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第31話 思いを封印する

 駅から家に電話を入れた。おばあちゃんが出て、夕飯を食べ損ねた話をしたら、私の分も作ってくれると言ってくれた。なんで泊ると言ったのに帰ることになったのかは、おばあちゃんは特に聞いてこなかった。


 電車を乗り継ぎ家に着いた。途中、満員電車に乗ってしまい、へとへとに疲れてしまった。ああいう人が多い場所は昔から苦手だ。色んな人の気を感じるからかもしれない。だけど、まだ龍神の加護があって護られている。でも、彩音ちゃんは大勢の人がいたら、色んな気に当たって、体調を崩すことも多かったんだろうな。


 8時過ぎには神社に着いた。やっぱり琥珀が鳥居まで迎えに来ていてくれた。

「琥珀~~~」

 疲れていたから、思わず琥珀の顔を見たとたん甘える声を出してしまった。

 すっと琥珀は私の頭に手を当て、

「ああ、随分と色んな気に当たって来たな」

と、どうやら浄化してくれたようだ。いきなり、すうっと頭が軽くなった。


 どうせなら、ハグもしてほしかったなあ。あれは、気を取られた時だけしてくれるものなのかしら。


「泊るんじゃなかったのか」

「うん、彩音ちゃんのお母さんに帰れって言われてね」

 琥珀、助けに来てくれた?って聞いてみる?でも、行っていないとクールに言われても寂しいかな。


「彩音とやらの母親は厄介だな。だが、神門家の血は入っていないから、どうやら龍神の加護の力が効いたようだったな」

「え?もしかして、私の腕を掴んで電流が流れたっていう、あれのこと?」

「そうだ」


「あのね、そのあともお母さんが私に対して怖くてね、その時、彩音ちゃんも彩音ちゃんのお父さんも私の後ろっていうか肩辺りに、何かを見たらしいんだけど…」

「ああ、俺のエネルギーだ」

「琥珀だったの?やっぱり琥珀が助けに来てくれたの?」

 良かった~~~。嬉しいかも。


「俺を呼んだだろう?」

「心の中でだよ」

「だが、聞こえてきた。精霊もつけておいたからな。何かあればすぐに知らせろと言ってあったから、心の声でも聞こえてきたのかもな」

「…エネルギーで来たの?」


「そうだ。ん?彩音とやらも、その父親も見えたと言っていたのか?」

「うん」

 私たちは鳥居から家まで歩きながら話していた。

「それでね、あとでもいいから、聞いてもらいたいことがあるの。夕飯食べてからでもいいかな」

「晩飯ならもう食ったぞ」

「私はまだだもん」


「食べ終わったら俺の部屋に来い」

「うん、わかった」

 玄関の戸を開け、ただいまと元気よく家に入った。琥珀が浄化してくれたからなのか、琥珀に会えて元気になったのかわからないけれど、声がやけに明るくなっているのに正直自分でびっくりした。


