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第22話 龍神の力が弱まっている

 修司さんが彩音ちゃんにちょっかいを出さないよう、私や悠人お兄さんが見張っていたが、やけに修司さんは執拗に彩音ちゃんに近づこうとした。彩音ちゃんもほとんど修司さんを無視していたのに、なんだってあんなにしつこかったのか。


 とりあえず、何事もなくGWが過ぎてほっとした。彩音ちゃんが泊ったのは1日だけで、あとの日は綺羅ちゃんも一緒だったから、綺羅ちゃんのお母さんの車で送ってもらっていた。


 GWが過ぎ、ようやく平常の毎日が戻ってきた。朝もゆっくりと掃除をしていると、琥珀がやってきて、

「大変だったな」

と声をかけてくれた。

「うん、忙しかった。琥珀も掃除とか手伝ってくれてありがとう」

「いや。穢れたままにしていたら、すぐに結界に邪気が入り込むからな」


 そうやって、琥珀が穢れを取ってくれていたからか、忙しかったにもかかわらず、境内はいつも気持ちがよかったなあ。

「修司さんも参拝者に近づくこともなくて良かったよ。また誰か倒れたら大変だもの」

「修司はあの彩音って女に執着していたな」

「うん。彩音ちゃんは無視したり、避けていたのに…。修司さん好みだったのかなあ」


「お前とはあきらかに逆だな」

「何が?」

「彩音とやらはおしとやかで、おとなしくて」

「悪かったわね!そうよ。彩音ちゃんのほうが男性から見たら理想の女性よ。だから、修司さんも彩音ちゃんの方がよくなっちゃったのかもね!そう言えば、私に言い寄ってこなくなったし」


「……」

「ちょっと、琥珀。スルーしないでよ。ちょっとは私のことも褒めてくれてもいいじゃない。ちょっとはさあ」

「褒める?何をだ?」

「だからっ」

 少しは美鈴も女らしいぞとか何とか…。なんて言うわけないか。


「修司が美鈴を諦めたかどうかはわからないから、これからも気をつけろ」

「え?う、うん」

 琥珀はそれだけ言うと、さっさとお社の方に行ってしまった。


 今日のバイトは確か真由だったかな。確か10時から14時まで手伝ってくれるって言っていたよね。

 

 元気に真由は10時にやってきた。そんなに参拝者もいないから、12時になり真由と事務員さんに社務所はお願いして、私は昼休憩を取った。琥珀も12時から昼ご飯を食べに来ていた。


 修司さんはいない。良かった。彩音ちゃんが来なくなったからって、私にまた言い寄ってこられても困るもん。まあ、琥珀が守ってくれるとは思うけど。


 なんて私は暢気にお昼を食べ、そのあとものんびりとお菓子をつまんで居間で休んでいた。珍しく琥珀もお茶をすすりながら居間にいた。特に何を話すわけでもないのに隣にいてくれるだけで、私は心の中で喜んでいた。


 13時になり、社務所に行き、

「真由、20分くらい休憩してきて」

と言うと、真由はにこやかに休憩室に行った。社務所にはなぜか琥珀もついてきて、私は琥珀と社務所でものんびりとしていた。


 本当に琥珀は口数が少ない。でも、黙っていても隣にいると安心できるし、ドキドキする。ああ、この時間が永遠に続けばいいのに…とすら思えるほどだ。


 20分して真由が戻ってくるとともに、琥珀はとっとと社務所を出て行った。琥珀は真由が苦手なのか一言も喋らなかった。化粧が濃くて、香水をつけている子は苦手なんだったっけね。


