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第32話 琥珀との不思議な体験

 琥珀の部屋を出て、ひいおばあちゃんに報告に行こうと思ったが、気持ちが滅入っていて重い足を引きずるように私の部屋に向かい、部屋に入るとドスンと座り込んでしばらく落ち込んでしまった。


 悩んでもどうしようもないことだとわかった。受け入れるしかないんだっていうこともわかった。だったら、思いは通じなくても、これからもずっと琥珀がそばにいてくれることを喜ぼうよ。

 そうは言っても…。割り切れない私がいる。


「美鈴、お風呂入っちゃって」

 母の声に仕方なく重い腰を上げ、お風呂に入りに行った。


 そう言えば、琥珀お風呂上がりだったなあ。湯船に浸かりながらそんなことを思い出し、なぜか赤面した。いつもと違っていた琥珀。浴衣姿の琥珀。これからもっといろんな琥珀が見てみたいなあ。


 狐になったら琥珀はどんな狐なの?もしかして耳と尻尾だけが生えるのかしら。それは見てみたいし触ってみたい。ああ、こんなこと考えて私ったら、最近見ている漫画の影響かな。


「はあ」

 思いが通じないのに、それを隠し通して生きていくってどんなことになるんだろう。

 琥珀がお嫁さんをもらっても、それを祝ってあげられるのかな。そんなこと私にできる?


 それに、そもそも龍神と結婚って、龍神って大きいわけ?一緒に暮らせるわけ?おっかなかったり、不気味だったりしない?

 あ~~~~~。ダメだ。もう考えるのをやめよう。


 お風呂から出て、湯あたりしたのか気持ちが悪くなった。案の定廊下を歩いていると、ひいおばあちゃんが私を呼んだが、

「ごめん、のぼせて気持ち悪いからもう休む」

と、廊下から声をかけ自分の部屋に戻ろうと2階に上がった。


 すると、のたのたと階段を上り切ったところに琥珀がいて、私は思いきり驚いてしまった。

「え?何?」

 なんでこんなところに突っ立っているの?

「気分が悪いのか?」

「あ、聞こえた?」


「ああ、聞こえる」

 そうか。地獄耳だもんね。うっかりしたこと言えないよね。

「大丈夫。のぼせただけ。でも、もう寝るよ」

「来い」

「へ?!」


 私の腕を持ち、琥珀が私を引き寄せ、そして私を抱きしめてきた。

 うっわ~~~~!?なんで?あ、気を送ってくれてるの?

「俺は体温が低い。ひんやりしているだろう?気持ちいいか」

「ほえ?!」

 かえって体がもっと火照って来たよ!


「あああ、あの、放して」

 そう言ってから、待って、私。ハグしてもらっているんだよ?これはラッキーだよ、と思い直し、

「あ、うそ。今のうそ。まだ気分悪いからもうちょっとこのままで」

と慌てて言い直した。


 ドキドキドキドキ。琥珀はそのまま私を抱きしめている。確かに琥珀はひんやりしている。でも、ドキドキで全然火照りはおさまらない。ど、どうしよう。


「何をしているんだ?」

 ドキ――ッ!!

 後ろから声が聞こえて、私はびっくりして琥珀から飛びのいて後ろを振り返った。

「僕にはさんざん近づくなと言っておいて、自分だけはいいってわけ?でも、龍神に怒らるんじゃなかったのか?」

 修司さんだ。ああ、良かった。悠人兄さんかと思ってめちゃくちゃ慌てちゃった。


「なぜ、俺が怒られる?変なことを言うな」

「はあ?自分は特別許されているとでも言いたいわけ?」

「そうだ。当然だ…。あ、いや、もちろん美鈴が嫌がっていなければの話だが」

 なぜか琥珀がちらっと私を見た。その目は少しいつもより弱々しい。


「琥珀は私が気分が悪いって言ったから、心配してくれたの。あなたみたいに、私の気を盗んだりしないもの」

「…気を、盗む?」

 あれ?修司さんの顔が一気に怖くなったんだけど。なんで?