「あら、おかえり。泊らなかったのねえ」

 その声でお母さんが和室から顔を出した。

「うん、お腹空いた。私の分ちゃんと取ってあるよね?」

と言うと、隣にいた琥珀がブッと噴き出した。


「何?」

「いいや。食べ過ぎるなよ?」

 あ、また嫌味を言った?意地悪そうに笑っていたし。だけど、そんな笑い顔を見たお母さんは驚いていた。2階に向かう琥珀の背中を見ながら、

「琥珀君も笑うんだ…」

とポツリと呟いた。


 夕飯を食べ終えた。お母さんにあんたが粗相して帰されたんじゃないの?と心配されたが、どうやらおばあちゃんが、彩音ちゃんのお父さんからの電話を受けていたらしく、

「政子さんの具合が悪くなって、帰されたようよ。謝っていたわ」

とお母さんに告げてくれた。


「彩音ちゃんのお母さんが?体弱いとか聞いていないけど…」

「仕事で疲れていたんじゃないかな…」

と私が言うと、

「やっぱり、あんたがうるさくしたんでしょう!」

とお母さんに結局怒られてしまった。


 違うよ。彩音ちゃんのお母さんは神門家が嫌いなの…と真相は言えず、私はさっさと立ち上がった。

「あ、逃げるの?あんたはいつも…」

「違う。琥珀に聞きたいことがあるの。ちょっと彩音ちゃんのことで相談に乗ってもらうの」

「何よ。なんで琥珀君になの?」

「琥珀が詳しいことだから。じゃね」


 私はさっさと和室を出た。でも、ひいおばあちゃんが自分の部屋から顔を出し、

「彩音がどうした?」

と私に聞いてきた。

「えっと、ひいおばあちゃんにもあとで詳しく話す。でも、まずは琥珀に相談しようと思って」

「琥珀にならわかることか?」


「うん。龍神がらみだから」

「そうか。まあ、あとでひいばあにも報告しにこい」

「うん」

 そして、2階に上がりながら、私は一気にドキドキしてしまった。


 琥珀の部屋に二人きり。いや、別にそんなことでドキドキしてもしょうがないんだけどさ。でも、なんだか、ドキドキしてきた。


「琥珀」

 襖の前で声をかけた。

「入っていいぞ」

 ドキ。琥珀がいる。いや、部屋に来いって言われたんだから、いるのは当たり前なんだけど。


 すすすと遠慮がちにゆっくりと襖を開けた。すると、琥珀がなんと浴衣姿で胡坐をかいて座っていた。

 うわ!浴衣だ~!やばい。ちょっと胸がはだけてて目のやり場に困る。


「あ、あ、あああ、あの」

「なんだ?そんなところにいないで、さっさと中に入れ」

 モジモジしていると、琥珀にそう言われてしまい、私は襖を閉め、琥珀の前へとドキドキしながら進み出た。


「ゆ、浴衣なんだね」

「まあな。風呂も今入って来たし」

 そう言えば、前髪がいつもよりもたれているし、少し濡れているみたい。なんだか、色っぽいかも。

 ああ、やばい。やっぱり顔も見れない。


「あ、琥珀でもお風呂入るんだ」

「はあ?風呂も入らないかと思っていたのか?」

「えっと、そういうわけでは」

 ああ、しどろもどろ。

「いつもと雰囲気違うから、変な感じ」


 そう言いながら、琥珀の前にちょこんと正座した。でも、琥珀を見るのも恥ずかしくて、ずっと俯いていた。

「変な奴だな。ところでなんだ?」

「琥珀の私物はないの?」

「ない」

「何も持っていないの?」


「必要なものはないからな」

 琥珀はそう言うと、黙り込んだ。なんだか、圧を感じて思わず顔を上げると、やっぱりじいっと私のことを琥珀は見ていた。

「な、なに?」

「いや。別に」


 琥珀はふっと視線を別に移すと、

「彩音とやらがどうしたのだ?」

と聞いてきた。

「あ、うん。さっきも言ったけど、彩音ちゃんとお父さんが何かを見たみたいで、お父さんはオーラみたいな感じではっきりとは見えないみたいなんだけど、彩音ちゃんは神社でも龍神を見たことがあるんだって」


「本人がそう言ったのか?」

「お父さんから聞いた。彩音ちゃんは私には内緒にしているのかも。お母さんからきっと、そういうことを人には言ってはいけないと注意を受けているんだと思うの」

「そうか」

「彩音ちゃんのおばあさんからも、笹木家のことをいろいろと聞いたんだ。例えば、ハルさんが笹木三郎と逃げてからのこととか」


「それで?」

 あれ?なんだか、無関心って感じだな。それがどうしたって顔をしている。

「えっと。彩音ちゃんも私みたいに霊力が強いらしくって、体に痣もできちゃうんだって。それは神楽を舞って消えたりしたらしいんだけど、あと、怖いものが見えちゃったり。お守りでだいぶそういうのもなくなってきたらしいんだけどね」


「……」

 あ、ちょっと怖い顔をしてこっちを向いた。

「でも、まだ霊力はあるみたいで、私みたいに龍神の加護」

「無理だ」

「え?!」

「俺が龍神の加護をつけられるのは、龍神の嫁になる娘だけだ」


「それは私だけってこと?」

「そうだ。お守りを持たせることぐらいしかできない」

「つまり、彩音ちゃんの霊力は抑えられないってこと?」

「彩音とやらの霊力はせいぜい美鈴の半分くらいだ」

「え?」


「いや、半分以下だ。それも、悪い霊が近づいたり、憑りつくのなら、彩音自身が低いエネルギーを持っているからに過ぎない」

「低い?」

「痣と言ったな。それは何かの悪霊か、妖によってつけられたものだ。次元の低い力のない妖による。力の強いものは、人間そのものに憑りつき、そのものを支配もできる」


「低い妖ってこと?」

「力の弱い妖、もしくは悪霊の仕業だな。美鈴はもともと波動が高い。何しろ龍神に匹敵するからな。そんな雑魚も寄り付かないくらい波動が強いのだ。だから、美鈴を取って喰おうとしているようなやからは、相当な力の持ち主だ」


