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第30話 彩音ちゃんの霊力

 ガレージから車を出す間、道路の脇で待っていると、また風が吹いた。くるくると私の周りを風が通り抜け、なぜか琥珀の匂いがした。


「琥珀?」

 エネルギーだけは送れるって言っていたよね。小さな声で呼んでみると、何か胸のあたりが温かくなったのを感じた。もしかして、琥珀が気を送ってくれているのかな。動揺していたけれど、だんだんと気持ちが落ち着いていった。


 車に乗り込むと、

「あ、なんだか、穏やかになったね」

とお父さんが私の顔を見てそう言った。っていうより、やっぱり私の後ろを見ているような?

「何が穏やかになったんですか?」

「あ、そうか。ごめんごめん。でも、僕だったら大丈夫だ。ちゃんと感じられるから」

 ますますわけがわからない。


「えっと~~。何がですか?」

 きょとんとしながら聞いてみた。

「え?だからさ、君を守っている龍神だよ」

「え?!!!」

 何?龍神を感じられるってこと?


「穏やかになったっていうことは、なんか、龍神が怒ってたとか?」

「そうだよ。君も気づいていたから、早々と帰ろうとしていたんじゃないのかい?」

「………え?そ、そういうの彩音ちゃんのお父さんは見えるんですか?!」

「政子には黙っておいてくれないか」

「彩音ちゃんのお母さん?」


「彼女はこういった話をまるっきり信じていない。それどころか、気味悪がってそんな話をしようものなら、さっきみたいに嫌悪感丸出しにするんだ。ちょっとね、神経質になっているというか…」

「はあ…。あの…。見えるって龍神の姿かたちがですか?」

 ドキドキしながら聞いてみた。はっきり言って彩音ちゃんのお母さんのことなんかどうでもいい。


「いや。僕が見えるのは気っていうのかなあ。オーラみたいなものだったり、温度だったり。冷たい空気になったりね、黒っぽいモヤモヤが見えたりするんだよ。さっきは、君の肩の辺りに、すごい殺気みたいなものを感じてね、鳥肌が立ったよ。怖かったねえ」

「殺気!?」

「う~~ん、悪霊とは違う、もっと強くて圧倒的なパワーっていうのかなあ、殺気っていうより圧力っていうのかなあ」


「それが龍神の怒り?」

「まぶしいくらいの光も見えた。あれはその辺の霊とは違う。もっと高くて神々しいものだ。前に山守神社のお社でも見たことがある。さっきほどのパワーは初めてだけどね。本当にぞっとした。彩音にも見えていたようだ」

「彩音ちゃんも?!」


「彩音は僕よりもはっきりと見えていたと思うよ。もしかしたら龍神の姿もね」

 うそ。何それ。

「彩音ちゃんにはそんな力があるっていうことですか?」

「うん。あの子は子どもの頃から、誰もいないところに向かって話しかけたり、動物と話したりしていた。何もいないのに怖がったりとかね。それを政子は怖がってね」


「彩音ちゃんにそんな力が…」

 彩音ちゃんも霊力が高いってこと?

「政子は彩音が幼稚園の頃、幼稚園の先生からも彩音が誰もいないところに話しかけたり、何もいないのに、怖がって泣いたり、すごく変わった行動をして情緒不安定じゃないかって、そんなふうに言われて、病院にも連れて行ったりしていたんだよ。僕も色々と感じやすい方だから、彩音も霊感が強いだけで、病院に連れていくことはないと言ったんだけどね」


「はい」

「病院では、子ども特有の空想癖があるだけだと言われたらしいけど、政子はとても悩んでしまったんだよね。病院を渡り歩き、当時はどれだけ病院に連れて行ったか…。僕や母が止めても聞かなかった」

「……」

「だけど、小学校に上がって、身体検査があった時に、彩音の背中に痣が見つかって、学校の先生が虐待でもしているんじゃないかと、僕や母にも相談に来てね」


「痣?」

「それを知った政子は、もちろん虐待などしていなかったんだけれど、少し精神的におかしくなってしまって。僕も一緒に病院に行って痣を診てもらったんだが、虐待でついたような痣ではないと、そう医者に言われてね。それをちゃんと学校の先生にも伝えに行ったんだ。まあ、政子も教師をしているし、子どもを虐待しているなど学校に知られても大変だし、先生には他言しないでほしいと僕もちゃんと伝えたんだよ」


