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第20話 彩音ちゃんはハルさんの子孫

 どういうこと?

「ニュージーランドに行ったって?うちの敬人お兄さんだったら、カナダに留学してるけど」

「そうよねえ。敬人さんのことは前にも聞いたことあるけど…。おばあ様が、沢森神社の跡取りもどっかに行っちゃって、あそこは次男が継ぐのかしらね…なんて言っていた気が…」

「次男って、高校1年の孝司君?」

「うん」


 孝司君は、昔から真面目だった。頭も良くて、パソコンが得意で、神主になる感じではなかったけどなあ。


「観念したってことなのかなあ。それとも、適当に修業しているけど、神主になる気はないのかなあ。だから、あんなにちゃらんぽらんなのかしら」

 彩音ちゃんの言葉に首をひねると、

「そうなのかしらね?」

と、彩音ちゃんも首を傾けた。


 嫌々修業に来たっていうなら、今の姿も納得できる。茶髪だし、不真面目だし、やる気ゼロだもん。英樹おじさん(修司さんのお父さん)に強く言われて、仕方なく来たんじゃない?本当はニュージーランドにでも逃げたかったのかもね。


 だとしたら、ここで修業なんかされても迷惑でしかない。そんな人がいるだけで、境内の空気が悪くなるだけだよ。



 GW初日、天気も良かったからか、人手が多かった。ほぼ、会話をすることもなく17時になり、バイトのみんなは帰って行った。従妹の綺羅ちゃんはお母さんが車で迎えに来るというので、家に寄ることになり、一緒に彩音ちゃんも送っていくということで、彩音ちゃんも家に寄っていくことになった。


 二人は服を着替え、我が家の居間に来た。

「お疲れ様、紅茶とお菓子をどうぞ」

 おばあちゃんが二人に紅茶とクッキーを用意した。前から綺羅ちゃんは和菓子が不得意なので、クッキーとかケーキとかをおばあちゃんは用意している。


「ありがとう!」

 綺羅ちゃんは嬉しそうにクッキーを食べた。とそこに、修司さんと琥珀もやってきてしまった。

「やあ、彩音ちゃん、綺羅ちゃん、お疲れ様」

「修司さんもお疲れ様です」

「修司には菓子はないぞ。たいして役にも立っていないからの」


 椅子に腰かけたまま、ひいおばあちゃんが言った。

「まあまあ、いいのよ。修司さんもクッキー食べてね。紅茶も入れるわね」

と優しくおばあちゃんが声をかけた。おばあちゃん、甘いな。私もひいおばあちゃんに賛成だよ。対して仕事していなかったんでしょ、どうせ。


 修司さんはじろっとひいおばあちゃんのことを睨んでから、彩音ちゃんの隣にちゃっかり座ってしまった。

 彩音ちゃんが危ない。とか思っていると、すっと琥珀が私の隣に座った。

「琥珀君もクッキー食べて」

「俺はいい、甘いのは苦手だ。あとその赤いお茶も苦手だ。普通に日本茶でいい」

 おばあちゃんの言葉に琥珀は偉そうに答えた。

「はいはい。日本茶ね」

 おばあちゃんはニコニコしながら台所に行った。まったく、おばあちゃんは本当に優しいなあ。


「琥珀は甘いのは苦手か?」

「ああ」

 ひいおばあちゃんの言葉にも、琥珀は一言返しただけ。愛想ないなあ。相変わらずだ。


「琥珀…さん?」

 あ、そうか。彩音ちゃんが首をかしげているけど、今日社務所に一回も琥珀は顔を出さなかったんだっけね。

「琥珀は遠い親戚なんだよ。えっと、ひいおじいちゃんのお父さんの兄弟の玄孫の子どもくらいの」

「ブッ!もうそこまでいくと、わけわかんない~~」

 綺羅ちゃんが噴出して笑い出した。


「神門家って親戚付き合いがすごいんですねえ。私だって、かなり遠い親戚だと思うんだけど、こうやってお付き合いあるし」

「…遠い親戚なのか?」

 琥珀が聞いた。まさか、琥珀、彩音ちゃんに興味を持った?


「はい。あ、初めまして。私は笹木彩音です」

「笹木?」

 琥珀がなぜか、黙り込んでじっと彩音ちゃんを見ている。なんで?なんか彩音ちゃんのことが気になるの?

