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第4話 琥珀の印象が変わってきた

 我が家の食事は大所帯だ。朝早くからおばあちゃんとお母さんで支度をする。ひいおばあちゃんもその手伝いをしている。女3人が台所にいるわけだから、私は邪魔になるだけ。だから、手伝ったりしていない。


 食卓は和室。6畳と10畳の和室を仕切っていた襖を取っ払い、長いテーブルを2つ並べて、それをみんなで囲んで食べている。ただしひいおばあちゃんは足が悪く座布団に座れないので、一人だけ椅子に座ってちょっと高いテーブルで食事をしている。まあ、一緒に和室にはいるんだけどね。


 我が家は昔から住み込みの神主さんだったり巫女さんがいたりして、部屋数は多い。ここ1年くらいは特に住み込みの人がいなかったが、この春から修司さんと琥珀が住み込むことになった。


 修司さんと琥珀も朝食から一緒に食べることとなり、総勢9人の大所帯で食べている。黙々と食べる中、修司さんは昨日一人でしゃべっていたが、なぜか今朝は静かだ。それも、何やら琥珀のことを思いきり見ている。


「修司、箸が止まっている。さっさと食べんか」

 ひいおばあちゃんが、びしっと低い声で修司さんに注意した。

「え、あ、ああ。ひいばあちゃん、あのさ、こんなやつ親戚にいた?」

「琥珀のことか?」

 そうだよ。ひいおばあちゃんは覚えていなかったんだよね。


「修司も子どもの頃遊んだんじゃないのか?覚えていないか?」

「え?僕がいつ?」

「たまにこの神社に遊びに来た時会っていただろう」

「こいつと?」

 修司さん、こいつ呼ばわりはないと思うなあ。でも、どうやら覚えていないようだな。


「え?悠人さんは覚えている?」

 修司さんは慌てたように悠人さんに聞いた。

「うん。なんとなくだけど覚えているよ。まだ小さかった頃一緒に遊んだ」

 え?そうなの?あ、まだ私が生まれる前とかなのかな。


「私も覚えていないんだけど。あ、ひいおばあちゃんだって、昨日聞いた時には知らないって言ってたよね」

「ひいばあは忘れっぽくなっていての。琥珀が手伝いに来るって言っていたのに忘れていた。琥珀のことも会うまですっかり忘れてた。何しろ15年ぶりくらいだからな。まだひいじいちゃんがいた頃だ」

「15年ぶり?私が3歳の頃?だったらさすがに忘れてるよ~~」


「正確に言えば14年ぶりだ。美鈴は4歳だったな」

「3歳も4歳も変わりないよ。その頃の記憶なんて覚えていないもん」

 琥珀の言葉にそう返すと、琥珀は目を伏せて黙り込んだ。あれ?なんか暗くなった?私が忘れていたことがショックだったとか?まさかね。


「じゃあ、僕が8歳くらいか。だったら覚えていてもいいよなあ。悠人さんは11歳くらいだろ。さっき小さい頃に遊んだって言ってたけど」

「11歳の時に遊んだりはしない。もっと小さい頃だよ。多分5歳か6歳かそのくらいだ」

「…琥珀っていくつなんだ?」

「俺は、悠人と同じくらいだ」

「え?そうなんだ。てっきり僕と同じくらいかと思ってた」

 私なんて、私と同年代かと思ってた。案外年いってるんだな。年齢不詳だな。


 朝食が終わり、私は早速外の掃除をしに行った。ああ、今日は曇り空だ。今にも雨が降りそうだなあ。

 「美鈴ちゃん」

 後ろから修司さんがやってきた。

「修司さんはここの掃除じゃないでしょ。ちゃんと割り当てられた場所を掃除して下さいね。油売ってないで」

「美鈴ちゃんの掃除を手伝おうと思ってきたんだよ」

「けっこうです」

 私はそう断って、箒で掃き始めた。


「冷たいなあ。昔はもっと可愛かったのに」

「ええ、どうせ今は可愛くありません」

 だいいち昔ってどのくらい昔?修司さんに遊んでもらった記憶はあまり残っていないよ。うちに来てもたいてい敬人お兄さんと遊んでばかりいたじゃない。


 高校生の頃は巫女さんにばかり話しかけて、あの頃から女ったらしだった。

「一つ聞きたいんですけどね、確か3年前のひいおじいちゃんの葬儀以来うちに来ていないと思うんだけど、あの頃は神主になる気はないとか言っていたのに、どうしてまた神主になる気になったんですか?」

「え?そうだった?そうだったかなあ」

「それも、茶髪のままだし。髪の色くらい戻したらどうですか?」


「これ、地毛だよ」

「うそばっかり!子どもの頃は真っ黒だったでしょ?」

「…う~~ん。ははは」

 笑って誤魔化した?

