第24話 龍神の嫁になる祝福の鈴の音
夜ご飯、今日はファミレスにした。和食のファミレスで奥の方に席を取った。地元の知り合いも時々来ることがあるが、もう1件駅の近くにある洋食のファミレスの方に若めの人は行くから、この店のほうが知り合いに会う遭遇率は少ないとふんだのだ。
読みは当たっていた。ほとんど子ども連れの家族か、30代くらいのカップルか年配の夫婦だけだった。
「何食べる?」
「私は生姜焼き定食」
「もう決まったの?いつも里奈は早いね。それも生姜焼きなんだ」
真由はしばらくメニューとにらめっこをしている。私も実は決まっていた。っていうか、なんでもいいっていう感じだ。何しろ真由へのお守りのことで頭がいっぱいだから。
「店員呼ぶよ。いい?」
「え?うそ。待って。美鈴も決まっていないんでしょ?」
真由が焦っている。
「決まってるよ。天ぷら定食」
「高いじゃん。さすが毎日働いているだけあって、金持ちなんだ」
「そんなこともないけど。お金の使い道がないからなあ」
「神社にしかいないし、着るのも巫女の衣装だけだもんねえ。もっと遊べばいいのに」
「真由、そんなこといいから、早く決めて。呼ぶよ」
「わかった。えっと…。和風ハンバーグにする」
店員さんを呼び、注文を済ませると、
「まさかと思うけど、今日呼び出したのはまた修司さんのことじゃないよね」
と真由がいきなり切りだしてきた。
「違うよ。二人に琥珀からプレゼントがあって持ってきたの」
「琥珀さん?なあに?」
「お守りなんだけど」
「なんだ~~。前に1個買ったし、2個もいらないよ」
真由ががっかりしている。
「嬉しい。私も前に買ったけどさ、何個あってもいいよね」
さすがだ、里奈。お兄さんのお嫁さんになるだけあるわ。
「琥珀がちゃんとパワーを入れたすんごいお守りだから、肌身離さず持ってね」
そう言って二人に渡すと、
「え?なんか、意味深。琥珀さんとできちゃったの?」
と真由が言い返してきた。
「でき…できちゃったって、どういう意味?」
びっくりして聞き返すと、
「付き合うことになったわけ?」
と里奈が冷静に聞いてきた。
「付き合ってないよ。ただ、ほら、神社の巫女の仕事してくれているし、巫女さんを護るのも琥珀の仕事だって言って…」
「琥珀さんの?琥珀さん、神主だったっけ?」
「正確には違うと思うけど。でも、パワーはあるよ。この前もさあ」
お参りに来て倒れちゃった参拝者の話をすると、二人ともびっくりしていた。
「へえ。そういうのって、気功みたいな感じ?」
里奈が私に聞いてくると、その横から真由が、
「気功ってなに?」
と身を乗り出した。こういう話は好きなのか。
「気功って、気を操るみたいな?」
「う~~ん、里奈。ちょっと違うかな?わかんないけど、お兄さんやお母さんが言うにはヒーリングだって言ってた」
「私もしてくれないかな。疲れた時とかに」
「真由、琥珀のこと嫌いなんでしょ?」
「うん。怖いんだもん」
「その琥珀にやってもらいたいわけ?」
「う~~ん。やっぱり、いいや。あの人、無言の圧があるんだもの」
「無言の圧?まあ、クールって言えばクールだよねえ」
里奈もそんなことを言いつつ袋からお守りを出した。
「うわ!」
「え?何?」
里奈がお守りを手にして、声を上げたから私も真由もびっくりしてしまった。
「お守り触ったら、ビリビリしたの」
「え~~~。怖い。静電気?」
真由が聞くと、
「静電気じゃなくて、気だよ。きっと琥珀さんのパワー」
「まじで?」
真由も慌てて袋からお守りを出してみたが、何も感じないようだった。
「私、ちょっとそういうの敏感なんだよねえ」
「霊感?」
里奈に真由が聞いた。
「霊感はないけど、第六感的なやつとか。あ、意外とくじ運もいいの。懸賞とか当たったこともあるし」
「いいなあ。私、くじ運悪いんだよねえ」
真由がぼやいた。
そうか。里奈はエネルギーも強いって言っていたけど、それって運も強くなるのかしらね。まあ、そんな人がお兄さんのお嫁さんになってくれたら安心だけど。
「ちゃんと肌身離さず持っていようっと。琥珀さんにお礼言っておいてね」
「うん。真由も持っててね。ご利益あるから。きっと運もよくなるよ」
「そう?わかった」
