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第36話 辛い気持ちはどうにもならない

 琥珀の部屋に二人で入った。琥珀、彩音ちゃんと二人きりでいなかったんだ。

「彩音ちゃんは?」

「眠そうにしているから、勝手に押し入れの布団を敷いて寝かせた」

「寝かせた?寝かしつけてあげたとか?」

「いや、布団に寝転がったら、すぐに寝付いた。疲れていたんだろう。それか、安心したのかもな」


「それだけ?」

 なんだ。びっくりした!

「そうだ。なんでだ?変なエネルギーになっているな、さっきから」

「私のエネルギーとかわかっちゃうの?まさか、思考も読めたりする?」

「…そこそこな」


 え~~~~!じゃあ、嫉妬していたのもバレバレ?!どうしよう。


 真っ青になっていると、

「美鈴は表情がコロコロ変わって面白い」

と笑われた。あ、まさか、いつもの意地悪?


「彩音とやらの思いに共感しているのは伝わった。美鈴の優しさによって、俺は動かされたからなあ」

「私の優しさで動くってどういうこと?」

「彩音とやらの苦しみに共感したんだろう?」

「うん。苦しんでいるのは伝わった」


「俺はあまりそういうことを感知できない。人間である美鈴だからできることだ。いや、もともとそういう力を持っているのだ」

「私が?」

「龍神の嫁が…と言ったほうがいいかもな」

「みんなそうだったの?例えばお千代さんとかも?」


「そうだ。ハルですら、そういう力を持っていた。人間だけじゃない。動物に対しても気持ちを汲み取ることもできたし、仲良くなることも容易だったはずだ。美鈴もな?」

「……そうなのかな。私にはそんな力ないと思うよ。真由となんて、喧嘩しそうになったこともあったし。それにさっきだって、私は彩音ちゃんのことばかりを心配したり、考えてあげられなかった。自分の思いにモヤモヤしたもん」


「それもわかっていた」

「わかったの?」

「相反する思いに、美鈴が板挟みになっていることも。だが、優先したのは優しさだ」

「そうだけど。琥珀が言うように、私は自分の闇を自分の中に抑え込んだんだよ?」

「大丈夫だ」


「何が大丈夫なの?私も闇のエネルギーを引き寄せちゃうんでしょ?」

「美鈴は闇を浄化できる」

「私、そんな力ないよ。どこにもそんな力ないし、どうやって浄化できるのかもわからないし」

「俺がいる。こうやって隣にいると、俺も美鈴によって癒され、力を得る。そして、美鈴も俺によって浄化される」


「琥珀が浄化してくれるの?」

「そうだ。ただ、隣にいるだけで。どうだ?」

「………」

 琥珀が隣にいると安心する。心も体もあったまる。これがそうなの?


「なんか、わかんないけど、あったかい」

「そりゃそうであろう。彩音とやらには見えていたようだが、光で覆われているからな」

「彩音ちゃんのことも、その光で包んであげたの?」

「そうだ。俺だけじゃない。美鈴からも光は出ていた。まあ、ほんの少し闇もあったから、俺の光より弱かったかもしれないがな」


「闇が私から出ちゃうこともあるの?どうしたらなくせる?こんな嫌な感情持ちたくないよ」

「神の世界に行けば必然的に消えるが…。それに、龍神の嫁になり、人間ではなく神になれば消える」

「神様はこんな感情を持たないの?」


「そうだな。神は常に真ん中にいる。陰にも陽にも傾かないのだ」

「……ニュートラルなのね」

「…?ニュートラルとは?」

「ど真ん中ってことなのね?」

「そうだ」


「私もいずれ、そうなるってこと?」

「そうだ。まだ、人間だから、陰の感情を持ち、辛くなるのだ。だが、辛かったら辛いと言えばいいし、それを認めてしまえば楽になる。陰の感情は別に悪くはない。悪いと裁いているから辛くなるのだ」


