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第41話 修司さんに憑いていた妖狐

 未練があったら、向こうの世界に行けない。未練を残したら、それが低くて重いエネルギー体になって、妖や悪霊になってしまうから。


 私、未練がいっぱいある。その未練をすべてなくすことなんか、絶対にできないんじゃないかって思う。それに、覚悟もできない。まったくできない。何をどうしてお千代さんは覚悟を決めたのかがわからない。


 だからと言ってハルさんのように逃げる勇気もない。このまま、何もしないで時が過ぎていくだけになるのかな。

 そうしたらどうなっちゃう?修司さんは完全に妖になってしまうの?龍神の力は弱いまま。

 彩音ちゃんも救われないよね。きっとこれからも、痣に苦しんだりするんだよね。


 あ~~~~~。ダメだ。暗い、重い。社務所にいても、悪い波動を出しているだけだ。

「ごめん、ちょっとだけ、気持ち切り替えてきていいかな」

 八乙女さんに言うと、

「いいよ。随分と参拝客も減ってきたから」

と言ってくれた。神楽も終わって、すでに時間も4時半を過ぎた。だいぶ参拝客も帰って行った。


 天女の舞を舞ったのにも関わらず、私の気は重たかった。神楽を舞う時は無になれるのに、終わるともうこれだ。情けない。

 こんな私がどうやって神様になれるというんだろう。


 はあ。ため息をつきながら、境内を歩いた。琥珀は多分、境内の穢れを取っているのだろう。私の舞でも浄化されただろうけれど、そのあとに参拝客があれこれ思念を残していったかもしれないから、ちゃんと琥珀が浄化しているんだと思う。


 それなのに、私がまた境内を穢してしまう。こんなに重苦しい思考をしていたら、どんどん重いエネルギーを出すだけだ。


「ああ、もう、嫌になる!」

 自分の頭をポンポンとたたいていると、

「大丈夫?美鈴ちゃん」

と後ろから彩音ちゃんの声がした。


「彩音ちゃん?どうしたの?」

「参拝客も本当に減ったし、私がいなくても大丈夫そうだし…。美鈴ちゃんの方が心配でついてきたの」

 そうか。ありがたいような、迷惑なような…。出来たら一人になりたかったし、特に今は彩音ちゃんの顔を見るのも辛かったんだけどな。


「私、何か美鈴ちゃんの力になれないかな?美鈴ちゃんの舞で今日は本当に元気になれたの。美鈴ちゃんは天女の舞を踊っても、自分の気持ちは変えられないの?」

 グサリ。それって、ダメだし?