「力持ちの?」

「強い妖だってことだ」

「……そのほうがもしかして、厄介で怖い?」

「そりゃそうだ。じわじわと体をむしばむとか、憑りついて操るとかではない。体ごと喰われてしまう可能性もあるし、エネルギーをすべて吸い取られてしまうかもしれない。即、美鈴の死を意味するんだ」

 げ~~~。こわ~~~~~。


 真っ青になっていると、

「だから、龍神の加護は必要になる。俺は全力で美鈴を護っている。他の女を護る余裕などない。俺が100パーセントの力を持てば、余裕で周りの人間も護れるけどな」

「……今は、半人前だから無理?」

「そうだ」


「龍神も半人前だから無理?」

「そういうことだ」

「じゃあ、彩音ちゃんはこれからも」

「お守りはまた念を入れ直してやる。肌身離さず持っていれば、悪霊も妖も跳ね返せるぞ。まあ、変なのを見るくらいはこれからもあるかもしれないがな」


「……そっか。私は龍神の嫁になるから、琥珀は護ってくれるんだね」

「そうだ」

「もし、龍神の嫁にならなかったら、護ってもらえないんだね」

 彩音ちゃんや、ハルさんのように。

「もしなんていうことはない。嫁にならないという選択はない」


「え?」 

 琥珀の目、真剣そのものだ。やっぱり、神使だから、龍神に逆らえないし、私を龍神の嫁にするっていう使命みたいなものがあるんだよね。


「だが、無理強いはしない」

「無理強いって?」

「嫌がっているのに、無理に祝言を挙げることはしないと言っているのだ」

「……それはもしかして、私の意志を尊重してくれるってこと?」

「そうだ」


「だったら、私がずっと龍神の嫁になることを拒んだら?」

「……受け入れられるよう、努力するのみだ」

「……琥珀が努力するの?」

 龍神のために?琥珀にとって主みたいな感じ?

「そうだ。俺が努力をする。だが、正直どう努力をしたらいいかもわかりかねる」


「え?そうなの?」

「ハルの二の舞を踏みたくはない。ハルの一生を聞いたのであろう?けして幸せではなかっただろう?逆に辛く苦しい人生になったはずだ。その子孫もだ。龍神の加護を得ることが出来なくなり、結局は龍神に助けを求めることとなった。違うか」

「うん、その通り。龍神から逃げても幸せにはなれなかった」


「そんな真似を美鈴にはさせられない。大事な嫁だからな」

「………」

 琥珀のお嫁さんにしてほしいんだよ。だから、龍神の嫁になんてなりたくないの。などど言ったら、琥珀はどうするの?やっぱり、龍神の加護を受けられなくなるから、琥珀は龍神に私を差し出すの?


 それとも、龍神の嫁にならなくても護ってくれる?だけど、神使ではいられなくなるよね。龍神を裏切ることになるんだもの。それって、琥珀も不幸にすることになるの?私の子も、その子どもも。ううん、子どもなんて産んじゃいけないかもしれない。不幸になるのに産んでいいわけない。


「私は、龍神の嫁になるのが一番なのかな」

「ん?」

 小声だったからか聞き返してきた。ううん。どんなに小さい声だって琥珀なら聞こえているよね。

「龍神の嫁になった私を、琥珀はずうっと守ってくれるんだよね」

「もちろんだ」

 あれ?琥珀の目がすんごく優しくなった。


 そうだよね。きっとそれが最善なんだ。琥珀もそれを望んでいるし、誰も傷つかなくて済む。誰も不幸にならなくて済む。私だけがこの恋を封印すればいいだけのこと。だって、琥珀は私のことを決して好きになんてならないもの。




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