良かった。それが一番の目的だったから。目的達成できた。
あとはのんびりと、ご飯を食べて雑談をした。里奈の大学のサークルの話。真由の大学の男友達の話。ほとんど、二人の大学の話で、私は話に入っていけなかったが、正直どうでもよかった。
二人は私と琥珀の進展も気になっているようだったが、
「何もないよ」
と言うと、それ以上はつっこんで聞いてこなかった。
8時には別れ、バスに乗ってまた暗い道を通り階段を上っていると、鳥居から琥珀が顔をのぞかせた。
「琥珀!迎えに来てくれたの?」
私は嬉しくなって一気に階段を駆け上った。
「ああ、食い過ぎてぶっ倒れていないか心配でな」
「また、そういうこと言ってる!」
本当は心配だったくせに。
「ちゃんとお守りは渡たせたか」
「うん。渡した。あ、里奈がお守り触って、ビリビリしてたよ」
「へえ。敏感なんだな」
「うん。そうみたい」
嬉しくて私は琥珀のすぐ隣に並んだ。
「琥珀はもう夕飯食べ終えたんだよね」
「ああ」
「少し散歩しない?今日あったかいし…」
「境内をか?」
「うん。境内の外には行けないんだよね?琥珀」
「行けないことはないが、境内にいたほうが山を歩くより安全だ」
「琥珀が?」
「美鈴がだ」
「ここ最近は、境内から外へは行かないよ。バス停に直行するぐらいだよ。子どもの頃はお兄さんと探検に行ったり、多分一人でもふらふらしてて、迷子になったんだよね」
「そうだな。お前は好奇心が強かったからな」
「知ってるの?」
「ああ」
「いくつの頃?」
「4歳だと言っただろ」
「それからは会っていない?」
「そうだな」
「そっか」
14年ぶりの再会だったのか。ちゃんと琥珀はその頃のことを覚えているのね。
「私、何を忘れちゃったのかな。大事なこと?」
琥珀にこわごわ聞いてみた。すると、
「いい。いつか思い出す」
と琥珀は静かに前を向いたまま答えた。
教えてはくれないんだ。それは、自分で思い出せということなのかな。
境内の電灯のない辺りに琥珀と歩いて行った。この辺りは夜、境内とはいえ一人で来るのはちょっと怖い。でも、琥珀がいるから全然怖く感じない。
琥珀と、特に話をすることもなく、静かに境内を一回りして家に帰った。
「遅かったね」
家に入ると、すぐに居間からお兄さんが顔をのぞかせた。
「うん。ちょっとね」
さすがに琥珀と散歩していたとは言いづらい。琥珀もすたすたとそのまま2階に上がってしまった。
「ちょっと美鈴、来て」
お兄さんが手招きをして、私を引き連れひいおばあちゃんの部屋に行った。手には何やら古そうな本を持っている。
「ひいばあちゃん、さっき言ってた本持ってきたよ」
「ああ、悠人。美鈴も来たのか」
「何の本?」
「蔵で見つけた古い書物だよ」
お兄さんは襖をしっかりと閉め、ひいおばあちゃんの椅子の前に座った。私もその横に座った。
「お千代さんの生い立ちとか書いてあったんだ」
「そんな本があったの?」
「本っていうか、書き記していた古い書物だよ。もう紙も黄ばんじゃって、ところどころ読めないんだけどね」
ひいおばあちゃんが眼鏡をかけ、その書物を開いて読みだした。
「これは…。美鈴の時と同じだ」
「私と同じって?」
「お千代さんが生まれた時にも、美しい鈴の音がしたと書いてある」
「美鈴の時にもしたってこと?」
「そうだ。朋子さんが言っていた。美鈴がおぎゃあと生まれた瞬間、奇麗なリ~~ンリ~~ンという鈴の音がしばらく鳴って、キラキラ辺りも光っていたと。聞こえていたのは朋子さんだけで、助産師などは聞こえていなかったから、幻聴でも聞こえたんだろうと朋子さんは話していたが」
「鈴の音…」
「実はな、廊下にいた靖子さんもかすかだが聞こえていた。それどころか、生まれた時刻にひいばあもどこからか鈴の音を聞いたんじゃ」
「え?ひいおばあちゃんも病院にいたの?」
「いいや。この部屋にいた」
「それなのに聞こえた?」
お兄さんもびっくりして聞き返した。
「ああ、ひいじいは聞こえていない。なぜか男性陣は聞こえていなかった」
「不思議」
「鈍感だからかもしれないがな」
「鈍感って…。でも、3人が聞こえたなら、幻聴とは言えないかもなあ」
「お千代さんの時には、ここで生まれたらしいの。母親もそのまた母親も、一緒に美しい鈴の音を聞いたと書いてある。それも、その音は龍神の嫁になる祝福の音だと書いてある」
