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第21話 私は特別?

「本気で今日泊っていくの?」

 夕飯の手伝いをしている彩音ちゃんにそっと聞くと、

「うん。あ、私、美鈴ちゃんの部屋に泊ろうかな。小学生の頃はお泊りしていたじゃない?」

と彩音ちゃんは明るく答えた。

「小学生まではね。客用の部屋ならまだあるし、そこに布団もあるし…」

と言ってから、それってもしかして、琥珀の隣の部屋かもしれないと思い、

「いいよ、私の部屋に泊っていって」

と、慌てて発言を翻した。


「ありがとう!」

 彩音ちゃんは満面の笑みを浮かべた。そんなに我が家に泊るのが嬉しいのかなあ。

「こうやってお泊りするの、本当に久しぶり」

「友達とはしないの?」

 テーブルに晩御飯のおかずを並べたりしながら、そう何も考えずに聞いた。隣でお箸を並べていた彩音ちゃんの動きがピタッと止まったのがわかり、顔を見てみたら暗い表情になっていた。


 あれ?まずいことを聞いたのかな。まさか、友達がいないとか…なわけないよね。こんな性格良さそげな子。


「うちの親、めちゃくちゃ厳しくて、泊っていいのは美鈴ちゃんの家だけなの」

 ようやくまたお箸を並べながら、彩音ちゃんがこっちも見ずに話しだした。

「え?そうなの?逆に友達が彩音ちゃんの家に泊るのは?」

「それも許してくれないの」

 ふっと悲しげな表情を見せた後、私に向かって彩音ちゃんは笑った。


 そんなに厳格なおうちなの?私も一回も行ったことないけど、おばあさんが日本舞踊を教えていて、両親はそろって教師なんだっけ。教師ってそんなにお堅いのかなあ。


「美鈴ちゃんの家はいいね。誰でもウェルカムで」

「そう?家族以外も一緒に住んだりして、気を使うこともあるし、危ない時もあるよ」

「危ない?変な人がいたの?」

「今が一番やばいかも」

「え?こ、琥珀さん?」


「違う違う。修司さん…」

 こそっと耳元でそう言うと、彩音ちゃんは驚いた表情を見せ、

「従兄だよね?」

とこそこそと聞いてきた。

「そうなんだけどさ、あ、彩音ちゃんもくれぐれも気を付けてよね」

「う、うん」

 彩音ちゃんの顔が引きつった。


 そんな会話をしていると、お父さん、お兄さん、おじいちゃんが和室にやってきて、

「彩音ちゃんも手伝ってくれているのか?悪いねえ」

と労いながら、自分らの場所に座りだした。


「美鈴、みんなにお茶を入れてあげて」

「は~~い」

「彩音ちゃんはもう座っていていいからね」

「私も手伝います」

「そう?じゃあ味噌汁を配ってもらおうかしら」

 おばあちゃんに言われ、彩音ちゃんは台所に行き、私はみんなの湯飲み茶わんにお茶を入れて回った。


 そしてすっかり夕飯の用意が整った頃、修司さんが暢気な顔で現れ、

「彩音ちゃん、今日泊っていくの?」

とにこやかに聞いた。

「私の部屋に泊るんだから、勝手に2階に上がってこないでくださいよね」

 私は修司さんに釘を刺した。そして自分の場所に腰かけると、知らない間に琥珀が隣に座っていた。


 いつ来たっけ?びっくりしつつ琥珀を見た。琥珀は無表情だ。だが、

「彩音とか言ったな。泊ってくのか?」

とその無表情のまま、クールに彩音ちゃんに聞いた。

「あ、はい」

 あまりにもクールな声に驚いたのか、彩音ちゃんは戸惑いながら返事をしたようだ。顔も引きつっている。


「琥珀、怖い顔をするでない。彩音が怖がっているではないか」

 ひいおばあちゃんがすかさずそう言うと、

「呼び捨てにするなと言っただろ?」

とひいおばあちゃんにまで琥珀は、偉そうな態度のままだ。


「はて、じゃあなんて呼べばいい?琥珀君か?」

「君付けでもなんでもいいが、呼び捨てだけは許した覚えがない」

「ひゃっひゃっひゃ。美鈴だけは特別か」

 ひいおばあちゃん、そういう言い方やめて~~。照れるとかじゃなくて、なんていうのかな。からかうと琥珀が機嫌が悪くなりそう。


「そうだ。美鈴だけだ」

 え?機嫌が悪くなるどころか、ちょっと今ドヤ顔をした気が…。

「羨ましいな。美鈴ちゃん、特別で」

 彩音ちゃんがおとなしい静かな声でぼそっと呟いた。

