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第23話 寂しげな琥珀

 私と琥珀はまだ、畳の上に座ったまま話をしていた。琥珀はやっぱり、神使だから、そういうことを詳しく知っているんだよね。そして、琥珀は神使としてこの神社にやってきているんだよね。


 琥珀は力不足の龍神の手伝いをしているってことなのかな。神使だから、神社の穢れを消したり、結界をはったり、そういうことまで手伝っているのかな。だけど、琥珀も半人前だって言ってたよね。伴侶がいないから。一対にならないと、力不足なのよね。龍神も神使も半人前って、なんだかとっても頼りない感じ。


「ねえ、琥珀。龍神の力が弱まっていると、どんなことが起きるの?結界が弱くなると、なんか悪いものでも境内に来ちゃったりするの?」

「そうだ。邪念も多くなる。穢れも多くなれば、参拝客を護ることもできない。もっと穢れが多くなると、邪心を持ったものが境内に入り込み、何かよからぬことを引き起こすかもしれない」

「よからぬこと?」


「美鈴も邪心を持った妖に囚われるかもしれん。最悪喰われる可能性も出てくる」

「喰われるって、食べられるってこと?」

「そうだ。美鈴の力を狙ったやつらにな」

「……こ、怖いんだけど。琥珀は護ってくれないの?」

「護るに決まっているだろう。だから、こうやってここにいるのだ。美鈴が名を呼べばこうやってすぐに飛んでくる」


 琥珀の顔を見た。すごく真剣な目をしている。これは冗談でもなければ嘘でもないんだ。琥珀は神社や参拝者を護るのと同時に、私のことも護りに来てくれたんだ。


 嬉しいけど、複雑だ。


「怖がることはない。俺がいる。大丈夫だ。安心しろ」

 私の顔が曇ったからかな。琥珀がそう言ってくれた。

「うん。ありがとう」

 ほほ笑んでみた。ちゃんと笑えたかな。琥珀の目はまだ心配そうにしている。


「本来なら、俺は他の女のことなどどうでもいいんだ。真由とかいう女がどうなろうと知ったことじゃないが、美鈴の頼みだし、一応巫女として働いてくれているからな。護ってやる。ちゃんとお守りに力を注ぐから、それを持っていけ」

「うん、わかった。あ、じゃあ、壬生さんのことも護らないとならなかったんじゃないの?」

「そうだな。臭いにおいの女は嫌いだが、巫女だったんだから護らねばならなかったな」


 臭い女ってまた言った。

「はあ、仕方ない。今はまだ力不足だが、力を得たら、ちゃんと壬生とかいう女を見つけ出し、元の気に戻してやろう」

「元の気?元気ってこと?」

「本来の気だ。邪気にでもやられたか、気を取られたかしたのだろう。すでに回復していればいいがな」


「気を取られる?もしかして修司さんに?」

「ああ。修司は厄介だ。相当重苦しい、暗い波動なのだろう。俺の力を持ってしても、なかなかあいつの穢れが消えない」

「穢れを持っているの?」

「ああ。俺の力が半人前だからな。伴侶を得れば、あいつの邪気くらい消せることもできるんだがな」


「修司さんを消しちゃうの?」

「修司の中にある邪気だ。穢れを浄化するようなものだ」

「あ、そういうことか。びっくりした」

「まあ、修司が人間ではなく、邪気の塊の妖だった場合は、その存在事消えるけどな」

「妖?修司さんが?でも、私の従兄だよ。生まれた時から人間でしょ?」

「そうだな」


 びっくりした。変なこと言わないでよ。でも、そうか。修司さんの中に邪心みたいな、暗くて重い気が宿っているのか。でも、それって人間誰にでもあるのかもしれない。それが修司さんの場合、大きくって、琥珀の力を持ってしても、浄化できないくらいなのかもしれない。


 っていうかさ、琥珀、さっきから発言が、自分は神使ですって言っているようなものじゃない?私が呼べばすぐに来るって言ってたけど、やっぱり、襖を開けて入ったわけじゃなく、いきなり空中から現れたんじゃないの?


「美鈴。一緒に行けなくて悪いな」

「え?ううん。別に大丈夫。お守り持っていけばいいだけなんだし」

「神社の外に出ると、この力を神社に注ぐのも難しい。境内にいるから、結界をはり続けられる。今はまだ、余力がない」

「いいってば。琥珀に無理させるわけにもいかないんだし。大丈夫だから」


 知らなかった。もしかしてこの前私を迎えに来てくれたのも、鳥居までだったけど、鳥居から外に出ると、結界が弱まるからだったのかな。


「早くに伴侶を得て、力を完全にしたいのだが…。なかなか、難しくてな」

「難しい?なんで?」

「無理強いができない。失敗はしたくないし、時間をかけて大事にしているのだ」

「……」

 何を?とは聞けなかった。大事にしている者が、もしや伴侶っていうことなのか。それって、どこかにいる狐ってこと?


 まさかとは思うけど、よくいなくなっちゃうのは、この山のどこかにいる伴侶の狐に会いに行ったりしているの?


 うわ~~~。考えたくない!琥珀から必死にアプローチしていたりしないよね!?