「だって、私、醜いんだもん。独占欲とかあったり、彩音ちゃんと比較したり、ぐちゃぐちゃで、もやもやで、こんなの持ち合わせたくないよ」

「誰にでもある感情だ。美鈴だけじゃない」

「そうかもしれないけど…。私、琥珀にも嫉妬しちゃったりするんだよ?こんな私、嫌だよね?彩音ちゃんに優しくしているのを見て、モヤモヤして」


「へえ、そうなのか。そうだったのか」

「え?わかってなかった?」

「何かしらの陰の感情があるのはわかっていたが、嫉妬か」

 恥ずかしい。思いきり顔が熱い。穴があったら入りたい。


「ごめんなさい。今のは忘れて」

「なぜ謝る?」

「だって…。醜いよね。恥ずかしいよ。琥珀にとって私、特別でいたかったし、独占欲だよね。他の誰にも優しくしてほしくないなんて、勝手だよね」

「………」


 呆れているの?琥珀何も言ってくれないし、ただ私を見ている。

「ふむ…。まあ、その感情は理解しにくいが、さっきも言ったが、そんな感情が醜かったり悪いものではない」

「だけど…。自分では苦しいだけなんだよ」


「俺にはわからない。でも、美鈴はそういう感情を理解する必要があるのだ。だから、人の気持ちもわかってあげられる。違うか?」

「私が経験しないとわからないってことだよね?」

「そうだ。人に優しくなれるのは、自分が苦しみを知っているからだ」


「でも、私はどうしたらいいかわからない。こんな感情、持て余すだけだよ」

「………」

 琥珀、また何も言ってくれない。もしかして、琥珀、困っている?わかれって言う方が無理がある?


「ごめん。琥珀を困らせてるよね」

「困ってなどいない」

「じゃあ、呆れてるのかな」

「呆れる?なぜだ?」

「私がこんなにうじうじしてて」


「…そうだな。どうしたらいいか、今考えていた」

「どうしたらって?」

「前にも言ったはずだ。美鈴が龍神の嫁になるのを受け入れるために、俺は努力をすると」

「え?」

「こんな時にはどう接したらいいか、美鈴が受け入れられるような最善の接し方を、今、考えていた」


 じわ~~~~。やばい、泣きそう。

「べ、別にそんなことで、最善を尽くそうとしないで。あ、もしかして、今までそばにいたり、優しくしてくれたのもそれでなの?」

「そうだが…」

「そ、そんなことしないで!」


 私は泣いて琥珀に自分の気持ちをぶちまけそうになったから、慌てて立ち上がり部屋を出た。後ろから琥珀が呼び止めたみたいだけど、そんなのもかまわず、襖を閉め、走り去った。


 私の部屋には彩音ちゃんがいる。もし、起きていたら気まずい。だって、すでに私涙ボロボロだ。

 ひいおばあちゃんのところに行こうかとも思ったが、きっと、ひいおばあちゃんに事情を話しても、龍神の嫁になれって言うだけだ。


 階段を降りると、ちょうど居間から出て2階に上がろうとしていた悠人お兄さんに会ってしまった。

「美鈴、どうした?あ、またひいばあちゃんにいじめられたか?」

「違う…」

「何かあったんだな。話を聞くぞ」


 2階に行って琥珀が廊下にいたら気まずいから、悠人お兄さんに家の外に一緒に来てもらった。まだ境内は日が落ち切る前で明るかった。


 ひっく。ひっく。なかなか涙がひっこまない。悠人お兄さんは、私が泣くのをおさまるまでしばらく黙って待っていてくれた。

「今日の美鈴の舞、すごかったなあ。なんか神々しさすらあった。ひいばあちゃんに特訓を受けて、あんなに上手に舞えたのか?」

「ううん、琥珀が、教えてくれて…」


 ひいっく!琥珀の名前を言ったら、また涙があふれ出た。

「ん?琥珀君と何かあったのかい?」

「私、どうしたらいいかわかんない。琥珀が好きでも、どうにもならなくって、辛くて。どうしたらいいの?」

「ああ、なるほど。それで泣いていたのか…」


 悠人お兄さんはよしよしと私の頭を撫でた。

「なんで?私が琥珀を好きだって知っても、驚かないの?」

「気づいていたよ。多分、周りのみんなも」

「え?!そうなの?」

 もしかして、そんなにわかりやすかった?