「もしかして、本当は神主になる気なんてなかったりするんですか?」

「そんなことはないけど。それもこの山守神社で働きたいって思っているよ」


「うそばかり。おじさんの神社を継ぐために修業に来たんでしょ?」

「いいや。ここには美鈴ちゃんがいるから来てるんだ」

「は?」

 何そのキモイ発言。鳥肌立った。


「美鈴ちゃん、将来は僕のお嫁さんになってよ。で、この神社を僕が継ぐってどう?」

「はあ?!ここは悠人お兄さんが継ぐし、それに従兄だから結婚とか考えられないし」

「従兄でも結婚できるよ?」

 うわわ。どうしちゃったの?誰にでもこんなこと言ってるの?そんなに軽い奴なの?やばい?


「修司さん、私には許嫁がいるんです。だからダメです」

「許嫁?誰?」

「誰ってそれは…」

 私何言ってるんだろう。龍神が許嫁だなんて本気で思っていないのに。

「とにかく、そういう冗談はやめて下さい」


 それ以上修司さんが何か言い出す前に、私はさっさと掃除を終わらせて社務所に向かった。ああいう軽い人は本当に苦手だ。これから、同じ屋根の下で住むなんてぞっとしちゃう。部屋に鍵かからないし、大丈夫かな、私。


 社務所には壬生さんの姿がなかった。あ、今日はお休みの日か。事務員さんもまだ来ていない。誰もいない社務所にいると、静かに琥珀が入ってきた。

「今日はここで手伝おう」

「琥珀が?」

「巫女もいないんだろ?」

「うん」


 琥珀は静かに私の横の椅子に腰かけ、

「修司に言い寄られているのか」

と突然聞いてきた。

「え?なんでそれ知ってるの?あ、さっきの見てた?」

「ああ。困っているようだったな」

「だったら助けてくれたっていいじゃない」

 ほんと、冷たい人だなあ。


「そうだな。これからは言い寄られないようちゃんと見張っておく。だが、安心しろ。美鈴は加護がある」

「加護?」

「龍神の加護だ」

「え?」

 ドキ!まさか私が龍神の許嫁だって知ってる?


「災難からも、変な虫からも守られている」

「虫…って変な男ってこと?」

「そうだ。今までも変な男に言い寄られても、大丈夫だっただろ?」

 そう言えば、突然突風が吹いたり、雨が降ったり、雷が鳴ったりして、ナンパされそうになっても、男が逃げていくことが多かったなあ。あと、付き合おうとしていた人もデートの日に高熱出したり、事故にあった人もいたけど、あれも龍神の加護のせい?それで私は彼氏ができなかった?


「さっきも発動してもよかったんだが」

「え?なんの発動?」

「龍神の力だ」

「なんのこと?」

「修司だ。なんで修司には効かなかったのか」

 ん?どういう意味?


「それになんで俺のことを覚えていないとか言うのか…」

「あほだからじゃない?」

「……」

 私の言葉に琥珀が目を点にした。

「そうか。なるほどな。そりゃ面白いな。ははは」

 あ、笑った?!うそ~~~。


「琥珀も笑うんだ!」

 びっくりすると、琥珀も目を丸くしてびっくりしている。

「びっくりするんだ!」

「そりゃ、笑うしびっくりもする」

 琥珀はすぐに表情を消し、冷めた口調でそう答えた。


 なんだ。笑った顔もびっくりして目を丸くした琥珀もなんだか可愛かったのに。

 可愛いはおかしいかな。悠人お兄さんと同じ年だったらもう25歳なんだもんね。でも、いつもクールな顔をしているから、笑った顔が新鮮だった。目じり下がったりするんだ…。


 琥珀は1日社務所にいた。そんなに参拝客もいなかったし、なんとなく二人でのんびり、まったりしていた。最初の印象は悪かったけど、琥珀は不思議だ。隣にいると、なんだか安心する。昔から知っているような懐かしさもある。私が忘れているだけで、子どもの頃仲良く遊んだりしていたのかな。あ、けっこう年が上だから、遊んでもらっていたのかな。


 琥珀の声は心地よかったし、おしゃべりではないけれど、私の話に相槌を打ち、時々優しい表情もした。昨日帰っていく参拝客を見ていた時の優しい目だった。その目で見つめられた時は、心臓が勝手に踊りだした。