「は、ははは。そんな芸当この僕にできるとでも?」

 そう慌てたようにわざとらしく笑うと、修司さんは逃げるかのように足早に自分の部屋に行ってしまった。


 琥珀は私の耳元で、

「図星だな、だから逃げたのだ」

と囁いた。

 ドキ―――!やばい。今のでも私は反応して顔が赤面する!


「ん?まだのぼせているのか?」

「ううん!なんでもないの。もう大丈夫。ありがとう。じゃ、おやすみ」

「ああ」

 私も琥珀から逃げるように自分の部屋に入った。


 ああ、ドキドキした。なんだって、琥珀だとこんなにドキドキするんだろう。まだ胸の高鳴りがおさまらない。琥珀が好きだっていうことを、まざまざと思い知らされているみたいだ。


 琥珀はその次の日からも、前よりも頻繁に私の前に現れるようになった。掃除をしている時もずっとそばにいるし、食事の時も必ず隣にいるし、それも、ちょっとでも私が疲れたとか、どこそこが痛いとか言うと、

「大丈夫か?」

と、頭を触ってきたり、背中を触ってきたりする。そのたび気をくれているのか、ほわんとあったまる。


 なんだ?なんか、前よりも琥珀が優しくなってる?こっちは近づくだけでもドキドキだし、ご飯だって喉を通らないくらい、意識しちゃっているのに。

 修司さんから護ってくれているのかな。でも、最近修司さんも言い寄ってこなくなったんだけどなあ。


 修司さんは相変わらず、夜ふらっと出かけて遅くに帰ってくることがある。その翌日はなぜだか顔色がいい。ちょっと怖いくらいギラギラしている時すらある。そんな時は琥珀が、

「修司に近づくな」

とさらに私のそばに張り付くことになる。


 護ってくれるのは嬉しい。そばにいてくれるのも嬉しい。だけど、あんまり近くにいてくれると、私の心臓が持ちそうもない。それに、赤面したり、ドキドキしているのをばれたらどうしようって、気持ちを抑え込むのもけっこう大変だ。


 あ、だけど、私が琥珀のことを好きだっていう事はバレているんだよね?そこはずっとスルーしているみたいだけど。琥珀にとっては関係のないことなのかな…。


 そんな日々を送っているとあっという間にお祭りの日がやってきてしまった。ハッキリ言って、ちゃんと神楽の練習もできていない状態だ。お祭りの前の日、彩音ちゃんもやってきて、一緒にひいおばあちゃんから特訓を受けることになってしまった。


 神楽殿で彩音ちゃんとちゃんと衣装も着て、ひいおばあちゃんの特訓を受けていると、それを琥珀も見にやってきてしまった。

 うわ~~。緊張する。隣で踊っている彩音ちゃんは奇麗だし、上手だし、きっと琥珀も彩音ちゃんと私を比べて見てる。そして、私にがっかりしているかもしれない。


「美鈴!また間違えた。何度言ったらわかるんだ。まったく物覚えの悪い!」

 ひいおばあちゃんは昔から口が悪い。その都度心に傷を負う。そして、さらに緊張してうまく踊れなくなる。

「美鈴!もっと優雅に踊れないのか。それじゃロボットだ!」

 う、琥珀が見ているのに。泣きそう。


「もういい!あとでまた美鈴だけ特訓だ。彩音、先に進むぞ。美鈴はそこで見ていろ」

「はい」

 差をつけられた。隅っこに行き彩音ちゃんの舞う姿を見ていた。ああ、今日もなんて奇麗なのかしら。私、この前彩音ちゃんのおばあちゃんにも指導してもらったのに、何もいかせていないなあ。


「美鈴」

 いつの間にか琥珀が私のすぐそばに来ていた。まさかのダメだし?恐々琥珀を見ると、

「こっちに来い」

と言われ、私をいきなりお姫様抱っこして、神楽殿を抜け出した。


 え?何この状況。なんでお姫様抱っこで私は連れ去られているの?わかんないけど、軽々私を抱き上げ、走っている琥珀にドキドキしつつ、惚れ惚れした。ああ、琥珀って本当にかっこいい。こんなかっこいいところを見せられて、ますます好きになっちゃうじゃないか。


 ん?なんでお社?

