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第25話 お守りの効力

 真由と飲みに行った翌日、朝からものすごく不機嫌な修司さんがムッとしながら朝食をとっていた。

 それにみんな気づいていたが、特に何も触れず、いつものごとく黙ってみんなは朝食をとった。


 食べ終わり、みんなが和室を出ていき、私は食器を片付けに台所に行くと、

「修司さん、やけに機嫌悪かったわね。顔色も悪かったし、昨日夜どこかに出かけたようだけど、何かあったのかしらね」

とお母さんが話しかけてきた。

「真由と飲みに行ってたんだよ」

「あ、そう言えば、そんなこと言ってたっけね」

 お母さんはこそこそとそう私に話した。へえ、ちゃんと声を潜めることもできるんだ。いつも声がでかいのに。


「ちゃんと言いつけ通り、早くに帰ったってわけね。真由ちゃんに振られたか、嫌われでもしたんじゃない?」

「修司さん、昨日何時ごろ帰ってきた?」

「8時過ぎくらいよ。確か6時ごろ出て行ったから、2時間も経っていなかったんじゃない?」

「ふうん」

 真由がしっかり、さっさと帰ったっていうことかな。


 真由、心配したけど、案外しっかりしているんだな。なんて、真由のことを見直しながら、箒を持って境内の中を歩いていると、

「おい!」

といきなり腕を掴まれ、振り向くと修司さんが怖い顔をして立っていた。


「な、なんですか?腕痛いから離してくれませんか?」

 そう言ってもまだ、ぎゅっと腕を掴んだままだ。痛いだけじゃない。なんだか、腕が冷たくなっていく気がする。

「お前、真由に何か渡しただろ」

「な、何かって?」


「お守りだ!普通のお守りじゃないだろ。あれはどうしたんだ?」

 怖い。修司さんの顔…。朝、顔色も悪かったし、髪の艶もなかった。ぐったりした感じだったし、妙に疲れた雰囲気だったのに、なんだか今は見る見るうちに肌艶が良くなって、背筋も伸びて、掴んでいる手の力もますます強くなっている。


「痛いです。離してください」

「何をしている!!」

 琥珀が、修司さんの後ろから修司さんの首を腕で抑え込んだ。

「グェっ!」

 修司さんが苦しみながら、私の腕から手を離し、首に回った琥珀の腕を両手で掴んで離そうともがきだした。


 私はその隙に、修司さんから離れようとしたが、よろよろとよろけてその場にしゃがみこんでしまった。力が出ない。

「美鈴?大丈夫か?」

 まだ修司さんの首を抑え込んだまま、琥珀が私に聞いた。

「離せ」

 苦しそうに修司さんが、なんとか声を出した。

「美鈴に何をした?」


「グッ!」

 さらに苦しそうに修司さんが声を上げた。もっと琥珀が腕に力を込めたのかもしれない。

「こ、琥珀、いいから離してあげて」

 さすがに修司さんの顔色が白くなってきたから、私は慌ててそう言った。とはいえ、まだ力が入らなくって、自力で立ち上がることもできない。


「ゲホゲホッ」

 琥珀の腕から逃れた修司さんは、その場で苦しそうに咳をしてから、

「お前こそ、何をした?」

と、琥珀を睨んだ。

「美鈴に悪さをしていたから、抑え込んだだけだ」


「違う!あの、真由って女に何をしたんだ?」

「何もしていない。なぜだ?」

「………くそっ」

 修司さんは舌打ちもして、その場から去っていった。


「大丈夫か?立てるか?」

 琥珀は私の背中に手を回し、抱きかかえながら私を立たせてくれた。

「ああ、やっぱり。こんなに冷えて。腕を掴まれた時にエネルギーを持っていかれたな」

「修司さんに?だから、腕が冷たくなったの?それに、見る見るうちに修司さんの顔色が良くなった」

 私がそう言うと、琥珀は私を抱きしめ、私に気を送ってくれた。一気に体があったかくなった。


「あいつ、そういうことを心得ているのか…」

「え?」

「わざと、力を奪うために腕を掴んだのかもしれない」

「修司さんが?」

「それより、何か言われたか?」


「うん。真由に渡したお守りはなんだって。あれは普通のお守りじゃないってわかったみたいで」

「なるほどな。お守りの効力が効いたってことだ」

「どういうこと?」

「真由って女の力を奪おうとしても、結界が張ってあったからな。変に近づいたりしたら、跳ね返される」

「そうなんだ」


「逆に龍神の気を浴びて、力が弱まったのかもしれないな。朝、顔色も悪かったし、ぐったりしていたし」

「ねえ、私には龍神の加護が付いているんでしょ?なのになんで、今も気を奪われたの?」

「多分、従兄だからだ。血の繋がりがあって、効力が出ないんだろうな」

「……。修司さんはなんだって、誰かの気を奪うようなことをしているの?」


「何か企んでいるのか…、もしくは、悪い妖にでも…」

「え?何?」

「いや…。さっきの態度といい、だんだんと正体を出してきているのかもしれないな。美鈴、これからも気をつけろ」

「う、うん、だけど、そうは言ってもいきなり来られたら、気を付けようがないよ。さっきだって」

 