 待て待て私。憎らしい琥珀に何をときめいているの。でも、今日の琥珀は憎らしさがない。とても静かに私の隣にいてくれる。


 やばい。琥珀に対しての印象がまったく変わっていっちゃうよ。


 夕方、社務所を閉めると琥珀はどこかにいなくなった。私は家に戻り、ひいおばあちゃんの部屋に行った。

「ひいおばあちゃん、少し話をしてもいい?」

「なんだ?美鈴」

「琥珀がどこかにたまにいなくなっちゃうの。どこに行ってるのかなあ」


「山の奥にでも家族がいるんじゃないのか」

「家族?何それ。だいいち、山の奥って家なんか建っていないし」

「狐じゃよ。本当は狐の家族がいるんじゃないのか。ひゃっひゃっひゃ」

「またそれ?もう、やめてよね」

 すぐにひいおばあちゃんは私のことをからかうんだから。


「からかってなどいない。本当に狐に化かされることはあるんだ。特にこの山の狐は人を化かすと昔から言われている。実際、お千代さんも危うく狐にかっさわれるところだったんだぞ」

「お千代さんって、龍神の嫁になった人でしょ?」

「そうだ。18になってすぐの頃、神社に若い男の神主がやってきてな、お千代さんに言い寄っていたんだ。だが、お千代さんは龍神の許嫁だから周りが近づけないように、とうとうお千代さんを嫁に出す日まで蔵に閉じ込め、神主に会えないようにしてしまった」


「え~~!何それ。周りって家族の人でしょ。龍神の嫁になることは反対しなかったの?」

「その昔、龍神の嫁になりたくなくて、人間の男と逃げてしまった女がいた。そのあと、この山に雷が落ち山火事になり、ここいら一体も火の海になったと聞く。あれは龍神の怒りだ。嫁が逃げたから龍神の怒りにふれたんだとな」


「そんなの、たまたま雷がなっただけかもしれないじゃない」

「龍神は天気をつかさどる神だからの。雷を落とすのも自在なんだ」

 はあ?昔の人はなんでも神様の怒りだとか、神様のせいにしていたってことでしょ。龍神が天気を操っていたわけないじゃない。そもそも龍神がいるかどうかもわからないのに。


「ひいばあがここに嫁に来た時、そんな話をじいさんがしてくれたんだ」

「じいさんって、ひいおじいちゃんのこと?」

「いいや、ひいじいちゃんのお父さんのお父さんだ」

「ひいおじいちゃんのおじいちゃんってことね」

「そうだ。ひいじいちゃんのお父さんがまだ小さくて、山火事になった時は子どもを連れて麓まで降りたそうだ。なにしろ神社も家も焼かれてしまったからの」


「そうだったんだ…。じゃあ、その時に新しく建て直したの?」

「そうだ。それでもお社は150年くらい経っているがな。この家はガタが来て、50年前に一度建て直したがな」

 それでもすでに50年も経っているから、あちこちガタが来ていたり、隙間風が入ったりするわけね。


「それで、龍神の怒りにふれないよう、お千代さんは犠牲になったっていうわけだ」

「嫁を出すことで、この山は龍神に守られているからの」

「それを昔は信じていたかもしれないけど、今はもう令和だよ。誰が龍神がいるとか、狐が化かすとか信じるっていうの?」

「美鈴、そのお千代さんが祠に行く日、若い神主がかっさらいにきたんだ」


「その若い神主は狐じゃなくて普通に人で、お千代さんを好きになっただけじゃないの?もしかしたらお千代さんを助けようとしただけなんじゃない?それもお千代さんもその若い神主を好きだったかもしれないじゃない」

「これもじいちゃんに聞いた話だ。お千代さんはじいちゃんの娘だからな。じいちゃんも可愛い娘を龍神の嫁に出すのは辛かったと言っていた。酒を呑んでは泣きながら話しておった」


「お千代さんは、じゃあ、ひいおばあちゃんからみたら、叔母さんに当たるの?ひいおじいちゃんのお父さんの妹とか?」

「そうだ。ひいばあが嫁いだ時にはもういなかったがの。ひいじいちゃんが幼い頃に嫁に出てしまったから」

 なるほど。娘を龍神に嫁に出すのはやっぱり辛かったんだ。


「で、その若い神主の話はどうなった?」

「ああ、そうだ。じいちゃんが教えてくれた。お千代さんはその男をあまり好きではなかった。言い寄られてどちらかと言えば嫌がっていた。それに龍神の嫁になることもお千代さんは受け入れていたらしい。蔵の中に入ることも抵抗をしていなかったらしいな」

 そうなの?もしかして皆のために自分が犠牲になることを受け入れたってことなの?


 私には無理!そんなの絶対に無理無理無理!



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