「ほら、ここで練習するぞ」

「え?お社で?そんなの罰当たりだよ。勝手に入ったらまた怒られる」

「ははは。笑わせるな。誰が怒ると言うのだ?龍神か?」

「違うよ。龍神にもだろうけど、お母さんとかに雷落とされちゃうよ」


「美鈴は龍神の嫁になるんだ。逆に言えば、美鈴だけがここに入るのを許されているのだ。他のものは特別なことがない限り入ることを許されていない」

「え?特別って?みんな掃除をしに入ったりしているけど」

「そういう時だけ許されているが、言っただろ。直接龍神と繋がる場所だ。だから、龍神の嫁はいつだってここに入ることを許可されている」


「……」

 龍神の嫁じゃないよ。まだ嫁になっていないってばと言い返したかったけれど、黙っていた。

「ほら、ここなら誰にも邪魔されない。龍神の加護があるし、結界も他の所より強い」

「う、うん」

「それに、龍神が力を貸す。いや、美鈴は何をしないでも、すべて任せていても大丈夫だ。そのすべてを任せて舞うことを体で覚えろ。いいか?」


「全てを任せる?」

「自分で動こうとするな。頭で考えるな。無になれ。体が勝手に動き出す。それに任せるんだ」

 何よ、それ、ちょっと気味悪くない?勝手に体が動くだなんて。

 でも、琥珀の言う事を信じてやってみることにした。


 どこからともなく雅楽の音が聞こえてきて、私は何も考えないようにした。すると体が自然と動き出した。勝手に操られていると言うよりも、もっと自然に気持ちよくのびのびと動ける。心地いい風が吹くように、その風に体を任せているように、まるで桜の花びらが風に任せてゆらゆら揺れているように心地いい。


 そして、自然に体の動きが止まった。不思議と体のどこも緊張することもなく、疲れすらないし、汗もかいていない。


「どうだ?」

「あ…、勝手に体が…。琥珀が見てて変じゃなかった?」

「変なわけがない。天女の舞だったぞ?」

「天女の舞?」

 おおげさな!

「誰にもまねできない。美鈴しかできない」


 琥珀の目は優しかった。それだけじゃない。ここの空気も居心地がいい。すうっと息を吸ってみた。なんだろう。大自然にいるような、ううん、もっと心地いい。まるで光に包まれているような、心がどんどん広がって、そこにいる琥珀とも同化しているみたいな感覚だ。


「わかるか?」

「え?何が?」

「その感覚が龍神のエネルギーだ」

「居心地がよくって光に包まれているみたいだよ?もっと龍神って威厳があって力強いんじゃないの?こんなに優しくって愛に溢れているの?」

「そうだ。そしてそのエネルギーは、美鈴そのものだ」


「……そ、そうなんだ。よくわかんないけど、龍神は優しいのね」

「……」

 琥珀は何も言わず、優しく微笑んだ。


 神楽殿にまた琥珀は、お姫様抱っこでひとっ飛びで戻ってくれた。すると、彩音ちゃんがまだ舞っていた。それから、私を隅にそっと降ろすと琥珀はどこかに消えてしまった。

「彩音、さすがだ。美鈴もちゃんとそこで見ていたか?」

「え?は、はい」


 あれ?私がいなくなったのに気づいていない?っていうか、時間が経っていないんじゃない?絶対に彩音ちゃんが舞っている時間より、私が舞っていた時間の方が長い気がしたのに。もしや、あのお社にいた時間って、他の人の時間と違っていたとか?


 とっても不思議な体験をしたのに、琥珀とだったらそんな体験もあり得ると思えてしまう。もう何が起きても不思議じゃないっていうか、琥珀は人間じゃないからなんでもありっていうか…。


 そんなことを普通に受け入れている自分の方にびっくりしている。




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