「はい。あ、苗字が神門ではないんですけど、親戚です」


「私も水上綺羅って、苗字は神門じゃないよ」

 綺羅ちゃんがそう明るく琥珀に言うと、琥珀は特に綺羅ちゃんのことを見ず、

「別にどうでもいい」

とクールに答え、おばあちゃんが持ってきたお茶を飲んだ。


「琥珀はすんごいクールなんだ」

 綺羅ちゃんの言葉に、またクールに答えるかと思ったら、琥珀はじろっと綺羅ちゃんを睨み、

「勝手に呼び捨てにするな」

と怒ってしまった。


「あ、ごめんなさい」

 さすがの綺羅ちゃんも、今の言葉におじけづいたようだ。

「琥珀、そんなに怒るものでないぞ」

「そういうばあさんも、呼び捨てにするなよ」

「ほう~~。呼び捨てはいかんのか。じゃが、最初から美鈴は呼び捨てているぞ」


 そうだよ。琥珀でいいって言ったのは、琥珀の方じゃん。

「……」

 琥珀は私をちらっと見ると、またひいおばあちゃんの方を向き、

「美鈴はいいんだ」

と一言言ってから、お茶をズズっと飲み、とっとと立ち上がり和室を出て行ってしまった。


「え?美鈴ちゃんは特別ってことなの?」

「綺羅ちゃん、そんな勝手な解釈はやめてね」

 私は引きつり笑いをしながらそう言った。内心では、どうして私だといいの?と疑問でいっぱいになりながら。でも、どっかで喜んでもいた。


 だけど、すぐに「あ、龍神の嫁になるから、神使を呼び捨ててもいいのかもしれない…」と思いなおした。


 綺羅ちゃんのお母さんが迎えに来て、二人は帰って行った。私はなんだか疲れ切り、和室に座り込みクッキーをバクバクと頬張った。

「夕飯食べれなくなるわよ」

 お母さんに怒られた。でも、無償に甘いものが食べたい。


「疲れた。こんな日があと何日続くんだろ」

「そうねえ。例年より人が多かったものねえ」

 お母さんもそう言うと、首を回したり肩を揉んだりしている。


「ほんとに修司さんが何にも役に立っていなかったし。どこに行っているのやら、雲隠れしちゃうのよ。琥珀君は掃除をしたり、境内を回ったりしていたけどね」

「そうなんだ」

「境内を清めていてくれたのねえ、きっと」

 随分とお母さんは琥珀に対しての印象が変わったもんだ。


 それにしても、修司さんだよ。困ったもんだよ。まあ、変に参拝客に絡んでくれない方がありがたいけどさ。


 GW2日目。今日もまた彩音ちゃんが手伝いに来てくれた。里奈もシフトが入っている日だ。

「おはよう、美鈴ちゃん」

「あれ?どうしたの?やけに早くない?」

 まだバイトの時間じゃないのに、彩音ちゃんが来た。

「掃除大変でしょ?手伝おうと思って」


「うわ~~~。本当に彩音ちゃんって天使なの?なんなの?」

「え~~?何言ってるの、美鈴ちゃん。ところで箒はどこ?」

 すでに巫女の着物も着ている。いったい何時に来たんだ?家、そんなに近くないよね?朝、何時に出たの?


「あ、琥珀さんだわ。琥珀さんも掃除を手伝っているのね」

 彩音ちゃんが見ている先を私も見た。本当だ。ちゃんと箒を持って掃除をしている。

「琥珀さん、おはようございます」

 彩音ちゃんが珍しく大きな声を出した。琥珀はこっちを見て、黙ってこっちに歩いてきた。


「なんで彩音とやらが掃除をしているんだ?」

「手伝ってくれてるの。朝早くに来てくれて、ありがたいよね!」

 琥珀がまたもや不愛想な顔で、不愛想なことを言うから、私は焦ってそう言った。

「境内を掃除する時は、心を真っ白にしなければならない。そういうことを心得ているのか?邪念があってはかえって境内が穢される」


「はい。私、神楽も踊るんですけど、その時にも無になって踊っています。そういうこと、一応ひいおばあちゃんにも神楽を習う時に、教えてもらっていますから大丈夫です」

 彩音ちゃんはしっかりと琥珀にそう答えた。彩音ちゃんって、おとなしいのかと思ったら、そんなことないんだ。しっかりと自分の意見を言える人なんだな。


「神楽を舞うのか?」

「あ、はい。山守神社でも美鈴ちゃんと一緒に踊ります」

「……神門のものでもないのに、神楽を舞うのか?」

 あ、すんごい琥珀嫌そうな顔をしている。


「私、苗字は違うけど、ちゃんと血の繋がりはあるってひいおばあちゃんが…」

「知っている。笹木と言えば、笹木三郎に嫁いだ女の子孫だろう?」

「え?そうなのかな?」

「知らないのか」


「その、あんまりそういうことは教えてもらっていないから」

「笹木三郎って、あの、笹木三郎のこと?!」

 私はびっくりして、思わず大声を上げてしまった。

「美鈴ちゃん、何か知っているの?」

「あ、えっと。確か、ハルさんって人が結婚した相手が笹木三郎で…」


「そうだ。ハルの子孫だ」

「ハルさん…?」

 彩音ちゃんはきょとんとした顔をした。

「あ、あのね」

 龍神の嫁の話なんてしたら、バカにされるかな。っていうか、そんなこと勝手にばらしていいかどうかもわからないし、琥珀が神使ならなおのこと、私がそんなことばらしたら怒られそうだな。