「何が羨ましい?わけがわからん。意味不明っていうのは、こういう時に使うのか、美鈴」


「え?!」

 ちょっと~~。琥珀、こんな時に使うことじゃないでしょ。

「さ、食べましょうか」

 仕切り直しっていう感じで、お母さんが大き目の声でそう言うと、

「いただきます」

とおじいちゃんがお箸を手にして掛け声をかけた。他のみんなも続けていただきますと言い、みんな食べ始めた。


 琥珀も無言で食べだした。ああ、良かった。なんとか場が和んだかも…と思いきや、彩音ちゃんの顔色は良くなかった。なんだか、とっても悲しそうな表情をしてお箸も止まっている。その隣で修司さんは、暢気な顔をしてバクバクとハンバーグをがっついている。


「ねえ、彩音ちゃん、俺は誰かが特別っていうのないし、彩音ちゃんも美鈴ちゃんも同じくらい好きだし、だから羨ましがることもないよ?」

「はあ?修司さん、何言ってるの?」

「まったく、呆れるな、君には」

 私の言葉のあとに、悠人お兄さんも呆れた声を出した。


「彩音ちゃんみたいにおとなしそうな女の子、特にいいね」

「ちょっと、修司さん!やめて下さい」

 さすがにお母さんが言葉を遮った。

「美鈴ちゃんも可愛いけど、たまに憎らしい時があるね。そこらへんは直してほしいよ」

「はあ?なんだって私が直さないとならないの?それも修司さんのために。だいたいそう思うなら、私のことは放っておいて下さい。この性格は直りませんし、直しませんから!」


「そんなことを言って、貰い手がなくなるよ?」

「い、いいですよ!私にはもともと…」

 ととと、危ない。龍神がいるもんって言いそうになった。彩音ちゃんもいるのに、やばいやばい。


「もともと龍神っていう許嫁がいるんだし?」

 くすっと笑いながら修司さんがそうばらしてくれた。

「え?!龍神の許嫁?」

 ほら、彩音ちゃんがドン引きしている。顔、引きつってるじゃないよ。

「修司さん、バカなこと言ってないでさっさと食べて下さい。そんなの真に受けることないからね、彩音ちゃん」

「え?あ、はい」

 お母さんの言葉に彩音ちゃんは頷き、ちょっとだけほほ笑んだ。良かった。冗談だと思っているみたいだ。


 琥珀も何も口出しをしなかった。良かった。ここで、琥珀までが龍神の嫁になる女だとか言い出したら、どうしようかと思ったよ。


 お風呂に順番に入り、彩音ちゃんは私の部屋に来た。

「変わってないね、この部屋」

 彩音ちゃんは部屋に来るなり、そう言って部屋を見回した。

「もともと殺風景だしね。彩音ちゃんの部屋は可愛いんだろうね」

「私の部屋も、殺風景だよ。可愛いぬいぐるみとか、親が買ってくれなかったし」

「あ、うちもだよ。まあ、私もそういうのを欲しがらなかったんだけどさ」


「私は欲しかったな。だけど、欲しいって言えなかったの」

「彩音ちゃんの家は厳しいの?」

「厳しいってわけではないと思うんだけど…」

「親が教師っていうのも大変そうだね」

「うん、そうだね」


「彩音ちゃんも教師になるの?」

「う~~~ん。向いていないと思うな。みんなに何かを教えるのなんて私には無理そうだもの」

「へえ。大学は何部だったっけ?」

「文学部よ。特に何をしたいっていうことはないんだけど…。美鈴ちゃんは?今は巫女さんをしているんでしょ?」

「なりたいものも、やりたいこともないの。だから、大学も行かず巫女をしているの」


「そうなの…。それが許されるのは羨ましい」

「え?どこが?」

「自由じゃない」

「家にずっといるんだよ?特別自由でも何でもないよ」

「そう?だけど、みんな優しいし、大勢いて楽しそう」


「お母さんはうるさいよ。いっつも私にあれをしろ、これをしろってうるさいの」

「だけど、おばあちゃんもおじいちゃんも優しいよね」

「うん。確かに優しい。特におばあちゃん。あと、ひいおばあちゃんは厳しいけど、面白いし、悠人お兄さんも優しいかもなあ」

「いいね。兄弟がいて」

「彩音ちゃんは一人っ子か」

「うん」


 彩音ちゃん、もっと大人で、もっとのびのびと生きているのかと思った。大学も好きなことを選択して、夢を追っているのかと思っていたな。実際、話してみないとわからないものなんだなあ。


