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第33話 神楽の舞

 いよいよお祭りの日が来てしまった。毎年すっごく緊張する。

 ドキドキしながら神楽の衣装を着て、神楽殿に彩音ちゃんと一緒に行くと琥珀がいた。


「琥珀…」

 思わず縋るように近づいてしまった。でも、隣に彩音ちゃんもいたということを思い出し、琥珀の少し手前で立ち止まった。


「いよいよだな」

 琥珀から声をかけてきた。

「う、緊張しちゃって…。朝もちゃんと食べられなかった」

「そう言えば残していたな。珍しい。いつもばか食いするくせに」

「そ、そんなに大食いじゃないよ!もう、こんな時まで嫌味を言うんだから」

「ははは。元気になったじゃないか」

 あ、そうか。緊張をほぐしてくれたのか。


「琥珀さんも笑うんですねえ」

 隣で彩音ちゃんがぼそっとつぶやいた。彩音ちゃんを見ると、なんだかうっとりとしているように見える。やばい。

「あ、あの、彩音ちゃん、足を引っ張らないように頑張るからよろしくね!」

 慌てて彩音ちゃんの気を引いた。


「え?こっちこそ、よろしくね」

 彩音ちゃんは優しく微笑み返してくれた。

 この笑顔になんとなく罪悪感だ。でも心の中で願ってしまう。琥珀に恋をしたりしないで。琥珀を取ったりしないでと。ああ、こんな時に嫉妬だなんて。神楽を舞う前だというのに。


「美鈴」

「なに?琥珀」

「無になるんだぞ?」

「う、うん」

 今の心の内を見抜かれたのかと思い、びっくりした。

「まあ、どうしても緊張してしまったら、俺を見ろ。わかったな?」

「うん」

 ドキン。今の琥珀の目、優しかった。


 神楽殿に人が集まってきた。ドキドキ。深呼吸をして気持ちを落ち着けていると、

「琥珀さんは、美鈴ちゃんが大事なんだね」

と隣で彩音ちゃんが呟いた。

「え?何?」

 ちゃんと聞こえなかったな。


「美鈴ちゃんは特別で羨ましいな。見守ってくれる人がいて。それに、ほら、お兄さんも心配そうに見てる」

 彩音ちゃんの指さす方を見ると、悠人お兄さんが里奈と真由と一緒にこっちを見ていた。

 わわわ。皆が見に来てる。もちろん、両親もおじいちゃん、おばあちゃんも、ひいおばあちゃんもいる。


 この前、特訓だと言われた時にも、お社ではあんなにうまく踊れたのに、ひいおばあちゃんの前だと全然ダメだった。ひいおばあちゃんが最後に言った言葉は、

「せいぜい彩音の足を引っ張らないよう、失敗するな」

という、匙を投げたような言葉だった。


 はあ。ため息。せっかく深呼吸して落ち着けていたのに、彩音ちゃん余計なこと言わないでよ。と彩音ちゃんを見ると、彩音ちゃんは寂しそうに遠くを見ていた。

 ああ、そうか。彩音ちゃんの家族は誰も見に来ていないのか。お母さんやお父さんも、おばあさんも。


 私もうまく踊れたら、見に来てくれていることを喜ぶところだ。だけどさ、下手だとかえって見に来られるときついものがあるのよ。とは言えないよねえ。


 もう一回深呼吸をした。無になれ、私。

 舞台に上がる前に琥珀を見た。あ、なぜか目が合った。その目が優しくて、気持ちが落ち着いた。


 舞台に上がった。ドキドキしているけれど、さっきよりは落ち着いている。無になる。もう一度琥珀を見た。琥珀からはとっても安心できる不思議なオーラを感じた。あのお社で感じたような、穏やかさに包まれるような感覚…。