「ハルさんっていうのは、大昔の人なの。ひいおじいちゃんのおじいさんのえっと~~~。なんだったっけ?とにかく150年前くらいの人」

「そんなに昔に、神門家から嫁いだ人なのね。じゃあ、確かに血の繋がりはあっても遠縁ね。それで琥珀さんは怒っているのね?」


「そんなことないよ。琥珀だってかなりの遠縁だもの。ねえ琥珀」

 琥珀の方を見ると、なんだか険しい顔をしている。なんで?

「掃除は美鈴の仕事だ。それに俺もしているから、お前はしないでもいい。社務所で手伝いでもしていろ」

 うわ。偉そう!お前とか言ってるし。


「はい、そうします。ごめんね、美鈴ちゃん」

「え?ううん、全然。こっちこそごめんね。琥珀、愛想がなくて。でも、誰にでも意地悪なの」

 その言葉に、琥珀は表情を変えずにいるけれど、彩音ちゃんの方が困惑した様子だった。そして、暗い顔で琥珀にお辞儀をして、逃げるようにその場から去った。


「こ~~は~~く~~~」

 ぐるっと琥珀の方を向き、

「今のは冷たすぎるし、それに、偉そうにもほどがあるよ!お前呼ばわりはダメ!」

「じゃあ、なんて呼べばいい」

「彩音ちゃん」

「はあ?」


 あ、めっちゃ嫌そう。

「じゃあ、彩音…とか。とにかくせめて名前で呼んでよね」

「俺が、他の女の名前を呼んでもいいのか?」

「え?」

 ドキ!何それ…。


「ななななな、なんで?どういう意味?!」

 わ、私、すんごい動揺している!

「冗談だ。深い意味なんかない」

 え?冗談?!あ、笑っているし!


「も、もう~~~。意味深なこと言わないでよ!」

「意味深?」

「だから、深い意味があるのかと思ったでしょ!」

「ふん!」

 鼻で笑うと琥珀は、また箒で掃除を始めだした。


 ああ、もう!平常心じゃいられなくなるじゃん!無心で掃除をしないといけないのに!


 それにしても、琥珀は彩音ちゃんが好みのタイプかと思ったのに、すんごい冷たかったな。それに、笹木って名前を聞いただけでも、顔が険しくなってた。なんでかな。神門の性じゃないとダメなの?


 よくわかんないけど。


 ん?そうか。ハルさんって言ったら、龍神の嫁になるのを逃げた女の人だもの。笹木三郎は大事な嫁をさらっちゃった人間ってわけだし、龍神の神使にとっては、あんまりいい印象がないってことなのかもなあ。



 その日も1日雑談をする暇もなく、1日が終わった。里奈ともほぼ話す機会がなかったが、帰りにバス停まで送っていくと、

「ね、あの彩音って女、琥珀君を狙ってたりしない?大丈夫?」

とそんなことを里奈が聞いてきた。


「彩音ちゃんが?ないない!朝も、琥珀に冷たくされて、暗くなっていたし」

「好きな人に冷たくされたからとかじゃなくて?」

「え?」

 そう言えば、朝、珍しく大きな声で琥珀を呼んでいたけど。まさか、まさかね。


「ないよ~~。ない、ない」

「あ、それよりもさ、朝、社務所に来るまでに修司さんに出くわしてさ、言い寄られそうになったのよ」

「え?!本当に?大丈夫だった?」

「うん。その時にお兄さんが助けてくれたの」


「お兄さんって、悠人お兄さんのこと?」

「そう。里奈ちゃんにちょっかい出すなって、修司さんを怒ってくれたの。頼もしかったなあ」

 まじで?へえ、悠人お兄さんが…。

「今まであんまり話もしなかったし、ちょっと弱弱しい感じでタイプじゃなかったんだけど、案外頼もしいんだね~~」


 あ、里奈の目が輝いている。まさか、悠人お兄さんのことを気に入ったの?


「さて、じゃあ、また来週ね」

「うん、お疲れ様」

 里奈はバスが来たから乗り込んで帰って行った。


 彩音ちゃんはまだ帰らないのかな。今日は綺羅ちゃんがいないから、車で送っていく人もいないし。バスだったら今の時間で帰るかと思ったんだけどなあ。


 のんびりと家に戻ると、なんと彩音ちゃんは明日もバイトだからと、泊っていく気満々でいた。

 

 


 

 

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