「彩音ちゃんは彼氏いるの?」

 二人してパジャマに着替え、布団に入ってそんな話をし始めた。

「いないよ!いたことないもの」

「彼氏いない歴=年齢ってこと?」

「うん」


「私も。なんだ~~~。彩音ちゃん、美人さんだしモテるんだと思った」

「全然だよ。中学高校は女子校だったし。男の人と会う接点がなかったから」

「あ、そうか。でも大学は?」

「男の人は話しづらくて。でも、女の子の友人もなかなか出来ないから…」

「え、そうなの?まさか、ぼっち…」

 ととと…。これはあんまり聞かないほうがいいのかな。


「高校からの友達がいる。学部が違うから、たまにお昼一緒に食べたりはしているの」

「あ、そうか…。地元の大学だと、同じ高校の子もいるのか」

「うん、わりと…」

「私も大学だけは行けばよかったかなあ。でも、何部に行ってなんの勉強をしたいかもまったくわからなかったんだよねえ」

「そうなんだ…」


 こんなの、私くらいかな。みんな適当に決めてるよって、里奈は言ってたけど、私は適当に決めることすらできなかった。何しろ、大人になった私は何をしているのか、想像できないんだよね。

 まったくと言っていいほど、未来を描くことが出来ない。だからと言って、ずっと家で巫女をしているとも思えない。なんでかなあ。


 彩音ちゃんは、静かになったと思ったら、なぜか私の顔をじっと見つめ、

「ね、美鈴ちゃん、なんで美鈴ちゃんは特別なのかな?」

と聞いてきた。

「は?」

「こ、琥珀さんがそう言ってたでしょ?」


「特別ってわけじゃないよ」

「だけど、美鈴ちゃんだけは呼び捨てなんでしょ?」

「それはそうだけど…」

 龍神の嫁になるから、神使の琥珀を呼び捨てにしてもいいなんてこと、彩音ちゃんに言えるわけもないし。


「なんか、子どもの頃、私のことを面倒見ていたらしいから、それでだよ」

「……そうなの?子どもの頃も琥珀さんはこの家にいたの?」

「わかんないけど。なんとなく、琥珀に木から落ちそうになった時に助けてもらったり、迷子になった時に助けてもらったりした記憶だけは残っているんだ」

「へえ。そうなのね?その頃から特別だったのかしら」

「さ、さあ?」


 そうか。龍神の嫁になるから、子どもの頃から面倒を見ていてくれたってことか。なるほど…。


 でもそれ、全然嬉しくない。そんな立場になりたくない。そんな特別、全然嬉しくない。


 それ以上話が続かなくなり、私はおやすみなさいと言って、電気をさっさと消してしまった。彩音ちゃんもおやすみなさいと言い、それから静かになった。

 彩音ちゃんに背を向けた。その後、彩音ちゃんの寝息が聞こえてきた。だけど私は、なかなか眠りにつくことができなかった。



 翌朝も、朝食からみんなほぼ無言。修司さんだけがのんびりと彩音ちゃんに話しかけていたが、

「修司さん、早くに食べて用意してください」

とお母さんに言われ、小さく修司さんが舌打ちをした。


 毎日、琥珀は常に着物と袴姿だが、修司さんはここ最近、朝はスエット姿。多分パジャマ代わりのスエットだろう。まあ、お父さんもおじいさんも甚平だったり、作務衣を着て朝ご飯を食べているから文句は言えないが、ただ、琥珀が常にちゃんとした格好をしているので、修司さんがやけにだらしなく見える。


 ちなみに私も彩音ちゃんもすでに巫女の恰好。食べたらすぐに掃除に取り掛かるからだけど、彩音ちゃんはもうちょっとのんびりしていても良かったのになと思う。


 それにしても…。

 隣で無言で黙々と食べている琥珀が、最近はかっこよく見えてきた。これはどうしたものか。前はただ無表情の琥珀に対して、もっと愛想よくしたらいいのにと不満だったというのに。

 

 琥珀はいつでも袴姿だ。いつ会っても袴姿だ。他の恰好をすることがあるのだろうか。

 寝る時は?部屋に入ってからどんな格好なのかも知らないし、お風呂もいつ入っているのかもわからない。


 謎だ。やっぱり、人間じゃなかったりするのかしら。ああ、私はひいおばあちゃんにすっかり感化されているよなあ。




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