「ダメだよね。こんなじゃさ。せっかく境内を浄化したのに、また私が穢しているよね」


「ううん。落ち込んだり、悩んだりしてもいいと思うよ。でも、ほら、琥珀さんも言ってたでしょ?ため込むのが一番よくないって」

「………ごめん。だとしても、誰にも言えない」

「私には?家族には言えない事でも、私だったら遠縁だし、それに私口固いよ。誰にも言わないよ?」

「ごめん。なんか、しゃべる気になれない」


 あ、今のはトゲがあったかな。でも、本当に放っておいてほしいんだけどな。

 彩音ちゃんの顔を見ると、暗い表情になっていた。ああ、そういう顔するくらいなら、来ないでくれないかな。なんだか、何も話せない私の方が罪悪感じてくる。


「もし話したとしても解決方法もないし、どうにもならないことだし」

「だけど、ほら、気持ちが軽くなったり、楽になるかもしれないよ?」

「話せば楽になる?ならないよ。だって、何も解決しないんだよ?楽になんてなれるわけないじゃん」

 あ。まずった。思いきり責めるように言っちゃった。


「ごめんなさい。私、でも、役に立てたらなって思って…」

「………」

 やってしまった。

「あのさ!私、お父さんに頼まれているの。彩音のことを頼むって」

「私の父に?」


「そう。私の方が頼まれているの。彩音ちゃん、苦しんでいるんだもの。私のこと心配している場合じゃないよね?お母さんのことも、大変でしょ?」

「父に頼まれたの?」

「………。私のことはいいからさ。彩音ちゃんは自分のことだよ。琥珀も言っていたように、自分のことは自分で決めるとか、そういうのをちゃんとさ…」


「父に頼まれたことなら、私のことこそ放っておいて!」

 うわ。彩音ちゃんの方が怒りだしちゃった。グルっと背中を向けて、走り去ってしまった。


「は~~~~~」

 今も、私、絶対にわざと彩音ちゃんを怒らせたよね。お父さんに頼まれた話なんてしないでもいいのに。お父さんも心配していたよ…ってそれだけでいいじゃない。


 自分のことは自分で決めなよとか、琥珀に言われても、私には言われたくないよね。それもわかってた。そういうのを言ったら、彩音ちゃんが怒ったり傷つくだろうなってわかっていて言ったんだ。なんて私は意地悪なんだろうか。


 あ~~~~~、凹む。

 その場に私はうずくまった。これはまずい。これはしばらく立ち直れないパターンだ。


「きゃあ!」

 え?!

 彩音ちゃんの声?したよね?今、確かにあっちの方から聞こえた。


 慌てて私は立ち上がり、声のする方に走った。社務所側ではない。彩音ちゃん、お社の方に行ったけど、お社よりもさらに向こうのなんの建物もない、木が鬱蒼としている方から声が聞こえてきた。

 どうしてそんなひと気のないところに行ったの?


「いや~~!」

「彩音ちゃん!」

 声のする方に走った。すると境内から外の暗がりに彩音ちゃんを抑え込んでいる修司さんが見えた。

「彩音ちゃん!!!」

 思いきり私は、修司さんの背中に体当たりした。


「いて~!」

 体勢を崩した修司さんは、どうやらその拍子に彩音ちゃんを抑え込んでいる手を離したらしい。彩音ちゃんまでが体勢を崩し、その場に転んでしまった。


「大丈夫?彩音ちゃん」

 彩音ちゃんのことを助けようと手を差し伸べた時、後ろから修司さんに羽交い絞めにされてしまった。 

 ゾクゾク!何、この冷たいオーラは。一気に体が冷えて、一気に力が抜けていく。


「いいところに来たな、美鈴ちゃん。それも、随分と気が弱まっている」

「離して!」

 修司さんの声なのに、別人のようだ。手も冷たい。そして、やけに力強い。


「美鈴ちゃんを離して!」

「うるさい。先に美鈴を喰ってやる。お前はあとだ」

 喰ってやるって言った?ええ?!喰ってやる?!!


「修司さん?!」

 彩音ちゃんが大きな声で叫んだ。でも、その声が遠くから聞こえた。どうやらさっきの場所から一気に修司さんが私を連れ、森の中へと入って行っている。


 喰われる?修司さんに?ううん、もう修司さんじゃないかもしれない。もう全部が妖に乗っ取られちゃっているのかもしれない。暗くて良く見えないけれど、修司さんの顔が、別の顔に見える。目が獣のように光り、吊り上がっている。口元からは牙のようなものが見えている。


 怖い!琥珀!琥珀、琥珀。呼びたいのに声が出ない。でも、なんとか口を開け、琥珀と息のような声で呼んでみた。だけど、境内から出てしまった。琥珀には聞こえないかもしれない。琥珀はここまで来れないかもしれない。


「美鈴!!」

 ドスン!何かの衝動があり、私は地面に落とされた。痛い。腰を思いきり打った。


「琥珀か…。やっとおでましか」

「修司、お前、美鈴をどうするつもりだった?」

「喰うに決まっているだろ?それで俺は九尾の妖狐になるのさ。美鈴と彩音を喰らえば、一気に九尾になれる」

「九尾だと?」


「知っているんだろ?琥珀は龍神の世界から来たんだろ?向こうに行くには、九尾の妖狐にならなくちゃ祠の中を抜けられない。もっとも位の高い、霊力の強い九尾の妖狐にならないとな」

「祠の向こうに行くのが目的か」

 琥珀は修司さんの体を抑え込みながら聞いている。


「そうだ。この時を待っていた。いくら女の気を吸っても、2つの尾が3つにしかならなかった。龍神の嫁を喰らわない限り、何人喰おうとも無理だってわかっていた。だから、龍神の嫁を喰らうのを待っていた。それも、龍神の嫁が18にの時、こっちの世界と向こうの世界の扉が開くのも知っていた。この1年間しか開かないのもな。だから、この年まで美鈴を喰らうのを堪えて、力を蓄えながら待っていたんだ」