「はい」

「まあ、虐待はしていないということは、ちゃんとわかってもらえたけど、痣は原因不明だったし、消えてもまた違うところに現れたり、濃くなったり薄くなったりで、政子は人に知られないように必死だったね。また、虐待していると思われても困るしね」

「あの…、その痣は今も?」


「どうだろうね。高校に入ってからは、そんな話をしていないけど、彩音が隠しているだけかもしれないねえ。それを見られるのが嫌で、友達の家に泊まりに行ったりもできないのかもしれないし、修学旅行にも行かなかったし」

「私が泊るのをお母さんが嫌がったのはそれでですか?」

「いや。政子は神門家を嫌がっている。母が先祖も痣が出て苦しんだものもいて、それを山守神社で助けてもらったと言っても、まったく信用しない。逆に彩音にそんな変な痣が出来たのも、母が変なことばかりを吹き込むからだと言い出してね」


「それはお門違いというか、見当違いというか」

「うん。そうだね。でも、政子は母の言う事をもう聞かないんだよ。だから、僕もそういう話をしなくなったし、僕も山守神社に行くのをやめてしまった」

「お母さんが嫌がるからですか?」

「そうだよ。だけど、彩音は行くと、元気になれると言うんだ。13歳の頃、初めて神楽を舞いに行っただろう?神楽を舞ったら、その時胸の辺りにあった痣が消えたらしいんだよ」


「胸の辺りにあったんですか」

「そういうのを気にする年頃だったしね、とっても彩音も気にしていたんだ。だから、消えてしまって本当に喜んでいた。母も山守神社のおかげだ。龍神のおかげだと感謝していたが、政子はそんなのは消えるタイミングだっただけだってね。信じなかったんだ」

「まったくそういうことを、お母さんは信じていないんですね」


「でも、僕も母も信じているから、彩音だけは山守神社に行くようにさせている」

 あの人が言うから行かせていると、お母さんが言っていたっけ。あの人ってお父さんのことだったのか。


 そんな話をしているうちに、あっという間に駅に着いた。

「美鈴ちゃん、彩音のことを頼むよ」

「は?」

 頼むって?

「あの子は仲のいい友達もいない。母親もあんなだしね。唯一仲のいいのは隣に住んでいる幼馴染だけだ」


「あ、車で迎えに来てくれました。高志君って人」

「そうなんだ。彼も霊感があるから、昔から彩音の言う事を疑ったりしない。優秀だし、政子も高志君のことは嫌っていない」

「じゃあ、唯一の味方ですか。でも、おばあ様やお父さんがいますよね」

「まあね。でも、やっぱり同じくらいの年の女友達も欲しいと思うよ。色々と相談に乗ったり、力になってくれないかな」


「相談って…?」

「まあ、色んな力のこととか。あ、そう言えば、彩音もあれだけ霊感があるんだから、君もあるんじゃないのかい?龍神も見えたりしているんじゃないかい?彩音は山守神社で龍神も見たことがあると言っていたよ?」

 ええ?!