「あ、よかった。琥珀さん、どっかに行ってくれて」

 琥珀がいなくなると、真由がほっとした顔を見せた。そんな真由の気持ちがわからなくもないが、あえて聞いてみた。

「なんで琥珀がいないといいの?」

「だって、怖いんだもん、あの人」

「そんなこともないんだけどな」

 でも、どう見ても愛想よくないし、真由が嫌うのもしょうがないか。


「修司さんのほうが優しいよね」

「え!?修司さんとまさか喋った?」

「うん、美鈴がお昼に行っていた時に社務所に来たの。ようやくライン交換できた。今度修司さんが休みの日に飲みに行く約束もしたよ」

「ダメ!」

「なんで?」


「あんな女ったらし、飲みに行ったりしたらどうなるかわかんないよ?」

「あはは。大丈夫だって。私、こう見えてそんなに尻軽じゃないよ。飲みに行ったって、私はお酒飲まないし、適当にごちそうになって帰っちゃうから」

「だけど」

「ああ、もう~~~~。真面目過ぎるんだよ、美鈴は。だから彼氏もできないんだよ。もっと適当に遊べばいいじゃん」


 適当に遊ぶ~~?何を暢気なこと言っているの。

「とにかく、邪魔はしないでよね!もし、修司さんのことが気に入ったら付き合うかもしれないんだし」

「あんなのと?!」

「何が悪いの?ちゃんと仕事にもついているんだし、だいたい従兄でしょ?そこまで嫌う必要ある?」

「……でも」


「あ、もう2時になるから私上がるから」

 まだ10分もあるのに、真由は機嫌を悪くして更衣室に行ってしまった。

 さすがにこれ以上、真由に言っても聞いてくれないか。何も起きなきゃいいんだけどな。壬生さんのこともあるし、心配だな。


 夜ご飯を終え、まだみんなが居間にいる間に私は修司さんに注意した。

「真由と飲みに行くそうですけど、壬生さんの時みたいに遅くまで付き合わせたりしないで下さい」

 つっけんどんにそう言うと、

「うるさいね。僕が何をしようと勝手だよね?」

と言い返された。


「勝手じゃないです!真由は私の友達なんだから」

「真由ちゃんの方が飲みに誘ってきたんだよ。いちいち指図は受けたくないな。本当に美鈴ちゃんはうるさいよね」

 修司さんはすんごい嫌そうな顔をした。


「ちょっと修司さん、私からもお願いしますよ。別に行くなとは言いませんけど、ほどほどにして下さい。あと、真由ちゃんは未成年なんだから飲ませたりしないで下さいよ」

 お母さんがそう言うと、修司さんは眉間にしわを寄せ、

「ああ、はいはい」

とお母さんにまで不機嫌丸出しで返事をした。


「修司君、君は修業をしにここに来ていることを忘れないでくれないかな。あんまり女の子とばかり遊んでいるようだったら、帰ってもらってもいいんだからね」

 お父さんの言葉に、修司さんは一気に顔色を変え、

「そんなに遊んでいないですよ。真面目に仕事はしますって」

と嘘っぽい笑顔を見せた。


 人によって態度を変えるのかしら。それとも、家に帰らされるのが困るの?おじさんに怒られるからとか?なんだか、本当に修司さんって、最低かも。


 琥珀は…?と横を向くと、すでにいなかった。あれ?今さっきまでいたよね?いついなくなったの?真由のことだからどうでもいいってわけ?

 

 琥珀が真由のことを心配してくれるわけもないだろうと思いつつ、相談をしに琥珀の部屋に行ってみた。冷たくあしらわれそうな気もしたけれど、部屋にいる琥珀はどんな格好でいるのかとか、そんな好奇心もあった。