「ま、まさか、修司さんの姿で、誰かを喰らったの?」

「人間の姿ではせいぜい気を奪うくらいだ。喰らうのは元の体に戻ってからだ」

「じゃあ、早く修司さんから出てよ!抜け出て修司さんを返して」

 私は立ち上がった。さっき、この妖狐のエネルギーをまともに受けたからか、それともエネルギーを吸い取られたからか、力がまったく入らなかったが、なんとか立ち上がった。


「美鈴、ここは俺に任せろ」

「はははは!寝言は寝て言え!俺は美鈴からも彩音からも気を奪った。ほら、見えるだろう?尾が3つから5つに増えた。一気にだ。さすがは霊力が他の女とは違う」

「彩音ちゃんからも奪ったの?」

 せっかく元気になれたばかりだったのに!


「琥珀。お前には力があるようだが、今の俺を倒すのは無理だ。今の俺には、琥珀の念の入ったお守りすら効かない」

 そうだ。今までは彩音ちゃんにも私にも、お守りがあって近寄れなかったんだよね。


 ああ、でも、さっきの私と彩音ちゃんは、波動が落ちていた。お守りの効力より、私たちの波動が低かったら、低いエネルギーを引き寄せてしまうんだ。


 ガク…。気を抜くと足に力が入らない。膝から私は地面に崩れてしまった。

「美鈴?」

 琥珀は修司さんを抑え込んだまま、私を心配そうに呼んだ。


「邪魔だな、この人間の体は。このままでは美鈴を喰えないし、お前をやっつけることもできない。十分に役立ったが、そろそろこいつのエネルギーも全部吸ってから、体を引き剥がすか」

「やめて!そんなことしたら、修司さんが死んじゃう」

「もともと、そのつもりだった。こいつは美鈴と血の繋がりがあるからな。龍神の加護も結界も、血のつながったものには効力が出ない。それもこいつは、隙だらけだ。簡単に入り込むことができた」


「お前、修司と美鈴が血の繋がりがあるから、この体を利用していたのか」

「そうだ。神主になる力も持ち合わせていない、心がいつもふらふらして、操るのも容易かった。だが、もう用なしだな」

「やめてよ。修司さんからおとなしく出て」

 立つ力も残っていないけれど、私は必死にそう叫んでいた。


 だけど、妖は笑うだけだ。琥珀に抑え込まれているのに、全然苦しそうにしていない。余裕の顔をして、

「こいつのエネルギーも全部吸ったら、もう一つくらい尾が増えそうだな」

と笑っている。


「こいつ、そうはさせん!」

 琥珀が何かを唱えだした。なんだろう。空気が変わった。ビリビリする。地面までビリビリと振動している。


 そして、琥珀は修司さんの背中から、何かを取り出し始めた。最初は黄色いモヤモヤしたものだったが、それがだんだんと形作られ、しっかりと修司さんの体から切り離された時、狐の形になった。


 あれが妖狐の姿。妖狐には5つの尾が生えている。金色の毛に覆われ、眼光も金色に光っている。


 グハッ!妖狐が何やら苦しそうに吐き出した。それが何かわからないが、その途端、修司さんの体が勢いよく飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「修司さん!」

 私は慌てて、持てる力を振り絞り修司さんのそばに寄った。立ち上がることもできなかったから、ほとんど這いつくばるようにして。修司さんは動かないでいる。


「修司さん、大丈夫?」

 もっと近寄り顔を覗き込み、それから胸に耳を当てた。心臓は動いている。良かった。生きてる。でも、目を開けていない。意識がないようだ。


「琥珀、許すまじ。俺の計画を邪魔しおって。お前から喰ってやる」

 低く重たいエネルギーの声が聞こえた。人間の声ではない。妖狐だ。私は慌てて振り返り、

「琥珀、逃げて」

と叫んでいた。


 だが、遅かった。琥珀は妖狐に首を噛まれていた。妖狐のするどい牙が琥珀の首元に突き刺さっている。

「琥珀!!!」

 私は絶叫した。



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