「琥珀君、かっこいいしねえ。それに、美鈴だけ特別に呼び捨てを許しているとか言われたら、さすがに好きになるよねえ?」

「う…、そっか。みんなにバレてたんだ」

 うわ~~~。それはそれで、恥ずかしい。


「でも、誰も何も言ってくれなかった」

「うん、まあね…。母さんも言ってたんだけどさ、もし琥珀君に可能性があれば、美鈴を連れてどっかに逃げてとか頼めるけど、可能性がほぼないから、頼めないわよねって」

「可能性っていうのは、なんの?」


「え、いや、だから、美鈴のことを受け入れてくれる可能性っていうか」

 ああ、私のことを好きになってくれる可能性のことか…。

「私もわかってる。だって琥珀は私が龍神の嫁になるもんだって、それしか考えていない。さっきも、どうしたら私が龍神の嫁になるのを受け入れるのか、そんなことを琥珀は考えていたもん」


「直接そう言われた?」

「うん。琥珀が私を受け入れるのなんて、100パーセントありえないんだって思ったら悲しくって、琥珀の前から逃げ出してきた」

「なるほど…。それはきつかったね」

 また、よしよしとお兄さんは頭を撫でた。


「せっかく好きになれる人が現れたのにね。そういう人が現れたら、龍神の嫁になる前に結婚してしまえばいいんだなんて、母さんも突拍子もないことを言っていたけど、好きになった相手があの琥珀君じゃ、それも無理かもしれないって…。あ、ごめん」

 私がまたボロボロと涙を流したからか、お兄さんが謝った。


「あのね、私、ハルさんが笹木三郎と逃げて幸せになったかわからないぞって、そうひいおばあちゃんに言われて、それを聞くために彩音ちゃんの家にこの前泊りに行ったの」

「ああ、ひいばあちゃんが、詳しくそれを美鈴が教えてくれないのは、言いづらい何かがあるんだろうなと言ってたよ。もしかして、不幸になってた?」

「うん」


 ひいおばあちゃんにはお見通しなんだな。きっと、その話を聞かなくたって、わかっていたんだ。

「ハルさんも、ハルさんの子も、ハルさんの孫もみんな、龍神の加護を受けなくなって、不幸になってた。病気になったり、早くに亡くなったり…。でも、山守神社との縁をまた復活させて、龍神に護ってもらえるようになったみたい」


「なるほど。龍神の嫁になるのを拒んで、龍神の加護を受けられなくなったのか」

「うん。私も、もし逃げたらそうなるんだよね…」

「昔とは違うだろ?別に龍神に護ってもらわなくたって、病気になれば病院に行くのが当たり前の時代だよ、今はね」


「私ね、霊力が生まれつき高いの」

「霊力?」

「悪霊とか見えちゃったりするんだって。今は龍神がその力を抑えてくれてて、悪霊や妖に憑りつかれないで済んでる。この力を奪いに妖たちが来ちゃうから、力を封印しているらしいんだ」


「そう言えば、美鈴は小さい頃、精霊や何かと話をしていたもんなあ」

「知ってるの?」

「僕も、父さんもそこに何かがいる気配だけはわかるんだ。見えはしないけどね。美鈴にはちゃんと見えているんだねって、そんなことを父さんと話した覚えがあるよ」


「そっか。私、子どもの頃は色んなものが見えてたみたいなんだ。でも今は見えないよ」

「その力があることがバレると、厄介なわけだね?それを封印することで、護ってもらっているってことか」

「うん」


「その加護がなくなったから、ハルさんは大変な思いをしたっていうことなんだね?」

「うん。そう…」

「それはもしかして、医者に頼っても仕方ないっていうことか…」

「うん。どこの医者に行ったって無理だよ。龍神や神様にでも頼らないと…」


「は~~~~~あ」

 悠人お兄さんはため息をついた。私が龍神の嫁にならないで逃げるということは、ハルさんの二の舞になることだって、お兄さんもわかったからだろうな。


 龍神の嫁になる覚悟をすること。琥珀への思いを封印すること。頭ではわかっているのに、気持ちが追い付かない。琥珀が、私が龍神の嫁になることを受け入れるために、あれこれ努力していることがかえって私を辛くさせる。


 私を守ってほしいくせに、放っておいてほしい。そばにいてほしいくせに、そばにいると苦しいなんて。悠人お兄さんにそんなことを言ったとしても、困るだけだよね。

 結局、このモヤモヤした思いは、なんとかしようとしても消えることなく、心の奥にしまい込むしかないのかな。









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