「琥珀、話があるんだけどいい?」

 し~~ん。部屋から何も返事がない。襖から明かりは漏れているのにな。

 ま、まさか、部屋の中では狐に戻っているとかないよねえ。ははは。私ったら、漫画の見過ぎ。

「琥珀、開けるよ。いい?」

 そうっと襖を開けてみた。


「あれ?」

 電気はついているのに、琥珀はいなかった。それに、部屋はがらんとして何も置いていない。琥珀の私物らしいものすら何もない。


「どっかに行っているのかな。お風呂はさっき、おじいちゃんが入ったし…」

 襖をまた閉めて、私は自分の部屋に戻った。琥珀に会えないのは正直残念だった。ちょっとドキドキしたりして、損をした気分だ。


 琥珀と会いたくても、一緒に住んでいても、会えなかったり、近づけなかったり。なんだか琥珀は遠い存在だよなあ。ため息が出た。


「琥珀~~!どこに行ってるの?」

 そう声に出してから、ばたんと畳の上に寝っ転がった。すると、頭上に琥珀の顔が見えた。

「うわ?!」

 びっくりして慌てて起き上がると、

「なんの用だ?」

と私の部屋にいつの間にか琥珀がいた。


「ちょ、ちょちょちょちょっ?!琥珀、いつ来た?」

「今だ。呼んだだろ?」

「怖いんですけどっ!襖開いた音もしなかったけど?!いきなり現れなかった?今」

「……いきなりではないぞ。ちゃんと襖から入ってきた」


 嘘だ~~~。

「部屋に行ったら、琥珀いなかったよね?」

「何か用事でもあったのか?」

「うん。話があって」

「聞くぞ、なんだ?」

 琥珀は私の前にあぐらをかいた。


「えっと」

 なんだか聞く気満々だから、私も琥珀の前に正座した。琥珀はまだ袴姿だった。

「琥珀はいつもその格好なの?寝る時も?」

「……そんなことが聞きたかったのか?」

「あ、ちょっと気になって。へへへ」

「寝る時はたいていが着物だ。ああ、浴衣というのか、あれは」


「そうなんだ!なるほどね。似合っていそうだよね。だいたい洋服とか似合わなそうだもの。浴衣は私物なの?」

「いいや。朋子とやらが初日に持ってきた」

「朋子ってお母さんね。自分は呼び捨てにされるのが嫌いなのに、人のことは平気で呼び捨てにするよね…」

「それが次の質問か?」


「そうじゃなくて。真由のことで相談したかったの。修司さんと出かけるって言っていたから心配で」

「美鈴が心配してもしょうがないことだ。本人が修司と仲良くなりたいんだろ?」

「そうだけど。壬生さんのこともあったし…」

「いつ飲みに行くと言っていた?」

「次の修司さんが休みの日だから、金曜かな」


「それまで真由という女は来ないのか」

「うん。大学が授業ない日にしか入っていないから、今週はもう来ないよ」

「じゃあしょうがない。美鈴が休みの日に会いに行くしかない」

「真由に私が会ってどうするの?説得でもしたらいいの?」

「俺も一緒に行く。俺は基本、龍神の加護は嫁になる美鈴か、この神社に参拝に来たものにしか与えないが、美鈴の頼みならば仕方あるまい」


「それはもしかして、真由にも加護をってこと?おでこにキスするの?!」

 それは嫌だ!

「違う。それは特別な加護だ。美鈴にしかしない。ただ、簡単な結界をはるだけだ」

「結界?」

「低い波動、重い波動、邪悪な波動を跳ね返すものだ。ああ、そうだ。龍神のお守りを使おう。それを持たせたらいい。だったら俺がわざわざ行く必要もないな」


「お守り、本当に効くの?!この前の参拝客、お守り買ったすぐ後にぶっ倒れたけど」

「………」

 うわ。琥珀に思いきり睨まれた。こわ…。

「は~~~。美鈴は痛いところをつくな」

「え?痛いところって?」


「確かに、お守りの力も、境内の結界の力も弱まっていた。俺の力不足だ。そろそろ交代の時期だからな。龍神の力そのものが弱まっているんだ」

「交代?龍神の力が弱まる?どういうこと?」

「この話はまた今度する。本来なら、修司の波動に簡単にやられるような、そんな弱い力ではない。今は力を全部出しきって、結界をはり、境内の穢れもきれいにしている。真由とかいう女に力を与える余力もないほどに毎日力を使い果たしている」


「……誰の?龍神の?それとも、琥珀の?」

「俺のだ」

「結界をはるのは琥珀なの?なんで?龍神はどうしたの?」

「言っただろ。龍神が交代をする時期なんだ。100年単位で交代をする。まあ、前は伴侶を得るのが50年遅くなったから、50年間龍神の力も弱まっていたんだが…」


「100年ずつこの神社を護ってくれている龍神が代わるってこと?龍神の寿命が100年ってこと?」

「違う。龍神はそんなに短い寿命ではない。だが、日本で言う天皇みたいなもので、代替わりをするんだ。新しく若い龍神が護ることになる。それまでの龍神は、また一つ上の位に上がる。もっと広範囲を護ったり、もしくは違った役割を持ったりする」

「なるほど。会社で言う、課長が部長になるみたいな、出世するみたいな感じなのね」


「少し違うな。若い龍神は前の龍神の子どもだからな」

「え?そうなんだ。じゃあ、若社長みたいな感じ?家族経営している会社みたいな感じ?」

「なんだって会社にしたがるのかわからんが、世代交代だとでも思えばいい」

「その交代の時期には龍神の力が衰えちゃうの?」

「龍神の力が衰えるわけではない。すでにこの神社の守り神を引退しているとでも言えばわかりやすいか?」


「引退してるの?龍神を?」

「言っただろ。他の役割を持って、そっちの仕事をしているんだ。もうここの神社は若い龍神に任せているんだ」

「若い龍神が力不足なのね。なんで?若いから?」

「まだ、一人前ではないからだ。半分しか力がないからだ」


「修業して一人前になるのね。神主だってそうだもんねえ」

 なるほど。龍神の世界も人間と変わらないのね。ああ、山守神社の宮司であるおじいちゃんが引退して、お父さんが引き継いで間もない時って感じなのかな。でも、お父さんなら、すでに宮司の仕事を出来ると思うから、もっと若い悠人お兄さんが継いだみたいな感じ?だとしたら、頷ける。結婚もまだだし、半人前と言えば半人前。そういう感じなのかあ。



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