「え~~~。祝福なの?龍神の嫁になるのに、祝福なわけ?」
がっかりして、思わずそう言ってしまった。
「確実に、龍神の嫁になるから、鈴の音が聞こえたんだろうなあ。一族やこの神社、山にとっては龍神の嫁が生まれたことはありがたいことだったんだろう」
「全然ありがたくない。そんなの迷信だ」
悠人お兄さんが、怖い顔をして反論した。
「悠人、運命には抗わないのが一番だ」
「運命なんかない」
「悠人がこの家に生まれ、神主になったのも運命。宮司になるのも運命」
「……それとこれは別問題だ」
「運命に従うことが幸せなのかもしれんぞ?」
「どこが?ひいばあちゃんは、美鈴を祠に入れたいわけ?入ったら最後誰も帰ってこれないとかいう、わけのわかんない場所へ」
「………。神様の世界に通じとるんだろ」
「そんなこと信じるわけ?」
悠人お兄さんがムキになっている。
「お千代さんは受け入れ、祝言を挙げたと書いてあるぞ」
書物をめくり、ひいおばあちゃんがそう言った。
「お千代さんのことは関係ない」
「じゃあ、もうこんな古いものに頼ってもしかたあるまい」
「………」
悠人お兄さんは黙り込んだ。それから私の方を向くと、
「ごめん。でも、諦めたわけじゃない。きっと方法はある。もし、何も見つからなかったら、この家から出て行ったらいい。しばらく、どこか遠くの親戚の家にでも行けばいい。龍神の見つからない場所へ」
お兄さんは、真剣な目で私に言ってきた。
「うん。ありがとう」
もしかして、ずっと蔵にある書物を見てくれていたのかな。悠人お兄さんが、一番心配してくれていたのかな。お父さんやおじいちゃんは暢気そうだもの。
ひいおばあちゃんの部屋を出て、悠人お兄さんと一緒に階段を上り、悠人お兄さんが部屋の前で立ち留まると、
「美鈴、ひいおばあちゃんには言えなかったんだけど、お父さんやお母さんが、龍神の嫁になる条件には、彩音ちゃんも当てはまるって言っていたんだ」
「え?」
「さっきの鈴の音はしたかどうかはわからないが、彩音ちゃんも神門家の血を引いているし、今年で18歳だ。正確に言えば、彩音ちゃんのほうが先に誕生日を迎えている」
「…でも、笹木って名前だし、あのハルさんの子孫なんでしょ?」
「うん。父さんに笹木三郎とハルさんが逃げたっていう話をしたんだ。だとしても、神門家の血を引くことには変わりないって。それも、ハルさんが逃げてから150年。そんな時に女の子が生まれるのも、何か因縁めいたものがあるのかもしれないって」
「お父さんがそう言っていたの?」
「うん。ただ、彩音ちゃんに龍神を押し付けて、美鈴が逃げるっていうのも、さすがにできないしって、お父さんは言ってたけど、お母さんはそうなったらありがたいってさ」
「そんな!彩音ちゃんを犠牲にできないよ。そうでしょ?」
思わず私はそう言っていた。でも、悠人お兄さんは黙っていた。
「じゃあさ…」
悠人お兄さんはしばらく黙り込んだあと、ようやく口を開き、
「美鈴が犠牲になってもいいわけ?」
と険しい顔で聞いてきた。
「それは…」
「僕は嫌だよ」
「…でも。それは、彩音ちゃんだって一緒だよね?」
「……僕にとっては、妹の方が大事なんだよ」
「そんなの、私にはどうしていいかわかんないよ!」
それだけ言い捨て、私は自分の部屋に戻った。襖も思い切り閉め、畳にうつっぷせた。
なんだって、優しい悠人お兄さんがあんなこと言うの?ひどいよ。信じられないよ。
嘘だ。もし、彩音ちゃんを犠牲にはできないから、美鈴が龍神の嫁になれなんて言い出したら、私は悠人お兄さんを一生恨む。ちゃんと私を大事に思ってくれたのは、心の奥では嬉しがっているんだ。
お兄さんだって、お母さんだって、本当は彩音ちゃんを犠牲にしたいとはきっと思っていない。でも、娘だったり、妹の私が大事だっていうことなんだよね。
彩音ちゃんは、まさか自分が龍神の嫁になる条件に当てはまるなんて知らないよ。そんなこと知ったところで困るだけだよ。
ああ、こんなじゃ、ますます龍神の嫁になることを逃げられなくなった。万が一、私が逃げたら彩音ちゃんが犠牲になるかもしれないんだよね。
誰にも犠牲になってほしくないよ!