「龍神が?私は見たことないです!」

「見たことがない?なんで?」

「こっちが聞きたいです。なんで彩音ちゃん見えるんですか?!」

「そういう力があるからだよ。普通の人は見えないものが見えたり、感じたりするんだ」

「そんな話、今まで聞いたこともないです」


「そうか。君にも内緒にしているのか。政子に誰にも言ってはいけない。みんなおかしな子だって思うだけだって、そう言われているからかな」

「そんな力が彩音ちゃんにも…」

「君にもあるんだよね?あれ?でも、龍神を見たことがないって?」


「私、子どもの頃は霊力が高くって、不思議なものが見えたりしていたようなんですけど、今は見えないです」

「消えたのかい?その力が」

「いえ。えっと、抑えられているとかなんとか」

「抑えられている?」


「龍神の加護が付いていて、霊力を抑えているんだそうです。霊力が強すぎて、悪いやからに喰われたりしたら大変だからって」

「悪いやから?」

「妖とか?この力を欲しがっている悪い妖とかがいて、狙っているんだそうです。だから、霊力があるってわからないように抑えられているみたいで」


「そうか。君の周りに結界があるのか。だから、君が危機になると結界の力で跳ね飛ばされる…。政子もそれでやられたのか」

「跳ね飛ばされる?」

「何か、電流みたいなのが走ったって言っていたけれど、それは結界に弾き飛ばされたんじゃないかな」


「あ、玄関の外でも聞こえていたんですね」

「うん。何事が起きているのかと思ったよ」

「……そうか。龍神の結界…」

「君は龍神の加護が付いているんだね。彩音にも龍神の加護があれば、大丈夫なのか…」

「…痣のことですか?」


「うん。痣のこともだけど、時々何かに怯えたりしていてね。僕も何かしら感じることは感じるんだけど、あの子は怖いものが見えていると思うんだよ」

「龍神の加護。お守りじゃダメなんですか?」

「うん。お守りも持っているよ。お守りで前よりは、あの子も怖がることが少なくなってはいるけれど、でも、まだいまだに見えているみたいだね」


「そうなんですね…。それ、きっと怖いんだろうな」

「あ、ごめんごめん。帰りが遅くなっちゃうね。本当は泊っていってもらって、彩音の相談にも乗ってほしかったんだけど、政子が取り乱したりしたから、悪かったね」

「いいえ。私は別に…。でも、彩音ちゃんのことは、兄に…、いえ、一番いいのはひいおばあちゃんかなあ。誰かに相談してみま…」


「うん?」

 私はその時琥珀を思い出し、話の途中で黙り込んだ。お父さんはそんな私を不思議そうに見ている。

「あ、えっと。龍神のこととかやけに詳しい人が今神社にいて、色々と手伝ってくれてて」

「琥珀って人かな?」

「え?なんで知っているんですか?」

「彩音が話してくれたよ。すごい力があるんだってね」


「力…?」

「霊力だか、なんだかはわからないけれど、あの子は人のオーラも見えるんだ。まあ、僕もたまに見えるんだけどね。僕の場合は、オーラが強いとか弱っているとか、そんな感じのが見える。でも、あの子は色だったり、大きさや強さが見えるんだ」

「オーラ…?色があるんですか?」


「うん。君はとても柔らかくて一緒にいると安らぐって言っていたよ」

「私が?」

「琥珀っていう人は、とにかく強くてまぶしいらしい。色も透明だったり、虹色になることもあるめずらしい色で、オーラの大きさは辺り一面を覆うくらいだと言っていたよ」

「そんなことが彩音ちゃんにはわかるんですか?それも初耳!」


「それと、気になる人がいるって言っていた。修司君。彼は前、大学を出たらニュージーランドに行くと言っていたのに、今は山守神社にいるらしいね」

「はい。そうなんです」

「修司君のオーラは前と色も力も変わっていると。それも、色がその日によって変わったり、強さも弱くなったり強くなったりしているらしいね」


「修司さんが?そう言えば、元気だったり、弱々しくなっていたりしているかも」

「どちらにしても、いい色はしていないらしいよ。黒ずんでいるっていうのかなあ。近づくと冷たい空気を感じるらしく、彩音は苦手だと言っていた」

「確かに。修司さんは要注意なんです」


「そうなんだね。何か変なものが憑りついた可能性もある。だけど、山守神社にいるんだから、龍神がやっつけてくれそうなもんだけどね」

「ですよね。お守りでも持たせてみようかなあ」

「ああ、いいかもね。それじゃ、遅くなるから、話はこのくらいにしておこう。もし、何かもっと聞きたいことがあったら、僕の携帯に電話して」


 お父さんは最後に名刺をくれた。それを持って私はお辞儀をして、車を降りた。


 お父さんからびっくりするようなことをいっぱい聞いた。彩音ちゃんは一言もそんな力があるって教えてくれなかったし、私の後ろに龍神が見えたっていうのもびっくりだ。


 琥珀じゃなかったのか…。龍神の加護があるから、龍神が見えたっていう事なのかな。

 そして、彩音ちゃんのお母さんのこともびっくりだ。彩音ちゃんも大変だな。


 彩音ちゃんに友達がいないのも、山守神社に喜んで手伝いに来てくれるのも、痣があったり霊力があるからだったんだ。


 もし、私も龍神の加護がなかったら、同じように苦しむことになっていたのだろうか。

 琥珀に聞いたら、わかるかな。そして、彩音ちゃんも龍神に護ってもらうことはできるのだろうか。



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