「俺を呼ぶんだ。すぐに来る。わかったな?」

「うん。わかった」

「もう大丈夫だな?顔色も良くなったし」

「うん、元気になった」

 私は掃除を始めた。琥珀も私の周りをゆっくりと歩いている。どうやら、場を清めているようだ。


 悪い妖って言ってたよね。もしかして、修司さん、何か変なものでも憑りつかれたの?まさかね。


 それから、修司さんは私にもあまり声をかけてこなくなった。だが、前よりも頻繁に夜、外に出かけるようになった。そして、遅くに帰ってきて、翌朝は元気な顔を見せていた。


 そんな日々が続いていた。真由がシフトに入っても、修司さんが言い寄ることもなくなった。というか、逆に真由のことも里奈のことも避けているように見えた。


「お守りの効力だな」

 朝、また境内を掃除していると琥珀が突然現れ、私にそう言ってきた。

「え?何が?」

「真由とか里奈とかに持たせたお守りが、修司を近づけないようにしている」

「あ、そうなんだ。それで修司さんは二人を避けているんだ。私のことも最近避けているのか、近寄らなくなったよ。私、お守り持っていないけど」


「龍神の加護がようやく効力でも発揮し始めたのか?」

 琥珀は私の顔を覗き込みながらそうつぶやいた。

「な、なに、そんなにじろじろと顔を見ないでよ」

「いや、顔色もいいし、大丈夫そうだな」

「うん。修司さんも近寄らなくなったから、大丈夫だよ」


「それにしては、修司はまた血色よくなってきたな」

「そうだね。夜遊びしては元気になってる」

「夜、街にでも行っているのか?」

「そうじゃない?」

「そうか。どっかでエネルギーでも貰っているのか…」


「エネルギーを貰って元気になっているの?」

「そうかもなあ」

 琥珀はそう言うと、空を見上げた。

「もう夏みたいに暑くなってきたね。6月だもんね」

「もう6月か…」


「夏は暑くて巫女のかっこうも大変なんだよね」

「夏祭りもあったな」

「あ、そうだった。神輿担いだり、神楽も舞うんだった…」

 うえ~~。と嫌な顔をすると、

「なぜ、そんな顔をする?神社の巫女が、それもお前は龍神の嫁になるんだぞ。悪霊や災害からみなを守るために行う夏祭りを嫌がってどうする」

と琥珀に怒られた。


 ひゃあ。さすが龍神の神使。言う事が堅苦しい。

「だって、神楽苦手なんだもん。いつも彩音ちゃんと比較されちゃうし、あんなふうに奇麗に踊れないよ」

「奇麗?神楽を舞うのは奇麗かどうかなど関係ない。神楽を舞い、神を迎え入れ、人々の健康や実り豊かになること、災いから守るため、祈祷のために行うものだ。その祈りがこもっていればよい。奇麗に踊ろうとか、どう見られるかなど、そんな邪念を持って舞うものではない」


「う、うん、それはその…、ひいおばあちゃんからも何度も聞いた」

「だったら、無になって舞えばいいことだ」

「そうなんだけど…」

 みんなが、彩音ちゃん上手ねとか、彩音ちゃんは奇麗ねとか、彩音ちゃんばかりを褒めて、私のことは誰も褒めてくれたことがないから、トラウマみたいになっちゃってるんだよね。


 思えば、私のことを奇麗だと言ってもらったことなんて一回もない。踊って褒められたこともない。間違ってこっぴどくひいおばあちゃんに怒られたことはあるけど。そして、

「彩音をみろ。あんなふうに優雅に踊ってみい」

と言われたことを、いまだに忘れていない。あれって、13歳だったよなあ。


「龍神の嫁になる美鈴には、ちゃんと力が宿っている。だから、自信を持て」

 落ち込んで下を向いている私に、突然琥珀がそんなことを言ってきた。

「え?私に力?」

 いったいなんの力があるの?


「他の女が踊っても、確かに神を迎えて豊穣や厄災の祈祷となるだろうが、美鈴は龍神の力がすでにあるのだ。美鈴が踊るだけで、龍神のパワーをみんなに分け与えられる」

「私が龍神?え?私、人間だよね?」

「龍神の半身だ」

「は?」


「龍神は美鈴を得て、100パーセントになると言っただろ。いまだ、龍神の力は半分。美鈴が残りの半分。美鈴が舞って、龍神の力を迎え入れれば、100の力になる」

「…そ、そんな力ないってば」

「お前がわからないだけだ。そして、周りの人間にもわからないことだ。だが、実際その力によって、この神社も山も、参拝者たちも救われてきたのだ」


「うそ。うっそ~~!」

 私のへたくそな舞で?!

「今度の祭りでも、美鈴が舞えば、多くのものが救われ、邪気払いもできる。みなの幸せのために、美鈴は無になって舞えばいい。奇麗に舞おうなどと、そんな邪念は捨て去れ」

「う、うん」


「まあ、俺が近くにいるから、安心していたらいい」

 ドキ。

「うん。ありがとう」

 やばい。ときめいてしまった。だけど、神使だから、そう言ってくれたんだよね。

 そう思うと、ときめいた分、逆に落ち込みも半端ない。


「は~~~~」

 琥珀がいなくなってから、思いきりため息が出た。龍神の力なんか本当はいらない。私は普通の女の子でいたかった。そして、琥珀が普通の人だったら良かった。


 なんだって、こんな神社に私は生まれてしまったのだろう。この運命すら呪いたくなる。運命に逆らったハルさんは、どんな一生を過ごしたんだろう。


 あ!そうか。もしかして、彩音ちゃんの家に行けば、何かしらハルさんのこともわかるかもしれないよね?


 そう思い立った私は、早速お母さんに二日間お休みをもらい、彩音ちゃんに連絡を入れ、彩音ちゃんの家に泊りがけで行くことにした。彩音ちゃんのおばあちゃんも一緒に住んでいるって言ってたよね。何か、手掛かりになるようなことがあるかもしれないよね。






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