 ダメだ。変なことを考えるのはよそう。


「琥珀、色々とありがとう。じゃあ、話がもう終わったから、私、お風呂に入ってくるよ」

「ああ」

 琥珀は一言そう言って、すくっと立ち上がると、ちゃんと襖を開けて出て行った。


 護ってくれる…。琥珀の今持っている力を全部使ってまでも。

 それは嬉しい。

 だけど、やっぱり複雑だ。


 だって、琥珀が護ってくれているのは、私が龍神の嫁になるからなんだもの。

「は~~~~~」

 重いため息が出た。これで、私は龍神の嫁に何かならない!とか、琥珀が好きなの!と言ったらどうなるんだろう。


 あ、でも、地獄耳の琥珀なら、私が琥珀を好きだって真由や里奈と話している時、聞こえているよね。

 ひいおばあちゃんともそんな話をしたし。でも、そのことについては何にも言ってこない。


 水曜日、真由だけを呼んでも来ないかもしれないと思い、里奈も誘って3人で夜ご飯を食べに行くことにした。琥珀は里奈も来るならと、里奈の分のお守りもくれた。そして、

「里奈とやらは特別な女だからな。変な男につかまらないよう、里奈のお守りもしっかりと念を入れたぞ」

とそんなことを言った。


「里奈が特別?」

 え?私だけじゃなくって、里奈も特別なの?なんで?

 うわ。すんごい気になる。でも、聞けない。何が特別?

「あ、里奈が悪い男にでもひっかりそうってことなのかな?」

 遠回しにそう聞いてみると、

「いや、万が一、悪い男に引っかかったら困るからだ」

と真面目な顔をして琥珀が答えた。


 なんで?真由のことはどうでもいい感じだったけど、里奈は特別?巫女だから?私の友達だから?それとも、まさか琥珀が気に入っているとか。まさか、琥珀の伴侶は狐じゃなくて人間でもいいってこと?まさか、里奈が…。


「いずれ、美鈴にもわかる」

「え?!何が?!」

 里奈が琥珀のお嫁さんになることをってこと?!


 すごくショックを受け、青ざめていると、

「なんでそんな顔をしている?」

と琥珀が聞いてきた。

「だ、だって、里奈が琥珀のお嫁さん」

 はっ!声に出てた!やばい。


「……なんだ、それは」

「えっと、なんでもないの」

 慌てて首を横に振って作り笑いをして誤魔化したが、誤魔化しきれなかったようだ。

「里奈ってやつが俺の嫁?」

 ものすっごく怖い顔で聞き返してきた。うわ~~~。なんか怒っちゃったの?


「ごめんなさい。勝手なこと言って」

「まったく。美鈴は時々わけのわからないことを言う」

「そうだよね。ごめんなさい」

 っていうことは、里奈が琥珀のお嫁さんになることはないんだよね!?


「里奈という女は、いずれこの神社に嫁ぐ」

「……え?!それ、どういう意味?」

「いずれ宮司の嫁になる大事な娘だ」

 宮司の嫁?

「まさか、悠人お兄さんと結婚するってこと?!」


「そうだ。だが、これはまだ誰にも言わないほうがいい」

「い、言うわけないじゃん。琥珀こそ、なんだってそんな突拍子もないこと言うわけ?」

「突拍子がないわけではない。そういう運命に決まっている。何しろ龍神が宮司の嫁として選んだんだからな」

「里奈を?!」

 まじで~~!?


「お母さんがお父さんと結婚するのが決まっていたみたいにってこと?」

「そうだ。龍神が選んだんだ」

「………」

 言葉が見つからない。ちょっと驚きすぎて。


「里奈という女は、強いし行動力もある。前向きで向上心もある。何よりもエネルギーが強い」

「確かに…」

「巫女の仕事も向いている」

「そうだね。真由よりずっと」

「それに悠人も前から里奈という女を気に入っている」


「え?それも琥珀にはわかるの?」

「龍神がお見通しだ」

「なるほど」

 琥珀には龍神の考えていることもわかるのね。神使だから。


「将来の私のお姉さんになるんだ」

「まあ、悠人が結婚するまでこっちの世界にいることはないがな」

「私が?」

 それは龍神と結婚して向こうの世界に行っちゃうから?


「……私、そんなに早くにこの世から去っちゃうの?」

「そうだな。もう18だからな」

「…死んじゃうの?」

 びくびくしながらそう聞くと、琥珀は首を傾げた。


「また、変なことを言うな。死ぬわけではない。龍神の世界に行くだけだ」

「………でも、この世じゃないのね」

「そうだな。次元が違っている」

「琥珀、そういうこと普通に話すけど、なんで知ってるの?なんでそんなに詳しいの?」

 ドキドキ。それは神使だからって言う?


「……」

 あれ?何も答えてくれない。

「もしかして、そっちの世界からやってきているの?」

 ドキドキドキ。これは聞かないほうが良かったかな。

「美鈴は何も覚えていないんだな」

「え?」


 琥珀は少し寂しそうな顔をして、背を向けてお社の方に向かって行ってしまった。


 あ、あれ?それって、私はそういうことを琥珀から聞いていて、忘れちゃったってこと?


 なんだろう。すごく気になった。琥珀は時々、ああやって寂しそうな顔をする。私が何かを忘れてしまっているの?

 昔会ったことも忘れていて、琥珀は寂しそうだった。子どもの頃、何か大切なことでも聞いたんだろうか。


 思い出せない。木から落ちた時のことや、迷子になった時のことをおぼろげに覚えているだけだ。なにしろ私は4歳だったらしいし、そんな小さな時のことを覚えているわけもない。


 寂しそうな顔をするくらいなら、教えてくれたらいいのに。

 ああ、やっぱり、教えてくれないほうがいいのかな。はっきりと、龍神の嫁として迎えに来た神使だと言われたら、それはそれで、私は傷つくかもしれない。


 どっちにしろ、琥珀を好きでいるのも辛いだけのことなんだと、また私は気持ちが暗くなってしまった。そんな気持ちのまま、水曜日、真由と里奈のお守りを持って神社をあとにした。




 

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