたら、私は自分の部屋の布団で寝ていた。
「美鈴ちゃん、大丈夫?!」
目を覚ましたその先にあった顔は、彩音ちゃんの顔だった。
「悠人さん、美鈴ちゃんが目を覚ました!」
「美鈴!大丈夫か」
悠人お兄さんの顔も私を覗き込んだ。
「あ…」
私はなんとか口を開いた。なんだかやけに体が重いし、疲れている。
なんでだろう。琥珀が私に気をくれたから、私は元気になったのに。
「琥珀…は?」
「琥珀なら、修司君を見ているよ。修司君もまだ目を覚まさないんだよ」
「そうなの?あ、彩音ちゃんはもう大丈夫なの?」
ようやく頭が回りだした。体は重いが口も動き出した。
「私は大丈夫。琥珀さんが気を分けてくれて、この通り元気よ」
「そう…」
そうか。彩音ちゃんは回復できたんだ。じゃあ、なんで私は倒れちゃったのかな。
「あ、狐は?妖狐はどうしたの?」
「琥珀君が捕まえてね、今はお社に捉えられているよ」
「琥珀が捕まえたの?」
「雷に打たれて、動けなくなっていたんだよ。それも、境内に逃げ込んじゃっていたから、結界も強くてどこにも逃げ出せなかったんだろうね」
「境内に逃げ込んだの?」
「ものすごいケガをしていたし、気も動転している様子だったから、境内なのかどうかもわからなかったんじゃないかな。とにかく、琥珀君のそばから逃げ出すことしか頭になかったんだろうね、って言うのは琥珀君の言っていたことなんだけどね」
「そう。琥珀は元気なのね」
「元気だよ。美鈴はまだ調子悪いかい?なんだか、元気ないね。丸々二日間も寝ていたんだ。もう少し休んでいたほうがいいね」
「二日間も寝ていたの?」
「そうだよ。喉乾いているかい?ここに水がある。起き上がれる?」
「うん、なんとか」
悠人お兄さんに背中を抑えてもらい、彩音ちゃんが水を飲ませてくれた。
「ありがと…。喉潤った」
「お腹は空いていない?」
「うん。食欲はなさそう。まだ、体が重い」
「そうか。ゆっくり寝るといい」
「琥珀さんがね、かなりの力を使い果たしたのかもしれないって。琥珀さんの気を与えても、十分にならないくらいの…。そう言ってたよ」
彩音ちゃんがそう教えてくれた。
「妖狐を雷でやっつけたようだけど、美鈴の力も使ったんだってね?」
「私にはよくわからないの。でも、琥珀もそんなことを言ってた」
「それで、力を使い果たしたんだね。もう少し休んでいるといい。琥珀君にも、美鈴が目を覚ましたことは言ってくるよ」
「大丈夫。琥珀は呼べば、私が目を覚ましたってわかると思う」
「そうか…」
悠人お兄さんは、じゃあ、休んでと言い、部屋を出て行った。彩音ちゃんは、
「何かしてほしいことある?」
と私に聞いてきた。
「大丈夫…」
そう答えると、彩音ちゃんは布団の横に座って、なんだかほっと溜息をついている。
「彩音ちゃん?」
「美鈴ちゃんが無事で良かった。修司さんに連れていかれた時にはどうしようかと思ったの。でも、私も気を奪われたみたいで動けなかったし。琥珀さんが来てくれて、本当に良かった」
そうだった。彩音ちゃんも危なかったんだ。
「彩音ちゃんも無事で良かった」
「あの時、私たち、少し変だったよね。私もイライラしたり、怒ったりして、きっと波動が下がったんだよね」
「うん。私も…」
「ごめんね、美鈴ちゃん。美鈴ちゃんを助けよう、何か力になりたいって思っていたのに、かえって足を引っ張っちゃった」
「ううん。私こそ、彩音ちゃんを巻き添えにした」
「でも、やっぱり修司さんには妖が憑いていたんだね」
「うん…」
あの妖狐はなぜ、祠の向こうの世界に行きたがったのかはわからない。その辺の理由とか、妖狐をどうするかは、琥珀が今後なんとかするんだろうな。それに、捕らえたっていうし、もう安心だよね。
あとは、修司さんの回復を待つだけだ。きっと、大丈夫だよね。目を覚ますよね。
「冗談じゃない!そんなことを美鈴が言うはずがない!もし、万が一言ったとしても、気が動転していたんだ。琥珀君が死んでしまうかと思って、そんなことを言っただけだ!」
突然、悠人お兄さんの怒鳴り声が聞こえてきた。あの冷静な悠人お兄さんが怒鳴るなんて、よっぽどのことだ。
「美鈴!美鈴!」
悠人お兄さんはズカズカと私の部屋に入ってくると、怖い顔をして私を見た。
「琥珀君がとんでもないことを言っているんだ。まさか、美鈴はそんなこと本気で思っていないよね?」
「……」
何のこと?
「美鈴が、龍神の嫁になることを受け入れた。今すぐにでも龍神の嫁になってもいと言っていたと…。それは、一時の気の迷いだよね?」
「それって!」
あの時、私が叫んだのを琥珀はちゃんと聞いていたんだ。