 よし。大丈夫だ。ドキドキもおさまった。


 雅楽が流れ、私と彩音ちゃんは舞を始めた。私はすぐに思考が消え、勝手に体が動き出した。何も考えないでも、手や足はゆるやかに動く。そよ風が吹くようなそんな感覚。


 そして、その場と一体になった。私がその空間そのものになったように。私という感覚すら消えた。宇宙に漂っているかのように自分の体が広がり、光に包まれていた。


 体が止まった時、雅楽の音楽も聞こえてこなくなった。一瞬時が止まったかと思ったが、そのあと拍手が聞こえ、また時が動き出した。そして、私の意識も自分の体に還ってきた。


 私と彩音ちゃんは静かに舞台を降りた。そこにひいおばあちゃんがいて、

「美鈴、今の舞はなんだ?」

と険しい顔で聞いてきた。

 え?覚えていないけど、とんでもない失敗でもしたの?私。


「今までに見たことのない舞だ。顔つきまで人が違ったように見えた。どこで習った?あんなに優雅に、まるで神が降臨したかと思ったぞ」

「私も、隣で踊っていて、隣にいる美鈴ちゃんが天女に見えた。美鈴ちゃんの後ろに光が差してたの」

 彩音ちゃんも顔を高揚させながら、そう言ってきた。


「天女?」

 そう言えば、琥珀にも言われたっけな。

「いったいどうしたというのだ。たった一日で何が起きた?」

「あの、琥珀に実は教えてもらって」

「琥珀にだと?」


 ひいおばあちゃんが声を大にして聞いてくると、

「呼び捨てにするなと言っただろ」

とひいおばあちゃんの後ろに琥珀が現れた。

「琥珀!何をどう教えたら、へたくそな美鈴がこんなに上手に舞えるようになるんだ?」

「ひいばあ。呼び捨てはやめろ。それに何も俺は教えていない。美鈴は無になって舞っただけだ」


「…無になった?」

「そうだ。あれこれ頭で考えて舞ったって意味がない。無になり、神と一体になり、いや、宇宙と、森羅万象と一体になって舞ったのだ。それだけだ」

「それだけじゃない。それがどんなに難しいことか」

 ひいおばあちゃんが去ろうとしている琥珀の腕を持って、引き留めた。そして、なぜかすぐにびっくりしたように手を放してしまった。


「ずいぶんと冷たい手だな、琥珀は…」

「また呼び捨て…。はあ。何度言ってもわからないやつだな。まあ、とにかくだ。美鈴は龍神の嫁になる娘だ。神と一体になって舞うのなんて朝飯前だ。見ていてもわかっただろう。あれが龍神の嫁の舞なのだ」

「………」

 琥珀の言葉にひいおばあちゃんは、私を険しい顔で見た。そしてその隣で彩音ちゃんは、悲しそうな、憐れむような眼で私を見た。


 もしかして、彩音ちゃんは私が龍神の許嫁だって知ってる?それを同情している?そんな表情だった。


 彩音ちゃんと神楽の衣装から巫女の袴に着替え社務所に行き、一息つきに休憩室に入った。

「奇麗だったよ、二人とも」

とちょうどそこにいた里奈と真由が褒めてくれた。

「ありがとう」


 二人はバイトの応援に来てくれているが、どうやら神楽の時間は八乙女さんと亘理さんに仕事を任せ、観に来てくれたようだ。しばらく休憩室で4人でのんびりとして、

「そろそろ、亘理さんと八乙女さんが帰る時間だから交代しなきゃ」

と私が立ち上がると、

「私らも休憩もらっていたから、仕事再開するよ」

と里奈たちも立ち上がった。


 4人で社務所に入り、亘理さんと八乙女さんは帰って行った。そのあと、参拝者が続々とお守りを買いに来て、あっという間に16時になった。


「一回、彩音ちゃんと休憩に入ってもいい?」

 へとへとになりながら、里奈に聞くと、

「いいよ。神楽も踊って疲れてたでしょ」

と言ってくれた。


「ねえ、美鈴。今日はずっと修司さんを見かけないんだけど」

 真由が聞いてきた。

「そう言えば、私も見ていない。午前中はふらっと境内を歩いていたのを見たけど、そのあとまたどこかでさぼっているのかも。あの人、忙しい時に限っていなくなるんだよ。ほんと、ちゃんと仕事してほしいよ」

 そう文句を言いながら、休憩室に彩音ちゃんと行った。


「疲れたね。彩音ちゃん、コーヒーか紅茶飲む?冷たいものもあるよ」

 休憩室には冷蔵庫もあるし、お湯を沸かすポットもある。

「冷たいお茶でも飲もうかな」

「うん。私もそうする」


 二人で冷蔵庫に冷やしてあったお茶を飲んだ。

「ああ、生き返ったかも。疲れた」

「お疲れ様」

「彩音ちゃんもお疲れ様。そうだ。お守り新しく買っていきなよ。琥珀が念を入れ直していたから、強力だよ」

「琥珀さんが?」


「うん。琥珀って、そういうことができるんだよ」

「…そうなんだ。すごいね。あの人のオーラもすごいものね」

「そういうの、彩音ちゃんも彩音ちゃんのお父さんも見えるんだってね」

「え?誰がそれを…」

「お父さんから聞いたよ。この前車で駅まで送ってくれたでしょ」


「お父さん、そんなことを美鈴ちゃんに?」

「お母さんには内緒なんだよね?言わないから安心して」

「……お母さんは、そういうの信じていないから」

 彩音ちゃんは目を伏せて黙り込んだ。


「あ、えっと。実は私もそういう力があるんだけど」

「やっぱり?じゃあ、琥珀さんのオーラも見えているよね?」

「ごめん。今は封印されているというか、力を抑えられているから見えていないの」

「封印って?」

「なんか、この力を奪おうとする変なやつらから守るために、私には結界っていうの?龍神の加護が付いているらしくって」


「それは、私もお願いしたら琥珀さんがやってくれるの?」

「う、う~~~ん。それができないらしいんだ」

「琥珀さんには、そこまでの力がないの?じゃあ、美鈴ちゃんは誰がしてくれたの?」

「琥珀」

「……えっと、じゃあ、なんで」


「説明が難しいんだけど、力不足なんだって。まだ、半人前だって言ってた。でも、お守りを持つだけでも、ある程度は護ってもらえるって」

「…ある程度?」

「変なのを寄せ付けないようにしてくれる」

「…悪霊とか?」

「うん」


「………そう。じゃあ、安心だ」

 彩音ちゃんは笑って見せた。でも、目の奥は笑っていないのがわかってしまった。

 彩音ちゃんは時々、本心を言っていないんだろうなっていう時がある。表面だけ笑って、心の奥は閉ざしている。


「あのさ、困ったことがあったら相談に乗るよ。なんでも言ってね」

 そう言うと、彩音ちゃんは、

「大丈夫。困ったことなんてないから」

と無理やり笑って見せた。


「ごめんね。変に気を使わせて」

「え?ううん」

 彩音ちゃんは休憩室から社務所に戻る寸前、そう私に言ってきた。

「でも、美鈴ちゃんには何の力もないんでしょ?もし、相談しても何もできないと思う。だから、相談するなら琥珀さんに相談したい。いいよね?」


 

「琥珀に?!」

 彩音ちゃんの目は、少し挑戦的に見えた。

「わ、わかった。琥珀に聞いておくね?」

「いいよ。美鈴ちゃんを通さないでも、あとで直接話しかけるから」

 彩音ちゃんはそれだけ言うと、クルっと後ろを向きさっさと休憩室を出て行ってしまった。


 なんだろう。今の言葉も態度もトゲがあったし、私を拒否するような感じだった。それに、なんだって琥珀に近づこうとしているのかな。


 う…。嫌だな。また私、嫉妬してる。琥珀とは仲良くしないでほしいって思っている。それも、琥珀は私にだけ優しいんだとか、琥珀は私だけ特別なんだとか、すごい独占欲だ。

 あ~~~。こんなことを思っている自分が嫌になる!








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